20171228 2017-12-28 01:28:03 | 日記 人々は、無論ものごとを疑ふことはある。 一切の事物の根底迄も明ら得たものが誰かあらう。 誰も本当のところは解らぬのである。 この解らぬ色々な事物を、わからぬ故に、人々は疑ふ。いつも半信半疑な目でもつて 事物をみてゐる。 たとへば、徹底的に解らないと、愚禿親鸞のやうに決着もしない。 正法眼蔵三巻抄 毎田周一撰集 9 ---- その通りだと思います。読んでいて笑いそうになりますね。あるある。 ただ、ここが重要で自分の調子を計るバロメーターでもあります。