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我が心の俳句とか徒然 〜祖谷馬関〜

秋の法要、亡き父の命日に

今日は、亡き父の祥月命日の法要でした。(^。^)

亡くなってから早くも13年、いやそれ以上か、、、はっきりしなくなりましたね。m(__)m

以前、整理していた写真の中に、父に抱かれる形で、まだ赤ちゃんの私が写っており、驚きました。(^-^)

それは、赤ちゃんの頃の私が、いま10か月になる私の孫と良く似ており、いや、孫が私に似ているのか、、、この二人の赤ちゃんの顔立ちの共通項を前に、奇妙な縁を感じた次第です。٩( ᐛ )و

瓜二つ、そっくりとはいかないですが、四角い感じの輪郭や、目の表情など、どこか似た雰囲気があり、これが「隔世遺伝」というものか、と、我が意を得ました。(^_^)

孫とは六十年近くの隔たりがありますが、我が娘を介して、このようにDNAが受け継がれていくとすれば、私がこの世に生まれて来た意味合いも少しは出て来るのかな、とも考えました。(^。^)

さて、亡き父親の法事ですが、写真のように新しく生まれて来た我が子(馬関)を慈しむ優しさもあったのだな、と、あらためてしみじみと感じ入りました。(^-^)

というのも、私の少年時代は、この父親の浪費、放蕩、ギャンブル狂いのせいで、貧しい暮らしを強いられたからです。m(__)m

父にとっては、命日に不名誉なことでしょうが、あの頃、一番苦労した母親のことを思うと、この暴挙を許すわけにはいかないのです。(_ _).。o○

しかし、亡くなってからすでに長きを経て、今更、父を恨んでも仕方のない話であり、この世に生命を授けてくれた恩義に報いるよう、我が余生において精進したいと思います。( ^_^)/~~~

「今更に慕ふことなき父子草」 祖谷馬関

(注)父子草は晩春の季語。日本各地の路傍や野原,丘陵などに広く分布するキク科の多年草高さは十センチから二十センチくらいで、ハハコグサに似るがそれより少し地味な感じがする。茎の先に花が集まり、葉の裏と茎に白い毛が密生する。地表を這うほう茎をだしてふえる。花期は春から秋にかけてと長い。
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