10年以上も前の2006年9月に書いた「相撲の話」である。横綱昇進を前に、あの白鵬が足踏みをしていた時である。時の経つのは早い。「光陰、馬のごとし」という競馬エッセイ集を書いたが、今度は「光陰、相撲のごとし」でもまとめようか。そう言えば「頑な花」という一文も書いたが、データが見つかっていない。頑な花とは貴乃花のことである。
私は三歳の頃からの相撲ファンなので、当然相撲に詳しく、そして力士に厳しい。相撲界の親方のような、そして勝手にご意見番のようなつもりでいる。
先場所の千秋楽、最後の取組で白鵬が朝青龍を敗った一番は実に見応えがあった。その直後、審判部部長は白鵬の横綱昇進を諮る会議を招集しないと発表し、私を激怒させた。彼等は前日、千秋楽の一番を見てから決めると言っていたのだ。何のことはない。既に前日に千秋楽の一番に関係なく、白鵬が勝っても横綱昇進見送りは決まっていたのだ。このファンの期待を裏切る審判部を許すことはできない…その晩、そう書こうと思った。
さて今場所の初日、白鵬の負けぶりを見てがっかりした。先場所の初日に朝赤龍に土俵際ではたき込まれて潰された負け方と、全く同じ負け方を稀勢の里に喫したからだ。
白鵬の二日目、三日目の勝った相撲を見て私は断言した。今場所の綱取りはない。彼が横綱に昇進する機会は、おそらく来年の夏以降だろう。今場所は良くて11勝4敗、もしかすると10勝も難しいだろうと断言した。敗れる相手は露鵬、把瑠都、琴欧州、そして安美錦あたりの小物、さらに横綱・朝青龍だろうと予測した。そして今日、安美錦に負けた。これで綱取りは消えた。三歳の頃から鍛えた私の鑑識眼は凄いのだ。
かつて柏戸は立った瞬間に相手の左前ミツを引きつけていた。それだけ立ち会いのスピードが凄かったのだ。そして一気に寄り切った。彼を土俵際でうっちゃって逆転できたのは大鵬と豊山くらいのものだった。
千代の富士も立った瞬間に相手の左前ミツを引きつけ、次に上手を取り、タイミングのよい切れ味鋭い上手投げや、速攻の寄り切りを決めた。彼の立ち会いの瞬間スピードは、カール・ルイスの百メートル走スタート時の瞬間スピードと同じだった。
白鵬は先々場所まで、立った瞬間に「浅い」左上手を取ることができた。これが彼に盤石の安定感を与えた。しかし先場所あたりから相手も研究し、彼に簡単に左上手を取らせぬようになったのである。白鵬は左上手を取ることにこだわるあまり、立ち会いに上体を伸ばし、相手と正対せずに左に変わりながら上手を取ろうとしていた。そのため立ち会いに鋭さがなくなり、上体と腰が伸びてしまうのだ。
白鵬は気づくべきだ。「浅い」左上手とは、ほとんど左前ミツと同義である。横に飛んで取る左上手は位置として深すぎる。上手にこだわる必要はない。要は相手の動きを止める引きつけのための浅い左上手、もしくは前ミツなのだ。顎を引いて立て。再度当たる角度をチェックしろ。柏戸や千代の富士の古いビデオを見て研究しろ。大鵬の相撲…組み止めてから相手の引きつけ方と相手の肩にかける圧力と、投げのタイミングを研究して欲しい。相手の前ミツを取り、顎を引いて引きつけ、焦らずに腰を落として寄れ。…白鵬は一から出直すことになるだろう。
魁皇の相撲から闘争心が消えた。明日から休場するそうだが、私は今場所限りの引退を勧告したい。栃東はおそらく今場所負け越し、来場所の角番も乗り切ることはできないだろう。これほどボロボロになった身体は、もう立ち直ることはできないだろう。彼もおそらく、来場所で引退することになるだろう。
雅山は、突き押しにこだわるべきでない。彼の突きは重く、腰も重い。しかし突きで決めようとする限り安定感は消え、前に落ちる相撲が多くなる。雅山の体型に合った相撲は、身体を丸め下からモコモコとハズ押しで押しまくる相撲であろう。それは相撲の基本動作でありながら、実際に身体能力として刷り込める力士は少ない。
以前すでに書いたが、天才・若羽黒のような押しである。身体を丸め、下からモコモコ、モコモコとハズ押しで前に出る。はたき込まれることなく、まわしも許さず、モコモコと前進し続ける。相手にとってこれほど嫌な押しはない。無論、誰もができる相撲ではない。
若羽黒は派手さのないこの相撲で大関になった。しかし若羽黒が天才と呼ばれたのは、この相撲のためではない。若羽黒は、ほとんど稽古をせずに大関に昇進した唯一の力士だったからである。彼は稽古が大嫌いだったのだ。彼が大関に昇進し初優勝した時、「二若時代の到来」と言われた。もう一人の若は、初代・若乃花である。しかし二若時代は到来せず、身を持ち崩した若羽黒は破門同然で廃業した。やがてピストルの不法所持、賭博などで逮捕され、ヤクザの用心棒となったと噂された。ある日、愛隣地区で行き倒れとなっていた大男が病院に担ぎ込まれて死んだという報道があった。私はその男をずっと若羽黒だと思いこんでいた。しかし本当は、岡山の弁当屋さんで真面目に働いていたが、病気でなくなったらしい。それが若羽黒の最後であった。
