4月も残すところ今日、Ⅰ日だけとなりましたね。
世間では「大型連休」とやらですが、、、、
みなさまは如何お過ごしでしょうかー?
ちなみに私は、、、
日々毎日が日曜&祭日の連休ですね(笑)。
今日は4月30日(火曜日)です。
朝から小雨の降る中を、
妻の「しん子さん」はデイサービスの施設へ出かけました。
なので、
今日の午後3時半ころまでは、私の自由時間になります。
●今日は、天気が良ければ先日歩いた「空海と西行の道」の
続きを歩く予定でしたが、、、残念ながら雨になったので
一日中、我が家で過ごすことにします。
今も外は、小雨が降っています。 今日は、「完全休足日」としますね。
●上の画像は、先日出かけた、四国霊場73番札所である「出釈迦寺」の
空海さまと、西行庵のスタート地点です。
今回は西行庵のスタート地点からの続きの道をUPしますね。
今日は、朝から小雨の冷たい一日となりましたが、
先日、歩いた「空海と西行の道」へ出かけた時は
青空が広がる、、、快晴のとても好天気に恵まれました。
●画像の山の上にある奥の院~下って来ました。
時間は11時半頃だったかと思います。
西行庵までは思ったより時間はかからず、約1時間程度で西行庵へ着きました。
何もせずに、我が家でいたづらに時を過ごすよりも、
天気の良い日は、歩きに出ると身体も心も喜びますね。
私は、少々足腰が痛くても、気分が晴れない時でも、、、、
外へ出て、青空の下を歩いていると元気が湧いてくるのです。
西行さまは=北面の武士として「名誉、身分、財産」等々、、、全ての面で
恵まれた環境の中で日々を過ごされていたと思います。
今流にいえば、将来の出世も約束された超エリトーの身でしたね。
その上イケメンで健康で、学問や和歌、書道にもたけていたそうです。
そんな彼が、一体なぜ、、、、、
23歳という若さで妻子を捨ててまでして「出家」したのかー????
それは、、、、、誰にも分かりませんね。
親しい友の死に直面して絶望した説&高貴な身分の女性に失恋した説、、、と
二説があるそうですが、真実は本人にしか分かりませんね。
●本人しか分からない「深い悩み苦しみ」があったのでしょうねー?
時代は>平安時代末期~鎌倉時代の初期の頃ですねー・
これまでの「貴族政権~武士政権」に変わりゆく過程から生じる矛盾。
国は乱れ、、、政治も乱れ、、、道徳も乱れ、、、
世に言う、時代は「末法の時代」だったのかも知れせんね。
出家した西行法師は、その後、
保元の乱で敗れて讃岐(香川県)に流されて来て、その後亡くなった
崇徳上皇の白峰御陵へも立ち寄っています。
崇徳上皇は、怨念を残したまま白峰で亡くなってぃますね。
現在の香川県坂出市の青梅神社~白峰御陵までの約1kmほどの道は、
西行が歩いた道として今も残っています。
白峰御陵までの道中には、
西行法師や崇徳院が詠んだ歌を刻んだ歌碑が88もあります。
和歌をたしなむ人にとつては、、、ぜひ歩いてみたい道ですね。
●画像は、白峰までの道とは関係ありません。
西行は出家して旅へ出たものの、、、それで彼の悩みは消えたのでしょうかー?
人里はなれた庵で暮らすものの、、、なんの後悔もなかったのでしょうかー?
23歳の若さで出家するなんて、、、、
凡人の私には、とても理解できませんねー。
出家するのなら、、せめて、妻子を迷わせないように、、、
50代くらいまでは、我慢してから後に「出家」すればいいのにね(笑)。
ここまで歩いて来ると、民家のある人里へ出てきます。
当初、思っていたよりも、短時間で歩いてこれましたね。
いいぞ、、、いいぞ、、、ついてる、、、、つぃてる、、、、
うれしい、、、、うれしい、、、、 楽しい、、、楽しい、、、
感謝、、、感謝、、、、 幸せ、、、、 幸せ、、、、
ありがとう、、、、ありがとう、、、 許します、、、許します、、、、。
●ルンルン気分で、ここまで歩いて来ました。
画像に見える山々の一番左の山~この池まで歩いて来ました。
池の手前には、お遍路さんが歩く道が、後方の山の山頂近くまで続いています
遍路道へ出ると、、、所々に看板や休憩所があります。
特に春になると、、、四国一周約1.400kmの遍路の旅に来られた
お遍路さんに出会うことが多くなります。
私も、57歳で退職し後に、出家まではしませんでしたが、、、
四国遍路に出て約1.400kmを歩いて旅しました。
●ほんだけんども(讃岐ことば)、、何に一つ悟ることもなく、
今もって、煩悩のおもむくままに、、、、
愚痴の多い日々を過ごしています。
明日は晴れるといいですねー・