諸葛菜草叢記

 "窓前の草を除かず“ 草深き(草叢)中で過ごす日々の記

2012年の終章

2012-12-29 22:31:55 | 日記・エッセイ・コラム

 “子 川上(せんじょう)に在り。曰く、逝(ゆ)者は斯(か)くの如きか。昼夜を舎 (お)かず、と。”(「論語」 子罕 第9-17)▼ <現代語訳>ー孔子先生は、川のほとりに立って、こうおっしゃいました。「流れゆく水流はこのように激しいものか。昼夜をわかたずに流れてやまない」 と。*注①「孔子が、時の流れを詠嘆的につぶやいた。」 ②「孔子は、水の滔滔と流れるエネルギーに物の本質を感じとり、やむことのない水流のように絶えず切磋琢磨せよ。」の解釈がある。([論語」-全訳注 加地伸行著 参照)▼① 嘆き節は、孔子らしくない。弟子もシラケルだろう。②について、押し付けがましくて、疲れる。(← 夢蔡 感想ー)  3000年の時を超えて影響力を持つ「論語」=孔子だから、このくらいのこと言っておかないと,後世 納得しないかー

日を乗せて 流れ逝きたり 冬の川 ー夢蔡ー

失われし時 求め止まずや ー符瑠~素戸ー

20121229_007 ▲ “ 行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。世の中にある人と栖(すみか) と、またかくの如し。”(鴨 長明「方丈記」) *当世では、この「無常のかたまり」はあまり流行りませんが、「警句」的に受け止めてみれば、良いかも知れません。(←「うたかた」=泡は、洗剤・廃液を含み、空き缶・ペットボトル・発泡スチロールも多数流れ行きます。いろいろ期待されて「河川」も大変です。--) 

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冬の日は はや傾きて 年の果て *まほらの国は 明け初(そ)めにしか  ー夢蔡ー

20111221_015 2012年12月31日 日没・午後4時38分ー。

ー「ま-ほ-ら」 「ま」は、接頭語。「ほ」は、非常にすぐれている物・所の意。「ら」は、場所を表わす接尾語。(「全訳古語辞典」)

“目に見えぬ 無数の脚が 空中に もつれつつ旅客機が離陸せり” <塚本邦雄> ▼ 人々は全員が乗り合わせている。乗り物を、「横領」しても、墜落でもすれば、全員が同じ運命をたどるしかない。

この国の 衆愚ひとりぞ 晦日蕎麦 ー夢蔡ー

        2012年ーー<了>-----


年の果て残日録

2012-12-25 22:05:15 | 日記・エッセイ・コラム

 “はらわたの紆余曲折を年の暮れ” (中原 道夫) ▼ カレンダーは余すところ数日となりました。(←凡々なる日々でして、振り返る事柄ありません 「近いうちに~」 何かを残そうなんて思っておりましたが、「年の果て」になりました。▼ 流行語大賞が、「ワイルドだろう~」 何がそうなのか良くわかりません。変な「口車」に乗せられた感じです。

ー残日のⅠ章ーー

ー「ワイルドだろう~」って、こんな感じ?でしょうか~

20121109_006 ▲ カマキリ 【蟷螂 鎌切】 三角頭に大きな“複眼”。学名 「mantis 」は、「預言者」の意。 拝み虫(おがみむし)。民間伝承から、イボを取ってくれるくれるとされ、いぼむしり。*写真のカマキリは、その色から「枯蟷螂」(かれとうろう)と呼ばれているが、生まれもった色で、緑色から変化したのではない。 (11月15日撮。小春日、陽だまりの草はまだ緑) 

枯蟷螂 鎌あげしまゝ 突き刺され ー夢蔡ー

 ー 「突き刺され」→ モズは、獲物を木の枝に突き刺して、“はやにえ”(速贄)を作る習性がある。(広辞苑) *何事も用心が“肝要”と言う意味を込めて、川柳といしました。ー夢蔡 拝ー

ー 残日のⅡ章ーー

冬の虫 変身せしは 誰なるや  ー夢蔡ー

20121114_039_2 ▲ 庭の小隅の陽だまりに咲いた【冬しらず】の花芯に取り付き、花粉をかじる蛾(冬の蛾 「シャクガ」?)の幼虫。(←写真は、立冬の頃、陽だまりの加減が良く、越冬するべき卵から孵ってしまったか~。) *【冬しらず】→「キンセン花」の近縁種。地中海原産。原名は「カレンデュラ」、始めは、園芸種として、今は野生化 (←寓居の窓前では・・) よく寒咲きする。

