古代四方山話

古代について日頃疑問に思っていること、思いついたことを徒然なるままに綴ってみたいと思っています

卑弥呼だけ匂わせるのは何故ですか

2021-01-09 13:20:42 | 歴史

日本書紀には「倭の奴国王」も「邪馬台国・卑弥呼」も「倭の五王」も「阿毎多利思比狐」も誰も記されていません。

何故書かれていないのでしょうか。

日本書紀が書かれたころには奴国王や卑弥呼については分からなくなっていたとしても、アメノタリシヒコが誰か分からなくなっていたはずはないでしょう。

中国に跪いてきたことを書きたくなかったとしても、アメノタリシヒコのことなら書けるのではないでしょうか。

アメノタリシヒコについてはわざと誰のことだか判らなくしていますよね、確信犯ですよね?

諸説ありますが、一体アメノタリシヒコって誰ですか?

 

誰のことも書いていないのに、日本書紀は卑弥呼のことだけは神功皇后かもしれないと匂わせます。

卑弥呼とは「日本」の歴史においてそれほどに重要な人物なのでしょうか?

卑弥呼の系譜に繋がっていない王家などあり得ないというような。

また匂わせる対象として、なぜ神功皇后だったのでしょうか。

神功皇后では年代的な矛盾もあり、匂わせる対象としてだけであれば、むしろ箸墓に眠るヤマトトトヒモモソヒメこそ相応しく感じます。

何も匂わせなければ天照大神=卑弥呼と素直に考えられるのに…とも思います。

神功皇后と卑弥呼を同一人物かもしれないと思わせる必要性は何?

例えば九州の女酋が卑弥呼を名乗って魏に朝貢していたとしても、書かなければいいじゃありませんか。

他の朝貢については書いていないのですから。

で、魏志倭人伝には記載のない三韓征伐を神功皇后の功績としてうたいあげる…。

・・・何故?


天武天皇 駅路と日本書紀

2021-01-05 19:59:07 | 歴史

「駅路」の存在を考えるとき、日本書紀は天武天皇のために書かれたものではないという説を実感します。

駅路とは日本最古の幹線道路網です。

天武天皇の時代、藤原京を起点として東北から九州までの総延長6300キロに及ぶ道路が整備されたようです。

日本書紀にはそんなことは記されていないのですが、考古学の進展で判ってきたものです。

幅が最小でも6メートル、最大30メートル超の道路で、後世、江戸幕府が整備した五街道さえも凌ぎます。

小さな丘など躊躇なく切り崩し、道を一直線に通しているといいます。

この駅路は天武天皇による「列島改造」で、中央政権・律令国家を目指して造られたのだそう。

そして律令制の終焉とともに平安時代中期に廃絶されました。

 

日本書紀が天武天皇のために書かれたものであるならば、こんな大事業を書かないはずはありません。

東北から九州まで道路を整備するのには、一体全体どれほどの労力や費用がかかったことでしょう。

日本書紀は天武天皇が「力」のある天皇であったことを記したくなかったとしか思えません。

 

天智天皇は白村江で敗れた翌年に水城を築いています。

対馬~九州北部~瀬戸内海~畿内へと防衛体制を整えるための山城を築きます。

その次の代の天皇が、全国ネットの幹線道路を造るというのも不思議に思えるのですが。

日本書紀に書かれていることのうち、どれくらいが本当のことなのでしょうか。

本当の重要な歴史のうち、どれほどのことが日本書紀に記されていないのでしょうか。

例えば「東日流外三郡誌」の内容が正しい歴史を伝えているとは思っていませんが(正しい歴史が含まれているとは思っています)「偽書」とは何ぞやと考えさせられます。


始まりはえべっさん

2021-01-03 11:28:14 | 歴史

昨年、自身の備忘録的に始めてみたブログです。

あれがわからない、これがわからないだとか妄想を書き散らかしておりますが、なぜだか読んでくださる人が…。ありがとうございます。

今年もよろしくお願い申し上げます。

 

さて、こちら関西では初詣の次は十日戎。

娘が学生時代、とある神社で福娘としてご奉仕させていただきました(けっして今宮戎ではありません。あないなべっぴんさんではありません)。

「その神社のえべっさんは、どのえべっさんや」と質問し、娘に嫌な顔をされたことを思い出します。

えべっさんには系統があることなど、神社や神様または古代史などに興味がない人には常識ではないと。

・・・そうですね。

 

島根県松江市にある美保神社の主祭神、事代主命は「鳴り物が好き」で歌舞音曲の神様とされます。

事代主命を祀る大阪の今宮戎においては、えべっさんは耳が遠いので本殿の裏側の銅鑼をたたいてはじめて願いが届くと言われています。

鳴り物が好きだったり銅鑼をたたいたり。

事代主命はもともと「銅鐸」と関係していないか?と私は疑っております。

 

蛭子系のえべっさんの総本社が兵庫の西宮神社ですね。

今年は風物詩となっている、福男選びがなくなってしまって残念です。

西宮神社は同じ西宮市の廣田神社と浅からぬ関係にありますが、以前今宮戎にお参りした折、今宮戎のすぐ近くにも廣田神社があることに驚きました。

こちらの廣田神社も祭神は西宮と同じく「撞賢木厳之御魂天疎向津媛命」です。

ちなみに大阪の廣田神社、使徒がアカエイで、痔疾病平癒の御利益があるとのこと。事代主を祀る長田神社と同じですね。

 

少数派にはなりますが、少彦名命系のえべっさんも。

お江戸は神田明神さんが有名どころですね。

 

大阪の祭りはえべっさんで始まり、神農さんに終わります。

神農さんは、大阪市中央区の少彦名神社のお祭りです。

あれ?えべっさんに始まり、えべっさんで終わっている?