芳野星司 はじめはgoo!

童謡・唱歌や文学・歴史等の知られざる物語や逸話を写真付でエッセイ風に表現。

怒りの葡萄(5)

2016年02月22日 | シナリオ

♯37

 家の中でコーヒーを飲む者、豚肉を食べる者


♯38

 戸外
 突然吠える犬たち
 走り出す犬たち
 戸外に出る父親

 父親  「どうしたんだ、いったい?」

 近づいてくるミューリー

 ミューリー「みなさん、おはよう」

 父親  「やあ、ミューリー」
     「こっちへ入って、すこしばかり豚肉でも食いなよ」

 ミューリー「腹は減ってねえよ」
     「おめえさんがたは、どんなあんばいかと、ちょっと気になってね」

     「それに、ひとこと、お別れでも言おうと思ってね」

 父親  「もう少ししたら、出発するところだよ」
     「すっかり積んでしまったよ、ほらな」

 ミューリー「なるほど、すっかり積んじまったな」

 納屋から出てくるアルと爺様
 アル  「爺様は、どっか具合が悪いみてえだ」

 爺様  「わしは、どうもしてやしねえだ」
     「ただ、わしは行かねえつもりだ」
 父親  「行かねえって?」

     「爺様、行かねえって、どういうつもりだね?」

     「ほれこの通り、荷物も積んじまったぜ」
     「行かなきゃなんねえだよ、わしらにゃ、もういるところなんぞ
      ねえだで」

 爺様  「おめえもここにいろとは言ってやしねえ」

     「おめえは、いくらでも行くがいいだ。わしじゃよ…わしが留まる
      んじゃ」
     「ゆうべ、一晩中考えただ。ここは、わしの故郷じゃ。わしは
      ここの人間じゃ」
父親   「爺様…」
爺様   「わしは、いやじゃ。行かねえだよ。ここは良くねえ土地だ」
     「でも、ここはわしの故郷じゃ。わしは、いやじゃ」

     「おめえたちはみんな行くがいいだ。わしは、自分の土地に留まる
      んじゃ」

父親   「留まることができねえんだよ、爺様。ここの土地はトラクターの
      下になっちまうだ」
頭を振る爺様  
父親   「誰が、おめえさまに料理をつくってくれる?」
嫌々をするように頭を振る爺様
父親   「どうやって暮らすだ? ここにゃ住むことはできねえだよ」
     「世話をしてくれる者もいねえで、爺様は飢え死にしてしまうだ」

 爺様  「何を言うだ! そりゃわしは老いぼれさ。だが、自分の世話くら
      いはできるだぞ」
     「このミューリーはどうやって暮らしてるだ? わしだって、ミ
      ューリーに負けねえくらいはできるだぞ」

     「わしは行かねえぞ。もしそうしてえのなら、婆様も連れて行くが
      いいだ。でも、わしを連れて行くのはやめてくれ」
     「わしが言いてえのはそれだけだ」

 父親  「なあ、爺様、ようく聞いてくれ。ちょっとでいいから聞いてくん
      なよ」
 爺様  「聞かねえだよ。わしがしようと思うことは、もう言っちまったか
      らな」
 トム  「お父っさん、家へ入ってくんねえかな。ちょっと話すことがある
      んだ」
 
 家の方に歩く二人

 トム  「おっ母…ちょっと来てくれねえか」


♯39

 家の中
 
 トム  「ちょっと聞いてもらいてえ。爺様が行かないと言い出す気持ち、
      俺にはよくわかるぜ」
     「だけど、ここに留まっていられるもんじゃねえ」
 父親  「そうだとも、留まれっこねえ」

 トム  「それでだ、爺様をとっつかまえて、縛り上げたりすれば、怪我を
      させねえともかぎらねえ」

     「と言って、いま爺様を説き伏せることもできねえ」

     「この際、爺様を酔いつぶしちまったら、うまくいくと思うんだ」
     「ウィスキーはあるかね?」

 父親  「いや、この家の中には、ウィスキーなんて一滴もねえよ」
     「ジョンも持ってねえだ」

 母親  「トム、たしかウィンフィールドが耳痛のとき使った鎮静液がビン
      に半分くらいあるはずだよ」
     「あれじゃ役に立たないかね?」

     「耳痛がひどいとき、ウィンフィールドを眠らせるのに使ったの
      よ」

 トム  「役立つかも知れねえな。おっ母、そいつを出してくんなよ」

 出ていく母親

 黒い薬液の入ったビンを持ってくる母親
 
 トム  「ブラック・コーヒーを作ってくんなよ。甘くて強いやつを」
     「そいつに大さじ二杯くらい入れるんだ」

 コーヒーを作る母親

 母親  「コップはみんな包んじまったから、爺様には空き缶で飲んでもら
      うよ」

♯40

 戸外へ出る父親とトム
 
 爺様  「人間は誰でも自分がやりてえと思うことを言う権利があるだ」
 トム  「おっ母が、いま爺様にコーヒーと豚肉を用意してるぜ」

 家の中に入って行く爺様
 明るんでゆく戸外


♯41

 家の中のテーブルにうつ伏せになって寝入る爺様
 
 トム  「爺様は、いつも疲れてる。そっとしとこう」

 トムに近づいてくるミューリー
 ミューリー「おめえは州境を越す気か?」
     「仮釈放の誓約を破るつもりか?」

 トム  「おや、おい、もう日の出が近いぞ」
     「出かけなくちゃならねえぜ」

 トラックの方に集まる家族たち
 小屋に、トラックに光が差す

 トム  「行こう」
 父親  「爺様を乗せるだ」
 
 父親、トム、ジョン叔父、アルが、眠ったままの爺様を抱えてくる
 トムとアルがトラックによじ登り、父親とジョンが抱える爺様を引き上げる

 父親  「おっ母と婆様はしばらくアルと一緒に前に乗んな」

     「いずれみんなで交替するだ。とにかく最初はこの順番だ」
 
 荷物の上によじ登るあとの家族たち

 コニー、シャロン、父親、ジョン、子供たち、説教師
 ノアとアルは車の下やタイヤを覗き込む

 ノア  「お父っさん、犬どもはどうする?」
 父親  「ほんとだ、忘れてたな」
 鋭く口笛を吹く父親
 一匹が駆け込んでくるが、もう二匹は来ない

 一匹を抱えてトラックの上に放り上げるノア
 自分も荷台にのぼるノア

 父親  「ほかの二匹は残していくしかしょうがねえな」
     「ミューリー、あとの犬どもの面倒をみてやってくんねえか」
     「飢え死になんぞしねえようにな」
 ミューリー「いいとも、ちょうど俺も犬を二匹ほど飼いてえと思ってたとこ
      だ。いいとも! 面倒みるぜ」
 父親  「鶏もな」
 
 運転席に入るアル
 スターターがうなる
 青い煙を吹き出す後尾

 アル  「あばよ、ミューリー」

 車体をふるわせて動き出すトラック
 家族たち「さよなら、ミューリー」
 庭を横切って出るトラック


♯42
 
 土煙を巻き起こし、ガタガタと揺れながら丘を這い上がっていくトラック
 ミューリーが戸口の庭にぽつんと立っている


♯43

 綿花畑の中の道路を土埃をあげながらノロノロと、国道へ向かうトラック
 太陽がぎらつき出す

♯44

 ゆるやかに上下にうねりながら、延々と伸びるコンクリートの道
 「第66号国道は」
 「移住幹線道路である」

 陽炎にゆらめく国道
 「赤い土地と灰色の土地を越え」
 「山脈をよじ登り」

 地図(ミシシッピ ~ カリフォルニア州ベイカーズフィールド市)
 「分水嶺を越え」
 「日の照りつける砂漠に下り」

 延々と伸びるコンクリートの国道の彼方に、大きな山脈が見える
 「ふたたび山脈に入り」
 「カリフォルニアの渓谷に入る」

 屋根の上に荷物を満載したセダンが走っている
 「この道は逃亡する人たちの道である」
 「土埃と荒廃の土地から」

 荷台に家財道具と家族を満載したトラックが行く
 「咆哮するトラクターと」
 「侵入してくる砂漠から」

 延々と伸びる国道を、何台もの異様な車が、点々と連なっている 
 「テキサスから吠え立ててくる嵐から」
 「わずかな財産を奪う洪水から」

 家財道具を満載し異様な形をした車が行く(トム・ジョード家の車)
 「第66国道は母なる道だ」
 「逃亡の道路だ」


♯45

 古ハドソンの車内
 ハンドルを握るアル
 眠っている婆様
 じっと前方を見つめる母親

 溜息をつくアル
 アル  「やかましい音がするなあ…大丈夫だと思うけど」
     「でも、こんな重い荷物をのっけたまま、坂を登るんだと、どう
      なるかわかんねえけど」

     「おっ母、カリフォルニアまでにゃ、丘はあるかい?」
 母親  「あるようだよ。あたしだって、よくは知らないけどね」
     「山だってあるそうだよ、大きな山がね」
 アル  「どうしても登るんだとすると、荷物を少し捨てなきゃなんねえな」
     「あの説教師、連れてこねえほうがよかったな」
 母親  「向こうに着くまでに、あの説教師を乗せたのが、ありがたく思わ
      れてくるよ」
     「あの人は、あたしたちの助けになるよ」
 アル  「おっ母…おっ母は、行くのが恐いかね?」
     「新しい土地へ、行くのが…」
 母親  「すこしね」
     「でも、何かあたしがやらなけりゃいけないことが起きたときは…
      あたしは怖がらずにやるよ」
     「あたしにできるのは、それだけさ」
     「みんな、あたしを頼りにしてるからね」

 あくびをして目をさます婆様
 婆様  「わたしゃ外に出たいよ」
 アル  「こんどの藪のところでな」
     「向こうにひとつ見えてるぜ」
 婆様  「藪があろうとなかろうと、わたしゃ外に出たいよ」
     「外に出たいと言ってるんだ」


♯46

 唸りをあげる古ハドソン
 
 急停車する古ハドソン
 
 母親がドアを開けて出て、婆様を下から支え降ろす
 
 荷台から降りる男たち、子供たち
 コニーがローザシャーンを優しく助け降ろす
 子供たちが藪の中に駆け込む

 荷台の中の爺様にトムが話しかける
 トム  「爺様も降りたいかね?」
 爺様  「いや…わしは行かんぞ。本当に行かん」
     「ミューリーと同じように踏みとどまるんじゃ」
 母親  「トム、骨の入っているお鍋を降ろしておくれ」
     「みんな何か食べないとね」
 
