先日、三谷幸喜さん演出の、
アントン・チェーホフ『桜の園』を観てきました
公演日程 ~7月8日(日)
作/アントン・チェーホフ
翻案・演出/三谷幸喜
出演/
浅丘ルリ子 市川しんぺー 神野三鈴 大和田美帆 藤井隆 青木さやか
瀬戸カトリーヌ 高木渉 迫田孝也 阿南健治 藤木孝 江幡高志
音楽/荻野清子
作/アントン・チェーホフ
ロシアを代表する劇作家。
作品集、訳書も発売されていますが、
伝記本、研究本も多く発売されていて、
影響力の大きかったことがわかります。
旅行記も出されています。
『桜の園』は、今まで多くの人々により舞台化されてきました。
すべての作品を観ているわけではありませんが、
悲劇として扱われることの多かったこの作品、
今回、舞台上の空気の『色』が違ったように思いました。
演出だけでこんなに違うんだ・・・とびっくりしてしまうほど、
『三谷』さんの作品になっていました。
三谷さんの作品は、三谷さんの名前だけで、
いろいろな想像が入って、普通の道に、何本もハードルが置かれてしまうけれど、
よく笑わせていただきました
一緒に行った友人も楽しそうでした。
途中、顔を確認した・・・くらい笑っていました
モスクワ芸術座で1904年に初演されたこの作品は、
1978年7月、日生劇場にて、
アンドレイ・シェルバン演出による劇団四季の公演として上演されています。
この時たまたま観ていたというスタッフAさんのお父様(他の現場の偉い人)が、
この間、1時間語って行かれました。
白い幕に包まれた真っ白い舞台。
室内外の区別のない、白の世界があまりにすばらしく、
たまに、その情景を追いながら作品を作っている・・・と。
アンドレイ・シェルバンというと、オペラのイメージなんですけど、
その『白の舞台』観てみたかったなぁと思いました。
設定は20世紀始めの南ロシア。
舞台には、ロシア貴族の子供部屋が作られています。
広大な領地「桜の園」を有している、
ラネーフスカヤ(浅丘ルリ子さん)と兄ガーエフ(藤木孝さん)は、
資産を使い果たし、数ケ月後「桜の園」は競売にかけられることになっています。
「桜の園」の農奴の息子であったロパーヒン(市川しんぺーさん)は、実業家として成功。
園の桜を切って、別荘地にして貸し出すよう二人にすすめるのですが。
この三人の他に、ラネーフスカヤの娘(大和田美帆さん)や養女(神野三鈴さん)や、
使用人たち(瀬戸カトリーヌさんほか)がからんで織りなす、
没落貴族の哀しみとおかしさを描いた戯曲です。
開演5分くらい前に、突然舞台に照明が入ります。
そしてそこに青木さやかさんが燕尾服姿で登場。「前説」が。
・・・
さらに開演前、ロシア語と日本語で注意が流れます。
ここにはオチも・・・さすが・・・というか
市川しんぺーさんがインタビューで、
『ロパーヒンはツッコミで、その他ボケ役の人が大勢いる』と言われていますが、
浅丘ルリ子さん演じるラネーフスカヤのチャーミングさは、天然ボケな感じだったかもしれません。
半端ないそのオーラを、生で観ることができたのは、すごく幸せなことでした。
ロシア貴族がピッタリな藤木孝さんも、そこに立っているだけでおかしかったし、
フィールスを演じた江幡高志さんも、適役でした。
藤井隆さん演じるトロフィーモフは、ツッコミかと思えば、ボケになったり
ピアノの生演奏(荻野清子さん)と、
役者さんの台詞を重ねて聴いていると、
目がしらが熱くなる瞬間がありました
人間には、いつも、こういうでこぼこだったり急だったりする<道>が設けられている。
平らな道を歩んでいるような、その人の心にも、大変な嵐が吹いていることがある。
生身の人間には、触れるものがたくさんあります。
ひととひとの<言葉><視線><指><力>様々な心の具合が交差することにより、
何かしらの風が吹いたり、雨が降ったりしているのです。
でも、生きるための<やさしい>毛布をかけることができるのも、
キスするように<言葉>を渡せるのも、人間。
問題のある矛盾を持った登場人物の中に、
様々な、現実世界の人々を重ねてみました。
舞台の上は、やさしい、あたたかい視線に包まれている気がしました。
どんな嵐にも、笑える風は吹く・・・そう思いました。
いい舞台でした
アントン・チェーホフ『桜の園』を観てきました
