最初の交渉期限の後、イスラム国は2人の人質のうち湯川遥菜さんだけを殺害し
後藤健二さんのほうは、事情はともかく死刑囚釈放の条件のメッセージを公表するなど、すっかりイスラム国のスポークスマンになってしまっている。
イスラム国構成員とみられる者から、後藤さんはもはや捕虜ではないというツイートがあったようだが、捕虜でないということは構成要員になったということなのだろうか?
後藤さんの妻も同じようなあり様だ。
有限実行のイスラム国が、今回今までと違う方法をとっていることについて
イスラム国が弱体や統制が取れていないと考える人もいれば、戦略が巧妙になっているという見方もある。
結果としては、この問題は引き伸ばしたほうが、有志連合の弱点といわれているヨルダンを混乱させるというイスラム国の作戦にとっては有利だということだ。
私の見解としては、油田空爆などにより資金源が減ったため知恵を使うようになったのではないかと思う。
マスコミは現地に近いところからの情報も踏まえてコメントしているので、内部混乱によるというのも根拠はあるとは思うが。
ソーシャルメディアの中では(今回もまた)「自己責任論」が出ていて、
それに対して識者ぶった人たちの中には、(今回もまた)自己責任論を批判する人たちもいる。
ただ私は、自己責任論を支持する立場である。
人質個人の命に関しては自己責任ではあるが、それだけでは済まされない部分がある。
国民の命を守るのは国の義務であるので、国側にも責任はあるということになる、現実には自己責任だから放っておけというわけにもいかないので。
ただし発端は人質個人の行動にある。
例えば登山は個人の趣味道楽であるが、遭難すれば多くの人に迷惑をかける。
命がけで救助に向かわなければならない人がいる場合も少なくはない。
今回の人質事件で、命がけで対応に当たっている日本人がいるのかどうかはわからないが
首相はじめ官房長官、外務大臣、副大臣など国の上のほうまで巻き込んでしまっているし、ヨルダン国王はじめ他国にも迷惑をかけてしまっている。
個人の行動が、単なる自己責任に留まらず、国際問題に発展してしまったのだ。
もし、はじめから自己責任で終わらせることが可能であれば、こんな問題には発展しなかったのだが。
「自己責任論」の批判は、自己責任だから殺されていい、何もしなければいいという意見への批判であるが
私は、放っておけというのでなく、事件を起こした本人への責任追及をもっとするべきであると考えている。現時点では救出優先でそれどころではないという意見もあるだろうが、日本人の全員が救出に当たっているわけではないので。