古代四方山話

古代について日頃疑問に思っていること、思いついたことを徒然なるままに綴ってみたいと思っています

倭国と日本国

2020-11-20 17:49:43 | 歴史

いにしえの日本列島には倭国と日本国が存在したようです。

旧唐書を意訳すると、

 日本国は倭国の別種なり。

 その国は日出ずる国故に日本という名を用いている。

 あるいは倭国はその国名が正しくないことを憎み、日本国と改めた。

 あるいはまた、日本は小国である旧倭国の地を併合した。

と書かれてあります。

新唐書の記述ではまた違ってきますが、いずれにしろ列島内に倭国と日本国があったことは間違いなさそうです。

 

また、旧唐書には「倭国はいにしえの倭奴国なり」ともあります。

北部九州が倭国の一部であったことは疑いようがないと思われます。

その倭国の範囲がどこまでなのかが議論が別れるところです。

邪馬台国の所在地問題と同様に正解が解りません。

なぜ国内の書物には倭国と日本国の関係性が書かれていないのでしょうか。

 

いったい倭国と日本国はどういう関係にあったのでしょうか。

敵対する関係だったとは思えません。

たとえ九州・倭国であったとしても、ヤマト・日本国とは同盟関係にあったと思われます。

北部九州の協力なくして、ヤマトが朝鮮半島や中国と日常的に行き来があったとは思えないのです。

 

個人的には「日本中央の碑」が青森県東北町から発見されたことから、日本=東日本だったら面白いなと思っています。

「日本中央」の文字が刻まれた石碑は昭和24年に発見され「つぼのいしぶみ」ではないかと大きな注目を集めました。

征夷大将軍・坂上田村麻呂が「日本中央」と刻み付けたという伝説がある「つぼのいしぶみ」です。

東北町から発見された石碑が本物であるかはともかく、坂上田村麻呂から東北が日本中央であると認識されていたということですよね?

 

こうして書いているうちに、かつて夢中になって読んだ本を再読したくなりました。高橋克彦氏の「竜の柩」です。 読もっ♪