 道端に立ったまま豚の骨にかじりつく家族たち
  
 父親  「硬くなって、飲み込むのに骨が折れるだ。水はどこだい?」
 母親  「おまえさんのとこへ、上げておかなかったかい」
     「あたしはガロン瓶をつくっておいたんだけど」

 荷台に這い上がって探す父親

 父親  「ここにはねえな。忘れてきたにちがいねえ」
 ウィン 「水が欲しいよ、おれ水が飲みたい」
 アル  「こんどぶつかったサービス・ステーションで水をもらうことに
      しよう」
     「それにガソリンもいるしな」


♯47

 再び古ハドソンに乗り込む家族たち
 走り出す古ハドソン
 

♯48

 道路標識(キャッスルからパデン25マイル)の横を通過する古ハドソン
 蒸気を吹き出し始める古ハドソン
 停車する古ハドソン


♯49

 道端の小屋、二本のガソリンスタンド
 柵の傍に水道の蛇口ホース

 蒸気を出しながら乗り入れる古ハドソン
 ガソリンスタンドの背後から太った男がのっそりと出てくる
 サスペンダー付きコールテンのズボンにポロシャツ姿
 ボール紙製の日除けのヘルメット

 男   「お前さん方、何か買うのかね? ガソリンか何かを」
 蒸気の出ているラジエーターキャップを注意深く回そうとしているアル
 アル  「すこしばかりガソリンがいるんだ」
 男   「金は持っているのかい?」
 アル  「もちろんさ。俺たちを乞食だとでも思ってるのかい?」
 男   「それならいいさ。さあ、勝手に水を使っていいぜ」
 トラックの荷台から降りたトム、子供たち
 男は国道の方を見ながら
 男   「道路は人と車でいっぱいさ。そいつらが入ってきやがってよ…」
     「水を使って、便所を汚して…何か盗んだあげく、何も買わずに
      出て行ってしまうんだ」
     「金なんか持ってねえんだ。そのくせ車動かすから1ガロンくれっ 
      てぬかしやがる」
 トム  「俺たちは、ちゃんと支払いはする」
     「お前さんに、物乞いはしねえよ」
 男   「こっちもさせないよ。さあ自由に水を使ってくれ」

 ホースをつかみ水を飲むウィンフィールド
 頭から水をかぶる

 ラジエーター・キャップをはずすアル、
 吹き出す蒸気と沸騰するうつろな音

 男   「この地方がどうなるのか、さっぱり分からん」
     「何十台もの家財や子供を積んだ車が西へ向かっていく」

     「みんなどこへ行くのかね?」  
     「みんな何しに行くのかね?」

 トム  「俺たちと同じことをしに行くのさ」
     「どこかに住むためにな。何とか暮らそうと思ってな」

 男   「さっぱり分からん。俺だってここで暮らそうと思ってるんだ」

  犬の首輪を掴んで荷台から降ろしてやるジョン
  蛇口の下の水たまりから水を飲む犬


     

怒りの葡萄(4)

2016年02月12日 | シナリオ


♯29

 家の中
 台所で洗濯をしている母親

 母親  「トミー…カリフォルニアに行ったら、何もかも良くなってくれる
      といいんだがね」
 トム  「何で良くならねえと考えるんだい?」
 母親  「さあ、別に…ただ、なんだか、あまり話がうますぎるみたいなん
      でね」
 トム  「…」
     「あたしは広告のビラを見たんだけどね、向こうでは、仕事がうん
      とあるとか、賃金が高いとか書いてあったよ」

     「新聞で、向こうでは、葡萄やオレンジや桃を摘むのに、たくさん
      の人手を欲しがってるってことも読んだよ」
 トム  「…」
     「あたしは、あんまり話がうますぎて、こわくなったんだよ」

     「あんまりうまい話には、何かあんまりうまくないものがあるよう
      な気がしてね」

 絞った衣類をテーブルの上に薪のように積み上げる母親

 母親  「あたしたちの行くところは、二千マイルもあるってことじゃない
      か」
     「どれくらい遠いか、わかるかい、トミー」
 トム  「…」
     「地図で見たけど、絵はがきにあるような大きな山があって、ちょ
      うどその真ん中を通って行くんだよ」

 地図のイメージ

     「あんなに遠くまで行くのに、いったい、どれくらい日数がかかる
      んだろうね、トミー」
 トム  「さあね。二週間か、運が良けりゃあ十日ぐらいかな」

     「なあ、おっ母さん、心配するのはよしなよ」
 母親  「…」
     「俺が刑務所に入っていたときのことでも、すこし話そうか」
 トムを見る母親

 トム  「あそこじや、自分がいつ出所できるかなんて考えちゃいられねえ
      んだ」
 刑務所 建物
     「そんなこと考えてたら気が狂っちゃうからね。だから、その日
      その日のことを考えるようにするんだ」
 刑務所 作業所
 刑務所 運動場
     「次の日のこと、それから土曜日の野球の試合のこと…」

     「古手の連中はみんなそうしてたよ」
 トム  「おっ母さんも、そういうふうにしたらどうかな」
     「その日その日のことを考えるだけにするのさ」

 母親  「それはいい方法だね」

     「…だけど、あたしは、カリフォルニアが、どんなに良い所だろう
      と考えてみたいんだよ」
     「一年中、ちっとも寒くないし、いたるところに果物がなって…」

 母親のイメージがオーバーラップ
     「みんな、とてもいい所に住んでいて、オレンジの木の間に、小さ
      な白い家があって」

     「どうだろうねえ、あたしたちが、みんな仕事にありついて、みん
      な働けるようになったらの話だけど…たぶんあたしたちも、そん
      な小さな白い家が持てるんじゃないかね」

     「子供たちは木からオレンジをもぎ取ったりしてさ」

 母親  「うれしくて、きっと、大声でわめき出すことだろうね」

 トム  「おっ母さんは、そんなふうに考えて、気を引き立ててたんだね」
     「俺は、カリフォルニア生まれの男と知り合いになったけど、奴は
      そんなふうには話さなかったぜ」
     「奴の話じゃ、あそこらでも、とてもたくさんの人間が仕事をさが
      しているってことだぜ」
     「果物摘みの家族たちは、汚ねえ古ぼけたキャンプに住んでて、
      食うのがやっとだってことだよ」
     「賃金はとても安いし、第一、賃金をもらうのが容易じゃねえって」
 母親  「そんなことないよ」

 黄色い広告ビラがオーバーラップ
     「お父っさんが黄色い紙に印刷してある広告ビラをもらったんだけ
      ど、それには、とっても人手を欲しがってるって書いてあったよ」

     「もしそこに仕事がたくさんないんなら、そんな面倒なことする
      はずがないんじゃないか」
     「広告を出すにしたって、ずいぶんお金がかかるんだからね」

 母親  「何のために、そんな嘘をつくの? 嘘をつくのに、たくさんの
      費用をかけるかね?」
 トム  「わからねえよ、おっ母さん。なぜそんなことしたか。たぶん…」
 母親  「たぶん、何さ?」
 トム  「たぶん、良い所なんだろうよ。おっ母さんが言ったようにな」
     「爺様はどこにいるんだね? 説教師はどこだね?」
 
 山のような洗濯物を抱えて戸外に出る母親
 その後ろから戸外に出るトム

 母親  「説教師は、そこらを歩いてくるって言ってたよ」
     「爺様は家の中で眠ってるよ」

 洗濯物を物干しにかける母親
 爺様がだらしのない格好で出てくる

 爺様  「話し声が耳についたぞ、ちくしょうめ」
     「さあて、わしらは間もなく出発するんじゃ」

     「あっちにゃ、葡萄が道っぱたにぶら下がってることじゃろ」

     「わしが、何をするつもりかわかるか? わしはな、洗濯桶いっぱ
      いに葡萄を摘むだ」
 トム  「それじゃ、爺様もすっかり行く気になってるんだね、爺様?」
 爺様  「そうともよ。わしは喜んであそこへ行くんじゃ」
     「まるでわしは、新しい人間になるような気がしとるんじゃ」
 母親  「爺様は本気なんだよ。三ヶ月前、腰骨をはずすまでは、ほんとう
      に働いていたんだからね」
 爺様  「そのとおりじゃ」

 トム  「やあ、説教師がやってくる」

 母親  「あの人の今朝のお祈りは、変わっていたね」
     「ただの話のようだったけど、でも何となくお祈りらしかったね」

 トム  「あれは変わった人間だよ」
     「いつも独り言のように、変なことばかり喋ってるんだ」

 母親  「あの人の目をよくごらん。あれは清められた人間の目だよ」
     「物を見通すという眼の色だよ。本当にあの人は清められた人間
      みたいだ」

 戸口の近くに来たケーシー
 トム  「そんなに歩き回ってると、日射病になるぜ」
 ケーシー「うん、そうだな…わしは西部に行かなきゃなんねえ」
     「どうでも行かなきゃなんねえんだ」
     「あんたがたの家族と一緒に行かしてくれねえかね」
 棒立ちのケーシー

 母親はトムの顔を見つめる

 トムは返答しない

 母親  「まあ、おまえさんが、一緒に行ってくれるなら、私たちは大喜び
      ですよ」
     「今すぐ、あたしにゃ何もと言えないけど」

 ケーシー「ああ…そうだろうね」

 母親  「お父っさんの話だと、今夜みんなで相談をして、出発のことを決
      めるらしいから」

     「男たちがみんな集まるまでは、はっきりしたことは言えないけ
      ど」
      
     「ジョンと、お父っさんと、ノアとトムと爺様と、アルとコニーと
      これだけ集まったら、すぐ相談しますよ」

     「もし余裕さえあれば、みんなは喜んで、おまえさんに来てもらう
      ことになると思いますよ」

 ケーシー「どっちみち、わしは行きますよ」

     「何かが起こりはじめてるんだ。丘の上から見ると、どの家も空っ
      ぽだ」

     「道に人気がねえ。この辺りいったいが空っぽだ」

     「わしはもう、ここにぐずくずしていられねえ」

     「みんなの行く所へ、わしも行かなきゃなんねえ」

     「わしも畑で働くんだ。そうすれば、わしも幸福になれる…」

♯30

 午後の遅い時間、沈みかける太陽

 土埃をあげながら帰路につくトラック

 荷台の横木をつかまって立つルーシー12歳、ウィンフィールド10歳
 ローザシャーン(シャロンのバラ)、コニー
 
♯31

 トラックの中
 ハンドルを握るアル
 助手席の父親とジョン叔父

 アル  「お父っさん、どっかの奴がトムのことを話してたけど…」
     「仮釈放ってね、トムがこの州から外に出ちゃいけないってこと
      なんだってさ」
     「もし出たら、警察で捕まえて、また三年間、刑務所に入れとく 
      って言ってたよ」
 父親  「そんなこと言ってたか? その男たちは何でも知ってるような
      連中だったかい?」
     「勝手なだぼらを吹いてたんじゃねえのかい?」
 アル  「どうだかな」
     「俺はただ黙って聞いてただけさ」
 父親  「そいつが本当でねえといいんだがな」
     「トムはみんなに必要な人間だからな」
     「わしからトムに聞いてみよう」
     「わしらは、警察に追い回されなくても、面倒なことがいっぱい
      あるかなら」
     「それが本当でなけりゃあいいがな」
 ジョン 「トムなら知ってるだろ」

