陸自が地対艦ミサイルで米海軍戦車揚陸艦を撃沈
リムパックで初の地対艦ミサイル演習を実施、米軍の狙いとは?
RIMPACで初めて実施された地対艦ミサイル演習
7月14日に実施されたSINKEXは日本、米国、オーストラリアの3カ国による合同演習である。
内容は、オアフ島の隣にあるカウアイ島内に陣取った陸上自衛隊ミサイル部隊ならびにアメリカ陸軍ミサイル部隊が、
オーストラリア空軍のP-8ポセイドン哨戒機の上空からの誘導により、カウアイ島北55海里沖洋上に浮かぶアメリカ
海軍退役軍艦「Rachine」を、それぞれ地対艦ミサイルを発射して撃沈するというものだ。
ちなみに陸上自衛隊はメイドインジャパンの12式地対艦ミサイルシステムを使用し、アメリカ陸軍はノルウェー製の
対艦ミサイルを米陸軍のミサイル発射車両から発射した。
長い歴史を誇るRIMPACで、今回初めて地上軍(陸上自衛隊、米陸軍)が地対艦ミサイルを用いて洋上の軍艦を
攻撃する訓練が実施された。
SINKEXで陸上自衛隊が12式地対艦ミサイルを発射した瞬間(写真:米海軍)
SINKEXで米陸軍がノルウェイ製地対艦ミサイルNSMを発射した瞬間(写真:国防総省)
中国の「積極防衛戦略」とは
今回、初めて地対艦ミサイル演習を実施した最大の理由は、南シナ海と東シナ海における中国の海洋戦力の拡張に、
アメリカ海軍を中心とする同盟諸国海軍が伝統的海洋戦力(各種軍艦と航空機)だけで対抗することが困難な状況に
なりつつあるからである。
現在、中国海軍が依拠している防衛戦略(ただし核戦略は別レベルである)は「積極防衛戦略」と称されており、
アメリカ軍などでは「接近阻止・領域拒否戦略」(A2AD戦略)とも呼称されている。
この防衛戦略を一言で言うならば、東シナ海や南シナ海から中国に(核攻撃以外の)軍事的脅威を加えようとする
外敵(主としてアメリカ海軍、それに海上自衛隊をはじめとするアメリカの同盟国海軍)を、中国本土沿岸から
できるだけ遠方の海上で撃破して中国に接近させないというアイデアである。このように接近を阻止するための
目安として中国海軍戦略家たちが設定しているのが、第一列島線と第二列島線という概念である。
第一列島線と第二列島線(白:日米海軍拠点、赤:中国海軍拠点)
「積極防衛戦略」を推し進めるためには、どうしても海軍力と航空戦力の強化に最大の努力を傾注することが
必要となる。なぜならば、中国に接近を企てる外敵は、軍艦や軍用機によって海洋を押し渡ってくることに
なるからである。そのため、中国海軍は次から次へと軍艦の建造に邁進し、海軍と空軍は戦闘機や爆撃機を
はじめとする航空戦力の強化も猛スピードで推し進めた。
ただし、中国軍戦略家たちは、そのような伝統的な海洋戦力だけで、強大なアメリカ海軍やその弟分である
海上自衛隊を迎え撃とうとはしなかった。なぜならば、軍艦や軍用機の開発、建造・製造、それに乗組員や
整備要員の養成には長い時間がかかるからである。そこで、多数の軍艦や軍用機を生み出しそれらの要員を鍛え上げ、
強力な伝統的海洋戦力を構築するのと平行して、比較的短時間で大量に生産することができ、運用要員の
育成も容易な、様々な種類の対艦ミサイルの開発にも努力を傾注した。
要するに、中国沿海域に押し寄せてくるアメリカ海軍や海上自衛隊の高性能軍艦や航空機に対して、
伝統的な海洋戦力で対決するだけでなく、場合によっては中国本土からあるいは本土上空から各種対艦ミサイルを
発射して、アメリカ海軍艦艇や海上自衛隊艦艇を撃破し、中国沿岸域、あるいは第一列島線、さらには第二列島線への
