トルコの大学を揺るがす大粛清、深まる亀裂
2016 年 8 月 26 日 14:50 JST THE WALL STREET JOURNAL
クーデター未遂事件後、国外脱出を図る親欧米派の教員たち
イスタンブールでは、ニシャンタシュ大学の社会学部長だったニル・ムトラー博士(42)が、3歳の娘を抱えながらスーツケースを持っ
て沿岸部に急ぎ、辛く も出国した。「空港では当局がすでに同僚への職務質問を始めていた」と彼女は振り返る。欧米寄りのリベラル
派である同博士は、フェリーでギリシャに渡り、 ベルリンに向かった。
同じ日、かつてイスラムのとりでと呼ばれたコンヤでは、一部の教員たちがクーデターの失敗をトルコ教育界刷新の機 会と受け止め
て歓迎した。「エリート教授たちは西側の眼鏡で世界を見ている。トルコ国民が何を欲し必要としているのか真剣に考えていない」。
ネジメッティ ン・エルバカン大学のセダト・グムス助教(33)はこう話した。「トルコは新憲法を策定し、高等教育制度を改革する絶好の
機会を得たのではないか」
同大学の名は、エルドアン大統領の政治の師だったエルバカン元首相に由来する。
クーデター未遂を受けたトルコ政府の弾圧は即座に開始され、軍部から司法界、高等教育界に至るまで広範囲に及んでいる。
政府は非常事態を宣言し、事件の首 謀者と見ている在米イスラム教指導者ギュレン師の支持者など4万人以上を拘束した。
多くの教育者が一夜にして容疑者となった。
教育省は職員2万7000人以上を解雇した。高等教育委員会は全大学の学部長1577人を辞職させ、クーデター計画に関係ないも
のだけを復職さ せると通知した。同委員会はまた、各大学にギュレン師と関係のある教員をリストアップさせ、4225人を停職処分にし
た。ギュレン師とつながりのある大学 15校も閉鎖された。
これまでのところ、粛清されたのは主に事件前からエルドアン氏と対立していた教員で、ギュレン師と関係のある者や政府に批判的と
みられる者が中心だ。だが恐怖感は広がっており、一流校の教員の多くが、粛清の第2波がやってくると覚悟し、国外に職を求めてい
る。
トルコの教育界を揺るがしているこの激震は、都市エリートと保守的なイスラム教徒との長年にわたる確執の歴史がおそらく最大の
転換点にあることを反映して いる。
それはまた、トルコが強固な西側の同盟国から、野心を持った地域大国への変貌を加速させていることをも示している。
知識人の大量粛清は、エルドアン大統領の支持者に目標を実現するための力を与えている。
目標とは、イスタンブールやアンカラの西側志向の象牙の塔から、イスラム教への信仰とオスマン帝国時代に根差したナショナリズム
を融合した「新生トルコ」に、勢力を移行させることだ。
イスタンブールのサバンジュ大学教育改革計画のディレクターであるバツハン・アイダグルは、この移行は、トルコを西側同盟国と結
び付けてきた制度的ないかりを取り去り、新興グローバル経済国としての立場を損なう恐れがあると警告する。
トルコ政府高官は、エルドアン大統領の考え方は国益に反するのではないかとの懸念を一蹴し、「トルコの大学や学部は優秀だ。もち
ろん、われわれは各学部があらゆる問題で最高の水準を保持してほしいと思っている」と語る。
ムトラー博士は、2月にニシャンタシュ大学から解雇されたという。クーデター未遂の後、当局が教員の国外渡航を禁止するとの情報
を聞き、研究員職を求めて ベルリンのフンボルト大学に向かった。「トルコを離れることは簡単には決められなかった。
しかし、もはや言論の自由がないトルコにとどまることはできな かった」と同博士は語る。
一方のグムス助教は、親政府の考えの持ち主だけが昇進の機会があるとの見方に反論。エルドアン氏の下で教育の 機会は広が
り、すべてのトルコ国民が利益を享受していると主張する。
「AKPが政権に就くまで、歴代政府は国民の要求に十分応えていなかった。現在の動き は教育の民主化だと思う」