高級腕時計ブランド、「灰色市場」は必要悪か
[チューリッヒ 12日 ロイター] - ダイヤモンドを散りばめたロレックスの腕時計は定価3万4000ドル(約370万円)が4割引きに、そしてオメガの「スピードマスター・ムーンフェイズ」は1万ドルを切ることも──。
それでも大半の人には手の届かない価格だが、まん延するこうした商売は、高級腕時計メーカーが現在置かれている複雑な窮状を浮き彫りにしている。
高級腕時計の売り上げが減少するなか、ますます多くの売れ残り商品が、スイスが独占する業界によって慎重にコントロールされた公式販売ネットワークから、オンラインショップへと流れ込んでいる。こうしたルートでは、大幅な割引価格で販売されることが多い。
こうした「グレーマーケット(灰色市場)」に対し、スイスの腕時計メーカーは嫌悪感を露わにする。大幅な値引きは、慎重に築かれた高級感のオーラを損ね、正規価格で売ることが困難になると訴える。
「高級品部門においては、評判、夢、価格といった幻想が崩れてしまうと、信頼も失われてしまう。高級品にとって、それは緩慢な死を意味する」。LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)(LVMH.PA)の腕時計部門を率いるジャン・クロード・ビバー氏はそう語る。
先月バーゼルで開催されたフェアでロイターのインタビューに応じたビバー氏は、グレーマーケットを「業界のガン」と呼んだ。
しかし、中国の爆買い需要が突然の終焉を迎えたことで、各ブランドは密かにグレーマーケット業者との連携を開始せざるを得なくなっている。販売協力もあるが、多くは非公式の販売業者に対する一定の影響力を確保するためだ、と販売業者や業界幹部はロイターに語った。
「グレーマーケットに出回る腕時計の供給元はたくさんある。売れ行きの悪い商品を処分したい公式の販売代理店や、輸入代理店、そしてブランド本体の場合さえある」とある業界幹部は匿名を条件に語った。
場合によっては、グレーマーケットの販売業者がブランド側に協力し、新製品をセール対象から外したり、値引き幅を抑えたりもする、と同幹部は語る。
<無料の宣伝効果>
スウォッチ・グループ(UHR.S)やリシュモン(CFR.S)など高級腕時計の最大手は、グレーマーケットに対する戦略を語ることを拒否したが、一部のメーカーはグレーマーケットにも利点はあると見ている。
「時計が1つ売れるたびに、利益の大半を手中に収めるのはメーカーだ」と指摘するのは米ショッピングサイト「SwissLuxury.com」の創業者ダリル・ランドール氏だ。
「それに、ネット検索や画像検索、ソーシャルメディアでのブランドの投稿、ツイート、掲示は、すべて非常に効果的で無料広告だ」。そう語るランドール氏のサイトは、好調な年には年間約1000万ドルの売上を生んでいるという。
メーカーの要請があれば製品販売を中止することもあるとグレーマーケットで販売する別の業者は語る。ブランド側から米販売業者向けに、割引価格で15─25個の製品が定期的に提供されているという。
「ブランド側からは嫌われているだろうが、多かれ少なかれ、私たちの目標は共通している。製品を売り、利益を上げたいのは一緒だ」とこの業者は付け加えた。
2008─09年の金融危機後、中国からの高級腕時計に対する需要が膨らんだ。これにより製品の生産量が、小売価格とともに上昇したものの、この2年間で需要は急減。度重なる過激派の攻撃によって、こうした腕時計販売の盛んな欧州を訪れる観光客が減少したことに加え、中国当局が高級腕時計を贈答品にする公務員を取り締まったためだ。
需要減退であっても、生産を抑えることは困難だ。理由の一端として、腕時計は、段階を追って組み上げられるため、製造に時間がかかり、製造計画が2年も前に確定している場合が多いことが挙げられる。
高級品をぜひとも必要としている人はいなくても、各ブランドは、顧客が贅沢な店舗で精巧に仕上げられた腕時計を目にし、実際に触れてみることでその「物語」に惹きつけられたなら、それを手に入れたくなり、価格など二の次になってしまうことを経験上知っている。
<流通するブランドにばらつき>
