『父帰る』(2003年、ロシア映画)
2003年度ヴェネチア国際映画祭の金獅子賞・新人監督賞
■監 督■ アンドレイ・ズビャギンツェフ
■出 演■ ウラジーミル・ガーリン/イワン・ドブロヌラヴォフ/コンスタンチン・ラヴロネンコ
★イワンの視線
画像の少年の目を見てほしい。この映画には、兄□□□□□□□□と弟イワンが登場するが、これはイワンが12年ぶりに帰ってきた父親に向けた視線。
物語の導入のエピソードで、イワンの頑固とも言える性格が示されるのだが、彼は父親の行動や発言を素直に受け入れることができず、それが結局、最後の悲劇に通じていく。
この視線がなんとも悲しく、それでもある意味りりしく、観る者に何かを伝える。
★謎だらけの父親との旅
12年ぶりに帰ってきた父親は、息子たちには謎だらけだ。そして、それは同時に、私たちにも最後まで謎だらけ、と言ってもよい。
いったい、その12年間、どこで何をしていたのか。
迎える美しい母が夫にどんな思いを抱いているのかさえ、その表情からはわからない。それでも、夫が息子たちをつれて「明日から旅に出る」と言っても、それを拒むことはしないのだから、観る者に「この父親は別に問題のある男ではないのだろう」と感じさせる。それくらいの情報しか与えられない。
大きな体、たくましい腕、無口。そして、息子たちを強引につれまわす。レストランでのオーダーのしかた、ぬかるみにはまった車の動かし方、チンピラにかつあげされたときの対処のしかた、などなど。父親は言葉ではなく行動で示していく。
けれど、兄弟はまだ幼い。それでも兄のほうは、たくましい父親を少しずつ受け入れていき、父親に褒められることに小さな喜びを覚えるようにもなる。それはたぶん、それまでの母親や祖母との暮らしでは得られなかった、少年の甘美な経験なんだろう。
弟はもっと幼い。まだ父親の無言の行動を理解することはできない。だから、父親への憎しみばかりが大きくなっていく。それは無理のないことだ。
それに、この父親のもつ謎めいたものは、あまりにも深すぎる。
★父の教え
それでも父親は暴君ではない。自分の仕事を終えたら、釣りをすることを約束しているし、「なんで帰ってきたんだ! これまでだって、ママと楽しくやっていたのに」と激しくなじる息子に「それは誤解だ」と気弱な言葉を一瞬吐いたりもする。
そして三人は、浜に捨てられたボートで島に渡り、そこでも父親は謎の行動をする。
そして、島を離れるときになって、父親への憎しみがマックスに達したイワンが父親から逃れ、高いやぐらの上にのぼってしまう。父親はそのときに初めて、必死な表情を見せ、息子を追う。そしてやぐらにのぼり、「ここから飛び降りてやる!」と叫ぶイワンを助けようとして…、あっけなく落ちて死んでしまう。
こんな衝撃的なシーンはない。安易にも、この旅の終わりには父と息子たちの心が通じ合う、ってことになるんだろう、などと予想していた私は、思わず「えっ!」と声を出してしまったくらいだ。
呆然とする二人。脅える弟。
そして、兄は言う、「パパを運ばなくちゃ」。大きな父親の体を引っ張っていくのは不可能だ。兄はきっと、ぬかるみにはまった車を動かしたときの父親の教えを思い出したのだろう。木の枝を集め、その上に父親の体を乗せて運んでいく。
荷物を積み、ボートで浜に戻ることも、父親の残してくれた知恵だ。
線の細い兄が、それでも少しずつたくましく見えてくる。
どうにか浜に戻り、荷物を運んでいる間に、ボートがひとりでに浜を離れ、底にあいた穴から浸水し始め、父親を乗せたまま、沈んでいく。
それを見た二人は「パパー!」と叫び、ボートを追うが、もう遅い。はじめて心の底から呼んだ「パパ」が悲しく激しく響く。
最後のシーン。車のダッシュボードに隠れていた自分たちの幼い頃の写真。父はそれをずっともっていたのだ。
その旅の間に兄が撮った写真が何枚も画面に現れ、そして息子たちの幼い頃の写真へと移行し、最後に赤ん坊を抱く父親の写真で終わる。
★写真が語ること
結局、たくさんの謎が残されたまま、エンドロールが流れる。
それでも、心にストンと落ちたこの思いはなんだろう。
ひと夏のほんの七日間の父との旅。父親は何を伝えたかったのだろう。
旅は途中で終わってしまい、二人の息子たちの胸に何を残しただろう。
安易な涙や、センセーショナルな衝撃だけに走らず、ストイックなまでに飾りを拒否した映像に、ずっと胸が震えたままだ。
こんな貧弱な語彙力では現せない映画です。そして、もっと深いものが流れているはずで、それをこれから少しずつ感じたり理解したりしていきたいと思える映画。
よかったら、コチラのオフィシャルページをご覧になってください。
そして、ロシアの自然が本当に美しくて、今も目の裏側で揺れています。
うまく言えないけれど、きっと何かあるたびに、この父と息子の七日間を思い出すだろうと、今は思っています。陳腐な感想しか書けない無能さが、ちょっと悔しい。
2003年度ヴェネチア国際映画祭の金獅子賞・新人監督賞
