2010.9.10 (金) at 青山円形劇場
原作 グレアム・グリーン
劇化 ジャイルズ・ハヴァガル
翻訳 小田島恒志
演出 松村武
出演 段田安則/浅野和之/高橋克実/鈴木浩介
青山円形劇場はご存じのように360度客席の劇場。
これまでにも、「ママがわたしに言ったこと」「犬は鎖につなぐべからず」「エドモンド」などで刺激的な芝居の空間を楽しんできたけど、今回の「叔母との旅」は、それをあっさり越えてしまった。
見事だけど静かな感動をもらえたような気がする。
初演は1995年、「演劇集団 円」による橋爪功らのものだそうで、絶賛を博したとか(見たかった・・・)。
■スーツだけで
グレアム・グリーンの原作を、四人の男の役者による芝居にしたのはジャイルズ・ハヴァガル。
スーツ姿の男たち(前半は白いシャツ、後半は南米に合わせたのか色とりどりのカラーシャツ、という変化はあるけど)が、帽子などの最小限の小道具を使って、スピード感あふれる展開を見せる。
スーツケースが座席になったり列車の動きをあらわしたり、という効果をみせるたり、照明が遠慮深げに朝日や闇をあらわしたり、ということはあるけれど、基本は役者のセリフと身体の動きと、四人が交わったり交差したりする演出のみ。それで最後まで観客を引っ張っていく。心地よく引っ張っていく。
■叔母に導かれる旅
ストーリーは、母親の葬儀で何十年ぶりに(洗礼式以来、というから、ヘンリーには叔母の記憶はないに等しいはず)叔母オーガスタと出会ったヘンリーが、戸惑い、疑い、拒否しようとしながらも、奔放な叔母にいつしか惹かれて、彼女の晩年をともに生きていく・・・。
銀行員として真面目に地味に生きて退職した50代の独身男ヘンリーが、真実なのか妄想なのか区別がつかないような叔母の危険な波乱万丈な過去と生き方に少しずつ少しずつ、戸惑いつつ引き込まれていく過程はおもしろい。
さまざまなエピソードがほどよくちりばめられ、ヘンリーや叔母のこれまでを浮き彫りにさせる。
■役者の素晴らしさ
叔母オーガスタは段田、彼女の若い黒人の恋人ワーズワースと彼女が再会した恋人は高橋、女性の登場人物は浅野が、それぞれ演じているのだが、主人公のヘンリーは四人が演じ分ける(叔母を演じる段田でさえも)。そのほかの登場人物も分け合う。
プロローグの母親の葬儀の場面で、ヘンリー役を四人がめまぐるしく交代しながら演じたところは、そのおもしろさと見事さで、息をつくのも忘れるくらいだった。
それ以外のところでも、まるでマジックを見るようにヘンリー役が次々にかわるところが何度もあるのだが、役者の身体と演出の妙味だけでみせてくれるところ、演劇の醍醐味っていうのかもしれない。
浅野さんがヘンリーから14歳のかわいい女の子にかわるところ。一瞬にしてベンチに腰掛けた後ろ姿が「キュッと」変化したところを見て鳥肌が立った。
茫洋としたしゃべりで私たちを笑わせたワーズワースが最後死ぬ場面で、ヘンリーだった高橋さんがしなやかに倒れこんだ身体の美しさもすてきだった。
最後の場面、再会できた最愛の人と踊るオーガスタ。その幸せを踊る動き、腰の線、手の動きだけで魅せる段田さんも見事。
この中では若手といえる(キャリアはあるけど)鈴木浩介さんのセリフの清冽さとさまざまな役の演じ分けも、とても印象的だった(TVの「相棒」で演じた警官役のときの狂気?の目も記憶にあり)。
■「人生はおもしろくなくちゃ」
だけど、そういう演出上のことを越えて、芝居としてのおもしろさも十分にみせてくれる。
この叔母の生き方のすごさ。70過ぎても、過去を振り返って「懐かしい」ではなく、「おもしろくない人生がなんなの?」をもちつづけて生きていくすごさ。
最後、捨てたワーズワースの死を知らされて(最初は、ん?と思っていたのだけれど、ワーズワースはオーガスタを女性としてマジで愛していたようです。せつない)、少し間をおきながらも、