♯32

 がたがた騒音をたて、庭に入って行くトラック

 ブレーキ音、家の前に止まるトラック

 荷台から子供たちが叫びながら飛び降りる

 ルーシー「トムはどこにいるの?」
 ウィン 「トム! どこにいるの?」

 扉のそばに立っているトム

 トム  「やあ、お前たち、元気かい?」
 子供たち「お帰んなさい、トム。元気だよ」

 荷台からローザシャーンを助け降ろすコニー・リバース

 トム  「やあ、ローザシャーン。おめえが、みんなと一緒に来るとは思わ
      なかったぜ」
 シャロン「あたしたち歩いてたら、あのトラックが通りかかったの」
     「こちらはコニー、あたしの夫よ」

 握手するトムとコニー

 トム  「おめえんとこも、だいぶよろしくやってるらしいな」
 シャロン「知らないくせに、まだ何も」
 トム  「おふくろから聞いたよ。いつごろだい?」
 シャロン「あら、まだそんなに近いことじゃないわ」
     「この冬になってからよ」
 トム  「オレンジの木に囲まれた白い家の中で生むってことか」
 シャロン「何もわかってないくせに」

 腹部をさすりながら家の中に入るシャロン
 
♯33

 夕闇
 トラックのそばに集まる家族
 爺様を中心に半円を描くようにして座る

 父親、ジョン叔父、ノア、トム、コニー、アル
 女と子供たちは男たちの後ろに立つ

 説教師の姿はない

 父親  「売りに行った品物は、ほんの安値でしか売れなかった」
     「あいつらは、こっちが待てねえと知って、足元をみやがったよ」
     「十八ドルにしかならなかった」
 ノア  「みんな合わせて、俺たちの持ち金は結局いくらあるんだ?」
 父親  「百五十四ドルだ」
     「だが、アルの言うには、もっと良いタイヤを買わなきゃならねえ」
     
 トラックの前で続く相談 「 … 」

 トム  「聞いてもらいてえんだがね…なあに、あの説教師のことなんだ」
     「あの人が、俺たちと一緒に行きてえと言ってるんだ」

 しばらく沈黙が続く 「 … 」

 トム  「あれは、いい人間だぜ」
     「俺たちは長いこと、やつを知っているんだ」
     「ときどき、妙なことを言い出すけど、しかし筋の通ったことを
      言うぜ」
 爺様  「二つの考えがあったもんじゃ。説教師なんて悪運のしるしだと」
     「また、説教師と一緒にいるのは、とても幸運のしるしだと言う
      人間も、中にはいたもんじゃ」

 トム  「あの人は、もう自分は説教師じゃねえって言ってるぜ」
 爺様  「一度説教師になったもんは、いつまでたっても説教師じゃ」
     「わしは、あの男が好きじゃ。あれは、堅苦しくねえだでな」

 父親  「よく考えなくちゃならねえ。悲しい話だがな」

     「その、人数だが、爺様、婆様、これで二人だ」
     「わしとジョンとおっ母…これで五人」
     「ノアとトミーとアル…これで八人」

     「ローザシャンとコニーで十人」
     「ルーシーとウィンフィールドで十二人」

     「犬だって連れていかにゃあなるめえ」

 ノア  「残っている鶏と豚をはずしてもな」
 父親  「それで、みんなが乗れるかどうかと思ってるんだ」
     「そこへ、説教師も乗っけていくとなるとな」

     「それに余分の人間に食べさせることができるかって問題もある」
     「大丈夫かな、おっ母?」

 母親  「大丈夫かどうかって問題じゃないよ。やるつもりがあるかどうか
      の問題だよ」
     「できるかどうかなんて言ったら、あたしたちにゃ、何もできやし
      ないよ」

     「カリフォルニアへ行くことだって、何をすることだって、できや
      しないよ」

     「だけど、しようということだったら、なあに、あたしたちは…
      するだけだよ」
 父親  「だけど、もし本当に乗っける余地がねえとすると…」
     「もし家のもんが全部トラックに乗りきれねえとしたら…」
 母親  「いまだって余裕なんてありゃしないよ」
     「六人くらいしか乗れないとこへ、十二人も行こうとしてるんだか
      らね。一人くらい増えたって、たいした変わりはないさ」
     「それに、強くて健康な男ってものは、いつだって世話はやけない
      しね」
 婆様  「説教師ってもんは、一緒にいてくれるとありがたいもんだよ」
     「あの人は、けさ、ありがたいお祈りをあげてくれたでねえか」

     「 … 」

 父親  「トミー、あの男を呼んだらどうだい? 一緒に行くとしたら、
      ここにいてもらったほうが都合がいいでな」

 立ち上がって家の方へ歩くトム

 トム  「ケーシー…お~い、ケーシー!」

 家の後ろから出てくるケーシー

 ケーシー「呼んだかい?」
 トム  「うん。おめえさんが俺たちと一緒に行くんなら、あそこで相談に
      乗ってもらわなくちゃならねえからね」

 家族会議の輪の中に入るケーシー

 父親  「さて、いつ出発するかを決めなくちゃならねえ」
     「行く前に、やらなくちゃならねえことは、あの豚を殺して塩漬け
      にするのと、荷物をまとめることだ」
     「今となっては、早ければ早いほうがいい」
 ノア  「急いでやれば、明日中には用意できる。だから、明後日の夜明け
      には出発できるぜ」
 ジョン 「昼の日中に肉を冷やすことはできねえよ。豚を殺すにゃ悪い時期
      だ。肉は冷やさねえとな」
 ノア  「じゃ、今夜やっちまおう。今夜なら、いくらか冷えるぜ」
     「かなりのとこまで冷えるぜ。夕食すませたら、やっつけよう」
     「塩はあるかね?」
 母親  「たくさんあるとも。それに、いい樽が二つもあるよ」
 トム  「じゃ、やっちまおうじゃねえか」

 立ち上がろうとする爺様
 爺様  「わしは腹が減ったよ。わしは、カリフォルニアへ行ったら、年中
      葡萄の大きな房から手を放さねえで、かぶりついてやるだ」

 立ち上がり、歩き出す爺様

 身を起こす男たち

 灯りのついた台所に向かう家族
 
♯34

 食事をとる家族

♯35

 家の軒の垂木に吊り下げられている二匹の豚の胴体

 戸口の階段に座る父親

 家の壁に背をもたせかけて座るコニー、アル、トム

 父親  「明日の朝早く、あの豚を塩漬けにしよう」
     「それからトラックへ荷物を積んじまおう」
     「そして、明後日は出発だ」
     「明日の支度は全部やっても一日仕事にはならねえな」
 トム  「俺たちは、何か仕事はねえかと、きっと一日中、うろつくことに
      なるぜ」
     「やろうと思えば、明日の夜明けまでにゃ片づけて出発できるぜ」
 ノア  「いますぐ豚の肉を漬けたって、いたむことはねえだろう」
     「とにかく切っておこうぜ。そうすれば早く冷えるだろう」
 ジョン 「何でぐずくずしてるだ? わしは、こんなことは、早いとこ片
      づけてしまいてえ」
     「どうせ出かけると決まってるのなら、とっとと出かけようじゃ
      ねえか」
 トム  「出かけようや。途中で眠ればいいじゃねえか」
 父親  「人の話しだと、二千マイルあるってことだ。こいつはたいへんな
      道のりだ」
     「それをわしらは行かなきゃならねえ。ノア、おめえとわしで、あ
      の肉を切っちまおう」
     「あとの者で荷物をトラックに積み込めばいいだ」
 母親  「こんな暗いなかで仕事をして、忘れ物でもしたらどうするだね?」
 ノア  「明るくなってから、見回ればいい」
     
 立ち上がるノア

 弓形に反った包丁を手にする

 ノア  「おっ母さん、そこのテーブルを片づけてくれよ」

 立ち上がる父親
 父親  「荷物を一まとめにしなきゃならねえだ」
     「さあ、やろうぜ、みんな」

 立ち上がり、暗闇の中を動き、立ち働く家族たち

♯36

 トラックの荷台に荷物が積まれていく
 立ち働く者
 明るみはじめる戸外

怒りの葡萄(3)

2016年02月07日 | シナリオ

♯17
 四角い小さな箱のような家
 煙がブリキの煙突からのぼっている
 うずくまったような納屋
 庭に散乱する家具類、モーター、寝台、椅子…
 一台の変わったトラック(前部はセダン、屋根の後ろ半分は荷台になって
 いる)

 トム  「驚いたな。旅に出る用意をしてるぜ!」
 ケーシー「…だな」

 老人(父親のトム・ジョード)がトラックの荷台に上がり、ハンマーを振
 り上げ、荷台の側板の横木に釘を打ち付けている
 口に釘をくわえている
 前べりのたれたソフト帽、青い仕事用シャツ、ボタンなしのチョッキとジ
 ーンズ姿。
 まくった袖が、たくましい二の腕にくいこんでいる

 トム  「声をかけるんじゃねえぜ」
     「そっと忍び寄って驚かしてやろう」
 ケーシー「…」

 トラックに近づくトム
 それに気付かない父親

 トラックの荷台に寄りかかって父親を見上げるトム 
 父親はそれが誰か気づかない
 ハンマーを振り上げ、釘を打とうとして、手をとめる
 父親  「何か用かい?」

 やがて目を見開き、ハンマーをゆっくり下ろす
 口にくわえていた釘を手にとる
 父親  「トミーじゃねえか…」
 見上げて微笑むトム
 父親  「トミーが帰って来た…」
 トム  「ああ」
 父親  「おめえ、脱獄してきたんじゃねえだろうな?」
 微かに笑うトム
 父親  「身を隠さなくちゃなんねえんじゃあんめえな?」
 トム  「だいじょうぶだよ。仮釈放になったんだ」
     「自由の身になったんだ。証明書も持ってる」

