父は、本当によく手をあげて、なにか伝えようとしているのか、なにか求めているのか、わからないのがもどかしいくらい何度も何度も片手を上げていました。
そのたびに手を握り、
「なに?」
「なに?」
「おるよ。ここにおるよ。」
声をかけるのだけど、そのたびに目を細く開けて見つめてくれるのだけど、それ以上何もわからない。
暗くなった病室で何度も手を握り、しまいには、私も意味もなく
「おと~うちゃん」
「おと~うちゃん」
と、歌うように呼びかけるだけでした。
そのうち、懐メロが好きだった父について小さい頃から聞いて覚えた歌が口をついて出てきました。
「きーしゃのぉまどか~ら、ハンケーチーふーれーばー
まーきばのおとめ~が、はなたば~なーげーるー」
「はーるばるきたぜ、はーこだってーーー、
さーーーーかまくぅなみをのぉりこえってえーー」
おとみさん、ちゃんちきおけさ、北国の春、別れの一本杉、それから、それから・・・
半分涙声で上手く歌えやしない。かまうもんか。もう、聞いてもらえないかもしれない。
お父さん、ピアノ習わしてくれて、ありがとね。
しあわせな人生をありがとね。
伝えたいことを思いつくまま、語りかけるのだけど、苦しそうに息をするだけです。
また、ゆらゆらと手が上がっていきます。
背が高く、庭に実のなる木を植え、季節ごとの野菜を作ってきた父の大きな手はサイズはそのままで腕は骨に皮が張り付いているだけになっています。
その大きな手のひらと太い関節がむきだしになり、その重みにようやく耐えている様子で手が上がります。
「お父さん、こないだね、ユイちゃんの国家試験合格の通知が届いたんよ。この四月から病院で働くことになったんよ」
突然、父が正気に戻り、
「そうか!やった!よかった、よかった!」
の、声が聞こえてきそうな勢いで私の手を握り返し、手を何回も叩きました。
「マナちゃんも毎日頑張ってるよ。帰ってきたらへとへとになってる。」
「ヒロキもがんばっとうで。あんまり連絡よこさんけどな」
「・・・そうか、そうか」
満足そうに笑って、そしてまた目をつむりました。
そして、また静寂。
苦しそうな息と、時々襲ってくる痛み。
たまらず、看護婦さんを呼んで痛み止めの薬をいただく。説明をしようとするのだけど、涙で言葉が続かない。
笑顔で対応してくださる看護婦さんの顔も曇る。
手を握っていることしかできない。
また、「おとーうちゃん、おとーうちゃん・・・・」と、呪文のように呼びかける。
そんな時、ぼーーっと呪文を唱えていた私の手を両手で包み、父が何を思ったか手拍子を打つ真似をし始めた。
・・・・え?
なにか歌えって?
えーと、えーと・・・・
知らぬ同士が、小皿叩いてチャンチキおーけーさーぁあああ・・・・
すると、父の手が伸びて私の顔をさすり始めたのです。
おとうちゃん、おとうちゃん・・・・・
ありがとう、ありがとうね・・・・・。
一晩ですっかり顔の形が変わるほど私はたっぷり父と別れを交わしたのでした。
そのたびに手を握り、
「なに?」
「なに?」
「おるよ。ここにおるよ。」
声をかけるのだけど、そのたびに目を細く開けて見つめてくれるのだけど、それ以上何もわからない。
暗くなった病室で何度も手を握り、しまいには、私も意味もなく
「おと~うちゃん」
「おと~うちゃん」
と、歌うように呼びかけるだけでした。
そのうち、懐メロが好きだった父について小さい頃から聞いて覚えた歌が口をついて出てきました。
「きーしゃのぉまどか~ら、ハンケーチーふーれーばー
まーきばのおとめ~が、はなたば~なーげーるー」
「はーるばるきたぜ、はーこだってーーー、
さーーーーかまくぅなみをのぉりこえってえーー」
おとみさん、ちゃんちきおけさ、北国の春、別れの一本杉、それから、それから・・・
半分涙声で上手く歌えやしない。かまうもんか。もう、聞いてもらえないかもしれない。
お父さん、ピアノ習わしてくれて、ありがとね。
しあわせな人生をありがとね。
伝えたいことを思いつくまま、語りかけるのだけど、苦しそうに息をするだけです。
また、ゆらゆらと手が上がっていきます。
背が高く、庭に実のなる木を植え、季節ごとの野菜を作ってきた父の大きな手はサイズはそのままで腕は骨に皮が張り付いているだけになっています。
その大きな手のひらと太い関節がむきだしになり、その重みにようやく耐えている様子で手が上がります。
「お父さん、こないだね、ユイちゃんの国家試験合格の通知が届いたんよ。この四月から病院で働くことになったんよ」
突然、父が正気に戻り、
「そうか!やった!よかった、よかった!」
の、声が聞こえてきそうな勢いで私の手を握り返し、手を何回も叩きました。
「マナちゃんも毎日頑張ってるよ。帰ってきたらへとへとになってる。」
「ヒロキもがんばっとうで。あんまり連絡よこさんけどな」
「・・・そうか、そうか」
満足そうに笑って、そしてまた目をつむりました。
そして、また静寂。
苦しそうな息と、時々襲ってくる痛み。
たまらず、看護婦さんを呼んで痛み止めの薬をいただく。説明をしようとするのだけど、涙で言葉が続かない。
笑顔で対応してくださる看護婦さんの顔も曇る。
手を握っていることしかできない。
また、「おとーうちゃん、おとーうちゃん・・・・」と、呪文のように呼びかける。
そんな時、ぼーーっと呪文を唱えていた私の手を両手で包み、父が何を思ったか手拍子を打つ真似をし始めた。
・・・・え?
なにか歌えって?
えーと、えーと・・・・
知らぬ同士が、小皿叩いてチャンチキおーけーさーぁあああ・・・・
すると、父の手が伸びて私の顔をさすり始めたのです。
おとうちゃん、おとうちゃん・・・・・
ありがとう、ありがとうね・・・・・。
一晩ですっかり顔の形が変わるほど私はたっぷり父と別れを交わしたのでした。