ーー“変身”考ー①ーー

フランツ・カフカー「変身」 「ある朝、グレーゴル・ザムザがなにか気がかりな夢から目を覚ますと、自分が寝床の中で、一匹の巨大な虫に変わっているのを発見した。・・」 ▼ グレーゴルは、自由に生きたいと願う。しかし、現実はままならない。「焦燥」「苦悩」「破滅的意識」がつきまとう。自己の“存在”は、閉塞的状況では、「悪夢」にしかすぎない。(←カフカは、ヨーロッパ社会の異邦人=ユダヤ人。その出自が、色濃く影をおとす。) *「変身」は、不条理な状況ゆえで,自ら望んだものではない。

その②ーーー

“轉生を信じるなれば鹿などよし” 不治の病であった結核と闘った俳人斉藤空華。「輪廻転生」があって、生まれ変われるのであれば、「鹿など」でもいい。(←「など」と句を結ぶのは、何だっていいから生まれ変わって生きたい儚い表情が透いて視える。<塚本邦雄解説>) * 「変身」願望は、生への執着である。

その③ーーー

「欲はあらゆる種類の言葉をはなし、あらゆる種類の人物の役を演じ、無欲の人物まで演じてみせる。」(ラ・ロシュフコー箴言集ー34) *この「変身」は、時に傲慢である。しかし「どれほど念入りに敬虔や貞淑の外見で包み隠しても、その情念は、必ずその覆い布を透してありありと見えてしまう。」 (同箴言ー12)

ー 残日のⅢ章ーーー

独り居の 老女陽に座す 花やつで ー夢蔡ー

20121117_24w_032 ▲ はな-あぶ 【花虻】が、 やつ-で 【八手】の多数球状の小花の蜜を吸っている。羽音高く、複眼が日の光りに輝く。やつでの花は、初冬に咲き始める。

ー昆虫の地球上での成功は、「① 軽くて薄い翅を獲得し、高い運動能力を実現した。②変態(卵ー幼虫ー蛹ー成虫)することで、成長と繁殖を分離して、効率的な資源利用を可能にした。③花をつける植物(被子植物)と共生関係を結んだ。」ことによる。(「昆虫ー驚異の微小脳」 水波 誠 中公新書) ▼ ①~③を実現するための機関の一つとして「複眼」を開発した。「複眼」は、前後・左右・上下の360度をカバーし、アクロバット飛行を可能にする。自分を中心にしたパノラマの視界で生きている。(←600mを越えるスカイ・ツリーから、人は何を見いだすのでしょうか?ー

ー開発競争をして、「エコだ~、エコカーだ~!エコ的資源利用だ~etc」とか叫ぶ昨今の人間社会とは何なのだ、と考えさせられます。昆虫はとっくにやっておりますのに~!▼ 人間も「昆虫」の如く生きろと申しません。しかし、人間も昆虫も地球という同じ生態系を利用して、今日に至っております。「人間」対「自然」 この「対立概念」を根底から問い直す時ではないでしょうか。マヤの予言とその騒動のことは絵空事でしょう。しかし、現代社会へのアイロニーが底流にあります。ーー

      ーーー残日録ーー<了>---

  

  


冬の鳥ラプソディー

2012-12-14 22:16:14 | 日記・エッセイ・コラム

 “寒禽しずかなり震度7の朝”(戸恒東人) ▼【冬の鳥】 寒禽 (かんきん) 冬季の鳥の総称。特に冬に限って棲息する鳥の意でなく、山野・水辺で冬の生活を鳥と言う意味である。(虚子編 新歳時記「花鳥諷詠」より)▼ 寓居の窓前の早朝。、ヒヨドリ・椋鳥・尾長の群れの回遊。、葉の落ちた小枝に、コガラ・ショウビタキ(←冬鳥)・メジロ。時々、栗のてっぺんに、コゲラ。畑を歩くセキレイ。雀は、朝日が軒に差し込んでから起き出す。

ー① ひよどり

ひよどりに 熟柿(じゅくし)ひとつを 残しけり ー夢蔡ー

20121206_033 ▲ 剪定を怠っているが、富有柿は、毎年よく実をつける。ヒヨドリ・ムクドリが、回遊してきて熟し加減を吟味しに来る。少し渋みの残る“実”がたわわに付いた枝をそのまま切り落とした。ヘッタに小穴を開けて、焼酎を浸み込ませた。自前の“おけさ柿”である。 (←4~5日すると、渋が抜ける。)

ー② 江戸文化の華、“柳川”を参考に“せきれい”ーー

せきれいを 真似してみてと *女神(めがみ)(い)い ー夢蔡ー

20121117_29_005 ▲① 【ハクセキレイ】 河原・市街地の公園・田畑でよく見られる。尾羽を上下に大きくふって、河原の小石などの上を歩き回る姿が特徴的。別名は「イシタタキ」「イワタタキ」(←「鶺鴒」とは、この種類の総称)