接近を阻止してしまおうというわけである。
実際に、中国人民解放軍は、中国本土内から発射する多種多様の地上発射型対艦ミサイル(地対艦ミサイル)や、
敵の攻撃を受けることのない中国本土上空の航空機から発射する対艦ミサイル(空対艦ミサイル)、
それにやはり敵の攻撃を受けることのない中国本土沿海域の軍艦から発射する対艦ミサイル(艦対艦ミサイル)を
ずらりと取り揃えている。そのため、第一列島線を超えて中国沿岸に接近を企てる敵艦艇は、多数の対艦ミサイルによる
集中攻撃を被る恐れが極めて高い状況になっている。そして、対艦ミサイルとともに、接近してくる航空機を
撃破するための各種防空ミサイルの配備も伸展している。
アメリカ側にも必要となった「接近阻止戦略」
このような中国軍の「積極防衛戦略」に立脚した接近阻止態勢に対して、アメリカ海軍(そしてその同盟軍)
としては、正面切って空母艦隊をはじめとする艦艇や航空機を突っ込ませるのは自殺行為に近い。
そこで、アメリカ軍やシンクタンクの戦略家の間で、別の方法が真剣に検討され始めているのだ。
それは、こちらから中国沿海に接近して攻撃するというアメリカの伝統的な「攻撃による防御」戦略ではなく、
中国海軍が設定した第一列島線上で中国海洋戦力の接近を待ち構え、中国軍艦艇や航空機の第一列島線への接近を
阻止する方法だ。いわば、中国の戦略を真逆にした「接近阻止戦略」を実施しようというアイデアである。
アメリカ軍が評価する日本の地対艦ミサイル能力
では、アメリカ軍は第一列島線でどのような戦力で待ち受けるのか。
まずは、第一列島線周辺海域に様々な軍艦を展開させ、第一列島線上にいくつかの航空拠点を確保して
航空戦力を配備し、第一列島線周辺海域に空母艦隊を展開させて航空打撃力を準備する、といった
伝統的海軍戦略にのっとった方策が考えられる。
一方、中国の戦略を真逆にした「接近阻止戦略」では、第一列島線上に地対艦ミサイル部隊を展開させて、
接近してくる中国艦艇を地上部隊が撃破するというオプションが加わることになる。
ところが、このような「敵をじっと待ち受ける」受動的な、すなわち専守防衛的な戦略はアメリカ軍は伝統的に
取ってこなかった。そのため、専守防衛的な兵器である地対艦ミサイルシステムをアメリカ軍は保有していない。
地対艦ミサイルを投入しての「接近阻止戦略」が必要であると考え始めたアメリカ海軍や海兵隊それに
陸軍の戦略家たちは、地対艦ミサイルの威力を目に見える形でペンタゴンやホワイトハウスに提示する必要に
迫られている。そこで登場したのが、陸上自衛隊の地対艦ミサイル連隊である。かねてより地対艦ミサイルに特化した
部隊を運用している世界でも稀な陸上自衛隊の地対艦ミサイル連隊に、日本が独自に開発し製造している高性能12式
地対艦ミサイルシステムをRIMPAC-2018に持ち込んでもらい、大型艦を撃沈するパフォーマンスを実施して
もらったというわけだ。
おそらく、今回のSINKEXを皮切りに、アメリカ陸軍でも、アメリカ海兵隊でも、地対艦ミサイル部隊の創設へと
舵を切っていくことになるものと思われる。それに対して、陸上自衛隊は四半世紀前から地対艦ミサイル運用に
特化した地対艦ミサイル連隊を保有しているし、日本独自に開発製造している地対艦ミサイルシステムを手にしている。
そのため、現在アメリカ軍戦略家たちが検討している中国に対する「接近阻止戦略」
(拙著『トランプと自衛隊の対中軍事戦略』参照)を推進して行くに当たって、日本の地対艦ミサイル技術や
ノウハウは、アメリカにとっても大いに有益なものとなることは必至だ。