中国「一帯一路」構想、パキスタンで暗雲
中国による貸し出しを伴う不透明な取引で壁が露呈
2018 年 7 月 24 日 17:08 JST THE WALL STREET JOURNAL By Jeremy Page and Saeed Shah
【ラホール(パキスタン)】米国の強大な影響力に取って代わり、世界の地政学的地図を塗り替えようとする
中国にとって、パキスタン初の地下鉄路線「オレンジライン」の建設は、その勝利への第一歩を誇示するはずだった。
中国国営企業が資金を融通し、建設も手掛けるオレンジラインは、同国北東部の都市ラホールを高架で走る路線。
中国はパキスタンで計画する総額620億ドル(約6兆9000億円)のインフラ計画の第一弾として、
建設費用20億ドルを投じて空調完備の地下鉄を開通させるつもりだ。これによりムガル帝国および大英帝国の
植民地支配が残した過去の遺物を一掃し、中国が世界的に展開するインフラ攻勢のショーケースになることが期待された。
だが実際は、中国の目指す現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」に、想定外のつまずきが生じていることを
示す象徴的事例となった。
中国による計画開始から3年、パキスタンは債務危機に近づいている。オレンジラインのような大規模事業のために
中国からのローンや輸入が急増したことが一因だ。パキスタン当局はオレンジラインを運営するには政府の補助金が
必要になると話す。
中国の一帯一路構想には約70カ国が関わり、米国が第2次世界大戦後に進めた欧州復興計画「マーシャルプラン」にも
なぞらえられる。港湾や鉄道、道路、パイプラインを網目状に建設することで、中国は新たな東西の通商ルートを
開設し、中国企業のビジネスチャンスを生み出し、自らの戦略的影響力を拡大することをもくろむ。
米国が戦後、主として欧州に援助資金を与えたのに対し、中国は多くの場合、自国の建設業者に限定するなどの
不透明な条件をつけた融資を拡大している。パキスタンは今や、対中債務の増大による財政や政治への副次的影響に
悩まされる国々の1つとなった。
パキスタン総選挙の投開票が迫る中、勢いづく野党はオレンジラインをはじめ中国主導のプロジェクトの詳細な
資金状況を公表すると約束している。またパキスタンの経済界は、中国企業が享受する特権をもっと制限するよう
訴えている。パキスタン当局は既に、中国の新たな電力プロジェクトに対する支払いを滞納している。
一帯一路構想全体に汚点
今年の秋口にはこうした問題が顕在化する見通しだ。パキスタンの新政権は国際通貨基金(IMF)に
2013年以来となる緊急支援を要請する公算が大きい。救済が行われる場合、借り入れや支出に制限が課されることとなり、
一帯一路構想の中核をなす「中国パキスタン経済回廊(CPEC)」が計画縮小に追い込まれる可能性がある。
そうなれば、中国としては大いに当惑する事態となる。中国は慢性的な政情不安を抱える人口2億人の
パキスタンにとって、この計画がゲームチェンジャーになると信じ、諸外国に対して中国の進める開発モデルの
有益性を証明するチャンスだと期待していた。
「そうなったら(うまく行かなければ)事実上、西側諸国がこの国を救済することになる」。
米シンクタンク、ジャーマン・マーシャル・ファンドの中国・パキスタン関係の専門家、アンドリュー・スモール氏は
こう指摘する。「もしここでパキスタンが財政的に行き詰まれば、一帯一路構想全体に大きな汚点を残すことになる」
それはIMF最大の出資国である米国が、パキスタンでの中国の計画に大きな影響を及ぼすことにもなる。
米政府は「債務のわな」(米当局者)に陥らせる中国のやり方に強く異論を唱えてきた。
欧州連合(EU)やインド当局も、一帯一路への批判を強めている。透明性や持続可能性を欠くほか、
中国の戦略的影響力の拡大が主な狙いになっていると考えるからだ。
ジム・マティス米国防長官は6月にこう語った。「明王朝が彼らのモデルのようだ。諸外国が中国の臣下として
貢ぎ物をし、叩頭(こうとう)の礼を行うよう求めている。ただしもっと力ずくのやり方で」
一方、中国の習近平国家主席はこうした批判をはねつける。4月の会議では自ら提唱するインフラ計画が、
中国の陰謀でもなければ、マーシャルプランを見習うものでもなく、「未来を共有するコミュニティー」の建設を
目指していると述べた。
中国外務省は、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)に対する書面の中で、パキスタンの計画が
一帯一路諸国の模範であることには変わりがないと述べた。「当然ながら、変化する状況に適応させるべきであり、
