命きらめいて☆馬、犬、猫など動物に関する理不尽な事件や心温まる出来事の記録

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仕向けられたウメキチとウッチーの無念

2015年10月26日 08時57分41秒 | 事件
若い雄熊ウメキチにとって繁殖能力のなくなった超高齢の雌熊ウッチーは繁殖対象ではなくテリトリーを荒らす弱い雄熊と同じような存在であったにちがいない。6月20日、ウッチーとの同居は二回目で、一対一になるのははじめてだった。仲の良くない雄熊を二頭、ご馳走並べて狭いスペースに放てばどうなるか。はじめは戸惑いながらもウッチーが雄か雌かを確かめるかのように、背後に回り匂いを嗅ぐウメキチ。

一方、ご馳走をゆっくり食べたかったウッチーはウメキチが邪魔でしかたがない。うっとおしいわね!と威嚇した瞬間ウメキチはブチッと切れて襲いかかった。若く見えても小さなおばあちゃん熊に太刀打ちできるわけもなく、この日まともに歩けないほどの大ケガを右後脚に負う。

以来同居の度にウメキチはウッチーだけにロックオンし、一方的に襲撃を加えた。完全に駆逐対象でしかないことは動画を見れば、明らかである。ウッチーはその度に大ケガしつつも繰り返し同居させられ、7月24日、飼育員が見ていたのにもかかわらず、致命傷を負った。4本も肋骨が折れて内臓に刺さり、苦しそうに喘ぐたびに、右腹部はベコンベコンと波打っていたにもかかわらず、検査も治療もされず放置され、とうとう苦しみながら息絶えたのだった。

食べ物に執着し、奪おうとするものを攻撃するという熊の生態や習性をうまく利用していて非常に巧妙である。どこが「無知で判断ミスの結果の事故」だろうか?!問題は襲うとわかっていて、長期にわたって何度も雄熊に襲わせ苦しめながら死に至らしめたことだ。ヒグマだって故意に苦しめながら殺処分すれば法に触れ処罰の対象になる。

関係者たちは直接手を下したわけではないから、しらばっくれていれば逃れられると大手を振って歩いているのかもしれないが、道具を使ったか力の強い雄熊を使ったかの違いだ。雄熊がやったことなのでしょうがないね、ですむのかどうか。もし動物愛護法違反の捜査が入るとすれば争点はそこにあると思う。無治療によるネグレクト型虐待という指摘は果たしては隠れ蓑になるのだろうか?

捜査官や裁判官の目が節穴でなければ、殺された年老いた雌熊ウッチーに発情の兆候はないので、職員はもちろん若い雄熊ウメキチさえも繁殖を望んでいたわけではないのに同居させたこと、数々の訓練と襲撃は双方の殺意のこもったものであったことは容易に判断できるはずである。

冷たくなったウッチーが飼育員によって発見された7月25日ウメキチとハッピィの同居訓練が予定通り実施されたことは驚くに値しない。二頭はもともと仲が悪くもなかったが、ハッピィが強すぎてウメキチがバカにされていたという状況だった。ウッチーとの連戦連勝でウメキチが自信をつけ、強くて怖いウメキチを目の当たりにしたハッピィがウメキチを認め、従順になる絶好のチャンスを逃すわけがないからだ。とはいえ雌に発情が来れば、他園のマレーグマのカップルのように雌が強くてもカップリングがうまく行くこともあることから、咬ませ犬的役割はやはり二の次で、最初に間引きありきではなかったろうかと思う。

日本での動物虐待に対する処罰は先進国からはかけ離れて軽いので期待はできないが、バカにされない程度の処罰は下した方が国のためになる。ただでさえこんなことが動物園で起きること自体恥ずかしくてたまらないのだから。罪のない動物を拉致監禁して自由を奪うのであれば、餌と安全と安心は保障してあげること。それができない動物園は教育上も精神衛生上も良くないので無くしてもらいたいと思う。急では無理なので、5年くらいのうちに統廃合していくことにしてほしい。

とてつもない少子化の波が押し寄せてくるのだから、過当競争状態で入場者数を競うなんてことはどだい無理な話なのだ。そんな人間様たちの見えの張り合いのために邪魔にされ、命を奪われたウッチーの無念さは人間様たちの処罰でしかはらしてあげられないと思うのだ。円山のサイトのトップページの『マレーグマ「ウッチー」の死亡事故について』というバナーを見るたびに、「こいつら反省してないわ」と思うのは私だけだろうか。


ウッチーの無念をはらしてあげたい
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