 荷台から地面に降りる父親
 父親  「トミー」
 トムの顔を覗き込む父親
 父親  「わしたちは、これからカリフォルニアに行くんだ」

     「おめえには手紙で知らせようと思っていたんだ」

     「ところが、おめえは帰ってきた」

     「おめえも、わしたちと一緒に行けるんだな、一緒にな!」
 トム  「ああ」
 父親  「みんなをおどかしてやろう!」
     「おっ母は、もう一生おめえに会えねえんじゃねえかと、がっか
      りしてたんだ」

     「そんで、カリフォルニアに行きたくねえような気持ちになって
      たんだ」
 トムの肩に手をかける
     「よし、みんなをおどかしてやろう、入って行こう」
     「おっ母が、何と言うか見物だよ」
 父親がふとケーシーに気付く

 トム  「説教師さんだよ。覚えてるだろ? 俺と一緒に来たんだ」
 父親  「やっぱり監獄に入ってたのかね?」
 トム  「いや、道で出会ったんだ。これまでこの辺りから離れていたん
      だ」
 父親  「よく来てくれたね」
 握手する二人
 ケーシー「ここへ来ることができてうれしいですよ」
     「息子が家に帰るのを見るのは、まったく、すばらしい見物だか
      らね」
 父親  「家へだと?」
 ケーシー「いや、家のもんのところへさ」

 父親  「誰かが朝食を少しばかり欲しいと言ってやるか…」
     「それとも、おめえが中に入って、おふくろが気がつくまで黙っ
      て立ったままってのはどうだ?」
 トム  「おふくろを、あまりびっくりさせないようにしようよ」
 父親  「さあ、入って行こう。見物だぜ」


♯18
 入っていく父親と、その後ろに続くトム
 フライパンとフォークを持って調理をしている母親

 父親  「おっ母、旅の人が二人ほど、一口何か食べさせて欲しいとよ」
 母親  「入れてやんなさいよ。食べるものはたくさん作ったからね」
     「手を洗うように言っとくれ」

 ドアのところ、外の太陽を背景にトムのシルエット

 母親  「お入りなさいな。パンを多めに作っといてよかったよ」

 黙って立っているトム

 母親がそのシルエットを凝視する
 母親の手からフォークが床に落ちる

 母親  「…まあ、なんてありがたいんだろう!」
     「トミー、おまえ追われてるんじやないだろうね?」
     「脱獄してきたんじゃないだろうね?」
 トム  「違うよ、おっ母さん。仮釈放になったんだ」
 手にした上着を少し上げて
     「ここに証明書も持ってるよ」

 息子に近づき、腕に触れ、盲人のように彼の頬を触る

 母親  「まあ!」
 トムの顔を両手にはさみ
     「私たちは…危うくおまえをそのままにして出かけるとこだっ
      た」

     「行っちまったら、おまえがどうやって私たちを捜すのか…」
     「それが心配でならなかったんだよ」
 父親  「うまくかつがれたじゃねえか、え、おっ母?」
     「爺様にも見せたかったな」

     「爺様はまた大笑いして腰をぬかすぜ」
 トム  「爺様はどこにいるんだ? あの雷様にはまだ会ってねえぜ」
 母親  「婆様と一緒に納屋で寝てるよ。二人とも夜あまり眠れなかった
      からね」
     「なにしろ子供たちにつまづいて、転んでばかりだからね」

     「爺様たちは、気が向いたときに起き出してくるんだよ」

     「お父っさん、トミーが帰ってきたことを知らせてやんなよ」

 父親  「ああ、もっと前に知らせなけりゃな…」
 母親  「トミーは爺様のお気に入りだからね」
 戸口から出て行く父親

 母親  「トミー…おまえ…」
 トム  「おっ母さん、やつらが、俺たちの家に、どんなことをしたかを
      見たとき、俺は…」

 母親  「私は、はじめて自分の家をつぶされたんだ」
     「自分の家族が道っぱたに放り出されるなんて…はじめてさ」
     「何もかも売らなきゃならないなんて…はじめてさ…」

      「…でも、トミー、決して奴らと喧嘩をしに行っちゃいけないよ」

     「結局、山犬みたいに追いつめられるのが落ちだからね」

     「人の話だと、私たちみたいに追い出された者が、…
      十万人いるそうだよ」
     「もし、みんながみんな、いっせいに怒り出したら…奴らだって、
      こっちを誰一人追いつめたりしないだろうがね…」

 トム  「大勢の人が、そんなふうに考えてるのかい?」
 母親  「どうだかね。みんな、ただもうぼんやりしちまって…」
     「半分眠っように歩いてるのさ」


♯19

 戸外、庭先を歩く婆様、爺様、父親、長兄のノアたちの足元と影
 土埃が立つ
 婆様の声

 婆様  「神よ、勝利を、た~た~えまつれ、神よ、勝利を…」


♯20

 家の中
 トム  「おっ母さん、とうとう婆様は、俺の帰ったのを
      聞きつけたらしい」
 母親  「さあ、みんながやって来たよ」

 ストーブの所へ戻り、大きな鍋からパンを出す母親


♯21

 爺様を先頭に、婆様、長男のノア、父親が入って来る

 爺様は前が開いたままのボロボロのズボン、ボタンを掛け違えたシャツ、
 ボタンがはずれたままの下着を着ている

 婆様は狂的な目をし、どこか性悪そうな感じがする

 ノアは背が高く、長い大きな顔、目と目の感覚が広い
 ノアは鈍重で、まるで知能が低そうに見える
  
 爺様  「見ろや! 前科者だて!」
     「奴は、わしだってやるに違いねえことをやったまでだ!」
 婆様  「神よ、勝利を、た~た~えまつれ」
 
 トムに近づいて彼の胸を平手でたたく爺様
 爺様  「どうした、トミー?」
 トム  「元気だよ。爺さまは、どうだい?」
 爺様  「元気いっぱいじゃ」
     「さっきもな、言っとったんじゃ」
     「きっとトミーの奴は、監獄を飛び出して帰ってくるとな」
     「さあ、そこをどいてくれ。わしは腹が減った」

 トムをどかすようにする爺様
 ひとりテーブルにつき、猛烈に食べ始める爺様

 トム  「まったく元気がいいな」
 婆様  「こんな意地の悪い、口の悪い人はめったにいやしないよ」 
     「こんな人間は、悪魔といっしょに地獄へ行くに決まってるわ」

 むせかえって口の中のものが飛び散らせ、弱々しく咳き込む爺様
 婆様  「まったくだらしないね、爺様は」

 戸口の近くに立つノアに話しかけるトム
 トム  「元気かい、ノア?」
 ノア  「元気だよ…おめえはどうだい?」
 
 母親  「みんなが座れる広さはないけど、さあ、お皿をとって」
     「座れるところへ座っておくれ、庭でもどこでもさ」

 トム  「おや、説教師はどこへ行った?」
     「さっきまでここにいたのにな」

 父親  「さっき、どこかへ行っちまったぜ」

 婆様  「説教師だって? 説教師を連れて来たのかい?」
     「早くここに連れておいでよ、お祈りしてもらうからさ」


♯22
 外に出るトム
 トム  「おい、ジム! ジム・ケーシー!」

 水槽の下から現れるケーシー

 トム  「やあケーシー!」
     「かくれてたのかい?」

 ケーシー「いや、ただね、家族が家族を迎えるときに…
      他人が首をつっこむもんじゃねえからさ」

     「わしは、ここに座って考え事をしていたんだよ」

 トム  「中へ入って食べろよ」
     「婆様がお祈りしてもらいたいとよ」

 ケーシー「わしは、もう説教師じゃねえよ」
 トム  「かまうことはねえよ、婆様はお祈りが好きなんだからよ」


♯23
 中に入るトム、ケーシー

 母親  「…よく来ておくんなすったね」
 父親  「ほんとに、よく来ておくんなすった」
     「さあ、少しばかり、朝食を食べておくんなさい」
 婆様  「お祈りが先だよ!」
 爺様  「おお、あの説教師さんかい」
     「この人ならいいや。この人なら、わしは気に入ってただ」
 婆様   「お黙り! この罪つくりのスケベじじい! お祈りが先だよ!」
 ケーシー「言っときたいんだが、わしはもう説教師じゃねえですよ」

     「もし、わしがここにいるのが喜ばれて…」
     「それだけで…いいんなら、そんなふうなお祈りをやりますがね」

 婆様  「そういうお祈りをしておくれ」
      「私たちがカリフォルニアに行くことについて、何か一言入れて」
 
 全員頭を垂れる
 ケーシー「わしは考えてた…山の中をさまよいながら。…ちょうどキリス
      トが…」

     「さまざまの悩みから道を見つけようと荒野に出かけて行ったよ
      うに」

 婆様  「神よ、た~た~えまつれ!」

 ケーシー「キリストも、いろんな悩み事に弱ってしまって、何もよい考え
      が浮かんでこなかった」


♯24
 岩と土塊だけの丘の上を行くケーシー
     「いったい、こんなことをしていて何の役にたつのか。疲れたん
      だ」

 丘の上の荒野に立つケーシー
 どこかキリストと重なって神々しくさえ見えるケーシー

     「魂もへとへとに疲れてしまったんだよ」

     「わしもキリストと同じように疲れ切ってしまった」

 風にまるめられた枯れ草が、ケーシーの足元を転がって行く

     「そこに丘があり、そこにわしがおる」

     「わしと丘はもはや二つのものではない」

     「わしらは一つになっていた」

 丘の上の荒野に立つケーシー

     「わけがわからなくなってしまって…そして、わしは知ったんだ 」

     「そして、わしは考えはじめた…」

     「いや、考えよりもっと深いものだ」

 ケーシーの横顔、風が髪をもてあそぶ

     「わしは知ったんだ。わしらは一つになっているとき、…
      神聖なんだ」

     「そして一人でも、みじめでけちな人間が、暴れだしたり、…
      自分勝手なことをやらかしたり、喧嘩したりすると」

     「それは、もう神聖ではなくなるんだ」

     「しかし、みんなが一緒に働いて、一人が大きな全体に
      結ばれれば、…それは正しいことで、神聖なんだ」

♯25
 家の中、頭を垂れたままの人々

 ケーシー「わしが以前よくやったようなお祈りの言葉は、…
      いまはとても言えないんだ」

     「わしはこの朝食の神聖さを喜んでるんだ」

     「わしは、ここに愛があることを喜んでる、それだけだよ」

     「わしは、みんなの朝食を冷たくしてしまったようだ」

     「アーメン」
 全員  「アーメン」

 頭を上げ、朝食を食べ始める人々


♯26
 朝食を終え、戸外に立つ父親、トム、ノア、爺様、ケーシー
 散らばった家具、農具

 トラックの傍らに立つトム、父親たち

 エンジンを覗くトム

 父親  「こいつを買う前にアルが調べてくれたんだよ、大丈夫だってね」
 トム  「やつに何がわかる? 生意気ざかりの小僧っ子じゃねえか」
 父親  「やつは去年まで会社でトラックの運転手をしていたんだ」
     「生意気な小僧だが、なかなかよう知っとるようだぜ、アルは」
 トム  「やつは、いまどこにいるんだ?」
 父親  「それよ。やつはさかりがつきやがって、ここら中の女の子の
      尻を追い回してるんだ」

