■自粛警察「執拗すぎる相互監視」を生む根本要因
~戦中の隣組、戦前の自警団との意外な共通点~
東洋経済(2020/06/14)
https://toyokeizai.net/articles/-/356399
~~~
新型コロナウイルス感染症拡大に伴って、日本で「自粛警察」が広がった。
市民の相互監視とも言えるこの状況に警鐘を鳴らす声も多いが、戦前との比較で危惧を表明する専門家がいる。
近代日本の軍事史に詳しい埼玉大学の一ノ瀬俊也教授がその人だ。
「かつて太平洋戦争を遂行させるために作られた『隣組』と共通するところがある」。
戦後75年を迎えようとしてもなお、人々の意識が変わっていないという。
その核心は何か。
一ノ瀬教授に聞いた。
・「人の役に立ちたい」欲求
そもそも「隣組」は自然発生的に発足し、機能していた地域住民組織だった。
ところが、太平洋戦争が開戦する1年前の1940年、政府の訓令によって正式に組織化される。
10戸前後で組織するよう指導され、全戸の加入が義務付けられた。
「回報」の回覧による情報の一元化、配給の手続きのための重要な基礎組織として位置付けられた。
隣組の役割について、一ノ瀬教授はこう解説する。
「大きく2つの役割が期待されていました。1つは地方自治の末端組織として、配給などを住民自らに担わせること。もう1つは、政府の方針を国民1人ひとりに行き渡らせること。つまり、国民の自治精神を利用して、戦争遂行を図るために作られたわけです。戦争になれば、国家の国民生活を隅々まで統制しないといけない。食料などの配給制度は最たるものです。しかし、政府や地方自治体だけで統制をやるのは非常にきつい。そこで隣組を使い、国民の協力を得て統制をやろうとしたわけです。上意下達と下意上達を組み合わせ、ある程度、国民の意見も取り入れて、ガス抜きするような形で戦争の遂行を図っていったところがあります」
戦中の隣組と現在の「自粛警察」。どこに共通点があるのだろうか。
「隣組では、戦争を批判するような発言を住民が聞きつけて、憲兵や特高警察に密告する行為はよく見られました。今と共通しているのは、通報する人たちが『お国のため、全体のために』と考え、よかれと思ってやっている点です。いわゆる自粛警察をやっている人たちはそれが行きすぎて、個人の自由や人権を損なう事態を引き起こしている。そのへんがかつての隣組と共通している。『お国のため』という大義名分を得て、人権弾圧などがエスカレートしていくわけですね」
今年8月、日本は戦後75年の節目を迎える。
社会の中核を担う世代は着実に交代していっているのに、住民が相互監視するような社会は繰り返されているように映る。
その原因は「人間の本質にある」と言う。
「人間の中に『人の役に立ちたい』『みんなに貢献したい』という欲求はいつの時代にも存在します。それがちょっとしたきっかけで、変な方向に暴走する。人間の本質や性格は何年経っても変わりません。コミュニティーの役に立ちたいという思い、それ自体は今も昔も悪いことではないんですが……」
新型コロナウイルスに関する国や都道府県の対応は、主に「改正新型インフルエンザ等対策特別措置法」に依拠している。
都道府県知事は同法24条9項に基づき、休業の協力を要請してきたが、協力に応じなかった事業者に対しては、施設使用の制限などの措置を要請できるとの規定がある。
続く第4項は「特定都道府県知事は、第2項の規定による要請(中略)をしたときは、遅滞なく、その旨を公表しなければならない」としている。
この規定に基づき、東京都や大阪府などは休業要請に応じなかった施設の名称を公表した。
施設名が公表されたパチンコ店の前には人々が集まっては「営業やめろ」「帰れ」などと叫び、店側やほかの客らと怒鳴り合う事態も発生した。
こうした様子はテレビやYouTubeでも盛んに流されたので、目にした人も多いだろう。
・施設名公表は「私刑」招きかねない
「要請」に従わない店名を行政が「公表」するという条項には、「自主」と「強制」が同居しているように映る。
日本社会に根付く「同調圧力の強さ」を背景に、相互監視を推し進めた素地があるようにも見える。
「自粛は要請だったはずなのに、それに応じない店名を公表する行為には、間違いなく、同調圧力に期待しての部分があったと思います。『要請に従わない店は周辺から白い目で見られる』という雰囲気ができるのを行政はわかっていてやっている。それは、私刑(リンチ)の誘発に繋がりかねないんじゃないか。店名の公表はやはり望ましくなかったと思います。日本は近代法治国家ですから、私刑はあってはならない。私刑を誘発しかねない方法を選ぶ行政、私刑で誰かを処罰するような社会は望ましくないと思います」
住民による扶助組織の起源をさかのぼれば、江戸時代の「五人組」「十人組」に行き着く。
その慣習が「隣組」へと引き継がれ、戦後は「町内会」「自治会」という形で残った。
「現在の自治会が担っている防犯活動にもいい面と悪い面、両方あります。自治会が防犯活動することによって地域の治安が保たれる。ただ、地域の安全を守る活動を自治会に頼りすぎると、地域から浮いている人が排除されるという懸念も出てくる。コロナ対応時に浮き彫りになったように、どこまで曖昧さを認め、どこからルールで線を引くのか。難しい問題だとは思います」