公演日程 ~7月8日(日)
作/アントン・チェーホフ
翻案・演出/三谷幸喜
出演/
浅丘ルリ子 市川しんぺー 神野三鈴 大和田美帆 藤井隆 青木さやか
瀬戸カトリーヌ 高木渉 迫田孝也 阿南健治 藤木孝 江幡高志
音楽/荻野清子
作/アントン・チェーホフ
ロシアを代表する劇作家。
作品集、訳書も発売されていますが、
伝記本、研究本も多く発売されていて、
影響力の大きかったことがわかります。
旅行記も出されています。
『桜の園』は、今まで多くの人々により舞台化されてきました。
すべての作品を観ているわけではありませんが、
悲劇として扱われることの多かったこの作品、
今回、舞台上の空気の『色』が違ったように思いました。
演出だけでこんなに違うんだ・・・とびっくりしてしまうほど、
『三谷』さんの作品になっていました。
三谷さんの作品は、三谷さんの名前だけで、
いろいろな想像が入って、普通の道に、何本もハードルが置かれてしまうけれど、
よく笑わせていただきました
一緒に行った友人も楽しそうでした。
途中、顔を確認した・・・くらい笑っていました
モスクワ芸術座で1904年に初演されたこの作品は、
1978年7月、日生劇場にて、
アンドレイ・シェルバン演出による劇団四季の公演として上演されています。
この時たまたま観ていたというスタッフAさんのお父様(他の現場の偉い人)が、
この間、1時間語って行かれました。
白い幕に包まれた真っ白い舞台。
室内外の区別のない、白の世界があまりにすばらしく、
たまに、その情景を追いながら作品を作っている・・・と。
アンドレイ・シェルバンというと、オペラのイメージなんですけど、
その『白の舞台』観てみたかったなぁと思いました。
設定は20世紀始めの南ロシア。
舞台には、ロシア貴族の子供部屋が作られています。
広大な領地「桜の園」を有している、
ラネーフスカヤ(浅丘ルリ子さん)と兄ガーエフ(藤木孝さん)は、
資産を使い果たし、数ケ月後「桜の園」は競売にかけられることになっています。
「桜の園」の農奴の息子であったロパーヒン(市川しんぺーさん)は、実業家として成功。
園の桜を切って、別荘地にして貸し出すよう二人にすすめるのですが。
この三人の他に、ラネーフスカヤの娘(大和田美帆さん)や養女(神野三鈴さん)や、
使用人たち(瀬戸カトリーヌさんほか)がからんで織りなす、
没落貴族の哀しみとおかしさを描いた戯曲です。
開演5分くらい前に、突然舞台に照明が入ります。
そしてそこに青木さやかさんが燕尾服姿で登場。「前説」が。
・・・
さらに開演前、ロシア語と日本語で注意が流れます。
ここにはオチも・・・さすが・・・というか
市川しんぺーさんがインタビューで、
『ロパーヒンはツッコミで、その他ボケ役の人が大勢いる』と言われていますが、
浅丘ルリ子さん演じるラネーフスカヤのチャーミングさは、天然ボケな感じだったかもしれません。
半端ないそのオーラを、生で観ることができたのは、すごく幸せなことでした。
ロシア貴族がピッタリな藤木孝さんも、そこに立っているだけでおかしかったし、
フィールスを演じた江幡高志さんも、適役でした。
藤井隆さん演じるトロフィーモフは、ツッコミかと思えば、ボケになったり
ピアノの生演奏(荻野清子さん)と、
役者さんの台詞を重ねて聴いていると、
目がしらが熱くなる瞬間がありました
人間には、いつも、こういうでこぼこだったり急だったりする<道>が設けられている。
平らな道を歩んでいるような、その人の心にも、大変な嵐が吹いていることがある。
生身の人間には、触れるものがたくさんあります。
ひととひとの<言葉><視線><指><力>様々な心の具合が交差することにより、
何かしらの風が吹いたり、雨が降ったりしているのです。
でも、生きるための<やさしい>毛布をかけることができるのも、
キスするように<言葉>を渡せるのも、人間。
問題のある矛盾を持った登場人物の中に、
様々な、現実世界の人々を重ねてみました。
舞台の上は、やさしい、あたたかい視線に包まれている気がしました。
どんな嵐にも、笑える風は吹く・・・そう思いました。
いい舞台でした
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