     「生意気ざかりの十六の小僧っ子だが、もう女の子とエンジン
      以外のことは、何も考えていやしねえ」

     「まったく、しょうがねえ生意気な小僧さ」
 生意気そうなアルの顔がオーバーラップ

 父親  「もう一週間も帰ってきてねえよ」
 爺様  「わしなんざ、もっとひどかったもんじゃ」
     「わしは、ずいぶん悪じゃったよ。ならず者と言われても仕方な
かった」
 トム  「いまでも、ならず者に見えるよ、爺様」
 爺様  「うん、そうかもしれん。今じゃ、若い頃の元気は全くねえがな」
     「好きなときにオレンジがもげるカリフォルニアに、早いとこ、
      連れて行ってもらいてえもんだ」

 トム  「ジョン叔父はどこにいるんだ?」
 ジョン叔父の顔がオーバーラップ
     「ローザシャーンはどこにいるんだ?」
 ローザシャーンの顔がオーバーラップ
     「ルーシーやウィンフィールドはどこにいるんだね?」
 ルーシーとウィンフィールドの顔がオーバーラップ

 トム  「誰もまだ、あの連中のことを聞かせてくれなかったぜ」

 父親  「誰もわしに聞かなかったからな。ジョンは荷物を売りに…
      サリソーに行った」
     「…ポンプや道具や鶏や…わしらが持っていたもの、みんな持っ
て行った」
     「ルーシーやウィンフィールドを連れてな。夜明け前に出て行っ
      た」
     「ローザシャーンだが、あれはコニーの家族たちと住んでるだよ」
     「うん、そうだ、おめえはローザシャーンがコニー・リバースと
      結婚したことさえ知らなかったな」

 父親  「コニーを覚えてるだろ。いい若者だよ」
 コニー・リバースの顔がオーバーラップ

 父親  「それにローザシャーンは、あと四、五ヶ月もすりゃ赤ん坊が
      生まれるんだ」
 トム  「へえ! ローザシャーンはまだほんの子供だったじゃねえか」
     「それが赤ん坊を生むって言うのかい」
 父親  「ちょうどいま腹がふくらんでるとこだ。元気そうだよ」
 トム  「四年間もいねえと、まったくいろんなことが起こるんだな」
     「お父っつぁん、西部へは、いつ出発するつもりだい?」
 父親  「うん、まずここらの物を売り払わなきゃなんねえ」

     「アルが夜遊びから戻ってきたら、トラックで売り払ってくる
      だろう」

 父親  「そうしたら、たぶん明日か明後日には出発できるな」
     「わしらは大して金を持ってねえ」
     「ところが、人の話じゃ、カリフォルニアまで…
二千マイルもあるってことだ」
     「早く出かけるほど、確実に向こうに着ける」
     「金ってやつは一分ごとにこぼれ落ちていくからな」

     「おめえはいくら持ってる?」

 トム  「二ドルしかねえよ。どうやって金を作ったんだい?」
 父親  「家にあったもんを全部売っちまったんだよ」
     「それから家中のものが綿摘みの仕事をしたんだ、爺さまもな」
 爺様  「そうとも、わしもやったよ」
 父親  「みんな合わせて二百ドルになった。このトラックに七十五ドル
      払ったんだ」
     「わしとアルとでな、こいつを半分に切って、この後部を…
      作りあげたんだ」

 見るからに変な形をしたトラックの全形

 父親  「出発するときにゃ、たぶん、わしらの金は百五十ドルぐれえに
      なってるだろう」
     「たぶん、この古タイヤじゃ、遠くまでもたねえだろう」

 トラックのタイヤを軽く蹴飛ばす父親
     「予備の中古タイヤを二つばかり買ったよ」
     「いずれ途中で、いろんなもんを買わなきゃなんめえ」
 
 斜めに差し込む強烈な太陽
 トラックの荷台の影が、地面に幾本もの棒状の列をつくっている

 ノア  「あの側板を、みんなはめ込めば、この荷物は全部積めるぜ」
     「積んでおけば、アルが戻ってきたら…」
 トム  「俺だって運転できるぜ、マカレスターで運転していたんだ」
 父親  「そいつはいい」

 道路の方に目をやる父親
 肩をそびやかして歩いてくる若者の姿

 父親  「ちょうど生意気な小僧が、しっぽを巻いて戻ってきたようだ」
     「すっかりくたびれたという格好だぜ」
 
 庭に入って来るだらしのない格好のアル
 踵の高い靴、ジーンズのズボン、幅広のベルト、
 カウボーイハットを横っちょに被り、肩を揺すり、
 格好をつけて歩いてくる

 トムの姿に気づく
 
 トム  「よう、まるで空豆のように大きくなっちまったじゃねえか」
     「これじゃ、道で会っても気づかねえな」

 がっしりと握手する兄弟

 トム  「おめえはトラックのことをよく知ってるそうだな」
 アル  「ろくに知りゃあしねえよ」
 父親  「あちこちぐれてやがったな」
     「おめえ、この荷物をサリソーへ売りにいかなきゃなんねえだぞ」
 アルがトムに向かって言う

 アル  「いっしょに乗らねえかい?」
 トム  「いや、だめだ。俺はうちで手伝いをする」
     「俺たちは…みんなで出発するんだからな」

 アル  「兄さんは…脱…脱獄してきたのかい? 刑務所から」
 トム  「いや、仮釈放になったんだ」
 アル  「ふうん…」


♯27
 売り物の家財道具を満載して庭を出て行くトラック
 もうもうたる土埃をあげて走り去る


♯28
 サリソーの町
 家財道具、農具類等を満載した荷車、トラック、馬
 売買に殺気立つ人、人、人

 農夫1 「上等の鍬が五十セントじゃひでえよ」
 買い手1「手鍬なんて、もう売れねえんだよ。金具の目方で五十セントだ」
 農夫1 「その種まき機は三十八ドルもしたんだぞ。二ドルはひでえよ」
 買い手1「どう見たってガラクタじゃあねえか。二ドルだな」
 農夫1 「じゃあ持ってきな、がらくた全部をな。そして五ドルくんな」
     「いいかい、あんたは、ただのガラクタを買ってるんじゃねえ」
     「がらくたになった命を買ってるんだ」
     「もう一つ言っとくが…今にわかるが…恨みも買ってるんだ」
 買い手1「五ドルじゃ買わねえ」
 農夫1 「引きずって持って帰るわけにゃあいかねえ。四ドルで買ってく
      れ」

 二頭の馬と荷馬車を交渉しあう男たち
 農夫2 「この馬と荷馬車でいくら出すだ?」
     「見ろ、見事な栗毛だろ。見ろ、あの張り切った膝と尻」
     「朝になりゃあ、光が当たって、栗毛色に輝くだ。いくらだい?」
 買い手2「十ドルだな」
 農夫2 「十ドルだって! 二頭でかい? それに馬車は?」
 買い手2「全部で十ドルだ」
 農夫2 「なんてこった! 打ち殺して犬の餌にしたほうがましだ!」
     「ええい、持ってけ! 早いとこ引き取ってくれ」
     「いいかい、おめえさんは、口には言えねえ悲しみも買ってるん
      だ」
 
 サリソーの町
 トラック、人、荷車、人、荷馬車、人…
 砂埃の中、あちこちで売り手と買い手の怒声が続いている

怒りの葡萄(2)

2016年01月26日 | シナリオ
            

♯9

 押し潰され傾いだ家や納屋に向かって丘を降りるトムとケーシー

 トム  「なんてこった!」
 ケーシー「何があったんだ?」

 納屋をのぞきこむ二人

 釘にかかっている破れた作業着、転がっている汚れた一ガロン缶

 トム  「農具もねえ…」
     
 ケーシー「いったい、何が起こったのか、…さっぱりわからねえ」 

 トム  「…何も残ってやしねえ…」

 ケーシー「しばらくここをはなれていたからね、何も聞いてねえ」

 綿花畑に囲まれたコンクリートの井戸に、土のかたまりを投げ入れるトム

 トム  「こいつは、いい井戸だったのに。まるで水の音がしねえ」

 倒れかかった家のほうを眺めながら
 トム  「たぶん、みんな死んじまったんだろう」

     「だけど、誰か俺に知らせてくれそうなもんだ」
     「何か俺に知らせる方法があったはずだ」

 ケーシー「家の中に手紙が残してあるかもしれねえ」
     「みんなは、お前さんが出てくることを知っていたのかね?」

 トム  「どうだかな…いや知らねえだろうな」

     「俺自身、一週間前まで知らなかったくらいだからな」

 ベランダ屋根の支柱がはずれて、片方にかしいだ屋根

 家の角がめりこんでいる
 へしおられた材木
 蝶番にぶら下がった扉

 ケーシー「家の中を見てみよう。まるっきり押しひしがれてるぜ」 

     「こりゃ何かでドカンとやられたようだな」

 トム  「みんないなくなっちまった…おふくろは死んだんだ」

     「おふくろがいるとしたら、あの扉は閉まっているはずだ」

 壁にもたせかけたベッドの鉄脚

 破けたボタン留めの女物の靴
 靴を拾うトム

 トム  「おふくろの靴だ。すっかりすり減ってるな」

     「おふくろは、この靴が好きだった。何年も履いていたんだ」

 ベランダの端に腰を下ろし、角材に裸足の足をのせるトム
 トム  「やっぱり、家の連中は行っちまったんだ」
     「何もかも持って行っちまった」

 ケーシー「うちのものは、お前さんに手紙をくれなかったのかね?」
 トム  「うん、うちの連中は手紙を書くような人間じゃねえよ…」

 煙草を吸うトム・ジョード
 トム  「何かただごとじゃねえ…」

     「ひどく悪いことが起こったんじゃねえかって気がする…」

     「家が押し倒されて、家の者がみんないなくなったんだぜ」

 やせこけた猫が納屋から出てくる
 猫がベランダに飛び上がり、二人の後ろに座り込む

 トムが猫に気づく
 トム  「おい! 見なよ、こいつを」
     「残っているやつがいたぜ」

 猫に手を伸ばすトム
 猫が飛びすさる

トム   「何が起こったかわかったぞ」
     「この猫を見たら、悪いことの正体がわかったぜ」
 ケーシー「わしには悪いことが、たくさんあったように思えるがね」
 トム  「いや、悪いことが起こったのは、この家だけじゃねえんだ」
     「どうも、俺にゃ近所の連中が誰もいねえように思えるんだ」

