八障連ブログ

八障連(八王子障害者団体連絡協議会)運営委員会より、情報提供を行っています。(「八障連について」カテゴリーを参照)

八障連通信299号をアップします。

2015年05月28日 | 八障連通信
八障連通信299号をアップします。


八障連通信299号【PDF版】はこちら





ここからは、八障連通信299号の本文です。



【事務局通信Vol.18】
今年度も総会が近づいてまいりました。今年は準備の都合上、久しぶりに往復ハガキで出欠確認を取らせて頂きました。既に多くの方より返信を頂きました。どうも有り難うございます。まだの団体は早急に投函をお願いします。ここでこぼれ話ひとつ…、『出席』欄に☑だけ入れて送って来た方が一人、片面を切らずに送って来た方が複数いました。後者は、ハガキをよく見ると返信側の折り目に『ここを折って送るよう…』とあるので、勘違いされたと思います。前者は、当日イジラれるかもしれません。ご覚悟を…。どちらにしても、常識外れは団体の長としては少々恥ずかしいので…ネ。当日は多く方のご参加をお待ちしております。<文責/夛田>


【インフォメーション 会員の動向・総会のお知らせ】
◇新会員の紹介◇
一般社団法人メンタルさぽーと協会(団体賛助会員)、株式会社桜草・桜草元八王子寮(正会員)、社会福祉法人八王子いちょうの会・いちょう工房東浅川(正会員)が2015年4月新規入会しました。
◇退会◇
こころみの会(正会員)、八王子オストメイトの会(正会員)、くるみ(団体賛助会員)、花田実里さん(個人賛助会員)、小宮山優さん(個人賛助会員)が、2015年3月をもって退会しました。

◆2015年度八障連総会のお知らせ◆
2015年度八障連総会は5月30日(土)となります。総会議案書を同封しておりますので総会参加時に必ず持参して下さい。また4月21日に、総会参加出欠に関するはがきを送付しています。当日総会にどうしても参加できない会員は、必ず総会前日まで届くよう委任状を提出して下さい。多くの会員の参加で、総会を盛り上げていきましょう。



【今後のスケジュール】
ワークセンター総会 5月22日(金) 18時~20時 クリエイトホール
八障連2015年度総会 5月30日(土) 13時30分~16時 クリエイトホール


【2015年4月16日発行のasacoco(地域情報誌)第70号に「誰も排除しない宅老所に学ぶ~『井戸端げんき』の伊藤さん講演」と題した記事が載りました。記事を書いたのはasacocoの長田さん。福祉フォーラムの参加ありがとうございました。ここに掲載しますので、ぜひご一読ください。(通信編集部)】
《asacoco第70号より抜粋しました》
八王子障害者団体連絡協議会(八障連)が主催する「最期まで地域で暮らすため、宅老所の取り組みに学ぶ」とした映画上映と宅老所開設者の講演が、八王子労政会館で3月14日に開催された。障害があったり高齢であっても地域で暮らすとはどういうことかを探った。

小規模宅老所の映画
集会は第一部が映画「ただいまそれぞれの居場所」(大宮浩一監督)上映で、第2部が千葉県木更津で宅老所「井戸端げんき」(特定非営利活動法人井戸端介護)の伊藤英樹代表の講演だ。スクリーンの横に手話通訳がいる。
映画は、画一的な介護から脱して事業を立ち上げたいくつかの宅老所の実態を紹介するヒューマンドキュメンタリーである。いずれもコンクリートの建物ではなく、民家型で小規模であることが特徴だ。
登場するのは「井戸端げんき」の他に「元気な亀さん」(埼玉県坂戸市)、「いしいさん家」(千葉県千葉市)、「優人」(京都府城陽市)だ。どの宅老所も、認知症の利用者のありのままの姿を伝え、一般的に問題行動といわれる暴言や俳徊にとことんつき合う職員の対応を映し出していた。
映像の中で、「元気な亀さん」の創設者である滝本信吉さんは「1人ひとりにふさわしい介護を提供したい」と語った。また、重い認知症を持つ男性利用者が紙に「Thank you」とも読めるメッセージを書くシーンもあって、会場の集中度が一気に高まった。

