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小説 新坊ちゃん⑲ 早朝呼び出し

2023-07-14 12:39:29 | 日記

小説 新坊ちゃん⑲ 早朝呼び出し

 それからしばらくして、あと二日後に入学試験という日のことである、まだまだ暗いのに教頭からの電話で起こされた。緊急に連絡することがあるからすぐに出勤せよという。わたしは毎朝ゲゲゲの鬼太郎を見ないと出勤できない心境になっている。起きて鬼太郎を見ながら、行きたくないのだがまああとで文句言われるのもつらいからと出ていくと朝七時半でほとんどの教師が感心にも会議室に集まっている。しかも普段はだらけた雰囲気であるのに、緊急というコトバが効いたのであろう雑談もせず皆鯱のような姿勢である。

 程なくひどくやつれた校長が、顔の引き締まった背の高い見たことのない男と一緒に入ってきてこう言うのである。

前半の部分は省略するが、驚天動地の内容である。

「昨日おそく、村田先生と木曽先生が東北のナントかという山で心中されました。」

ナントかの名前はたしかに聞いたんだがもう記憶にない。それからいつどこから連絡が来たのかというような話をくどくどした。皆何とも言えない魂の抜けてしまったような顔で涙ぐむ人までいる。油爺は眼を閉じたきりで何もしゃべらない、キツネ目はキョロキョロしている。

「今後一切のマスコミ対応はこの加藤さんが行うから、皆さんはマスコミと一切接触してはいけない。お家でご家族に喋ってもそこから何かが間違えて伝わるやもしれんから、ご家族知り合いに喋ってもいけない。また流言飛語を避けるために、この件に関して職員間で噂話など会話は一切してはいけない。特に帰宅途中に電車の中で喋ってはいけない。帰宅途中に飲みに行って喋ってもいけない。またこれからの入試期間中の一切の校内の指揮命令はこの加藤さんと助手の方が行う。そのほか生徒の心のケアのためにスクールカウンセラー一人が校内に当分の間常駐される。」

普通ならここで

「寝言でしゃべってもいけないんですかネ。」

と嗤いをとる発言が聞かれるところであるが、さすがにだれもそういうつまらないことは言わない。そのほかこまごまと連絡があって八時過ぎには、これから各自の仕事をせよと連絡会は解散になった。わたしは事態の重大さがしばらく認識できないで、夢の中にいるように感じた。

 こういうときのために、教育委員会にはあの顔の引き締まった男を準備してあるようである。この男普段ヒマで仕方ないだろうなといらざる心配をして差し上げた。木曽先生はわたしと同期の五人のうちの一人である。もちろん歳は五つ下のはずである。先生とは喋る機会もほとんどなく、わたしに体を大事にせよとの会話が唯一であった気がする。もうあのとき心中の決意を固めていたのかもしれない。

 その連絡会が解散になったころから学校の上をヘリコプターが二機ほど飛び始めた。さすがに今日の朝刊には載ってないようだが夕刊の第一面記事になるんだろう。テレビではもうやっているのではないか。仕事をせよと言われてもわたしにはあるわけもなく自分の手帳を整理していたところに石川さんが出てこられた。今日は授業があるわけでもない、非常勤であるから来なくていいのだが何らかの用事があったんだろう。しかしこれがわたしの人生を変えることになる。

 わたしは石川さんに今朝の連絡会の概要を話し、これは家に帰ってご家族に喋ってもいけないと話した。ここまではいいだろうがそのあとがいけなかった。しゃべった内容は以下のとおりである。これは九十五パーセント図星である自信が今でもある。

この事件は黒田先生が木曽先生にちょっかいを出して木曽先生がそれに困って村田先生に相談したことが事の発端である。その証拠に、最近木曽先生は村田先生のところへ来て長時間しゃべっていた。その会話の端々に黒田というコトバが出ていた。きっとあいつのことだから、木曽先生が自分の思い通りにならないので、配下の生徒に木曽先生の授業妨害をせよくらいなことは言ったと考えられる。そのあと村田先生と木曽先生の間になにかまちがいがあったとは予想されるし、そのまちがいを村田先生がこういう風に解決しようとしたのはもっといけないことであるが事の発端をつくった男(黒田)もまたかなりいけないことである。村田先生には奥さんと三人の利発な坊ちゃんがいるという、木曽先生には先生を手塩にかけたご両親がいる。この人々のためにも、また残った自分たちの職場の安全のためにも事件の背景を明らかにする必要がある。

こんな話をわたしは自信を持ってしゃべった。仕返しをするべきだとの思いもあるし職員室でわたしの縁談お断り事件のことを喋りまくっているキツネ目に対する対抗意識があったのかもしれない。しかし、わたしにガードが緩いところがあった。誰かははっきりしないがこういうことの得意な奴には勝てないことが痛いほどわかるときがすぐに来るのである。教職にある者の中にこんな人間が混じっているとは驚きである。

そのとき石川さんの反応がどうであったかは忘れてしまったし、この会話がだれかに聞かれていたのかどうかも今となっては分からなくなっている。しかしこの発言が問題を引き起こしたのである。この世の中にはいかに図星でも絶対喋ってはいけないことがあるようなのである。それをわたしは義憤に駆られて喋ってしまった。



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