ブラック企業撲滅私案
いまブラックと言われている会社組織を観察するに大抵は大企業に厳しい競争を挑まれてなりふり構わずブラックになっているのが多い。中には、大企業でありながらさらに大儲けしようとやりすぎて新聞のネタになってしまったのもある。病院の院長や学校の校長がブラックになるのは、儲けようとしての話ではなく周囲にそんな会社が多いので単に真似しているだけであって、それは自分たちは組織運営の素人であるということを示しているに過ぎない。
優秀な医者や教師を今までの功績に報いようと院長や校長にするのはよした方がいい。遺憾ながら長嶋選手が名監督であったというヒトは少なかろう。だからと言って素人にその才ある人を監督にもできないからここは難しいところである。
さて今回は、ブラックな会社だけに限っての話である。むかし紀伊国屋文左衛門は、紀州(和歌山県は今でも木材が良く育つ)木の国から木材を江戸に運んで財を成したという。しかしお金の使い道を知らないので𠮷原を三度にわたって借り上げたらしい。一回千両という。他のお客には迷惑な話で世間に話題を提供するだけで文左衛門自身もあんまり楽しいことではなかろう。このようにお金儲けをしても実はあんまり楽しいことはないのである。
ところでわたしは経験がないので知らないが、知る人から聞いた話ではお金儲けはうまく行けば中毒になるほど楽しいことなんだそうである。お金儲けのうまい人がお金持ちになっても他に楽しみがないので、さらにお金儲けにまい進する。それではその周囲には防衛上ブラックにならざるを得ない企業が雲霞のように発生する。それが今の日本の社会の構造である。
そこで提案であるが、年収何億とある人に「ウンこれは金儲けより楽しい。」と唸らせるような楽しみを提案して実際に提供するのである。ヒトは案外自分は何をすると楽しいかを知らないものである。ディズニーやUSJの企画担当の人々が一年や二年出張してもいいだろう。金持ちの楽しみに知恵を絞ってほしい。我々はあまりにも大衆向けの楽しみを提供することのみに心を奪われすぎてきたのではないのか。
金持ちがほどほどのところで働くのをやめると、無駄な競争がなくなりもう少し住みやすい世の中が出現すると考えられる。お金持ちにおカネは儲けて楽しいが使って楽しいものであることを教えないといけない。年収100万のヒトが300万にしようとして頑張るのはよいことである。しかしそれを相似に拡大して年収100億のヒトが300億にしようとすることは、周囲の共同体(の中の人間関係)を破壊する行為なのである。金持ちがそれ以上働くことは、その金持ちがよって立つ共同体を壊すことであるから自分で自分の座っている椅子の足を削るような行為である。
新しい楽しみを与えるということの一番良いたとえは、赤ん坊が動き回ると危ないので新たなぬいぐるみを与えて少しの間でいいから動き回る範囲を小さくしたいそのような心持である。
なお、開発された新しい楽しみは一般庶民にも決して無駄ではない。むかしフランスの王宮で開発された料理や衣装の技法を今我々は現代風にアレンジして享受している。自分たちには無縁かもしれないが自分たちの子孫はその楽しみを享受することになるだろう。