販売好調期には、メーカー側は売上げの20%を利益として確保し、販売店は最大45%という魅力的なマージンを得ることができた。
だが、ビジネスが細ってきても、メーカーは公式販売店が大幅な値下げを行うことを許さなかった。ブランドイメージが傷つくことを恐れたためだ。こうした方針が、資金繰りに困った販売店の背中を押して、グレーマーケットに商品を流すようになった可能性があるという。
スイスの腕時計輸出は昨年10%低下。さらに今年に入って最初の2カ月で8%減少している。
グレーマーケットでは、質素で小規模な店舗、もしくはオンラインで販売が行われ、商品のほとんどを在庫として持つことなく、注文があった場合にのみ調達している。
前出のランドール氏によれば、グレーマーケットに製品を流さないようにする努力は、ブランドによって異なるという。最も調達が難しいのはパテック・フィリップとリシャール・ミルで、生産量も厳しく管理しているという。やはり独立系ブランドのオーデマ・ピゲは、直営店を通じて特定のモデルだけを流通させている。
「(スウォッチ系列の)オメガや(LVMH系列の)タグ・ホイヤーは、いつでも簡単に仕入れられる」とランドール氏は言う。
米グレーマーケットで活動する販売業者もこれに同意し、リシュモン系列のジャガー・ルクルトとヴァシュロン・コンスタンタン、それにスウォッチ系列のブレゲも、仕入れは容易だと語る。
米国は世界で2番目に大きいスイス製腕時計の市場だ。この国には「Jomashop.com」や「AuthneticWatches.com」、「PrestigeTime.com」などのオンライン販売サイトがあり、グレーマーケット向け商品の重要拠点となっている。
「国外からたくさんグレーマーケット向けに腕時計が流入してくる。世界的にだぶついている商品は、以前だったら香港に流れていたが、今はそれが米国に来るようになった」と語るのは、米国で複数のスイス最大手ブランドの公式販売パートナーを務める一方で、オンラインで中古腕時計を販売しているダニー・ゴブバーグ氏。
ゴブバーグ氏は、新品を中古として彼のオンラインショップで販売しないかというブランド側からのオファーが時折あることを認めたが、ブランド名は明かさず、それは彼の事業の小さな部分に過ぎないと語った。
<安さが魅力に>
グレーマーケットは決して米国の専売特許ではない。ドイツの「Chrono24.com」は香港とニューヨークに営業事務所があるほか、アマゾン(AMZN.O)やイーベイ(EBAY.O)でもグレーマーケット向けの腕時計が大量に売られているという。
「グレー」と呼ばれるだけに、こうした市場については何の統計もなく、どのようなシステムで動いているのか積極的に説明しようという販売業者もほとんどいない。
偽造品とは違い、グレーマーケットで販売される腕時計は、合法的な真正品であり、正当な所有者によって販売されている。だが、ブランド側は正規のネットワークで販売された腕時計以外の修理を拒んでいるため、保証書は付かないのが一般的だ。
これにより購入意欲を削がれる人もいるだろうが、より価格に敏感な他の買い手は、実際オンラインショップの利便性を好んでいるのかもしれない。こうしたショップは、古い腕時計の下取り、ローン仲介、最安値保証、独自保証や修理サービスなどで潜在顧客を誘っている。
ランドール氏によれば、顧客に迅速に商品を届けるため、ほとんどの商品は米国内で調達しているものの、ドル高のおかげもあって、欧州で有利な取引が実現する場合もあるという。
「つい先日もジャケ・ドローの素晴らしい『エクリプス』をシカゴのビジネスマンに販売したが、チューリヒから有利な条件で仕入れ、迅速に出荷することができた。仕入れ価格が非常に安かったので、顧客には、さらに2000ドル値引きを行った」とランドール氏は言い、定価2万9300ドルから22%引きでその腕時計を売ったと付け加えた。
カラチに住むサイフッラー・カズミさんは、タグ・ホイヤーカレラを「Jomashop.com」でほぼ半額で購入し、親戚にパキスタンに持ち帰ってもらった。地元店舗で調べたところ、真正品だと確認されたという。
カズミさんは、当初はこのショップの合法性を疑い、保証書が付かないことを気にしていたが、大幅な値引きの魅力には勝てなかった、と語った。