真珠って綺麗ですよね。あの光沢や石にはない暖かみとかが大好きです。
天然真珠だけの時代であれば私には手に入れられなかったかもしれません。
「世界中の女性を真珠で飾りたい」と養殖を成功させてくださった御木本幸吉氏に感謝です。
真珠って何故か古墳からはほどんど出土しません。
発掘できない宮内庁管理の古墳に大量に眠っているのだとか、交換財として朝鮮半島や中国にほとんど渡ってしまったからだとか言われています。
魏志倭人伝によると、卑弥呼は魏の皇帝から真珠を50斤(約11キロ)、もらっています。
卑弥呼の墓かもしれない平原王墓からも真珠は出土していません。
卑弥呼は魏の皇帝からもらった綺麗な布類や真珠を身に付けたのでしょうか。
巫女である卑弥呼は古来からの呪具である翡翠や麻などしか身に付けなかったのでしょうか。
卑弥呼の墓かもしれない箸墓に真珠が大量に眠っている可能性はありますが。
そういえば古墳ではないですが古事記の編者、太安万侶の墓からは4個の真珠が出てきてますね。
真珠を卑弥呼が魏からもらっているのに、台与は白珠=真珠五千個を魏に貢ぎます。
白珠って本当に真珠なのでしょうか?
珠というのは海の産物、玉は陸の産物のことらしいですから白い海の珠ってやっぱり真珠なのかなぁ…。
とすれば卑弥呼がもらった真珠が、今でいうところの真珠ではないのでしょうか??
台与は白珠五千個の他に「青大句珠」をも貢いでいます。
青大句珠とは大きな翡翠の勾玉だと解釈されています。
平原王墓からはガラス製の青い勾玉が出土していますが、青大句珠とは本当に翡翠勾玉なのでしょうか。
しかし珠なのですから、ガラス製ではなく翡翠ですよね(翡翠は海の石と古代の人たちは思っていましたから珠です)。
魏に貢いだ真珠と翡翠勾玉の数が全然違っています。真珠が五千個に対して、翡翠勾玉はたったの2個ぽっきり。
大きな翡翠勾玉って当時の倭人にとって大変価値のあるものだったと推測できます。
やはりヌナカワヒメの国、越は大きな力を持ってたに違いないと思うのです。