*注→「女神」について。 沢山の神(35柱)を産み落とし、日本列島の島々を創ったのは、イザナギ命(夫)・イザナミ命(妻) の夫婦神でした。(←本川柳では、♀「イザナミ命を指します。)▼ 夫婦の“共同作業”は、最初は上手く行きませんでした。それは、「女神」が先に誘ったせいだと、天の神に諭されました。さらに、“セキレイの所作”を真似ると上手く行くことも学びました。

“知(しり)切(きつ)て居るに せきれい馬鹿な奴” (柳多留名句選1454) (←(訳)夫婦神は、 男女の道など当然いる知り尽くしてだろうに、わざわざ教えるなんて、せきれいはおせっかいで馬鹿なやつ) ▼ 「そお~、言われましても~」 とハクセキレイは小首をかしげて申しております。 (写真①参照)

ー 補注ーーー

余ったを不足へ足して人は出来”(柳多留名句選) ▼ 「我が身の成り余れる処をもちて、汝が身の成り合ざる処に、刺し塞ぎて、国を生み成さんと思ふ。(←イザナギ命)」ー と「古事記」に記されています。(←江戸庶民の故事を読み込んだ諧謔あふれる名川柳です。)*神聖にして犯すべからずの神様の「国創り」も、凡俗がやれば、単なる“人作り”になってしまいます・・と言う可笑しいみであります。ーそれにしても 神様も結構“ダイレクト” ーーですねー

ー③ 沼は、日に日に水が引いてゆきます。“アオサギ”ー

夕映えに 紅(あか)く染まりて 青鷺は 水冷たきに 耐えて生きなむ  ー夢蔡ー 

20121109_032 ▲ 【アオサギ】 いつまでも動かずに、水際にたたずんでいることが、よく見かけられる。沼では、弁天小島の樹の一番高い枝々を占拠して巣をかける。

ーカモ・鷺などの水辺の鳥達は、冷たい水に耐えることが出来るよう、適応している。彼らの太腿の付け根には、「熱交換装置」が備えられている。心臓からの温かい血液は動脈を通り「装置」にいたる。一方、水中にあった足のなかを流れる血液は冷え切って「装置」に至る。「装置」内で、脚からの冷たい血液は、動脈から温かさを分けて貰う。故に、鳥の体内には冷たさを持ちも込まない。動脈は温かさを持って足先を巡りので凍えることがない。 (参考ー「適応の動物誌」 草思社)

ーと言うことで、本短歌のごとき心配をすることはありませんでした。ただし、空腹に耐える「装置」はあるのかナア~-

     ---冬の鳥ーー<了>ーー

ー 追伸ーー

「 どんな小鳥にだって『好きな餌』があるように、どんな人間だって、それぞれの仕方で、よい方へも悪い方へも誘うことが出来る。」--「 われわれは、過去によって生き、過去によって亡ぶ。」 (ゲーテ 「箴言と省察」より)

ーー 死者の死ーー

“ 突風に生卵割れ、かってかく撃ちぬかれたる兵士の目 ” 

“ 処刑さるるごとき姿に髪あらふ少女、明らかにつづく戦後は ”

鮮烈な言葉によって現代の詩としての短歌を築き上げた歌人ー塚本 邦雄の<日本人霊歌>から二首選らんだ。(「塚本邦雄歌集」 思潮社 より) * 塚本の「異議申し立て」は、今日においても充分生きている。

 この国の 「B層」なりて 冬寒し ー夢蔡ー

               --- 草々ーーーー


師(僧)が走る月に入る

2012-12-06 21:31:21 | 日記・エッセイ・コラム

 “ともかくもあなた任せのとしの暮”(一茶 「おらが春」) *“ ともかく ”→「善くも悪くも」 “あなた任せの” →「その身を如来の御前に投げ出して、地獄なりとも極楽なりとも、あなた様の御はからい次第云々・・」 (一茶 《句の前文》より) →その生活は、決して楽でなかった一茶。投げやりとも、居直りの諧謔ともとれる「句」であります。▼ ひるがえって、今日、世の中は師走の街を“宣伝カー”が、かしましく走り回る事態となっております。けれども、神や仏に頼むわけではありません。“あなた任せ”とは行かないでしょうョー

吟行や 指折り数え 息がきれ ー夢蔡ー

雲に陽かげり 洟(はな)をびしびし ー御倉ー

20121206_019 ▲ 958Hpa 「爆弾低気圧」が、東日本を通過中。山脈を越えてきた巨塊な雲が、日を閉ざします。

ーー「木がらしや菰(こも)に包 ンである小家」 (一茶) *「 菰=雪囲い用の菰 」▼ 一茶は、信州の中農の家に生まれましたが、江戸へ来ます。俳諧を名門「葛飾派」で学びます。一茶の才能は認められ、「執 筆」の役を得ますが、「宗 匠」には、最後まで成れませんでした。(*「執筆」=「宗匠」の主催する句会での進行書記役)

