天沼春樹  文芸・実験室

文芸・美術的実験室です。

自著の英語版2

2012年04月17日 02時37分21秒 | 文芸

 町工場の裏の小さな空き地に、少年たちが円陣をつくってすわっていた。彼らの真ん中にはダンボールの箱がひとつ。少年たちはその箱を熱心にみつめている。誰も口をきかない。少年たちは、そのなかの生き物の来歴を、ぼんやりと考えているだけだ。彼らの大将、《祭司》とよばれる少年はまだこない。すると、仲間たちにおくれてきた少年が声をかけた。

「だれだよ、連れてきたのは」

「タツオだよ。あいつは自分ちのを連れてきたんだ」

 さきほどから、円陣をつくってしゃがみこんでいる少年のひとりがそういった。

 タツオと呼ばれる少年は前にも生まれたばかりの子猫を儀式のために差しだしていた。今日はその親猫のほうを連れてきたというわけだ。

 なんという点数かせぎだ。あいつはいまに自分の妹だってダンボール箱に入れてくるぜ。洟を垂らしたあの汚い妹をね。そう囁いているのは決まって一番の追従屋だ。自分は何ひとつ手を汚さないくせに、自分たちの大将にとりいることには熱心だ。彼がいちばん嫌うのは、うすのろのくせに儀式に多大な貢献をするタツオのようなやつだった。

「あしたは俺が連れてくるよ。狙いはつけてあるんだ」

「えっ、マタタビをまくんかい? あんなもの使ったら町中のノラが集まって来ちまうぜ」 少年たちは、もういちど彼らの箱に眼をやった。

 

 さんざんに待たせた後で祭司の少年がやってきた。先ほどから彼らの大将の噂をしていた少年たちは黙りこみ、生贄のはいった箱をおずおずとさしだした。祭司の少年は黙ってそれを受けとると、大人びた表情をつくってなかの生き物をたんねんに調べはじめた。そのあいだ口をきく者はいない。誰が決めたわけでもない。この儀式が少年たちの間に熱病のように広がりだして以来のならいだった。少年たちの腋のしたから甘酸っぱい匂いがたちのぼってくる。いちばんチビの少年がごくりと唾をのみくだした。祭司の少年は生贄の品定めを終えると、用心深く箱の蓋を閉じ、手下の少年に下げ渡した。それは出発の合図でもある。少年たちは息をつめて祭司の動きをみまもっている。祭司が歩みだす方向に儀式のための行進がはじまるのだ。今日は町の東へ向かうようすだ。そこで、手下の少年たちの緊張が少しばかりゆるんでくる。

「きっと、泳ぐよ」

「かけるかい」

「ああ、ワッペン三枚だね」

「いいかい、きっとだぜ」

「あいつは、でかいからね」

「でかくたって、猫は猫さ」

 少年たちは河へむかう坂道に出ていく。昼下がりの眠たい光が降るなかを、残忍な儀式の一団の陽気に行進がはじまった。

 大人たちはそんな子どもたちにかまっていられなかった。ますます忙しくなり、町では絶えずどこかしらの地面が掘り起こされていた。なにかにせかされているみたいに、大人たちは世の中の表面に彩色を施し、ビルを建て、橋を作り、道を広げていた。そして、父親はなかなか家に帰って来なかった。町では砂利道がみるみる石油臭いアスファルトで塗りかためられ、真夏にはそのアスファルトがぐにゃりと溶けだしてきた。その舗装もなにもかも胡散くさかった。だが、そのおかげで子どもたちにはらくらくとした時間が与えられているのだった。まったく、その頃はいくらでも時間があるように思えたものだ。

 残忍な儀式の一団が陽気に行進していく。

 その先頭を歩く少年は、行く手にはやくも河の光を見ていた。両岸をスレート板で補強され、飼い慣らされた河がゆったりと流れている。週日の午後の堤防には人影もなく、陽炎と草いきれと、少年たちのざわめきばかりである。

