米ロ中に引けを取らないベトナム外交のすごみ
<むやみな対立を避けながら無言のにらみを利かせる、敗戦国日本がならうべき対米戦勝国ベトナムのしたたかさ>
11月5日に初来日したトランプ米大統領は東京の米軍横田基地に着陸し、また2日後そこからたった。日本の首相訪米でもワシントン
周辺の米空軍基地に着陸することが多く、当局としては何てことはないのだろう。
だが日本に自分の「領地」があるのを誇示するかのような訪日の姿に、こちらは戦後占領された古傷に塩を塗り込まれる思い。
いいかげんにしてくれと思いながらトランプ歴訪の地図を見るうちに、ベトナムに気が付いた。
この国は1945年に独立を宣言して以来、フランス、アメリカ、中国を撃退した稀有な国だ。人口は9270万人で、近年の経済成長率は
毎年6%を超える。賃金上昇などで投資環境が悪化する中国に代わる製造拠点分散対象「チャイナプラスワン」の投資先として、
インド、バングラデシュ、カンボジアなどと並ぶ地歩を築いた。
日本が毎年1000億円以上の円借款で築いたインフラを使って、日本企業はこれまでに420億ドルの直接投資をしている。
対中関係が悪化した韓国の動きはもっと激しい。韓国企業の直接投資累積額は日本を超える最大投資国。
なかでもサムスンはベトナムでスマホの約30%を生産し、ベトナムの総輸出額の20%以上を一社でたたき出す。
ロシアをフルに利用する
社会主義経済で、少数の官僚が土地などの権利の多くを差配するベトナムでは、ロシア、中国やインドと同様、汚職がひどい。
だが政府は摘発を強化しており、外国企業は文句をこぼしながらも投資を続けている。
独立後、外国に負けたことのないベトナムはどの国に対してもわだかまりを持たず、合理的な外交ができる。かつて戦ったアメリカと
よりを戻し、米艦の寄港を認め、TPP(環太平洋経済連携協定)にも前向きだ。
ベトナムは紀元前から1000年にもわたって北半分を占領された中国を警戒するが、表立った対立は避ける。14年には南シナ海での
境界・資源紛争をめぐってベトナム漁船が沈められ、反中デモが燃え盛ったが、両国政府要人が行き交って、表向きは沈静化した。
こうして対立の表面化を避ける一方で、防衛力を磨くのに余念がない。ベトナムは78年末カンボジアに侵攻、わずか2週間で制圧した
ほどの軍事強国だ。
さらにベトナムは、東南アジアでは影の薄いロシアをフルに使う。ロシアの前身ソ連はベトナム戦争時代、最大の同盟相手で、
ソ連に留学したベトナムの要人は数多い。ソ連崩壊直後の首都モスクワではベトナム人が数カ所に固まって暮らし、食品販売などを
していたものだ。
昨年10月にロシアが主導するユーラシア経済連合とベトナムとの自由貿易協定(FTA)が発効。ロシアはベトナムを、ASEAN市場に
無関税で進出する窓口と位置付けている。ベトナムと他のASEAN諸国の間では多くの品目が無関税となっているためだ。モスクワから
首都ハノイへの直行便も出ている。
このロシアをベトナムは、軍事面での対中抑止力として利用している。ロシアと中国は準同盟国だが、それはアメリカに対抗する
ための政略結婚にすぎない。米中が接近すれば、ロシアは中国に対して協調から牽制に転ずる。
ベトナムは南シナ海に面する南部カムラン湾にロシア艦の寄港を認めているだけではない。ロシアから戦闘機や駆逐艦、潜水艦6隻を
購入している。これらの戦力は、中国にとって南シナ海での不気味な攪乱要因だ。
大国とのむやみな対立を避ける一方、防衛力を強化し無言のすごみを利かせる。それでも相手が襲ってきたら断固として撃退
――ユーラシア大陸の東のベトナムやフィリピン、西のベラルーシ、中央のウズベキスタンなど、これらしたたかな中小国は大国を
あやし、張り合わせることで国の誇りを保っている。
米大統領の訪問に首都の米軍基地を使われても騒がない日本に、ベトナムの爪のあかでも煎じて飲ませたい。日本もこんな外交が
できればいいが。