「そうなの。それはあとでね。今はこの人と踊っているから」
と言って、最愛の人とのダンスに恍惚の表情さえ見せる。
優しいけれど、ごまかしのない生き方はときには人を傷つけてきただろう。でも、その壮絶さのほうが、なまはんかな優しさよりもずっと価値があるように思えてしまう。
その場面で、ヘンリー役の四人が見つめる中央には誰もいないんだけど、そこにはたしかにオーガスタの妖艶な姿があって、その幻に段田さん演じるオーガスタが重なっていくところがすばらしかった(うまく描けないけれど)。
叔母は実はヘンリーの実の母親だった(つまり父とオーガスタとの間に生まれた子)というオチがあり、姉が亡くなるまでわが子に会おうとしなかったオーガスタの母としての思いなんかも明らかになるのだけれど、そこもおおげさに描かないところが心地よい。
子育てなんてできなかったであろう奔放なオーガスタは、人生の楽しみ方を知らない(とオーガスタにはそう見える)息子をちょっと変えて、晩年を楽しく生きていくのかもしれない。
なかなかの人生じゃないですか!
ユーモアもアイロニーも適度で、ちょっと過激で、でもヘンに刺激だけを残すことはない。
淡々としたヘンリーのモノローグで進んでいくドラマなのに、最後はちょっと胸がいっぱいになった、そんな夜でした。
鍛えた役者の身体は美しい。それはスーツに身を包んでいても“見える”のだ。
(2010.09.12 22:32)
【追記】
段田+高橋のからみの場面で、高橋さんのセリフの「アドベンチャー」に反応して「アバンチュール」と返すべきところを段田さん、「アドバンチュール」と言ってしまい、そこを高橋さんはいじりまくって爆笑でした。
二人の掛け合いがおもしろかったのですが、そこからどうやって戻ってくるの?とチョイ不安になる前に軌道修正するあたりはベテランの余裕です。
(2010.09.13 11:21)
原作 グレアム・グリーン
劇化 ジャイルズ・ハヴァガル
翻訳 小田島恒志
演出 松村武
出演 段田安則/浅野和之/高橋克実/鈴木浩介
青山円形劇場はご存じのように360度客席の劇場。
これまでにも、「ママがわたしに言ったこと」「犬は鎖につなぐべからず」「エドモンド」などで刺激的な芝居の空間を楽しんできたけど、今回の「叔母との旅」は、それをあっさり越えてしまった。
見事だけど静かな感動をもらえたような気がする。
初演は1995年、「演劇集団 円」による橋爪功らのものだそうで、絶賛を博したとか(見たかった・・・)。
■スーツだけで
グレアム・グリーンの原作を、四人の男の役者による芝居にしたのはジャイルズ・ハヴァガル。
スーツ姿の男たち(前半は白いシャツ、後半は南米に合わせたのか色とりどりのカラーシャツ、という変化はあるけど)が、帽子などの最小限の小道具を使って、スピード感あふれる展開を見せる。
スーツケースが座席になったり列車の動きをあらわしたり、という効果をみせるたり、照明が遠慮深げに朝日や闇をあらわしたり、ということはあるけれど、基本は役者のセリフと身体の動きと、四人が交わったり交差したりする演出のみ。それで最後まで観客を引っ張っていく。心地よく引っ張っていく。
■叔母に導かれる旅
ストーリーは、母親の葬儀で何十年ぶりに(洗礼式以来、というから、ヘンリーには叔母の記憶はないに等しいはず)叔母オーガスタと出会ったヘンリーが、戸惑い、疑い、拒否しようとしながらも、奔放な叔母にいつしか惹かれて、彼女の晩年をともに生きていく・・・。
銀行員として真面目に地味に生きて退職した50代の独身男ヘンリーが、真実なのか妄想なのか区別がつかないような叔母の危険な波乱万丈な過去と生き方に少しずつ少しずつ、戸惑いつつ引き込まれていく過程はおもしろい。