 猫がトムの丸めた上着に近づき、手でつつきだす
 トム  「やあ亀のことを忘れてたよ」

 丸めた上着から亀を解放する。這い出す亀
 亀に飛びかかる猫
 それを見つめるトムとケーシー

 と、指さすケーシー
 ケーシー「誰かやって来るぜ。ほら! あそこだよ。綿花畑の中だ」

 土埃と黒っぽい影
 ケーシー「埃を蹴り立ててるんで、姿がよく見えねえが…誰だろう」


♯10

 綿花畑
 土埃
 土埃の中に男の人影

 トム  「男だぜ」

 近づく男

 トム  「何だ、あの男なら知ってるぜ」
     「あんたも知ってるはずだ。あれはミューリー・グレーブズだ」

 立ち上がって声をかけるトム
 トム  「おい、ミューリー! 久しぶりだな」

 驚いて立ち止まるミューリー。ぼろを身にまとっている

 ミューリー「誰だい?」…

     「おめえは…こいつは驚いた…」

     「トミー・ジョードじゃねえか。いつ出てきた、トミー?」

 トム  「二日前だ」
     「車をつかまえては便乗させてもらったんでな、時間がかかって
      しまったんだ」

     「帰ってみたら、このざまだ」
     「俺の家のもんはどこにいるんだ、ミューリー?」

     「何で家が押し潰されてるんだ?」 
     「何で前庭に綿が植えられてるんだ?」

 ミューリー「やれやれ、俺が来合わせてよかったな」
     「トムおやじは、おめえをえらく心配してたぜ」

     「おめえんとこの連中が立ち退きのしたくをしてるとき、俺はそこ
      にいたんだぜ」

 トム  「うちの連中はどこにいるんだい?」
 ミューリー「それがさ、銀行がこの土地をトラクターで引っかきはじめたと
      き…」

 走り回るトラクター
 トラクターに発砲する老人
     「おめえの爺様なんざ、鉄砲持って、トラクターのヘッドライ
      トをふっ飛ばしちまったもんだ」

     「だけどトラクターは平気な顔で向かってきやがったんだ。爺様も
      運転してる奴を殺したくなかったんだ」
 
 老人に向かっていくトラクター
 トラクターの運転手
 運転手に銃を向けたままの老人

     「運転してた奴は顔なじみのもんだったからな。奴もそれを心得て
      どんどん進んできて、この家をぶっつぶして、振り回したんだ」

 トム  「おめえの長話はあとでゆっくり聞くさ」
     「うちの連中はどこに行ったんだ?」

 ミューリー「いま言おうとしてるじゃねえか」
     「みんな、おめえのジョン伯父のとこにいるよ」

 トム  「そうか! みんなジョン伯父のとこにいるのか?」
     「それで、そこで何をしてる?」

 ミューリー「みんなで綿花摘みしてるよ。金ためて、車を買って、それで暮
      らしの楽な西部に出かけようってわけだ」

     「このあたりにゃ、もう仕事は何もねえからな」

 トム  「それじゃ連中はまだ出発してねえんだな?」

 ミューリー「まだだよ、俺の知ってるかぎりじゃな」

     「俺が最後にみんなのことを聞いたのは、四日前だ」

     「おめえの兄貴のノアが野兎を撃ちに出るのに会ったときだ」

     「ノアは、みんなは二週間以内に出発するつもりだと言ってたな」

     「ジョン伯父も立ち退き通知をくらったらしいぜ」

     「おめえも八マイル歩いてジョン伯父のところへ行けばいい」

 トム  「よしわかった…もう好きなだけしゃべっていいぜ」
     「ミューリー、おめえはちっとも変わっていねえな」

 ミューリー「おめえもちっとも変わってねえな。相変わらず生意気小僧だ」
 トム  「ミューリー、おめえ、ここにいる説教師を知ってるだろ?」

     「ケーシー牧師さ」
 ミューリー「知ってるとも、よく覚えてるぜ」


 立ち上がるケーシー、ミューリーと握手する

 ミューリー「またお目にかかれてうれしいよ」
     「このへんでは長いこと見かけなかったな」

 ケーシー「いろんなことを考えるために、ここを離れていたからな」

     「ところで、ここで何が起こったんだね?」
     「何でやつらは、みんなを土地から追い出すんだね?」

 ミューリー「ちくしょうめ…あの薄汚ねえちくしょうどもめ」
     「やつらにゃ俺を追っぱらうことなんかできねえぜ」
     「何度でも、俺はすぐ戻ってくるからな」

     「もし俺を土の下に眠らせようってんなら、そんとき俺は、奴らを
      二、三人道連れにしてやるぜ」

 上着の横から銃を出して見せるミューリー

 トム  「みんなを追い出したって、どういうことなんだ?」
 ミューリー「それよ! 奴らは、あれこれ、うまいことしゃべりやがった」

     「おめえも知ってるだろう、ここ幾年か、どんなにひでえ年だった
      か…」


♯11
 砂嵐
 ひび割れた大地
 
  「砂嵐が押し寄せてきて、何もかもだめにした」
 
 枯れて倒れた玉蜀黍の葉がカサカサと音を立てる

  「太陽は土埃におおわれた大地に照りつけた」

 畑の玉蜀黍は全て同一方向に倒れている

  「収穫なんてなかった
  誰もかれも食料品屋に借金がたまった」
 
 貧しい小作農家。家の入口に座る男
  
  「土地の所有者はこう言った

   『もう小作人を置いておく余裕はなくなった』

   『小作人の取り分は、私たちにとって、どうにもやりくりのつかぬギリ
    ギリの利益なんだ』

 干からびた大地

   『お前たちの土地を全部合わせても、土地の利益なんてほとんどない』」

 走り回るトラクター

 押しつぶされる小作農家の家


♯12
 ミューリー「…だもんで、奴らは小作人を、みんなトラクターで追い出して
      しまったんだよ」

     「残ったのは俺だけさ。だが、くそっ、俺はいかねえぞ」
     「俺が馬鹿でねえことは、おめえも知ってるはずだ」

 トム  「ああ、おめえのことは、生まれてからずっと知ってるさ」

 ミューリー「この土地がたいして役立たたねえことは俺も知ってる。本当は
      耕地にする土地じゃねえ」

     「それに綿花で、この土地はくたばりかけてるんだ」

     「もし奴らが出て行けなんて言わなきゃあ、俺は今ごろカリフォル
      ニアで葡萄やオレンジをもいでるぜ」

     「だけど、ちくしょうどもは、俺に出て行けとぬかしやがった」

     「人間、そんなこと言われりゃ、出て行けるもんじやねえや」

 トム  「そうだとも」

     「うちの親父だって、そんなに簡単に出て行くなんて合点がいかね
      え。爺様が誰も殺さなかったのも合点がいかねえ」

     「婆様だってよ…うちの連中がそう簡単に出て行くはずがねえ」

 ミューリー「それがよ、やって来た男がうまいことばっかしぬかしやがった
      んだ」…


♯13
 「(♯2のシーン)
 代理人「お前さんたちには立ち退いてもらわなければならない」
    「それは、わしのせいじゃないんだ」
 小作人1「じゃ、誰のせいなんだ? 俺が出かけて行って、その野郎のきん
     たまをぶち抜いてやる」
 代理人「それはショーニー土地家畜会社だ。わしはただ命令を受けているだ
     けなんだ」
 小作人2「そのショーニー土地家畜会社ってのは、誰のことなんだ?」
 代理人「誰のことでもないよ。会社なんだ」
 小作人3「会社だって、人間が集まってできたもんだろうが」
 代理人「そこが違うんだ。会社は人間とは別のものなんだ」
    「会社は人間以上のものなんだ。人間が作ったものだが、人間はそれ
     を押さえられないんだ。…怪物さ」
    「銀行や会社は…空気を呼吸しているのじゃない」
    「利益を呼吸しているんだ…あの連中は」
    「しょっちゅう利益を食い続けなければならないんだ」  
    「この怪物は、太るのをやめると、死んじまうんだ」

 大きな赤い太陽が地平線に沈んでいく
 代理人の箱型の車と、小作人たちに夕闇が迫る            」


♯14
 大きな赤い太陽が地平線に沈んでいく

 ミューリー「人を馬鹿にしてやがるじゃねえか」
     「俺は…俺は出て行かねえぜ」
 
 暮色があたりに迫る
 トム、ケーシー、ミューリーの三人を闇が包みはじめる
 宵闇に星が光る


♯15
 夜空に星

 やっとあたりが白みはじめる時間

 綿花畑の間に続く車の轍とでこぼこ道
 トム・ジョードとケーシーが土埃を巻き上げながら歩いている

 ケーシー「お前さん、本当に道を知ってるんだろうね?」
 トム  「俺は目をつぶったって、まっすぐあそこへ行けるよ」

     「おふくろが、何か料理をしててくれるといいんだがな」

     「腹ぺこだよ」
 ケーシー「わしもさ」

 トム  「ミューリーは、地鼠みてえに、びくびくした人間になりかけてた
      な」
     「まるでインディアンに追っかけられてるみてえに、びくついてい
      やがった」
     「奴は気が変なんじゃねえかな?」
 ケーシー「もちろんミューリーの奴は気違いさ」
     「コヨーテみてえに這いずり回ってりゃ、…」

