あるタカムラーの墓碑銘

高村薫さんの作品とキャラクターたちをとことん愛し、こよなく愛してくっちゃべります
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こら、あっちへ行け! ママには内緒だぞ! (下巻p98)

2006-11-21 23:54:06 | リヴィエラを撃て 再読日記
何か月ぶり~? の『リヴィエラを撃て』再読日記。今月中は無理だけど、今年中には完成させよう!(苦笑)

2006年4月7日(金)の『リヴィエラを撃て』 は、下巻の1989年2月――《スリントン・ハウス》p90~p168まで。・・・長いな。

【今回の主な登場人物】

M・G・・・上司はつらいよ・・・その1。
ジョージ・F・モナガン・・・上司はつらいよ・・・その2。
ロナルド・ハンフリー・・・上司はつらいよ・・・その3。
キム・バーキン・・・満身創痍。
シドニー・ジェンキンズ・・・どう表現すればいいのやら・・・その1。
ジャック・モーガン・・・失ったものは大きいぞ。
ケリー・マッカン・・・どう表現すればいいのやら・・・その2。
ウー・リーアン・・・得たものは大きいぞ。


【今回のツボ】

M・Gの苦悩と選択。 立場からすると、辛いとこだなあ。
ジャックとケリーの語らいと絆。 わずか2か月とはいえ、絆の強さと深さは確かに残ったもの。


【今回の飲食物】

・サンドイッチ、ウィスキー・・・サンドイッチはシドの奥さんが作ったもの。
・ポプコーンとミートパイ・・・食料品店でケリーが買ったもの。
・ミルクティー・・・ドーバーのホテルで朝食をとったリーアンが、最後に飲んだもの。朝食の内容は不明。
・ウォッカ・・・ケリーがベラスケスのアパートから持ち出してきたもの。

***

【登場人物の描写】

キム・バーキン 結局、私はキムが好きなのかな。(←『マークスの山』の合田雄一郎さん風に読んでね) でも好きになるには、百年はかからんと思うぞ(笑)

★「こんなものを被って、君の尻にくっついていくのか、この俺が」
「こんなものを被って、コクランどもを逃がしたドジの尻拭いをするのか、この俺が」
 (下巻p98)

シドとキムのこの会話、むっちゃ好きや~! ちょっぴり毒を含んだ軽口の応酬が、いいのよね♪ (手島さんと過ごしているキムとは、えらい違いだけど)

★キムと言えば、かつて警察にいたころの、とりすましたケンブリッジ出の面影はみじんもなかった。容疑者の頬をひっぱたくことすらしようとしなかった男が今、ジェンキンズの方が唖然とするほど残酷なやり方で敵を締め上げているのは、異様な光景だった。いったい何がキムをそうさせているのか知らないが、ジェンキンズは、かつての同僚ともども、何度も、自分が危うい禁断の橋を渡っているような気分になりかけていた。 (下巻p124)

シドも真っ青&仰天、作品中で最も怖いキムの場面。こんな拷問は受けたくない・・・。

★両足複雑骨折、腰椎骨折、銃創二ヵ所の重傷を負った男が、輸血の針を腕に刺し込まれ、酸素マスクを被せられながら、突然自分の手でマスクを外すやいなや「麻酔は待ってくれ!」と叫んだ例など、おそらくないだろう。 (下巻p130)

私もこんな男は、キムしか知りませんよ・・・。

★自分に《伝書鳩》との接触を禁じたM・Gが、その直後に自ら《伝書鳩》と交わした会話を耳にするのは、キムには深い苦痛だった。なぜなのか何度も自問したが、思い浮かぶのは、最後に病室で見た、あの飄々として穏やかな顔しかなかった。 (下巻p163)

★その上で、M・Gが接触してはならない相手と接触し、言ってはならないことを言ったことについて、少なくとも背信、反逆、などという言葉を、キムは充てたくはなかった。 (下巻p163~164)

★さまざまな理由により、M・Gは自らの個人的な決断を優先した。部下を巻き込まないために、病院では自分に異なったことも伝えた。だが、そうしてM・Gが守ろうとしたのは結局、ふたりの人間の命と《ギリアム》を眠らせまいとする断固とした意思だったのだ。キムはそう信じた。 (下巻p164)

上記3つの引用。元「上司」M・Gに対する、元「部下」キムの想いがひしひしと伝わってくる場面ですね・・・。

★頭の引出しを開けると、さまざまな葛藤を自分の腹に収める知恵の袋が入っていた。一ヵ月前には、多分そういうものは入っていなかったのだ。知恵の袋の隣には、より明快になった憤激の袋も入っていたが、それはとりあえず大事にしまっておくべきものだった。そして、引出しの奥には、やはり一ヵ月前には入っていなかった、もう一つの袋があった。M・Gに対する何かの思いの袋だった。そこには、国益というより、正義に対する情熱と精力について、師と仰ぐべきM・Gへの思いが詰まっていた。
辞去する前に上司が言い残した言葉を、キムはそれらの三つの袋を抱いて、腹に収めた。
『M・Gの意思を継ぎ、且つ、M・Gのテツを踏まないことだ』
 (下巻p165~166)