 祭司の少年の合図で大事に運んできたダンボール箱が下ろされた。こんどは手下たちが品定めをする番だ。今日は毛のすりきれた老猫のはずだ。ふいに光がとびこんで来たので猫は驚いて身がまええ、フーッと息を吐きかけてくる。瞳が針のように絞りこまれ、口が耳まで裂け、その怒りが少年たちを一瞬たじろがせた。油断していると爪をたてられるし、悪くすると跳ねあがって逃げてしまうのだ。これまでなんどもしくじっていた。長いこと閉じこめられていた猫の臭いが鼻をついてくる。魚のように生臭かったり、すっぱい腐えたにおいだったり、猫はそれぞれの体臭を持っていた。いちばんのチビの少年がまたゴクリと唾をのみくだしている。

 そのとき、河べりに風が立った。

 少年たちは一斉に立ちあがった。祭司の少年が猫をつかんで水に向かって歩き出したのだ。

「泳ぐかな」

「ああ、ああいう大きなやつはね」

「岸にあがったら、またつかまえてやる」

 手下たちの心配をよそに、祭司の少年はなにもかも承知したふうに儀式をとりおこなうのだった。危険を感じてあばれだした猫の尻っぽをつかんで頭の上でグルグルと振りまわしている。少年たちは息を呑んだ。猫のハンマー投げだ!

 さんざんに振りまわされてから、猫は河にむかって投げこまれた。鋭い悲鳴。水しぶき。それから、しばらくの沈黙。

 猫は沈んだまま、浮いて来ない。

 少年たちは水面をみつめている。このまま浮いてこなかったなら、儀式は後味の悪いものになってしまうのだ。猫が完全に気絶していたり、川底の石かなにかに頭をぶつけたりしていると、もう二度と水面に浮かんではこない。

「あっ、あんなところにでたぞ」

 猫は思いがけないほど下流に顔を出していた。

 少年たちが駆け出していく。

「泳ぐぞ!」

 驚きと落胆がいりまじる。

 猫は水に濡れると思いのほか痩せていた。その痩せた頭を水面に突き出して必死に前脚を動かしている。体の芯から水を嫌っているような泳ぎぶりだ。泳ぐというより、水のなかで暴れているといったほうがいい。水をかくわりにはほとんど先に進まないのだ。無茶苦茶に振りまわされたので体の平衡がとれないのかもしれなかった。陸での敏捷さはみじんもなく、突き落とされた水地獄のなかであばれにあばれている。

 それでも流れに乗って、岸のほうに近づいてきた。あとすこしもがけば、なんとか岸の土をつかむことができるかもしれない。しかし、その岸には、この儀式を二度愉しもうという少年たちが待っているのだ。

 猫はまた少し岸に近づいた。少年たちはもう真剣に二度目の儀式について考えをめぐらしている。

 ところが、そんな彼らをまるで嘲るように、猫は最後の遁走を成功させてしまうのだ。きまって、水のなかに逃げこんでしまう。釣り糸から逃れた魚のように、尻っぽで水面をたたくと、深く深くもぐっていってしまう。猫が溺れたなんて誰も信じなかった。たとえ九つある命のひとつをその場で失ったとしても、猫はどこかへ逃げのびていったに違いないのだ。

 猫の姿が完全に見えなくなると、少年たちは「ああ」といって息をついた。

 

                 ∴

 

 なぜこんな残忍な遊びが少年たちのあいだに蔓延したのか誰も説明できなかった。その頃、十一歳でこの儀式に加わっていたぼくにも、九歳でぼくの後ろについてまわっていた弟にも、その遊びの来歴はわからなかった。ある年のある日、その儀式はあの痩せこけた少年を《祭司》にして復活してきたのだ。ぼくたちが初めてではない。ずっと昔からこの儀式は密かに伝えられてきたのだ。子どもたちがまるくなってかわゆらしい手をあげ、今しがた殺したばかりの生き物の亡骸を見おろしている。そんな儀式は、大昔から人気のない丘の上でくりかえされた。ただ、ぼくたちの手には血なぞついていなかったし、生き物の死骸も残りはしなかっただけだ。

 たくさんの猫が河を流れていってしまった。溺れ死んだのではない。彼らは棲家を陸から水にかえて、海へ逃れていったのだ。水のなかで猫たちは陸の上でよりも一層機敏でしなやかに動きまわるだろう。そうして、らくらくと魚を捕らえることができるのだ。