■監 督■ アンドレイ・ズビャギンツェフ
■出 演■ ウラジーミル・ガーリン/イワン・ドブロヌラヴォフ/コンスタンチン・ラヴロネンコ
★イワンの視線
画像の少年の目を見てほしい。この映画には、兄□□□□□□□□と弟イワンが登場するが、これはイワンが12年ぶりに帰ってきた父親に向けた視線。
物語の導入のエピソードで、イワンの頑固とも言える性格が示されるのだが、彼は父親の行動や発言を素直に受け入れることができず、それが結局、最後の悲劇に通じていく。
この視線がなんとも悲しく、それでもある意味りりしく、観る者に何かを伝える。
★謎だらけの父親との旅
12年ぶりに帰ってきた父親は、息子たちには謎だらけだ。そして、それは同時に、私たちにも最後まで謎だらけ、と言ってもよい。
いったい、その12年間、どこで何をしていたのか。
迎える美しい母が夫にどんな思いを抱いているのかさえ、その表情からはわからない。それでも、夫が息子たちをつれて「明日から旅に出る」と言っても、それを拒むことはしないのだから、観る者に「この父親は別に問題のある男ではないのだろう」と感じさせる。それくらいの情報しか与えられない。
大きな体、たくましい腕、無口。そして、息子たちを強引につれまわす。レストランでのオーダーのしかた、ぬかるみにはまった車の動かし方、チンピラにかつあげされたときの対処のしかた、などなど。父親は言葉ではなく行動で示していく。
けれど、兄弟はまだ幼い。それでも兄のほうは、たくましい父親を少しずつ受け入れていき、父親に褒められることに小さな喜びを覚えるようにもなる。それはたぶん、それまでの母親や祖母との暮らしでは得られなかった、少年の甘美な経験なんだろう。
弟はもっと幼い。まだ父親の無言の行動を理解することはできない。だから、父親への憎しみばかりが大きくなっていく。それは無理のないことだ。
それに、この父親のもつ謎めいたものは、あまりにも深すぎる。
★父の教え
それでも父親は暴君ではない。自分の仕事を終えたら、釣りをすることを約束しているし、「なんで帰ってきたんだ! これまでだって、ママと楽しくやっていたのに」と激しくなじる息子に「それは誤解だ」と気弱な言葉を一瞬吐いたりもする。
そして三人は、浜に捨てられたボートで島に渡り、そこでも父親は謎の行動をする。
そして、島を離れるときになって、父親への憎しみがマックスに達したイワンが父親から逃れ、高いやぐらの上にのぼってしまう。父親はそのときに初めて、必死な表情を見せ、息子を追う。そしてやぐらにのぼり、「ここから飛び降りてやる!」と叫ぶイワンを助けようとして…、あっけなく落ちて死んでしまう。
こんな衝撃的なシーンはない。安易にも、この旅の終わりには父と息子たちの心が通じ合う、ってことになるんだろう、などと予想していた私は、思わず「えっ!」と声を出してしまったくらいだ。
呆然とする二人。脅える弟。
そして、兄は言う、「パパを運ばなくちゃ」。大きな父親の体を引っ張っていくのは不可能だ。兄はきっと、ぬかるみにはまった車を動かしたときの父親の教えを思い出したのだろう。木の枝を集め、その上に父親の体を乗せて運んでいく。
荷物を積み、ボートで浜に戻ることも、父親の残してくれた知恵だ。
線の細い兄が、それでも少しずつたくましく見えてくる。
どうにか浜に戻り、荷物を運んでいる間に、ボートがひとりでに浜を離れ、底にあいた穴から浸水し始め、父親を乗せたまま、沈んでいく。
それを見た二人は「パパー!」と叫び、ボートを追うが、もう遅い。はじめて心の底から呼んだ「パパ」が悲しく激しく響く。
最後のシーン。車のダッシュボードに隠れていた自分たちの幼い頃の写真。父はそれをずっともっていたのだ。
その旅の間に兄が撮った写真が何枚も画面に現れ、そして息子たちの幼い頃の写真へと移行し、最後に赤ん坊を抱く父親の写真で終わる。
★写真が語ること
結局、たくさんの謎が残されたまま、エンドロールが流れる。
それでも、心にストンと落ちたこの思いはなんだろう。
ひと夏のほんの七日間の父との旅。父親は何を伝えたかったのだろう。
旅は途中で終わってしまい、二人の息子たちの胸に何を残しただろう。
安易な涙や、センセーショナルな衝撃だけに走らず、ストイックなまでに飾りを拒否した映像に、ずっと胸が震えたままだ。
こんな貧弱な語彙力では現せない映画です。そして、もっと深いものが流れているはずで、それをこれから少しずつ感じたり理解したりしていきたいと思える映画。
よかったら、コチラのオフィシャルページをご覧になってください。
そして、ロシアの自然が本当に美しくて、今も目の裏側で揺れています。
うまく言えないけれど、きっと何かあるたびに、この父と息子の七日間を思い出すだろうと、今は思っています。陳腐な感想しか書けない無能さが、ちょっと悔しい。
コメント、ありがとうございます。
無駄な空間をそぎ落とした、選び抜かれた言葉をいただき、今一度、この映画を観たくなりました。
ありがとうございました。