地域の安全を住民の手で守ろうとする動きがエスカレートしたらどうなるか。
一ノ瀬教授の念頭にあるのは、関東大震災(1923年)時の混乱と虐殺だ。
大地震の混乱に乗じて朝鮮人が日本人を殺そうとしているとのデマが拡散。
民間の自警団や憲兵によって、朝鮮人や朝鮮人と誤認された日本人が多数殺害された。
ただし、一連の出来事は住民の活動のみで動いていたわけではない。
大震災に際して政府が発した1本の通達。その影響も大きかったという。
宛先は各地の警察。
治安維持に努めるよう指示する中で「混乱に乗じた朝鮮人が凶悪犯罪、暴動などを画策しているので注意すること」という内容が記載されていたのだ。
「関東大震災のときの自警団は、最初のころ、行政が治安維持に利用しようとしていたわけです。ところが、自警団に加わった住民の行為をだんだん行政は止めることができなくなった。そして虐殺に至るわけです。戦時中の隣組にしても、戦時体制にからめ取られていく中、“非国民になりたくない”という力学が発生し、威力を持つようになった。配給などで『食料をあげない、もらえない』みたいな事態になれば、個人の生活が損なわれるからです。だから、誰も後ろ指を刺されたくない」
・「過去に学ぶことは本当に重要」
こうした「社会の暴走」はもちろん、日本だけのものではない。
「第2次大戦中のドイツにおけるユダヤ人に対する密告は日本の比ではありませんでした。アメリカでも黒人へのリンチが歴史上何度もあったし、今も起こっています。いつの時代も、どの国でも、ちょっと方向を誤ったり、変なふうに火がついてしまったりするだけで、たやすく社会は暴走します」
「コロナ関係で自粛警察なる動きをする人々についても、その心情は『よかれと思って』でしょう。国が呼び掛けている方針に『みんなで従いましょうよ』というのが出発点にある。でも、かつての隣組が『配給食料をやるか、やらないか』という些細なことで人権弾圧みたいなのものを発生させたように、あるいは関東大震災後の自警団が虐殺に手を染めていったように、簡単にエスカレートしていく危険性がある。歴史を研究している立場からすると、過去に学ぶことは本当に重要なんです」
結局、今は何をすればいいのか。
「政府や地方自治体の自粛要請をめぐる対応がどう行われ、その結果、どういう効果や弊害が生じたのか。きちんと記録に残すことが第一歩です。その記録を基に、議論することが必要です。政府の専門家会議などが議事録を作っていないことは、その意味でも非常に問題があると思います」
・“自粛警察”に関すると見られる動き
○警察などへの通報
・大阪府のコールセンターに「休業要請対象の店が営業している」という趣旨の通報が、4月下旬までに500件以上あった
・「自粛中なのに外でカップルがいちゃついている」などというコロナ関連の通報が愛知県県に多数届く。5月中旬までに400件超
・警視庁によると、新型コロナウイルス関連の110番が急増。東京都などに緊急事態宣言が発令された4月7日~5月6日の1カ月間で計1621件に。休業要請対象のパチンコ店やスナックなどが「営業している」といった内容のほか、「公園で子どもがマスクをせずに遊んでいる」「橋の下でバーベキューをしている」といった内容
○店舗などに対する“監視の目”
・千葉県の休業していた駄菓子屋に「コドモアツメルナ?オミセシメロ?マスクノムダ」という貼り紙
・東京都のライブバーに「安全のために、緊急事態宣言が終わるまでにライブハウスを自粛してください。次発見すれば、警察を呼びます。近所の人」という貼り紙
・大阪府の要請に従って時間短縮で営業していたラーメン店に匿名の手紙。「あなたの店の客が大声で会話している。『繁盛』イコール『公害』であることを忘れるな」
・営業中の店舗に嫌がらせが続出。長野県では「コロナ」の名を付した飲食店に3月から無言電話やネットでの中傷的な書き込みが相次ぐ。横浜市の飲食店では扉に「バカ、死ね、潰れろ!」の落書き
・東京都の商店街の組合に「商店街すべてをなんで閉めさせないんだ、すぐに閉めさせろ。何考えてんだ、馬鹿野郎」「利益を上げていて最低」「恥」など多数の電話
・名古屋市の商店街で休業要請対象外の店などが営業していることに「コロナを発信するつもりか」「二度と買い物には行かない」などのメールや電話が多数届く
・千葉県で県の休業指示に応じないパチンコ店の前で、男性がマイクを手に「営業やめろ」「帰れ」などと叫ぶ
・緊急事態宣言解除の翌日から営業を再開した岐阜県の温泉施設に対し「緊急事態宣言中だ?休業要請対象だろ?営業再開?辞めろ」などのメールが届く
○“他県ナンバー狩り”も続く
・県外ナンバーの車に乗る県内在住者向けに、山形県は「山形県内在住者です」と太書きした“確認書”の交付を開始。県外ナンバーの車への嫌がらせが相次いだためという。“他県ナンバー狩り”に対し、和歌山県なども同様の「県内在住確認書」を交付
・徳島県で県外ナンバーの車に乗る人があおり運転されたり、暴言を吐かれたり、車に傷をつけられたりする事例が相次ぐ。同県三好市は5月、「徳島県内在住者です」という車用の表示デザインを制作
~~~
■自粛警察「執拗すぎる相互監視」を生む根本要因
~戦中の隣組、戦前の自警団との意外な共通点~
東洋経済(2020/06/14)
https://toyokeizai.net/articles/-/356399