 ぼくたちは退屈していたか、頭がおかしくなっていたかのどちらかだろう。

 ぼくは今でもはっきりと、あの少年時代の一時期、熱病のように取り憑かれた儀式を思いだすことができる。どうかすると疲れた夜の重苦しい夢のなかにふいと浮かびあがってくることもある。

 夢のなかでは、ぼくたちはいつも河の堤防のうえを行進していた。猫たちが流れていった海までいくつもりだったが、海へたどりつけたためしはない。河口付近の、海の予感がするあたりでいつも夢から帰ってきてしまう。少年時代にめったに海に行ったことがなく、行ったにしても夏の海水浴場くらいのものだったから、河を下って海に出るイメージが乏しいためかもしれなかった。ぼくたちは関東平野のほぼ真ん中に位置する旧い城下町の子だった。

 城という言葉に惑わされてはいけない。城といったって平城であって、それも今では城の玄関にあたる「武徳殿」という建物があるだけだったから、ぼくたちは武家時代を想像することすらしなかった。それに、ぼくたちが育った町は昔の名残のある旧市街からはるかに南に位置する新興住宅地だった。ぼくの父親が終戦後すぐに引越してきた当時は近くの森で夜な夜な梟が啼き、あたりには狐でも駆けぬけそうな野原が広がっていたというが、「いまにこちらのほうが市の中心になる」という父の予言通り、年ごとに家が増え続けた。そして、森からは幼児のぼくが嫌いだった梟が姿を消した。

 町が南に移動してくるにつれて猫たちも次第に移り棲み、増え続けた。ぼくたちが二桁の年齢になるころには、〈儀式〉が行われるための舞台はすっかり整っていたというわけだ。

 二月の凍るような夜々に、喉を鳴らし爪をたて合い、路地から路地へと駆けまわったあげく、暗がりでひっそりと交尾した発情の季節が終わって、彼らが日だまりに眠りこける春の午後、〈儀式〉は突如としてあちこちの路地で復活する。あれほど用心深くすばしこい猫たちが、いともたやすく少年たちの手に落ちてくる。少年たちは当然のように猫を河に連れて行くのだった。

 ぼくたちは退屈していたか、気が狂っていたかのどちらかだろう。そうでなかったらあんなにたくさんの猫を水に帰したりはしなかったはずだ。子どもたちは退屈していたのだとぼくは思いたい。学校では面白味のない授業が繰り返されていたし、大人たちはもうじき開かれることになっていた東京オリンピックとそれにまつわる様々な事業に熱中していた。そしてあの国威発揚競技会に刺激されて、あちこちの小学校で<鼓笛隊>などと呼ばれる楽隊が組織され、やたらと太鼓をたたいてまわっていた。

 新調の太鼓をリズミカルに打ち鳴らしながら、隊伍を組んで行進することは確かに気持ちのよいことだ。隊員になるのが少年たちの憧れだった時期もあった。生まれてはじめて聞く歯切れのいいドラムの響き。颯爽とした白いソックスの行進。そのためには少しくらいの自由は犠牲にしても、ぼくたちは隊員になりたかった。

 けれども、すぐに、ぼくたちは、鼓笛隊員になどなれはしないのを知った。担任の教師の推挙がなければ隊員になれるみこみはほとんどなかったからだ。それでも器用な連中のなかには、笛の部門にもぐりこんだ者もいないではなかった。だが、あの太鼓でなければ何の魅力があるだろう。隊員資格に成績や素行が問題になるのでは、とうてい太鼓に触ることはできないのだ。そのくせ、うすのろのくせに親がPTAの有力者の少年は、見事に小太鼓をせしめていた。

 弟はそれでも熱心に太鼓の練習をつづけていた。学齢が低く、まだ隊員試験を受ける資格はなかったが、今から練習を積んでおこうというわけだった。篠竹を切ったスティックで、四六時中太鼓ならぬ石油罐の底をたたいていた。しまいにはその石油罐を半分に切ってもらって両端にヒモを通して首から下げた。こうして、ぼくたちの行進には奇妙な鼓手が常に立つことになったのである。