     「気違いになるのも当たり前だよ」

     「奴はいまに、誰かを殺して、警察と犬に狩りたてられることにな
      るぜ」

     「それが、わしには予言者みてえに、はっきりわかるよ」

 トム  「そうだな。…日の出までにはジョン伯父のところに着けるな」

 すっかり白む大地
 綿花畑の道を急ぐ二人

 トム  「いったいジョン伯父のところじゃ、みんなどうやって寝てるのか
      な」
     「あそこは部屋がひとつと、差しかけ小屋の調理場と、ちっぽけな
      納屋しかねえんだ」
 ケーシー「ジョンは一人ぼっちじゃなかったかい?」
     「あの人のことは、あまりよく覚えてねえが」
 トム  「世界でいちばん淋しい人間だよ」
     「それに、すこし気違いじみた人間だよ」

     「ミューリーに似たとこがあって、ときには、もっとひどいんだ」
     「酔っぱらって、二十マイルも離れたとこや、いたるところでジョ
      ン伯父の姿を見かけたぜ」

     「夜ランタンをつけて自分の土地を耕したり、気違いじみてたよ」
     「誰も伯父は長生きしねえと思ってたよ。でも親父より年上だぜ」

     「年ごとに手強く頑固になってく。爺様より頑固だぜ」

 ケーシー「ジョンは、まるっきり家族を持ったことがなかったのかい?」
 トム  「いや、ジョン伯父には若い女房がいたんだ。親父から聞いた話だ
      けどな」
     「女房は妊娠してたたんだ。ある晩、腹痛を起こしてね」
     「ジョン伯父に医者を呼んで来てくれって…するとジョン伯父は言
      ったそうだ」
     「ただの腹痛だよ。食べ過ぎたんだろ。痛み止めを飲みなって」
     「次の日の昼、女房は気が変になって、夕方死んじまったそうだ」
 ケーシー「何だったんだね? 食あたりかい?」
 トム  「いや、何かが腹の中で破裂したんだ。盲腸とかいうやつだ」

     「ジョン伯父はのんきな男だったが、それをひどく気にしてね」
     「長いこと、誰とも口をきかなくなってしまったんだ」

     「その状態から抜け出すのに、二年かかったんだが、それから気が
      ふれたみてえになってしまったんだよ」
 ケーシー「かわいそうな人だな」
 トム  「伯父は女房が死んだのは自分のせいだと思いこんでるんだ」

     「それからは、誰に対しても、その償いをしてるのさ…」

     「子供にものをやったり、誰かの玄関先に食い物を置いてきたり」

     「自分の持ってるものを、みんな人にやっちまうんだ」

     「それでもまだ伯父は、あんまり幸せじゃなかったよ」
 ケーシー「かわいそうな、淋しいひとだ」
     「細君が死んだあとは、よく教会に行ってたかい?」
 トム  「いや、行かなかったよ。人なかには決して近づかなかったよ」
     「一人ぼっちでいたがってたよ」

 光のなかを歩くふたり。ケーシーはうなだれて歩いている



♯16

 トム  「ほら! 真っ正面だ。ジョン伯父んとこの水槽だ」

 近づくふたり
 水槽の近くに、何匹かの犬たちがいる
 番っている犬たち

 トム  「ちきしょうめ! あの乗っかってる奴は、うちのフラッシュだ」
     「こい、フラッシュ!」

     「ちきしょうめ、見向きもしねえや」

     「もっとも、俺だってあんなときは、誰に呼ばれようが見向きはし
      ねえが」
 笑い出すケーシー
 ケーシー「なんだな、もう説教師じゃねえってことは、まったく気持ちが
      いいもんだな」

     「昔は誰もこんな話をしてくれなかったし、聞いても笑うことが
      できなかった」

     「汚ねえ言葉も使えなかった」

     「今じゃ、好きなときに好きなだけ、汚ねえ言葉も使えるしな」

 交尾している犬
 微笑むケーシー

怒りの葡萄

2016年01月13日 | シナリオ

 9年いや10年ほど前になるだろうか。スタインベックの「怒りの葡萄」を漫画にするという話があって、例えばそれを台本にするとこんな感じというのを書いたことがある。あの大長編をバッサバッサと短縮して半分ほどに減らした上、その3分の1ほどをシナリオ化した。
 改めて読み直してみると、これはこれで一篇の長編詩のようにも読める。それはそれで面白いので、物語の導入部分をブログに掲載することにした。
 この物語の主役はトムだが、ケーシーという元説教師が興味深い。彼は宗教家として根源的懐疑に行き当たり、悩む。あるとき彼は気付いたのだ。そして説教師をやめるのである。それはまるで禅林を出た旅の雲水が、忽然と悟りを開いたかのような瞬間なのだ。
 原作/スタインベック 訳/大久保康雄 脚本/芳野星司 である。

         
                     

♯1
 ひび割れた大地
 「オクラホマ … 」
 
 枯れて倒れた玉蜀黍の葉がカサカサと音を立てる
 畑の玉蜀黍は全て同一方向に倒れている

 土埃を上げる荷馬車
 「動くものはすべて、土埃を空に巻きあげる」
 
 「太陽は土埃におおわれた大地に照りつけた」
 
 貧しい小作農家。家の入口に座る男
 「男たちは静かに座っていた…」

 家の外の椅子に両脚を投げ出して坐る男
 「考えながら…」

 家の入口に蹲る男
 「あれこれ思いめぐらしながら…」

 畑から舞い上がる土埃
 畑に沿って土埃をあげて走る箱型の車
 
♯2
 土埃をあげてやって来る車を、不安げに見守る小作人農家の人々
 農家の前庭に停まる箱型の車
 立ち上がり車の周囲に立つ男たち
 
 女たちが子供たちを家の中に追い立てる
 小作人の女房「家の中にいな。出るんじゃないよ」

 車の前に立ちつくしたままの男たち
 車内に座ったままの男(地主の代理人)

 車と男を馬蹄形に囲んで、座り込む小作人たち
 車内に座ったままで小作人たちに語りかける男
 代理人「ここの土地がやせているのは、わかってるだろ、いやまったくさ」

 小作人1「へえ、わかってますよ、そのとおりでさ…」

 代理人「おまえたちが、長い間すっかり引っかき回したからさ」

 小作人2「土埃さえ飛ばなけりゃね…」
 小作人3「表土が飛ばなけりゃ、そんなに悪かねえんだが…」

 代理人「土地が年々貧しくなってるのは、おまえたちも知ってるだろ」
 小作人1「へえ、それは知れたことでさ」

 代理人「綿花は土地から養分をすっかり吸いとってしまうんだ」
 小作人2「輪作さえできたら…」

 代理人「そうだ、しかし、もう遅すぎるんだ」
    「誰でも、食べて、税金が払えりゃ、土地を持っていられるんだ」

 小作人1「へえ、おっしゃるとおり。それはできまさあ。不作になって…」
 小作人2「銀行から金を借りなきゃ、やっていけなくなるまではね…」
 代理人「うん、銀行や会社は…ああいう生き物は」

 代理人「空気を呼吸しているわけじゃない。豚肉を食ってるわけでもない」
    「あの連中は、利益を呼吸しているんだ」
    「金にくっついた利鞘を食っているんだ」
    「そいつを食えなくなったら、やつらは死んでしまうんだよ」
    「おまえたちが空気や豚肉がなけりゃ死んじまうようにな」
    「悲しいことだが、それが現実なんだ」
 小作人1「おれたちは、なんとかこのままやっていけないかね?」
 小作人2「たぶん来年は豊作になる。えらく獲れるかもしれねえ」
 小作人3「それによ、戦争で綿花が高値をよぶかもしれねえ」
 小作人1「綿花から火薬を作るっていうじゃないか。軍服もな…」
 小作人2「でかい戦争がいくつかありゃ、綿花の値は天井知らずじゃねえか」
 小作人3「ああ、来年はいいかもしれねえ」

 代理人「それが当てにできないんだよ、銀行は…この怪物は」
    「しょっちゅう利益を食い続けなければならないんでね」  
    「待てないんだ。死んじまうんでね」
    「この怪物は、太るのをやめると、死んじまうんだよ」

 不安そうな女たちが溜息をつく
 犬が箱型の車のタイヤに小便をかける
 鶏が砂浴びをしている
 
 小作人1「わしらに、どうしろっていうんだね?」
 小作人2「これ以上作物の取り前を少なくすることはできねえ」
 小作人3「みんな半分飢えかけてる」
 小作人1「子供たちは年中腹をすかしているし、着るものもボロボロだ」

 代理人「いいかい、小作制度ではもうやっていけないんだ」
    「トラクターに乗った人間一人で、十数家族分の仕事ができるんだ」
    「そいつに賃金払って、収穫はこちらが全部取る。仕方がないんだ」
    「こんなことは、こちらもやりたくないんだがね」
    「いまこの怪物は病気なんだ。何か具合が悪いことが起こってね」
 小作人1「でもそんなことすりや、綿花で土地がくたばりますぜ」

 代理人「わかっている。土地がそうなる前に、急いで綿花を収穫しないとな」
    「それから土地を売りに出すんだ」
    「東部には小さな土地でも欲しい人たちがたくさんいるからな」

 小作人2「待ってくれ、それじゃあ俺たちはどうなるんだ?」
 小作人3「おれたちは、どうやって食っていくんだ?」

 代理人「お前たちには、この土地から出ていってもらわねばならん」
    「もうすぐトラクターがここを掘り返すからな」
 
 小作人たちが立ち上がる。
 小作人1「冗談じゃねえ! 爺さまたちがここを開拓したんだ!」
 小作人2「インディアンたちをやっつけて、追い払わなくちゃなんなかった」
 小作人3「親父はここで生まれたんだ。親父は毒蛇や雑草と闘った!」
 小作人1「俺はここで生まれた。俺たちの子供もここで生まれた!」
 小作人2「それで親父は銀行から金を借りなくちゃなんなかった」
 小作人3「そんとき銀行がここの地主になったが、俺たちはここで頑張って
      育てたものを、少しばかり手に入れてきた」

 代理人「私らだってそれはわかってるよ」
    「しかし、これは私らじやないんだ。銀行なんだ」
    「銀行は人間とはちがう」
    「五万エーカー持っている地主も、人間じゃない。あれは怪物なんだ」

