■間違いなく「悪い円安」が日本経済を蝕んでいく
~円安万能論を捨て、日銀は正常化を示唆すべき~
東洋経済 2021/10/15
唐鎌大輔 : みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト
https://toyokeizai.net/articles/-/462077
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今の日本経済が直面している円安はどう見ても「悪い円安」である。
2013年ごろに円安志向のアベノミクスを批判する人々の基本認識は「もはや輸出が増えない円安には、持続的な景気浮揚効果はない」というものだった。
当時はそのような主張をするとひどく叩かれたものだ。
最近では景気回復には円安が必要だと主張する人のほうがだいぶ減ったのではないか。
円安・株高を主軸とする景気回復には往々にして海外への所得流出が伴い、たいていの場合、「実感なき景気回復」であると揶揄されてきた。
アベノミクス下での景気回復(2012年11月から2018年10月までの71カ月間)でも、それ以前の小泉政権下で実現した戦後最長の景気回復(通称:いざなみ景気、2002年2月から2008年2月までの73カ月間)でも、そうした揶揄は付いて回った。
一般国民が何をもって景気回復を「実感」するかは曖昧だが、やはり雇用・所得環境が肌感覚に近いだろう。
アベノミクス下では雇用の「量」は回復が著しかったものの、所得(賃金)に関しては失望を買った。
・「実感なき景気回復」の正体
実質ベースで見た国内の所得環境を捉える計数に実質国内総所得(GDI)がある。
実質GDIは、実質GDP(国内総生産)に交易利得を足した(あるいは交易損失を引いた)概念である。
ある基準年から、交易条件(輸出物価÷輸入物価)が改善していくと交易利得が増えるか交易損失が減る。
悪化していくと交易利得が減るか交易損失が増えていく。
交易損失は、企業にとっては仕入価格の上昇を販売価格に転嫁できていないことを示し、企業収益の圧迫を意味する。
マクロ経済全体にとっては海外への所得流出と同義だ。
そんな状況で雇用・賃金情勢が持続的に改善していくものでないことには、多くの説明を要しないだろう。
例えば、下図に示すように、2000年代の円安局面では交易利得の縮小(2005~2007年)ないし交易損失の拡大(2013~2015年)がみられた。
円安による輸入物価上昇が交易条件を悪化させ、実質ベースで見た国内総所得(GDI)の伸びを抑制するのである。
とりわけアベノミクスが喧伝された2012年以降、経済を生産面から見る実質GDPに対して、所得面から見る実質GDIが劣後しているのがわかる。
この差が交易損失であり、「GDPの仕上がりが良くても景気回復の実感がない」理由だと筆者は考えている。
「実感なき景気回復」の一因として交易条件の悪化(≒交易損失)は看過できない。
図に見るように、逆に2020年春以降のパンデミック下では円相場はそれほど動いていないが、原油を筆頭に資源価格が急落したことで交易条件が大幅に改善し、交易利得が発生している。
為替は動かなくても、資源輸入国は商品市況に合わせて交易条件が上下動する。
まとめると交易条件が悪化する局面では、①円安か②原油高のいずれかが基本的に進んでいる。
次の図は起点を「1970年3月」と「2000年3月」の2つに分けて、交易条件指数の推移を見たものである。
やはり為替と原油の動きが重要だったことがわかる。
1973年と1979年に経験した二度の石油ショックで拡大した交易損失はプラザ合意の円高で吸収されたイメージになる。
もちろん、これは交易条件に限定した話であって、周知のとおり、超円高が諸々のショックに連なっていくことになるので「円高でよかった」という結論にはならないが、少なくとも悪化していた交易条件が超円高によって大きく復元したのは確かである(当時は原油価格も下落方向だった)。
片や、2000年代に入って、石油ショックやプラザ合意のような交易条件の劇的な変化を経験したことはない。
しかし、脱炭素に伴う昨今の潮流を人類史におけるエネルギー革命の過渡期と定義した場合、そうした劇的な変化が起きても不思議ではない。
・円安、原油高が日本人の暮らしを圧迫
そのように基本認識に立つと、足元のような、①円安と②原油高という2つの交易条件悪化要因が同時進行していることは由々しき問題であり、当面の交易損失拡大は確定した未来と見たほうがよい。
上述したように、これは定義上、実質GDIの圧迫を意味する。生活実感としての景気回復は一段と立ち遅れるだろう。
すでにiPhoneや外車、時計といった海外輸入品の価格が引き上げられているのは象徴的な経済現象であり、今後は日用品全般に波及してくる可能性も否めない。
典型的にはガソリン価格だろう。
街のガソリンスタンドに目をやればもう1年前の倍近くまで上昇している。
これは実体経済に対して実質的には増税効果になる。
商品市況や為替相場に絡んだ話を国内のマクロ経済政策で大きく修正するのは不可能である。
しかし、何もできないわけではない。
これを機に、ポーズであっても日本銀行は金融政策正常化を示唆したほうがよいと筆者は考えている。
これまで緩和策の副作用を指摘されながらも日銀が正常化プロセスに触れなかったのは、「物価が上がらないから」というのが建前だが、本音は「円高が怖いから」で、これが最大の理由であろう。
過去における日銀の緩和政策が往々にして円高・株安に呼応する格好で決断されてきたことがそれを示している。
実際、日本の輸出数量が円安と正の相関を持っている時代には、その判断は適切でもあった。
しかし、アベノミクス下ではドル円相場は50%以上上昇したが、輸出数量はほとんど増えなかった。
これでは円安になっても貿易収支の改善はなく、単に所得流出が増えるだけである。実際にそうだった。
また、近年ではドル円相場と日経平均株価の相関も不安定になっており、円安による株価浮揚の効果も過去ほどではない。
いつかはやらねばならない出口戦略なら今が好機ではないか。
過去1年半で日本経済は欧米経済に大きく出遅れており、もはや日銀以外の海外主要中銀は正常化プロセスに関し一歩も二歩も先行している。
今さら、金融市場での注目度が下がっている日銀が多少の縮小を示唆したところで、かつてのようなヒステリックな円高になるとは思えない。
・後手に回れば円が売り込まれるリスク
微力であっても円安進行を抑止する一助になる可能性があるならば、「正常化プロセスを検討している」と述べる程度のアクションを起こしてもよい。
理由づけはインフレ高進への予防的措置とでもすればよい。
これまで何度となく無理筋な理由づけをしてきたのだから、上述したような実質所得環境の危機的状況を踏まえれば、十分まかり通るだろう。
重要なことは、政策当局は焦燥感を市場に悟られてから動くとロクな目にあわないということだ。
市場参加者から「円安は日本経済にとって痛手」と認識され、いったんその方向に相場が動き始めたら、円売りで攻め込まれる恐れがある。
そうなってからではできることは非常に限られてくる。
金融政策に限らず、まだ傷の浅い今のうちに少しずつ円安を抑止できるような処方箋を日本は検討すべきように思える。
それくらい、円安と原油高が同時進行する現状は危うい。
また、これを契機に円安万能論のような社会規範も修正されていくことも必要である。
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間違いなく「悪い円安」が日本経済を蝕んでいく~円安万能論を捨て、日銀は正常化を示唆すべき~
東洋経済 2021/10/15 唐鎌大輔 : みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト
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