誰も老いの経験はない
第2部に伊藤英樹さんが登壇。金髪の頭に驚くも、それは伊藤さん流のねらいがあった。伊藤さんはホワイトボードに半円を描いてこう言った。「生まれたから死ぬまでを半円にたとえると、氏の前の老いは誰も経験がないものです。経験がないから不安にせき立てられパニックになって暴れたり徘徊したりします。でも、半円の最初と終わりのように、老いは赤子に戻ることだと考えればごく自然なこと。近代は自立したことが重要視されるあまり、ぼけてはならないというプレッシャーを与えている。しかし、老いること、認知症を持つことはごく普通のことでそれを支えるのが宅老所の仕事です」

宅老所は1980年後半から90年代にかけて全国に数多く生まれた。制度がほとんどない時代から自主運営で認知症高齢者のデイサービスや泊まりのサービズを担ってきた。「元気な亀さん」は先がけであり、2002年に開所した「井戸端げんき」などが続く。「井戸端げんき」は、JR木更津駅から7分ほど。ごく普通の一軒家だ。玄関から廊下まで畳が敷き詰めてある。歩行が困難な利用者の多くが自宅では膝ではって移動していることを知った伊藤さんは、宅老所の中でも同じように移動できるようにしたという。画一的に車いすを押し付けない、それが伊藤さんの考えだ。

和室がデイルームである。ここには介護保険のデイ利用者のほかに障害者、利用者ではないが定期的に通ってくる30~50代の不思議なボランティアが数名いる。「誰でも行っていい」という口コミを聞いてきているという。
「統合失調症を患っていた青年は心配する母親にすすめられて来ました。大声で叫び続けるお年寄りを落ち着かせてほしいと頼むと、側で一緒に歌を歌い続けたんです。すると、やがて、お年寄りの叫ぶ時間が次第に短くなっていました」と伊藤さん。誰も排除しないという井戸端げんきのいわば相乗効果だ。

「折り合いをつけて、共に生きるということを宅老所としてやっていく。迷惑を受けるのが嫌だったら宅老所なんか開かないほうがいいのではないか」と、伊藤さんはきっぱり。
出会えた縁を大切にすることが、生きてきて良かったことにつながると確信しているとも。これを若い世代に知って欲しいから「金髪にして親近感を持ってもらえるようにしているんですよ」と笑った。


【連載コラム B型肝炎闘病記 パオ 小義久】
《闘病前史 その1》
その時は突然やってきた。悲劇の始まりである。悲劇にしろ、喜劇にしろ、突然やってくるからそう言われるのであろう。緩慢(かんまん)とやってきたのでは劇にはならないのかもしれない。
今からさかのぼること32年前のある日、勤めていた精神病院でチーム医療を展開していた仲間の医者から献血の協力を求められた。突然のことで何事かと吃驚(きっきょう)したが、父親が胃を患(わずら)っているとのこと。先日大量に吐血(とけつ)したので、大量の輸血を受けた。日赤から同じ量の血液の献血を求められているので、協力して欲しい。血液型は何でも良く、量だけ確保できれば良いということで、チームの仲間全員が協力した。その頃大和田町に日赤の血液センターがあった。地図を頼りに、迷いながら行ったのを昨日のように覚えている。確か現在の「とうふ屋うかい八王子店」があるところだったように思う。
 それまで献血をしたことがなく、とても良いことをした気分でいたのだが、1週間くらい後に精密検査の必要があり、都立駒込病院を受診するようにという葉書が届いた。感染症センターを訪ねるようにと書いてある。何かに感染したということ?何も悪いことはしていないし、どういうこと?何の為の精密検査かも分からず、不気味な感じに襲われたものである。青天の霹靂(へきれき)とはこういうことを言うのであろう。
 都立駒込病院には感染症センターがあり、結構高い水準を保った病院であることは知っていた。海外旅行から戻ってきた日本人や海外からの訪問客の中に感染症の疑いがあると、その当時成田空港から都立駒込病院に即刻入院させられていたのをよく耳にしていたからだ。
2回の受診で分かったことは、B型肝炎のキャリアーであるということだった。医者からの詳しい説明もなく、小冊子を渡され、よく読んでおくようにと言われた。わざわざ都心まで呼び出しておいてそれはないだろうという医療のおごりのようなものを感じた。しかし同時にそれ程悪い状況ではなさそうとの推察もできた。次回はご家族も連れてきて下さいと言われた日にはたまったものではなかっただろう。


八障連通信299号の本文はここまで。


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