 小作人1「そうだろうさ! だけど、ここは俺たちの土地だ!」
 小作人2「俺たちが土地割りして開墾した土地だ!」
 小作人3「俺たちは、ここで生まれ、ここで殺され、ここで死ぬだ!」 
 小作人1「役に立たねえ土地だとしても、やっぱり俺たちの土地だ!」
 小作人2「そうだ! この土地で生まれ、この土地を耕して、この土地で死ぬ」
 小作人3「それが所有権ってもんじゃねえのか」
 小作人たち「所有権ってもんは、番号のついた書類なんかじゃねえ!」

 代理人「気の毒だが、それを私らに言っても無駄だ」
    「相手はあの怪物なんだ。銀行は人間じゃないんだよ」
 小作人たち「だけんど銀行だって、人間が集まってできたもんだろうが」

 代理人「そこが違うんだ、大間違いだよ。銀行は人間とは別のものなんだ」
    「銀行で働いている者でも、銀行のやることを憎んでいるんだ」
    「でも銀行はやってのける。銀行は人間以上のものだからな。怪物さ」
    「人間が作ったものだが、人間はそれを押さえられないんだ」

 小作人1「ふざけるな! 土地を守るため爺様はインディアンを殺した!」
 小作人2「親父は蛇を殺した!」
 小作人3「俺たちは銀行を殺すさ!」
 小作人たち「こいつはインディアンや蛇より悪辣だ!」
    「俺たちは、この土地を守るために闘わなきゃならねえ!」 
    「親父や爺様が闘ったように! 闘わなきゃならねえ!」

 代理人「お前たちは、立ち退かなければならんのだ!」
 小作人たち「冗談じゃねえ、ここは俺たちの土地だ!」

 代理人「そうじゃない! 銀行、あの怪物のものなんだ!」
 小作人1「鉄砲を持ち出すぞ! 爺様たちがやったように!」
 小作人2「インディアンをやっつけたようにな! そしたらどうする!」

 代理人「保安官を呼ぶさ。それから軍隊もな」
    「もし無理にここに頑張るつもりなら、お前たちは泥棒と同じだ」
    「人を殺せば殺人罪になる」
    「怪物は人間じゃない。でも奴は、自分のやりたいことを人間にやら
     せることができるんだ」

 顔を見合わせ動揺する小作人たち
 小作人1「でも、俺たちが出ていくとしても、どこへ行けばいいんだ?」
 小作人2「どうやって行けばいいんだ?」
 小作人3「俺たちは金なんぞ持っていねえ」

 代理人「気の毒だと思うよ」
    「銀行や地主には、責任はないんだ」
    「お前たちの住んでいる土地は、お前たちの物ではないんだからね」
    「この州から出ていけば、秋になれば綿摘みの仕事があるかもな」
    「ことによると政府の救済もあるかもしれない」

 車の周りに立ち尽くす男たちの不安げな顔

 代理人「西のカリフォルニアでも行ったらどうかね?」
    「あそこは仕事もあるし、一年中寒さ知らずだ」
    「あそこは、年中、何か仕事になる作物ができる土地だよ」

 代理人の車が動き出す。
 代理人「カリフォルニアにでも行ったらどうかね?」

 土埃をあげて走り去る車

 呆然と車の去った土埃の方向を見送る小作人たち

♯3
 何台かのトラクターが畑の中を動き回る
 トラクターの轟音と土埃

 押し潰される垣根、納屋、家
 もうもうと埃がまき上がる

♯4
 一匹の土亀
 土埃の道を土亀が引きずるような足跡をつけて進んでいる

 国道(ハイウェイ)

 大きな赤い運送トラック(横腹にオクラホマシティ運送会社の文字)が走っている
 トラックが停まる

 トム・ジョードが助手席のドアから降りる
 ボンネットを回り込み、運転台の窓のそばに立つトム
 運転手に言葉をかける
 トム  「ありがとよ、兄弟…」
     「…殺人罪だよ」
 トムを見つめる運転手
 トム  「人殺しをしたってことさ、おとなしくしてたもんだから、
      四年で出てきたというわけさ」
 黙ったままトムを見つめる運転手
 トム  「俺のことを食堂に寄るたんびに喋りまくったってかまわねえぜ」
     「おめえはいい奴だ。俺を乗っけてくれたもんな」
 ドアを平手で叩き…
     「あばよ兄弟」
     「乗っけてくれてありがとよ」
 トムはトラックに背を向け、国道から直角に伸びる土の道を歩き始める
 運転手 「元気でな」
 振り向かず、手だけ挙げるトム
 走り去るトラック

♯5
 土埃の立つ道
 乾ききった道に立つトム・ジョード
 広大な青い空、ぎらつく太陽

 パイント壜のウィスキーを飲むトム

 しゃがみ込んで靴を脱ぐ

 土埃の上をのろのろと歩く亀を見つける

 上着も脱ぎ、亀を掴みあげるトム

 上着に靴と亀を包み込み、脇に抱えて土埃の道を裸足で歩きだす

♯6
 ひょろ長い一本の柳の木
 まだらな木陰に近づくトム・ジョード
 木陰から男の裸足の脚がのぞいている

 男(ジム・ケーシー)が、のんびりと歌っている
 ケーシー「… イエス様こそ 俺の救世主
      イエス様こそ いまは俺の救世主さ …」

 トムに気づき歌うのを止め、じっとトムを見つめるケーシー

 トム  「いやはや、道はひでえ熱さだぜ」

 ケーシー「お前さんは、トム・ジョードじゃねえか。トム爺さんとこの」

 トム  「そうだよ。これから家に帰るところさ」

 ケーシー「お前さんは、わしを覚えてねえだろうな…うん」
     「わしが聖霊を授けてやったころのお前さんは、小さな女の子の
      おさげ髪を引っこ抜くのに夢中だったからな」

     「お前さんたちを、わしが洗礼をほどこしてやったっけ…」

 笑い出すトム
 トム  「そうか、お前さんは説教師さんだね」
 ケーシー「昔は説教師だった。ジム・ケーシー牧師。繁昌したものさ」…
 深い溜息をつき…「いまはただのジム・ケーシーだ」
     「もう神様のお召しを受けることもねえ。罪深い考えを、うんと
      持ってるからな」
     「もっとも、そのほうが、まっとうだと思えるんだがね」

 トム  「あんたは、よく素晴らしい集会を開いていたじゃないか」
     「うちのおふくろは、あんたを誰よりも好きだった」
     「婆さんは、あんたに聖霊がいっぱいついているって言ってたな」

 トム・ジョードはパイント壜を取り出す
 トム  「一杯どうかね?」
 ケーシーは壜を受け取り、傾けて飲む
 ケーシー「わしはもう、説教はやらねえんだ」…
     「このごろの人間には、もうあまり霊はいねえし…」
     「わしの中にも霊がいなくなってしまった」

 ケーシー「うまい酒だな」
 トム  「ああ、工場で造った酒だもんな。一ドルもしたんだぜ」
 ケーシーが壜を返し、トムも飲む

 丸めたトムの上着の中で亀が動いている
 ケーシー「何を入れてるんだね…鶏かい。死んじまうぜ」
 トム  「亀だよ。ちっちゃい弟に持ってってやろうと思ってね」
 ケーシー「子供は亀が好きだからね」

 亀が上着から抜け出し、逃げ出そうとする
 トムが亀を捕まえ、また上着の中に丸め込む
 トム  「子供たちに、何も土産物がねえんだ」
     「このおいぼれ亀しかね」
 ケーシー「お前さんがここに来る前、わしはちょうど、親父さんのトム・ジョード
      のことを考えてたんだ」
     「訪ねてみようかと思ってな」
     「おやじさんは元気かね?」
 トム  「どうだか知らねえな。俺は四年も家を留守にしてたからね」
 ケーシー「お前さんに手紙も出さなかったのかい?」
 トム  「なあに、うちのおやじは手紙を書くような人間じゃねえよ」
 ケーシー「旅に出ていたのかね?」 
 トム  「俺の噂を聞かなかったかい?」
     「新聞にはみんな出てたがな」
 ケーシー「いや…まるで聞いてねえな。どうしたんだね?」

 トムが愉快そうに笑う
 トム  「言っちまったほうが、さっぱりするかもな」
     「でも俺のために祈られたりしちゃ、かなわねえな」
     「俺はマカレスター刑務所にいたんだ」
     「喧嘩で人を一人殺したんだ」
 ケーシー「そのことは、喋りたくねえんじゃないか。ん?」
     「わしは何も聞きたくねえよ。たとえお前さんが何か悪いことを
      やったとしてもな…」
 トム  「二人ともダンスで酔っぱらっていた。奴がナイフで刺しやがった
      んで、転がってたシャベルで頭をぶっつぶしてやったんだ」
 ケーシー「それでお前さんは何も心に恥じることはねえんだね?」
 トム  「ああ、恥じてなんかいねえ」 
     「相手が俺を刺したというんで、七年くらっただけよ」
     「四年で出てきたんだ…仮釈放ってやつでな」
 ケーシー「それでお前さんは、四年間も家の消息を聞かなかったのかね?」
 トム  「いや、二年前におふくろがハガキをくれたし、去年のクリスマス
      には婆さんがクリスマス・カードをくれたね」
     「ピカピカしたのが付いてて、詩がかいてあったな」
     「監房の仲間が、くたばるほど笑いこけやがったな」

 ケーシー「マカレスターの待遇はどうだったね?」
 トム  「うん、悪くはなかったね。時間どおりに飯は食わしてくれるし」
     「清潔な服も着せてくれるし、風呂も浴びることができるし」
     「女を抱けねえのが、…辛かったがね」

 丸めた上着の中の亀が脱出をこころみている

 トム  「そろそろ出かけるかな。日照りももうそんなでもねえようだ」
 ケーシー「わしはもう何年もおやじさんのトムに会ってねえ」
     「いつか会いに行きたいと思ってたところだ」
 トム  「いっしょにきなよ。おやじはよろこぶぜ」


♯7
 二人は立ち上がって、光の中を歩き出す
 カサカサになった玉蜀黍の畑
 道は丘の上にうねうねと続いている
 丘に続く道を登る二人
 

♯8
 丸い丘の上に立つ二人

 トム  「様子が変だぞ」
     「あの家を見てくれ。なんだか変だ。誰もいねえじゃねえか」

 トム、家のあるあたりを見下ろす
 片隅が押し潰された小さな家、空に突き出した鎧窓
 家、納屋の周囲のギリギリまで綿花畑になっている
 
 トム  「なんてこった!」
     「地獄がここに口をあけたものにちがいねえ」
     「あそこにゃ誰も住んでいねえぜ」

 押し潰され傾いだ家や納屋に向かって丘を降りる二人