 

 ぼくたちは行進する。

 鼓手と祭司のあとからはダンボール箱を抱えた少年が慎重な足どりでついていく。そのあとに五人の少年が足並みをそろえ、そして、揃えそこないながら歩いていく。垣根ごしにどこかの家の飼い犬が不安げな吠え声をたてている。まぬけな犬たちめ、おまえたちなど相手にしない。おまえたちは体の芯まで陸の生き物さ。犬かきはできても、水のなかをのびやかに泳ぐことはできまい。仲間のひとりが垣根のなかに石をひとつ蹴りこんでやる。 それにしても、祭司の少年が少しも愉しそうでなかったのはどうしてだったろう。少年は儀式のたびに場所を選んでぼくたちを先導していくのだが、そのあいだじゅう黙りこくって行く手をみつめているばかりだった。小さな町工場の子で、父親と二人で住んでいた。レンズを研磨するのが主な仕事で、工員が二人通いで来ていた。

 その父親が変わり者だった。重油を焚く大型の炉にほとんど終日とりついていて、たまに汗まみれの姿で外気を吸いにおもてに出てきては、その鋭いまなざしを周囲の風景に突き刺していた。煙草を喫むわけでもなく、体をほぐすわけでもなく、この男は汗がひくと地面に二三度唾を吐きかけてはまた薄暗い工場のなかに戻っていった。手足が異様に長く見えたので、ぼくたちは穴ぐらのなかの蜘蛛を想いうかべたものだ。おそらく祭司の少年もその父の陰気な性格を受け継いだに違いなかった。まったく何を考えているのか得体が知れぬのは父も子も同じだった。そして、あの眼の奥に輝いている不気味な光についてもだ。 

 この工場の主人は、飼い猫を鉈で撲殺したと噂されていた。猫の頭蓋骨がふたつに割れていた、と見てきたようなことをいう者もいた。それからというもの、この家は間が悪いことばかりだという。少年の母親はよその男とどこかの町で暮らしているという話だし、母親がいなくなってすぐに、少年の妹が後退してくるトラックに轢かれて死んだ。父親も作業中に大怪我をしたという。どの話も親たちから聞いただけで、ぼくたちはその事件がいつ起こったのか知らなかった。ただ、少年の父親には、耳の後ろから肩口にかけて大きな火傷の跡があり、薄暗いところでみると何か黒いものが襟首にとりついているようだった。

 それでも、景気は良いらしく、工場の炉は休日でも轟音をたてていた。嘘か真か、米軍のライフルの照準器のレンズを作っているのだと事情通の仲間がいっていた。少年を呼び出しに彼の家の茶の間を覗いたことがあった。少年は父親に殴られたらしく、赤い眼をして畳の上にうずくまっていた。少年といっしょに汚れた什器と黴の生えたコッペパンが転がっていたのを覚えている。

 


自著の英語版

2012年04月17日 01時30分41秒 | 文芸

普段は、、もっぱらドイツ語などのテキストを日本語に翻訳しているのだけれど、自分の著作が外国語に翻訳されてみると、なかなか面白いもので、なるほどそう訳すか?とか、自分のニュアンスがこれでつたわるかなあ、といった言語のちがい、つまり背負っている文化文明のちがいがよくわかるのだ。以下は、1996年に出版された自分の代表作のひとつの英文翻訳とオリジナル日本語テキストだ。あらためて、読み返すと、日本語のほうに手をいれたくなってきた。いまや、版元が倒産したので、絶版状態だから、リニューアルして再度刊行のトライをはじめたい。


Water Cat
Even now, I can clearly recall the period in my childhood when the "ritual" possessed me like a fever. And the cats we spent intimate days with float up in my dreams on exhausted nights. Freed from everything, they float and sink, frolicking with fish. The cats gradually multiply until they become a school of cats, swimming in the wide sea.

For some reason, I understand everything in my dream. Yes, I see; I sometimes sigh. I understand that everything had to be the way it was at that time: the ritual, the melancholic face of the leader boy we called "the Priest".

