天沼春樹  文芸・実験室

文芸・美術的実験室です。

der Alp

2011年11月05日 13時06分53秒 | 文芸

ひさびさに長く眠り、長い悪夢をみた。私は、大きな中華食堂にいる。客のテーブルにはおいしそうなラーメンがならんでいる。そのラーメンのだされかたが独特だった。客の眼のまえに、出汁をとるのか、肉として具材にするのか、とつぜん大きな動物の死体がドサリとさしだされるのだ。小型の馬のような獣が半分皮をはがれた状態で足元におかれる。客は、その獣の肢や首をポキポキ折って、給仕にもどすのだ。しばらくすると、その獣がどう調理されたのか、ふつうの中華そばの体裁でなにごともなく客のテーブルに運ばれてくるしくみのようだった。

私のまえにも、ドサリとその小型の馬の死骸がおかれた。私はぎよっとした。その死体だとおもった獣は、半死のていで生きていたのだ。胴から下の皮をはがれ、血がしたたっていて、脚の一部は骨が露出している。こいつをにぎって折れということらしい。さらに、おどろいたことに、獣の頭部が人間の女なのだ。髪の長い女性で、もちろん見知らぬひとだ。断末魔の苦しみをうったえながら、こちらをみあげて、はやく始末してくれ、殺してくれとさかんに言い立てていた。人面の獣を殺すなんて、さすがにわたしはためらった。もう料理などどうでもよいから、一刻もはやくこの店を立ち去りたかった。

すると、また奥から給仕が出てきて、私のわきに立った。無言の圧力をかけてじっとこちらを睨んでいる。やむなく、私は、その獣の脚をつかむと、上側に折り曲げた。ボキリといやな音がした。獣は悲鳴をあげている。まだ絶命には程遠い。これもしかたなく、人面馬の首すじに一撃をあたえると、首がポロリと折れて下に落ちた。「女」の首はうつぶせに床をなめたかっこうだ。だが、首はまだ息があるようで、シューッと空気がもれる音をだしつづけている。ふいに、その音がやんで、ようやく絶命したようで、私はすこし安堵していた。給仕は、「お客様はキャンセルなさるのかと思いました」と、ひとことだけ挨拶した。その直後に夢がおわり、私は中華蕎麦を食べずにすんだ。

そのあとで、もうひとつ平凡な夢を見ていたようだか、いまはそちらのほうは思い出せない。

※Der Alp(独) 男性名詞 悪夢。夢魔。