今度、送られてきた『学士会会報』(2008-Ⅳ No.871)をパラパラとみて目に留まった記事の一つは、須田知樹さん(立正大学、日本オオカミ協会、東北大理卒)の「オオカミ復活という自然保護」である。
日本でオオカミが絶滅したのは明治期で、1905年に奈良県鷲家口で捕獲されたのを最後に確実な生息記録は途絶えている。それなのに、何故「オオカミ復活という自然保護」というのであろうか。
「日本の森林生態系において、オオカミは・・キーストーン(要石)種の役割を果たしていた。何故ならば、オオカミは日本の森林に生息した唯一の大型肉食動物だからである。クマも分類学上は肉食目に属し、肉食動物ではあるが、雑食性が強く、食物の大半を葉やドングリ、果実といった植物質がむしろ占める。生態系の生物部分では、植物ー植食動物ー肉食動物という食物連鎖が成り立っており、植食動物は肉食動物の捕食により絶滅しないように、高い繁殖力を持っているのが通常である。したがって、食物連鎖から肉食動物が消滅すると、植食動物の異常繁殖を招くのである。」
「日本でもこの現象が生じている。近年各地でシカやカモシカ、イノシシ、サルなどが増加し、農林業被害は元より、自然植生まで改変している。中でもシカは、排他的テリトリーを持たないことから、異常な高密度となり、生息地内の植物を根こそぎ食い尽くし、疎林化、裸地化をもたらし、全国的に問題となっている。そして、疎林化、裸地化した森林では、野ネズミやウサギの個体数が減り、さらに、それらを餌とするテンやフクロウといった、小型の肉食動物へも影響が及んでいる。このように、オオカミの絶滅は、植食動物の増加をもたらし、連鎖反応的に様々な影響を森林生態系に与えているのである。」
「オオカミの生態を理解したとしても、肉食動物である以上、人や家畜を襲う危険な動物としてのイメージは拭いがたい。しかし、ヒトの祖先がオオカミを家畜化(=イヌ)したことでも分かるように、オオカミは決して危険極まりない動物ではない。人身事故に関しては、世界中で十数年に数件程度の報告例があるにすぎない。国内だけでも1年間に数件の人身事故が報告されるツキノワグマやヒグマに比べれば、遥かに安全な動物と言うことが出来る。
オオカミを危険な動物として敵視する動物観は、牧畜を主な生産手段とする文化圏のものと分析することが出来る。人が襲われることはあまりないが、ヒツジやヤギ、ウシ、ウマなどの家畜は確実に襲われるからである。「赤ずきんちゃん」など、オオカミを悪役とする童話は、牧畜文化圏に起源を持つことからも、その事が伺える。
一方、の農耕文化圏では、オオカミは正反対の動物観をもたれている。オオカミはシカやイノシシなど畑を荒らす動物を食べてくれるからである。日本では、各地にオオカミをご神体とする神社があり、オオカミの音は大神に同じである。・・・加えて言うならば、中国でも「狼」という同じ漢字を用いるが、良い獣という部首構成になっていることから、古代中国人もオオカミに対して良い感情を持っていたことが推測できる。」
「オオカミはそれほど危険な動物では無いと先に述べたが、オオカミによる人身事故は皆無ではない。オオカミを復活させれば、頻度は低くとも、人身事故は必ず発生する。そして、少なからぬ牧畜被害も発生するに違いない。このような危険や不利益を甘受できるか否かという合意形成が必要なのである。・・・現在の自然保護が、我々が望む美しく、雄大で、貴重な自然の保護を優先していることは否めない。しかし、真の自然保護とは、不利益を何処まで甘受できるかという問への回答であると著者(須田さん)は考える。オオカミ復活が、その命題の端緒となれば、望外の喜びである。」
以上、著者の言い分の中心を引用した。前に「熊森協会」の話をブログに書いて、熊が日本列島森林の生物の頂点で、同じく「キーストーン」であり、それが絶滅しないために森林のありかたを変えねば・・・、という趣旨を書いたが、オオカミを復活というのは、次の一石である。議論を見守っていきたい。
過去関連ブログ:
http://blog.goo.ne.jp/in0626/e/c637eaabffbb3a565f01a6120db6126d
http://blog.goo.ne.jp/in0626/e/2e150dd88916fed9554466d3dd69689e
シカの異常増加:
http://blog.goo.ne.jp/in0626/e/dcc49355253b132d876231e362f4e9a7