But when I wake up from this familiar dream, the past seems washed out and I realize that I am still, as always, living in the season of betrayal.

 いまでもぼくは、あの少年時代の一時期に、熱病のようにとり憑かれたのことを、はっきりと想いだすことができる。そして、ぼくたちと親密な日を送った猫たちが、疲れた夜の夢のなかにふいに浮かびでたりもする。猫たちは、透明な水のなかで、しなやかに泳ぎまわっていた。あらゆるものから自由になって、魚たちと戯れ、浮きつ沈みつしている。しだいに数を増し、やがてひとつの群れになって大海を回遊している夢となる。

 夢のなかでは、ぼくはすべてのことに合点がいっていた。「ああ、そうだったのか」と、呟いていたりする。あのころのについても、「祭司」とよばれた、ぼくたちのリーダーの少年の暗い表情にしても、すべてがあのときにはそうでなければならなかったのだ。

 しかし、その懐かしい夢からさめてみると、過ぎてきた時はあまりに色あせていて、ぼくは、相も変わらず、裏切りの季節のなかで生きていることに気がつくのだった。

 

                   天沼春樹『水に棲む猫』冒頭 1996年刊

                                      翻訳 By Mariko Nagai

 

                         1
In March, still the early spring, of 1890, the dockhands at the Liverpool port were, as always, sick of their unloading procedure. The load of that day was "fertilizer" that had come all the way from Alexandria in Egypt. The men could smell the moldy, dusty odor from branded wooden crates.

"Ugh. Smells like the inside of a catacomb," one of them even commented, in a quiet voice. They all wanted to be done with the tedious work so that they could go and swig a half-pint of beer, wet their parched throats. No fertilizer from Egypt could be that good.

The dockhands were right. That day's crates were suspicious, both in terms of their sender and their content. This fertilizer that was bought in mass quantity and sent to the port in England by an Alexandrian speculator actually consisted of the debris of countless cat mummies excavated from Ben Hassan's pyramid. An endless number of cat mummies wrapped in linen had come out of that grave. They had struck a bottomless mine that would provide a stable year's supply of fertilizer. So first, 8000 cat bodies, and then countless others had ended up in the ground of this region.

 The cat was finally elevated to godhood in Egypt during the Tenth Dynasty, in 15th century BC. The heir of Tuthmosis IV and Amenhotep II, and the father of Amenhotep III, the Rah built a temple in Ben Hassan during his eight-year reign. The temple was dedicated to the goddess with a feline head, the goddess Pashat, who is also known as Bashat. Cats were her sacred creatures and it was thought that their eyes were rays of sunlight traveling from the other world. Killing cats was punishable by death, and when cats died, their masters wallowed in grief, and showed their state of mourning by shaving off their eyebrows. The corpses, with their intestines carved out, were cleansed and perfumed with rich scented oil; then they were wrapped in many layers of cloth and given proper burials. If the masters were wealthy, cats were laid out in colorful coffins. Whether or not the cats appreciated this was beside the point. After all, this was a country where the lives of cats were taken more seriously than victories in war. After three thousand years, the authority of the Goddess Bashat ended with its sacred virtues eaten up by carrots and pumpkins in the fields of Yorkshire.

 

一八九○年の春まだ浅い三月、イギリス、リバプールの港の陸揚げ人夫たちは、いつものように荷揚げ作業にうんざりしていた。その日の荷はエジプトのアレクサンドリアからはるばる運ばれてきた肥料だった。焼き印の捺された木箱から、かび臭くほこりっぽいにおいがする。「いやな臭いだ。地下墳墓(カタコンベ)のなかにいるみたいだ」と、つぶやく連中もいた。早くそのしんき臭い仕事を終えて、いがらっぽくなった喉を半パイントのビールで一気に潤したかった。エジプトから運ばれてきた肥料なんてろくなものであるはずがない。