私は三歳の頃からの相撲ファンなので、当然相撲に詳しく、そして力士に厳しい。相撲界の親方のような、そして勝手にご意見番のようなつもりでいる。
先場所の千秋楽、最後の取組で白鵬が朝青龍を敗った一番は実に見応えがあった。その直後、審判部部長は白鵬の横綱昇進を諮る会議を招集しないと発表し、私を激怒させた。彼等は前日、千秋楽の一番を見てから決めると言っていたのだ。何のことはない。既に前日に千秋楽の一番に関係なく、白鵬が勝っても横綱昇進見送りは決まっていたのだ。このファンの期待を裏切る審判部を許すことはできない…その晩、そう書こうと思った。
さて今場所の初日、白鵬の負けぶりを見てがっかりした。先場所の初日に朝赤龍に土俵際ではたき込まれて潰された負け方と、全く同じ負け方を稀勢の里に喫したからだ。
白鵬の二日目、三日目の勝った相撲を見て私は断言した。今場所の綱取りはない。彼が横綱に昇進する機会は、おそらく来年の夏以降だろう。今場所は良くて11勝4敗、もしかすると10勝も難しいだろうと断言した。敗れる相手は露鵬、把瑠都、琴欧州、そして安美錦あたりの小物、さらに横綱・朝青龍だろうと予測した。そして今日、安美錦に負けた。これで綱取りは消えた。三歳の頃から鍛えた私の鑑識眼は凄いのだ。
かつて柏戸は立った瞬間に相手の左前ミツを引きつけていた。それだけ立ち会いのスピードが凄かったのだ。そして一気に寄り切った。彼を土俵際でうっちゃって逆転できたのは大鵬と豊山くらいのものだった。
千代の富士も立った瞬間に相手の左前ミツを引きつけ、次に上手を取り、タイミングのよい切れ味鋭い上手投げや、速攻の寄り切りを決めた。彼の立ち会いの瞬間スピードは、カール・ルイスの百メートル走スタート時の瞬間スピードと同じだった。
白鵬は先々場所まで、立った瞬間に「浅い」左上手を取ることができた。これが彼に盤石の安定感を与えた。しかし先場所あたりから相手も研究し、彼に簡単に左上手を取らせぬようになったのである。白鵬は左上手を取ることにこだわるあまり、立ち会いに上体を伸ばし、相手と正対せずに左に変わりながら上手を取ろうとしていた。そのため立ち会いに鋭さがなくなり、上体と腰が伸びてしまうのだ。
白鵬は気づくべきだ。「浅い」左上手とは、ほとんど左前ミツと同義である。横に飛んで取る左上手は位置として深すぎる。上手にこだわる必要はない。要は相手の動きを止める引きつけのための浅い左上手、もしくは前ミツなのだ。顎を引いて立て。再度当たる角度をチェックしろ。柏戸や千代の富士の古いビデオを見て研究しろ。大鵬の相撲…組み止めてから相手の引きつけ方と相手の肩にかける圧力と、投げのタイミングを研究して欲しい。相手の前ミツを取り、顎を引いて引きつけ、焦らずに腰を落として寄れ。…白鵬は一から出直すことになるだろう。
魁皇の相撲から闘争心が消えた。明日から休場するそうだが、私は今場所限りの引退を勧告したい。栃東はおそらく今場所負け越し、来場所の角番も乗り切ることはできないだろう。これほどボロボロになった身体は、もう立ち直ることはできないだろう。彼もおそらく、来場所で引退することになるだろう。
雅山は、突き押しにこだわるべきでない。彼の突きは重く、腰も重い。しかし突きで決めようとする限り安定感は消え、前に落ちる相撲が多くなる。雅山の体型に合った相撲は、身体を丸め下からモコモコとハズ押しで押しまくる相撲であろう。それは相撲の基本動作でありながら、実際に身体能力として刷り込める力士は少ない。
以前すでに書いたが、天才・若羽黒のような押しである。身体を丸め、下からモコモコ、モコモコとハズ押しで前に出る。はたき込まれることなく、まわしも許さず、モコモコと前進し続ける。相手にとってこれほど嫌な押しはない。無論、誰もができる相撲ではない。
若羽黒は派手さのないこの相撲で大関になった。しかし若羽黒が天才と呼ばれたのは、この相撲のためではない。若羽黒は、ほとんど稽古をせずに大関に昇進した唯一の力士だったからである。彼は稽古が大嫌いだったのだ。彼が大関に昇進し初優勝した時、「二若時代の到来」と言われた。もう一人の若は、初代・若乃花である。しかし二若時代は到来せず、身を持ち崩した若羽黒は破門同然で廃業した。やがてピストルの不法所持、賭博などで逮捕され、ヤクザの用心棒となったと噂された。ある日、愛隣地区で行き倒れとなっていた大男が病院に担ぎ込まれて死んだという報道があった。私はその男をずっと若羽黒だと思いこんでいた。しかし本当は、岡山の弁当屋さんで真面目に働いていたが、病気でなくなったらしい。それが若羽黒の最後であった。