さまざまなエピソードがほどよくちりばめられ、ヘンリーや叔母のこれまでを浮き彫りにさせる。
■役者の素晴らしさ
叔母オーガスタは段田、彼女の若い黒人の恋人ワーズワースと彼女が再会した恋人は高橋、女性の登場人物は浅野が、それぞれ演じているのだが、主人公のヘンリーは四人が演じ分ける(叔母を演じる段田でさえも)。そのほかの登場人物も分け合う。
プロローグの母親の葬儀の場面で、ヘンリー役を四人がめまぐるしく交代しながら演じたところは、そのおもしろさと見事さで、息をつくのも忘れるくらいだった。
それ以外のところでも、まるでマジックを見るようにヘンリー役が次々にかわるところが何度もあるのだが、役者の身体と演出の妙味だけでみせてくれるところ、演劇の醍醐味っていうのかもしれない。
浅野さんがヘンリーから14歳のかわいい女の子にかわるところ。一瞬にしてベンチに腰掛けた後ろ姿が「キュッと」変化したところを見て鳥肌が立った。
茫洋としたしゃべりで私たちを笑わせたワーズワースが最後死ぬ場面で、ヘンリーだった高橋さんがしなやかに倒れこんだ身体の美しさもすてきだった。
最後の場面、再会できた最愛の人と踊るオーガスタ。その幸せを踊る動き、腰の線、手の動きだけで魅せる段田さんも見事。
この中では若手といえる(キャリアはあるけど)鈴木浩介さんのセリフの清冽さとさまざまな役の演じ分けも、とても印象的だった(TVの「相棒」で演じた警官役のときの狂気?の目も記憶にあり)。
■「人生はおもしろくなくちゃ」
だけど、そういう演出上のことを越えて、芝居としてのおもしろさも十分にみせてくれる。
この叔母の生き方のすごさ。70過ぎても、過去を振り返って「懐かしい」ではなく、「おもしろくない人生がなんなの?」をもちつづけて生きていくすごさ。
最後、捨てたワーズワースの死を知らされて(最初は、ん?と思っていたのだけれど、ワーズワースはオーガスタを女性としてマジで愛していたようです。せつない)、少し間をおきながらも、
「そうなの。それはあとでね。今はこの人と踊っているから」
と言って、最愛の人とのダンスに恍惚の表情さえ見せる。
優しいけれど、ごまかしのない生き方はときには人を傷つけてきただろう。でも、その壮絶さのほうが、なまはんかな優しさよりもずっと価値があるように思えてしまう。
その場面で、ヘンリー役の四人が見つめる中央には誰もいないんだけど、そこにはたしかにオーガスタの妖艶な姿があって、その幻に段田さん演じるオーガスタが重なっていくところがすばらしかった(うまく描けないけれど)。
叔母は実はヘンリーの実の母親だった(つまり父とオーガスタとの間に生まれた子)というオチがあり、姉が亡くなるまでわが子に会おうとしなかったオーガスタの母としての思いなんかも明らかになるのだけれど、そこもおおげさに描かないところが心地よい。
子育てなんてできなかったであろう奔放なオーガスタは、人生の楽しみ方を知らない(とオーガスタにはそう見える)息子をちょっと変えて、晩年を楽しく生きていくのかもしれない。
なかなかの人生じゃないですか!
ユーモアもアイロニーも適度で、ちょっと過激で、でもヘンに刺激だけを残すことはない。
淡々としたヘンリーのモノローグで進んでいくドラマなのに、最後はちょっと胸がいっぱいになった、そんな夜でした。
鍛えた役者の身体は美しい。それはスーツに身を包んでいても“見える”のだ。
(2010.09.12 22:32)
【追記】
段田+高橋のからみの場面で、高橋さんのセリフの「アドベンチャー」に反応して「アバンチュール」と返すべきところを段田さん、「アドバンチュール」と言ってしまい、そこを高橋さんはいじりまくって爆笑でした。
二人の掛け合いがおもしろかったのですが、そこからどうやって戻ってくるの?とチョイ不安になる前に軌道修正するあたりはベテランの余裕です。
(2010.09.13 11:21)