そうした必要な調整が行われるだろう」とした上で、中国はパキスタンの財政状況について同国と緊密な連絡を
取っていると続けた。
一帯一路関連事業の融資額がパキスタンに次ぐ2位のマレーシアでは、マハティール・モハマド首相率いる
新政権が今月、200億ドルの中国の鉄道建設計画を中止。その他の中国主導のプロジェクトも見直すことにした。
ミャンマーは100億ドルの中国の港湾整備計画について再交渉する構えだ。ネパールは昨年11月以降、中国が
建設する2カ所の水力発電用ダムの計画を中断している。
パキスタンでの計画が縮小されれば、取りやめになる可能性がある事業の1つが、80億ドルの鉄道高速化計画だ。
これは中国が構想する新たな陸上交易ルート(中国北西部~パキスタンのアラビア海沿岸部)の中心的役割を
果たすものだとパキスタン当局者は話す。高速化により、カラチ港と同国北部の都市ペシャワルを結ぶ全長1880キロの
路線の平均時速が2倍になる予定だという。
だが、高速化の「費用を返済する手段が見当たらない」と、中国との協議に参加するパキスタン政府高官は話す。
またIMFは今後、「中パ経済回廊」の既存プロジェクトについても、パキスタンの新政権に透明性の向上を
求めるとみられる。現政権は競争入札を用いることなく、不透明な取引によって無駄の多い政治的プロジェクトに
資金を流用していると批判を浴びていた。
「オレンジラインのような取引を秘密にすることはあり得ない」。反汚職を掲げる野党パキスタン正義運動(PTI)の
チャウドリー・ファワド・フセイン報道官はこう語った。同氏によると、PTIは中パ経済回廊を支持するものの、
全ての取り決めを議会に明らかにし、審議を受けるべきだと主張している。
両国政府によると、中パ経済回廊の43の事業(2030年までに終了予定)のうち、およそ半数(190億ドル相当)が
すでに完成したか進行中。これらのインフラの大半は必要性が極めて高い。特にエネルギー関連事業は、
パキスタンの慢性的な電力不足を緩和するのに役立つだろう。
ただ、たとえそうだとしても、中国ともっと良い条件を結ぶよう交渉すべきだったと現閣僚の一部はインタビューで
語った。契約内容の詳細を公表すべきだったとも述べた。
中パ経済回廊によってパキスタンの経済成長率が今年の5.8%から2023年には7%に伸び、債務の元利返済が
可能になると同国政府は予想するが、これは疑問視されている。IMFは3月の報告書で、パキスタンの経常赤字と
対外債務の増大は、中パ経済回廊にその一因があると指摘。経済成長率は2023年まで5%の横ばいが続くとの
見方を示した。
「われわれが協力しようがしまいが、新政権は何らかの軌道修正をする必要があるだろう」。
IMFの駐パキスタン担当者であるテリーザ・ダバン氏はこう述べた。
パキスタンが中国に救済を求める可能性もある。パキスタン当局者によると、中国の銀行は既にパキスタンの
外貨準備を安定させるため、30億ドルの緊急資金を用立てたという。これには市場金利が適用される。
一方、パキスタン計画省のチーフエコノミスト、ナディーム・ジャバイド氏は、中国が救済するならば、
無利子融資にすべきだと述べた。
仮に中国が救いの手を伸べれば、構想自体は守られるものの、憂慮すべき前例を作ることになる。
中国の銀行は2013年以降、一帯一路関連事業に少なくとも2000億ドルの融資を提供したと中国当局者は語る。
これほど融資を拡大する理由の1つは、中国の銀行にとって国内向けよりも厚い利益を期待できること、
さらには中国の過剰生産能力を活用できる海外事業を掘り起こせることだ。
だが中国の銀行関係者や当局者の間では、一帯一路が引き起こす金融リスクに対する懸念が一段と強まっていると
関係者は話す。
中国の税務当局は3月に公表した企業のパキスタン投資に関する最新の指針において、パキスタンの債務返済能力は
「極めて低い」と警鐘を鳴らし、パキスタン投資のリターンは「非常に低く、一部は不良債権化の可能性がある」と
指摘していた。
また中国が救済に乗り出せば、戦略的に重要な資産の利権獲得などに一帯一路構想を利用しているとの見方を
裏付けることにもなる。
スリランカ政府はハンバントタ港の建設に際し、中国から受けた融資の返済に行き詰まり、昨年、中国国営企業に
港湾施設を99年間貸し出すことに同意した。米国とインドはかねて、中国がここに海軍拠点を置く狙いがあるとみていた。
中国はこれを否定している。
米印両国は、中国がパキスタン南西部のグワダルでも同じことを行うのではないかと疑っている。
アラビア海に面したこの港は中パ経済回廊の主要プロジェクトの1つであり、純粋な商業施設とされている。
パキスタンや中国の多くの企業経営者は、パキスタンの交易ルートとしての可能性には疑問を呈する。
