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吉祥寺 「俺たちの旅」編 3

2024-04-26 08:40:43 | 小説「俺たちの旅?」

 その後、小生のレコードコレクションは充実していった。

 秋葉でオーレックスのカセットデッキ最新モデル(Dolby Surround付き)も買った。これで、いい音をカセットで聞ける。

 なぜか、ダイヤモンドの景品コーナーのレコードが充実していた。新譜が早々に並ぶ。アルバムもたくさんあった。

 ビートルズもこの際アルバムを揃えた。

 フォークもかなり充実した。

歌謡曲も衝動で景品交換した。

 放送禁止となっていた「竹田の子守唄」も手に入れた。(ちなみに、このB面に小生が助太刀した女性主体の軽音グループの練習曲「翼をください」があった)

 イルカ漁を問題にして、来日コンサートをドタキャンしたオリビア・ニュートンジョン。

 はやりだった ジャニスイアン。

実家で揃えられなかった拓郎もほとんど入手。

 荒井由美もコバルトアワーまでの3枚のアルバムも早かった。

 中島みゆきも早期にそろった。

ABBAは、「木枯らしの少女」のビヨン・アンド・ベニーにそれぞれの嫁を加えてできたグループと聞き、関心なし。

 オフコースは軟弱そうで、いらない。

 もちろん、イーグルスは揃えた。

 

・・・・・・・・・・・・

 

いや、小生のレコードコレクションの話ではなかった。

 

「青春の坂道」に戻す。

 

 無事、2年に進級した。当時の小生の学校は2年進級時と4年に進級時に関門があった。必修単位と累計単位が足りないと留年する。

しかし、2年から3年には自然にあがった。つまり、2年次に単位が0であっても、3年で2年分取れれば4年になれる。

 真面目な貧乏学生の中には、このシステムを利用して、2年に進級した1年をアルバイトに費やして、3年分の学資を稼ぐという涙ぐましい努力した人もいた。

 

 小生はこのシステムを逆利用した。「この1年は思いっきり遊ぼう」

 

そんな訳で、「一年間、学校には行かない」「雀荘で会おう」と同級生に宣言し(正確にいうと学校内の寮に住んでいるので、毎日夜はいるのだが・・・)アルバイトとクラブと遊びに専念した。

 ちなみに、このことにより小生の3年次はひどいことになる。

国立大の理科系はあまくない。3年次のことは時効で実に面白い話だが、教育上よろしくなく、しばらく書くことは出来ない。

 恐らく最高に楽しい実話であるが、残念だ。

 

 暫らく、クラブ活動以外の学校生活に別れを告げ、この時期にしか出来ないことをやった。

さすがに、前期のテストシーズンになって、学校へ行った。(テストだけで、単位を付けてくれる先生もいた)

 

クラスの連中に「おう!久しぶり」

 

「あれー!?」と小生の姿を見て、皆が驚く。「ちょっと、会ってないだけで、大げさだな」と小生。

「逮捕されたんじゃないのか?」と誰かがいう。

「???何のこと?」だろう・・・

 

だれかが、説明してくれた。

少し前に、三鷹の岡田奈々さんのマンションに暴漢が押し入り、暴漢のナイフで岡田奈々さんが、大怪我をした。

 その犯人が、小生であり、逮捕されたということになっているらしい。

 

確かに、そのような事件を起こした者が、ニコニコして、「おう、久しぶり」って現れれば、びっくりするのも当然だろう。

「えー!なんなんだよー?」

「だれが、そんなこと言ってたんだ?」との問いかけに、はっきりした返事をする奴はいない。

こんなことを、いい加減に言いそうな連中ひとりひとりに、それぞれ聞いて分析するに、

 

 何ヶ月も前に大久保君と江藤君から、岡田奈々のロケに遭遇したことを聞いたこと。

 すぐに、小生がステレオを買ってきて、岡田奈々の「青春の坂道」も持っていたこと。

 それから暫らくして、小生が学校に来なくなったこと。

 岡田奈々さんが、隣町の三鷹で暴漢に襲われたこと。

 

どうも、それだけの材料で、小生は暴漢で、逮捕されたことになってしまっていた。

クラスに(理科系には珍しく)4名在籍していた女子も「○○君、最低」という目で小生を見る。視線がグサッと刺さる。

 

『うわさ』欠席裁判は恐ろしい。

少しづつ誤解であることを訴えて、犯人でもなく、逮捕もされていないと周知されるのに、数ヶ月を要した。

 

 小生自身は岡田奈々さんの事件を、パティオでモーニング食べながら、サンスポで見ていたので、確かに心を痛めた。犯人が憎かった。

 しかし、小生がサンスポで見た情報では、岡田奈々さんのマンションの場所は三田(ミタ)であり、決して三鷹(ミタカ)ではない。

この30Kmの距離は大きい。なぜかというと、三鷹なら自転車で行けるので、確かに真実味が増すが、三田は慶応の入学試験のときしか行ったことがない。

しかし、芸能人が三鷹に住むか・・・?

 

この当時の情報など、このように実にいい加減だった。

以上のような、苦い思い出とともに「青春の坂道」は忘れられない曲だ。

 

 

作詞 松本隆 (はっぴいえんど の元メンバー)

作曲 森田公一(トップギャランのリーダー)

編曲 瀬尾一三(拓郎、かぐや姫、中島みゆき等を手がけるプロデューサー)

 

今になって見ると、たいへんなメンバーだ。

 

「青春の坂道」

By 岡田奈々

 

♪淋しくなると訪ねる 坂道の古本屋、

 立ち読みをする君に 会える気がして

 心がシュンとした日は 昔なら君がいて

 おどけては冗談で笑わせてくれた

 

 青春は長い坂を登るようです

 誰でも息を切らし一人立ち止まる

 そんな時 君の手の優しさに包まれて

 気持ちよく泣けたなら幸せでしょうね♪

 

 

この時点から、松本隆はすでに天才だった。

 

いまだに、そらで歌える小生の青春ナンバーである。

 



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