以下の細密画は、16世紀のトルコの画家たちの手になる「マホメットの天界飛行」と題された作品である。マホメットの生涯を表したこの宗教画には、虚実とりまぜた天界飛行の様子が描かれている。厚き信仰の人マホメットは、七つの天を順に巡り、比類なきほどの至上の恩恵を得たのち、神の面前に立つのである。(以下マホメットはムハンマドに表記)
ムハンマドの天界飛行
ある晩、ムハンマドのもとに天使があらわれた。天使ガブリエルはムハンマドを眠りからさますと、頸をちょうどよい大きさに裂き、中から心臓をとりだして洗った。再びムハンマドのからだのなかに心臓がもどされたとき、ムハンマドの魂は信仰と知恵に満たされていた。浄らかな心をもったムハンマドは空想上の動物、天馬(ブラーク)にまたがった。天馬は女の顔をしており、やっと目が捉えるほどの距離をただの一跳びでかけることができた。
初めに二人が出会ったのは白いニワトリであった。ニワトリは頭でアッラーの王座をささえ、足を地につけていた。よってイスラムの土地には、人間の国に深く根を降ろさない宗教など存在しないのである。
二人はゆっくりと進んだ。二人を待ち受けるのは永遠なる神に選ばれた者たちだった。そしてムハンマドと天使ガブリエルは、ダビデとソロモンに出会った。
次に二人はモーセに礼を捧げた。彼らはすべての族長と預言者に礼をつくして、天上のモスクに来てもらったのである。
次に二人は、エメラルドの玉座にすわるアブラハムにまみえた。カーバ神殿の礎をきずいたのが、このアブラハムである。アブラハムはイスマイルの父であり、アラブ人の祖である。
最後に天馬は7番目の天に二人をつれていき、ムハンマドとガブリエルは天使たちに迎えられた。
7番目の天で二人は大きな建物に入るようにいわれた。その建物は神の世界にありながらも、通路はどこか人間界の通路のようにも思われた。
アラビアで二人はエメラルドと真珠の木を見つけた。その木の下にはナイル川とユーフラテス川が流れていた。
600枚の羽をもつ大天使ガブリエルは、かくしてムハンマドにアッラーのことばを伝えるという、みずからの使命を果たしたのである。
砂漠をわたる隊商の、名もないメッカのラクダひきムハンマドは、ついにアッラーの前にひれふした...。
ムハンマドは雲と光につつまれ、神の前にぬかづいた。くり返し神の前にひれふすことは虚しいことではないと、ついにムハンマドは悟った。
天国についたムハンマドは、ラクダにのった天女(フーリ)に迎えられた。
これこそ神は唯一であると説きつづけたムハンマドの忍耐強さへの報いであった。
ムハンマドのことばに耳を貸さず、なおざりにした人は地獄の業火に永遠に苦しむことになる。
これが信心深いイスラム教徒が代々語りついてきたムハンマドの伝説である。
しかし、アッラーの預言者の伝説とは、それ以上にごくふつうの男の生涯でもあった。
だが、「ふつうの男」の生涯によって、歴史は大きく変わったのである。
アンヌーマリ・デルカンブル著 創元社「マホメット」より
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