 人夫たちの堪はあたっていた。その積み荷は荷主も中身もうさん臭いものだった。アレクサンドリアの山師が大量に買い込んで、肥料としてイギリスの港に運んだのは、ベニ・ハッサンの墳墓から堀りだされたおびただしい猫のミイラだったのだから。墓のなかから麻にくるまれた猫のミイラはいくらでも出てきた。おそらく数年に渡って安定した肥料を供給できる鉱脈を堀当てたというわけだ。最初に八千体、あとは無尽蔵にこの土地の土のなかに眠っているはずだった。

 紀元前十五世紀、エジプト第十王朝で猫はついに神の座にのぼった。トトメス四世、アメンホテプ二世の嗣子で、アメンホテプ三世の父である太陽の子は、治世わずか八年のあいだにベニ・ハッサンにひとつの神殿を建てた。その神殿は、女神パシュト、あるいはバストと呼ばれる猫の頭をもった神に捧げられた。猫は神聖な生き物であり、その瞳は幽界を旅する太陽の光とされた。猫を殺すと死罪は確実で、飼猫に死なれると飼い主は嘆き悲しみ、眉を剃って喪に服したものだ。遺骸は内蔵をくりぬかれ、清められ、上等な香油をふりかけらると、布でぐるぐる巻きにされて、手厚く葬られた。飼い主が金持ちなら彩色を施した棺に納められる。猫がそのことをありがたがったかどうかは別の話だ。ともかく、戦の勝利よりも猫の命のほうを尊んだ国の話だ。そして、バスト神の威光は三千年ものちににイギリスにもおよび、ヨークシャーの畑で人参やかぼちゃがその功徳を吸いあげることになった。

 

Time just worsened. The season of rotten fish arrived.

Even three-quarters of a century after the cat mummies arrived at the port in Liverpool, their ordeals continued. Now, one of the descendants of those cats vaguely cursed its fate in the darkness. It had made a blunder, after being chased around by diabolical creatures, by falling into the hands of fanatical heathens—which, in every age, included children. Prohibited even from taking its normal graceful saunter, it could only wait for that moment, in its dark prison, with its eyes open. Dozing, it could only dream of silvery fish.

The dream of silver scales eventually returned the cat to the memory of its past grandeur and golden throne. It dreamt of those sacred days when its ancestors had napped in the burning desert kingdom. Its ancestors had played the part of gods, given a temple looking down on rushing torrents. Would it, too, the cat wonders, be able to see the same sight?

The cat's eyes, those beams of sunlight traveling from the other world, widened in the darkness.

Times just worsened. The season of rotten fish arrived.

Even this darkness, my darkness, is filthy. Does my anxiety emerge from this darkness? And what about these children who have taken hold of me? Anxiety, without taking a definite shape, grows under the soft fur. Until I see the light, I am entangled only with my own smell, and the thoughts of these children remain mysterious.

 時代は悪くなるばかりだ。腐った魚のような季節がやってくる。

 猫のミイラが、リバプールの港に上陸してから、四分の三世紀がすぎても、かれらの受難はつづいていた。

 今、彼ら末裔の一匹は、闇のなかでぼんやりと自分の未来を呪っていた。狂信的な異教徒たち、つまりいつの時代も子どもたちが一役かうわけだが、その悪魔の手先たちにおいまわされ、不覚にもその手におちたのだ。日頃のしなやかな歩みも禁じられ、閉じこめられた闇のなかで瞳をみひらき、大人しく〈その時〉を待つほかはない。とろとろとまどろみながら銀に光る魚たちの夢でもみるがいいのだ。

 銀の鱗の夢は、やがて黄金の玉座の記憶へ帰っていく。灼熱の砂漠の王国で父祖たちがまどろんだ神聖な日々の夢だ。父祖たちは、神の一部となり、神殿を与えられ、滔々たる大河をみおろしていた。自分も、やがてそのような大河を見るのだろうか。

 猫の眼、幽界を旅する太陽の光は、闇のなかでひろがり始める。

 時代は悪くなるばかりだ。腐った魚のような季節がやってくる。闇すらもうす汚い。俺の不安はこの闇からくるのだろうか。それにしても、俺をとらえたこの子どもたちはなんなのだ。不安は形をとらぬまま柔らかい毛並みの下で育っていく。再び光を見るまで、自分の体臭と絡みあうばかりで、子どもたちの心は、はかり知れない。