鉄道高速化計画が中止になればなおのことだ。パキスタンから国境を越えて中国西部に通じる唯一の陸上ルートは、
クンジュラブ峠を越える2車線の道路だが、1年のうち4カ月は雪に閉ざされるうえ、インドが領有権を主張する
カシミール地方を通っている。最近WSJ記者が訪れると、交通はまばらだった。
「赤字垂れ流しの巨大プロジェクトを建設する真の理由はいつも多額のリベートだ」。野党PTIの党首でクリケットの
元スター選手イムラン・カーン氏は3月にこうツイートした。
オレンジラインを中パ経済回廊に含めるよう主張したナワズ・シャリフ元首相(汚職疑惑で昨年辞任)と、
実弟でパンジャブ州首相を務めるシェバズ・シャリフ氏、およびパキスタン・中国の当局者はこの見方を否定する。
もっともカーン氏は何も証拠を示していない。パキスタン軍はカーン氏支持に回ったとみられており、
こうした議論は中国を気まずい立場に追いやっている。
5月に行われたオレンジラインの走行試験では、与党パキスタン・イスラム教徒連盟シャリフ派(PML-N)の
首相候補であるシェバズ・シャリフ氏が、債務危機にもかかわらず、主要都市のカラチとペシャワルに地下鉄を
建設するという公約を繰り返した。
「私に非があるとすれば、人民のためにオレンジラインを作ったことだ」。シェバズ氏は自らの肖像と習主席の
肖像を並べた横断幕の前に立ち、支持者にこう語ってみせた。
中国、パキスタンが陥る一帯一路「債務のわな」に反論
中国はパキスタンでの620億ドル(約6兆9000億円)規模のインフラ建設計画について、パキスタンの債務危機を
引き起こす原因とはならないと弁明している。
パキスタンの首都イスラマバードにある中国大使館は23日、ウェブサイトに声明を掲載。
ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の記事(上記記事)は「事実とかい離」していると批判し、
インフラ計画が「債務のわな」になっているとの匿名の当局者の指摘に反論した。
WSJオンライン版は22日に掲載した記事で、「中国パキスタン経済回廊(CPEC)」と呼ばれるインフラ計画を巡り、
急増する中国からの融資や輸入が一因となってパキスタンが債務危機に向かっていると警鐘を鳴らした。
WSJは複数のパキスタン当局者の話として、25日に実施される総選挙の後、パキスタン新政権が国際通貨基金(IMF)に
救済支援を求める公算が大きいと指摘した。
WSJの発行元であるダウ・ジョーンズの広報担当は、「自社報道を支持する」と言明した。
パキスタンは中国が特に緊密な外交関係を結んでいる国の一つだ。中国はCPECを習近平国家主席が掲げる
広域経済圏構想「一帯一路」の中核と位置づけている。
中国大使館はCPECを擁護し、パキスタンが債務問題に見舞われているとすれば、国際融資機関やパリクラブ
(主要債権国会議)の22カ国が原因だとの見方を示した。中国はパリクラブに参加していない。
大使館はまた、パキスタン政府統計によると、国際機関が同国の対外債務に占める比率は42%、
パリクラブは18%となる一方、中国の優先的融資は10%となっていると指摘。
「こうした視点で見ると、たとえ債務のわながあったとしても、原因は中国ではない」と主張した。
だが、中国大使館が引用した統計は部分的なものにすぎないようだ。中国からの融資として含まれているのは、
交通プロジェクトに関するパキスタン政府向けの低金利か無利子の融資のみとなっている。こうした融資は、
2017年12月末時点で669億ドルあったパキスタンの公的債務の約10%を占めていた。
パキスタンの公式統計によると、既に完了したか建設中のエネルギー関連プロジェクトに対し、中国から
120億ドル余りの民間融資が実行された。さらに、パキスタン当局者によると、同国の外貨準備を支えるため、
中国の商業銀行から受けた緊急資金援助が約30億ドルあった。そうした融資はいずれも中国大使館の統計から
除外されたもようだ。
エネルギー関連プロジェクトの大半は中国企業が、単独もしくはパキスタン企業との合弁で取り組んでいる。
パキスタン政府は固定価格で電気を買い取ると約束し、高い投資リターンを保証。買い取り価格の一部は融資返済に
充てるとしている。
数値について文書で質問したところ、イスラマバードの趙立建・中国副大使は質問に直接答えず、
テキストメッセージで「記事は非常に残念だ。御社はもっと下調べをするべきだった」と述べた。
中国大使館はWSJの記事掲載を前に、度々のコメント要請に応じていなかった。中国外務省はWSJが記事中に
引用した文書で、パキスタンの計画は一帯一路諸国の模範だと述べていたが、文書にはパキスタンの対中債務に
関する統計は含まれていなかった。