トランプの言うことは正しい
WHEN TRUMP IS RIGHT
自己中心的な外交のせいでトランプは世界にそっぽを向かれている
<米中衝突の大きな要因であるファーウェイ問題。中国政府に不正アクセスのバックドアを
提供するファーウェイ製品は、基幹インフラから排除するべきだ>
※Newsweek 5月21日号(5月14日発売)は「米中衝突の核心企業:ファーウェイの正体」特集。
軍出身者が作り上げた世界最強の5G通信企業ファーウェイ・テクノロジーズ(華為技術)。
アメリカが支配する情報網は中国に乗っ取られるのか。各国が5Gで「中国製造」を拒否できない
本当の理由とは――。米中貿易戦争の分析と合わせてお読みください。
ドナルド・トランプ米大統領が、珍しく正しいことをしている。次世代通信規格5Gのネット
ワーク整備事業から、中国の通信機器大手・華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)を排除し、
同盟国にも同様の措置を取るよう働き掛けているのだ。
だが、各国の反応は鈍い。NATOを罵倒し、イラン核合意から突然離脱を表明するなど、
「自己チュー外交」を展開してきたトランプの訴えになど耳を貸せるかと思っているようだ。
もちろん現実問題としての難しさもある。ファーウェイの通信機器は世界170カ国で利用されて
おり、ヨーロッパでも、既にドイツテレコムやBTグループなどの通信大手が開発中のネット
ワークに組み込まれている。そこからファーウェイ製品を取り除くのは労力的にもコスト的にも
高くつく。
しかしファーウェイの通信機器は、中国政府による不正アクセスのバックドア(裏口)となり、
そこから政治・金融・製造・軍事上の機密データが盗まれる恐れがある。ファーウェイ幹部は
否定するが、これは決して事実無根の言い掛かりではない。
実際に2015年、あるドイツ企業がファーウェイ製スマートフォンにマルウエアを発見した。
それにファーウェイ自身の主張は、ほとんど重要ではない。ジョージ・W・ブッシュ米政権で
サイバーテロ対策を担当し、現在サイバーセキュリティー関連会社を経営するリチャード・
クラークは、「中国企業は、政府の情報(協力)要請に応じることが法律で義務付けられている」
と指摘する。ファーウェイの経営幹部は政府から要請があっても断ると言うが、「断ることなど
できない」と、クラークは言う。
しかもその脅威は近年大きくなりつつある。中国の習近平(シー・チンピン)国家主席は、
「国有企業だけでなく、民間企業でも共産党の役割を強化している」と、米外交問題評議会
アジア研究部長のエリザベス・エコノミーは指摘する。中国に「政府の介入から完全に自由な
企業というものは存在しない」。
にもかかわらず、英政府は4月、5Gネットワーク整備事業にファーウェイの参加を一部容認する
方針を固めた。英国家サイバーセキュリティーセンター(NCSC)のキアラン・マーティンCEOは
2月、たとえセキュリティーリスクが生じたとしても、NCSCが「管理」できると自信を示した。
だが、アメリカの情報機関職員や専門家は疑問視する。サイバーセキュリティー会社ベラコードの
クリス・ワイソパル最高技術責任者(CTO)は、「どんなデバイスも、ファームウエアを
アップデートすればバックドアを作れる。デバイスを1度チェックしただけでは不十分だ」と言う。
米NSAも通信傍受活動をしていたが
ファーウェイ排除に動いている国もある。オーストラリア政府は2012年、保安情報機構(ASIO)の
勧告を受け、全国ブロードバンド網(NBN)整備事業へのファーウェイの参加を禁止した。
ニュージーランドとカナダ、そして日本も調達手続きからファーウェイを事実上排除している。
ヨーロッパでは、トランプ政権の強引なやり方が、かえって各国の態度を硬化させているようだ。
ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、リチャード・グレネル駐ドイツ米大使は、
ファーウェイを政府事業から排除しなければ、アメリカはドイツとの機密情報共有を停止すると
ドイツ政府に警告。激怒したアンゲラ・メルケル首相から「ドイツの基準はドイツが決める」と
反撃されたという。
トランプがファーウェイを米中貿易戦争の交渉材料にしているとの見方も、同盟国の反応を
鈍くしているようだ。実際トランプは、中国が米企業に有利な内容の貿易合意に調印するなら、
ファーウェイの米市場復帰を許してもいいと示唆したことがある。
トランプ以外の大統領だったら
ひょっとすると、ヨーロッパ諸国がトランプの呼び掛けに応じないのは、通信機器メーカーが
政府にバックドアを提供するのは珍しいことではないという意識があるのかもしれない。
米国家安全保障局(NSA)はエドワード・スノーデンに暴露されるまで、アメリカのソフト
ウエア企業や通信企業のネットワークを利用して、幅広い通信傍受活動をしていた。
ただし、NSAの通信傍受活動は基本的にテロ対策の一環であり、対象者は特別な裁判所の許可を
得なければならない。これに対して中国の通信傍受活動は、軍事機密から企業秘密の窃盗まで
極めて幅広い範囲をカバーしているとされる。
そもそも現在のような問題が起きた背景には、通信技術がきちんとした監視や基準もなく世界に
広まってきた事実がある。米国防総省の防衛科学委員会が2017年に発表した報告書は、
サイバーのサプライチェーンに脆弱性があるため、兵器システムや金融ネットワーク、
重要インフラが混乱・破壊される可能性があると警告している。
この報告書は、グーグルや携帯電話会社クアルコム、IBM、ジョンズ・ホプキンズ大学応用物理学
研究所など産学官の専門家パネルが1年間検討した結果をまとめたもので、「マルウエアが埋め
込まれていても、作動されるまで検知されない」可能性を指摘。見つかったとしても
「設計上の欠陥」と見なされる恐れがあると指摘している。
テクノロジー業界の言い訳は通用しない
約25年前、銀行や発電所や鉄道、送電網といった重要インフラのオンライン管理が始まった
時期なら、サイバー攻撃への意識が薄く、コスト削減と効率最大化を優先したネットワークが
構築されたのは無理もないと思える。だが、サイバーセキュリティーの重要性が認識されるように
なったとき、テクノロジー業界は「アメリカのイノベーションを窒息させる」として規制強化に
強く反対した。
もはやそんな言い訳は通用しない。今やサイバー攻撃は日常茶飯事であり、サイバーセキュリティー
はドル箱産業だ。それなのに企業も一部の国々も、5Gネットワークがもたらす多くの可能性を
つぶすことを恐れ、徹底的な対策に二の足を踏んでいる。
その点、アメリカの企業と政府は、少なくともファーウェイのように明らかに悪質な業者を
締め出すことにおいては、正しい措置を取っている。米企業は企業秘密の窃盗を含め、どの国の
企業よりもサイバー攻撃の標的となり、そのダメージ緩和に大きな投資をしてきたから当然かも
しれない。
だが外国の多くの企業や政府は、明白な脅威に見て見ぬふりを続けている。彼らに提案したい
ことは1つ。もし警告を発しているのが、トランプ以外のアメリカ大統領だったらどう受け止めた
だろう。それを考えることが現実に目を向ける第一歩になるはずだ。
<Newsweek 2019年5月21日号掲載>