台湾前総統・李登輝氏に聞く 日台経済の処方箋は
日本、まず為替レートの調整を
台湾、金融機関育てる見方必要
(産経 2003.01.05 朝刊経済欄)
製造業の中国シフトによる産業空洞化、デフレ進行、そして金融機関が抱える巨額の不良債権-。台湾の経済問題は日本と似通っている。台湾前総統の李登輝氏(79)に、不況が続く日本と台湾の“経済処方箋(せん)”を聞いた。(台北で 巽尚之、河崎真澄)
--中国が「世界の工場」となっているが
「中国大陸には十三億人の労働力がある。日本や台湾から労働集約型の産業の資金や工場、技術や経営者が中国に出ていき、日台では失業者も増えた。台湾の銀行から借り入れた資金で中国大陸に投資して収益を上げ、負債を台湾に残す企業の問題もある。中国は安価な製品の輸出で、デフレを国際社会に広げているといえる。中国は自由貿易協定(FTA)を東南アジア諸国連合(ASEAN)との間で交渉しているが、実現したとしてもASEANをデフレで圧迫するだけだ」
--日本もここ数年デフレ対策に悩んでいる
「なぜデフレが続くのか。一九八五年に(日米英独仏五カ国の蔵相と中央銀行総裁がドル高是正を決めた)プラザ合意で、日本が円高にかじを切ったことに起因する。(輸出競争力の面で)ドルが安すぎることが問題なのは日本も台湾も同じで、中国や韓国は有利だ。中国大陸から受ける経済での影響はまず、為替レートから調整すべきだろう」
--為替調整でデフレから脱却できるか
「日本は(塩川正十郎財務相が)一ドル=一五〇-一六〇円が適当だと言い出したが、これにはうれしくなった。そのレートになれば日本では年3%くらいのインフレが起きるだろう。投資家にとっても好ましい。日本はもっと景気を刺激して内需拡大したり外交面でリーダーシップを発揮したりする必要がある。台湾元は事実上、円に連動しているため、台湾元も調整が可能だ」
--日本の景気刺激はどうすればいいか
「住宅建設を促進することだ。建て替え需要も含め、住宅を現在の二倍にすればどうか。そうなると家具や家電なども新しいものに買い替えようという気になり、需要が喚起される」
--台湾でも巨額の不良債権処理問題がある
「台湾で金融機関は二年以内に不良債権率を5%以下に抑えた上で、自己資本比率を8%以上にせよと当局から命じられているが、不良債権を処理しようとすれば自己資本を削らねばならず矛盾がある。一兆三千億元(約五兆円)の不良債権が公的な資産管理機構に移されて処理された。しかし海外の金融機関がその債権を安値で買い取るなどの手法を考えると、外国企業主導型で振り回されている気もする」
--不良債権問題の根はどこにあるか
「台湾の不良債権の根源は、かつて財政部長(財務相に相当)が一挙に十六もの新銀行の設立を許可したことにある。(貸し出しの)過当競争が不良債権となった。日本でもそうだが、不良債権問題のもう一つの根は(地価下落など)デフレにある。農会や漁会(農協や漁協に相当)の信用部(金融部門)の不良債権問題も、台湾では統廃合する政策で(農会や漁会を)育てるという見方がない。考え方の異なる商業銀行が、農会の信用部を合併しても効果は期待できない」
--日台企業の将来についてどう考えるか
「製品の企画、設計など知識集約的な役割を日本が担い、それを台湾で産業化する協力が望ましい。その上で他のアジア諸国で生産する三段階の分業体制が必要だ。台湾は、製品をそのまま中国大陸にもっていくから、すぐにまねされてだめになる。ミラノやパリからデザイナーを呼んで新しいデザインを生み出すなど付加価値を高める努力が必要だ」
日本、まず為替レートの調整を
台湾、金融機関育てる見方必要
(産経 2003.01.05 朝刊経済欄)
製造業の中国シフトによる産業空洞化、デフレ進行、そして金融機関が抱える巨額の不良債権-。台湾の経済問題は日本と似通っている。台湾前総統の李登輝氏(79)に、不況が続く日本と台湾の“経済処方箋(せん)”を聞いた。(台北で 巽尚之、河崎真澄)
--中国が「世界の工場」となっているが
「中国大陸には十三億人の労働力がある。日本や台湾から労働集約型の産業の資金や工場、技術や経営者が中国に出ていき、日台では失業者も増えた。台湾の銀行から借り入れた資金で中国大陸に投資して収益を上げ、負債を台湾に残す企業の問題もある。中国は安価な製品の輸出で、デフレを国際社会に広げているといえる。中国は自由貿易協定(FTA)を東南アジア諸国連合(ASEAN)との間で交渉しているが、実現したとしてもASEANをデフレで圧迫するだけだ」
--日本もここ数年デフレ対策に悩んでいる
「なぜデフレが続くのか。一九八五年に(日米英独仏五カ国の蔵相と中央銀行総裁がドル高是正を決めた)プラザ合意で、日本が円高にかじを切ったことに起因する。(輸出競争力の面で)ドルが安すぎることが問題なのは日本も台湾も同じで、中国や韓国は有利だ。中国大陸から受ける経済での影響はまず、為替レートから調整すべきだろう」
--為替調整でデフレから脱却できるか
「日本は(塩川正十郎財務相が)一ドル=一五〇-一六〇円が適当だと言い出したが、これにはうれしくなった。そのレートになれば日本では年3%くらいのインフレが起きるだろう。投資家にとっても好ましい。日本はもっと景気を刺激して内需拡大したり外交面でリーダーシップを発揮したりする必要がある。台湾元は事実上、円に連動しているため、台湾元も調整が可能だ」
--日本の景気刺激はどうすればいいか
「住宅建設を促進することだ。建て替え需要も含め、住宅を現在の二倍にすればどうか。そうなると家具や家電なども新しいものに買い替えようという気になり、需要が喚起される」
--台湾でも巨額の不良債権処理問題がある
「台湾で金融機関は二年以内に不良債権率を5%以下に抑えた上で、自己資本比率を8%以上にせよと当局から命じられているが、不良債権を処理しようとすれば自己資本を削らねばならず矛盾がある。一兆三千億元(約五兆円)の不良債権が公的な資産管理機構に移されて処理された。しかし海外の金融機関がその債権を安値で買い取るなどの手法を考えると、外国企業主導型で振り回されている気もする」
--不良債権問題の根はどこにあるか
「台湾の不良債権の根源は、かつて財政部長(財務相に相当)が一挙に十六もの新銀行の設立を許可したことにある。(貸し出しの)過当競争が不良債権となった。日本でもそうだが、不良債権問題のもう一つの根は(地価下落など)デフレにある。農会や漁会(農協や漁協に相当)の信用部(金融部門)の不良債権問題も、台湾では統廃合する政策で(農会や漁会を)育てるという見方がない。考え方の異なる商業銀行が、農会の信用部を合併しても効果は期待できない」
--日台企業の将来についてどう考えるか
「製品の企画、設計など知識集約的な役割を日本が担い、それを台湾で産業化する協力が望ましい。その上で他のアジア諸国で生産する三段階の分業体制が必要だ。台湾は、製品をそのまま中国大陸にもっていくから、すぐにまねされてだめになる。ミラノやパリからデザイナーを呼んで新しいデザインを生み出すなど付加価値を高める努力が必要だ」