ひよどりや 生まれし山は 雪の襞(ひだ) -夢蔡ー

20121206_037 ▲ ひよどり【鵯・白頭鳥】 山地の樹林で繁殖し、秋、群れを成して人里に移る。波状に飛び、鳴き声は「ひいよひいよ」とやかましい。(「広辞苑」) ▼ “日本列島改造”ブーム以降は、都市近郊の山林、森の公園などに進出。四季を通じて見られる。厳冬期、路地のホウレン草、白菜などをつつき食うので、農家の嫌われ者。ー

ー“雁よ厂(かり) いくつのとしから旅をした”(七番日記) ▼ 「宗 匠」になれば一門を主宰し、弟子もとれる。居ながら生活できる。「執 筆」どまりの一茶は、結局は“部屋住み”。(←江戸の世は、徹底的な階級・格差制度。「宗 匠」になれるのは、武士、僧侶・豪農・豪商でした。) ▼ 一年の三分の二は、“旅の空”で過ごす。江戸で得た情報・知識・俳諧の傾向と対策を、千葉周辺の有産者の“粋人”に披露して、糧を得ていた。ー

朝焼けの 霜おく狭庭 凍てつきて なずな地に伏し 耐えて春待つ ー夢蔡ー

20121206_022 ▲ しも-ばしら 【霜柱】 山野に自生し、秋、白い小花を付けるシソ科の多年草。冬に枯れると、四角い茎の割れ目から根からの水分が漏れる。寒い朝、その水分が、綿帽子のように茎に氷結する。(「広辞苑」)

“時鳥(ほととぎす)我身ばかりに降る雨か”(寛政3年紀行) ▼ 苦学力行、「執 筆」になった一茶は喜び十数年ぶりに故郷“しなの”帰ります。途中、境町の織間本陣に立ち寄りました。あいにく、主人が留守で逗留できずそのまま出立する。その時の「句」です。(←句の添え書きに、「いせ崎の渡りを越す。日は薄々暮れて、雨はしとゝゝ降る。」) ▼ この時、一茶は29才。その後、彼は各所で出前講座に専念することになる。(←「宗 匠」になれなかったので!) * “羽(はね)生(は)えて銭(ぜに) がとぶ也としの暮”

落日の 連山越えて 風立てば 椋鳥(むく)群れ乱れ 赤く散り行く ー夢蔡ー

20121117_24w_014 ▲ 近郊の熟柿をねっらって、騒いでいた椋鳥の一群は、対岸の篠藪にもぐりこみ見ました。寝座(ねぐら) を争うのか、騒がしい声が聞こえます。

ー“椋鳥と人に呼ばるゝ寒さ哉”(八番日記) ▼ 一茶は、 五十数歳で故郷信州に引退するまで、“俳諧業”で糊口をしのぎ、“泥にまみれるように世俗”を生きぬきます。 (←*注 椋鳥とは、農閑期に江戸に出稼ぎに来た信濃・上州の人々を揶揄した言葉) “これがまあついの住か雪五尺” 

ー“先祖代々と貧乏はだか哉”(句帖写) ▼ 故郷柏原での生活は子供をあいついで亡くしたり、暑い年には米価が暴落=“豊作貧乏”を嘆いたりで、百姓は楽ではありません。それでも近郷に百人を越す地方の庄屋・商人などの弟子が出来た。、「句」作りの方で、生活の余裕が出来、救いがあったようです。

“花の陰 寝まじ未来が恐ろしき”(句帖写)(←訳 「花の下で、寝るのは止めよう~・だって来世が恐ろしいから) ▼未来=来世・死後の世界。この句は、西行の「願わくば花の下にて春死なむその如月のもちづきのころ」反転。引用「句」の添え書きに 『耕やさず喰らい、織らずして着る体たらく、いままで罰のあたらぬもふしぎ也。」とあります。最晩年の一茶は、畑仕事より「俳句」を教えて、添削料・付け届け、紬の羽織りの「羽織貴族」で過ごせました。▼上記の「俳句」は、自戒・自嘲の内容です。▼ 西行は、自分の「死」を巧みに美化しております。いわば、「余裕派」です。▼一茶は、人生の大半を貧苦・格差下積で這えずるように生きた故に、いま置かれた環境を素直に享受することなく、さめた目で見るしかなかったのでしょうか・・。65才歿。

ーひるがえって、今日では・・ーー

精査して 対処しますと 美辞麗句 ー夢蔡ー

 ー精査して対処いたしましょう。ーーーー<了>ーー