こうして《リヴィエラ》を追いかけるバトンは、キムにも受け継がれることになったのです。これが彼の新たな苦難の始まりでもあるわけで・・・。


【今回の名文・名台詞・名場面】

★絡み合っている二本の腕が橋になって、笑いの波が行ったり来たりする間、ジャックは今ここにいないリーアンとは別の、一人の人間の存在感に満たされていた。《伝書鳩》の巨体一つは、たしかに今、自分に残された最後の現実かも知れないという気がした。 (下巻p102)

ジャックとケリー。極限状態が続き、大切な者を喪失した二人の絆が、こんな形でより強固なものになるとは・・・。

★M・Gはひま潰しのために、自分の頭にある二層のファイル棚を探っていた。上層には、この四十年間自分が信奉してきた理想と義務のファイル棚があった。下層には、人間に対する感情的なイエスとノーのファイル棚があった。以前はそんなファイル棚はなかったが、そろそろこの世界の中に自分自身の場所を作っても許される歳だった。上層にある現実と義務を果たすのも、その下にある自分自身なのだから。 (下巻p106)

今回読了分の主役の一人は、M・Gだろう。サラが死んでからのM・Gの変化が、ここでも読み取れる。

★《伝書鳩》はやっと足を止めて振り向き、明るいブルーの目をしばしジャックの上に据えてきた。そのとき一瞬、カリフォルニアの青い空、という余計な想念がジャックの脳裏をよぎり、次いで、この目はこれまでに自分が見た中で一番生々しい感情と理性のごった煮だと思った。
「ジャック。君が今一番望んでいるのはリーアンか、《リヴィエラ》か、この俺か」
「全部だ」
「それは、神に誓って不可能だ。どれか一つを選べ。リーアンと暮らす生活か。リーアンを捨てて《リヴィエラ》を追うか。あるいは、この国のどこかで俺と一緒に死ぬか」
「全部だ……。僕は三つ全部を手に入れる」
ジャックは極限と困惑の中で、そう応えた。いや、確信も見通しもなかったが、疑念はなかった。リーアンと《リヴィエラ》と《伝書鳩》のどれ一つとして、捨てられるものはなかった。《伝書鳩》が諸般の事情で死を覚悟せざるを得ない状況にいるのなら、なおさらだった。奇跡が起こると言う妄信や、何がどうなろうと、もはや自分にとっては大差はないという諦観や、そろそろ永遠の静けさを味わいたいといった唐突な気分が、渾然と絡み合った困惑の中で、「全部だ」というのは、ジャックの真意だった。
 (下巻p112~113)

長い引用なりましたが、ジャックとケリーの「絆」を表す部分を、どうしても記しておきたかったんです。これははずせませんよ!

★長年の習性になってきた無表情な喋り方は、他人にそれと分かるほどの変化は受けていなかった。だが、その無表情こそ、部下を教え、鍛え、守ってきたもの、そのものだった。そういうことを、キムが分かる日もそう遠くはないだろう。 (下巻p133)

★「キム。私たちはそれぞれ、人生のそれぞれの時点で、最終的に何を優先するかを決めていかなければならない。だが仮に今、君がどういう形であれ職場を去るようなことがあったら、《リヴィエラ》の追及は誰がやる? 僕はもう歳だが、君にはまだ山ほどやることが残ってる」 (下巻p133)

★「僕は、これから真実を追究していく種を残すことしか出来ない。僕のあとを継ぐのはキムだ」 (下巻p136)

★「……モナガン。こういうことだ。たとえばジェンキンズは、警官としての立派な名誉とともに葬られる。だがキムには、この職業に就いている限りは、公には何も残らない。僕らにあるのは、国のためにわずに役に立ったという自己満足だけだ。だから彼には、《リヴィエラ》を追及し、《ギリアム》の不実を暴いたという個人的な名誉を残させてやりたい。これって、多分、身びいきになるんだろうけどね」 (下巻p136~137)

上記4つの引用。こういうのを、「ダンディズム」と言うんだろうか。あえて言うならば、「去り際のダンディズム」か。M・Gの感慨と言葉は、重いです。

★「僕は小さいころから、ときどき階段の夢を見る……。人はみな生まれたときに、自分の階段を上り始めるんだ。 (中略) 僕の階段には《リヴィエラ》がいた。アルスターにたまたまブリットがいたように、《リヴィエラ》がいた。それだけだ。いずれにしろ長い階段のどこかで、僕は必ず《リヴィエラ》に会うよ」 (中略)
「その階段て、どこまで続くんだ」
知るか、というふうにジャックは首をすくめた。
「多分、あの世のまだずっと先まで。僕は死んでも階段を上り続けるし、《リヴィエラ》もそうだ。
 (中略) 父もそうだろう。最近、僕の階段というのはそういうものだという気がしている。僕の父も父自身の階段のどこかで、ウー・リャンに会ってるよ」 (中略)
懺悔の階段。《伝書鳩》は個人的にそんなことを思ったが、自分にはそんなものはなかった。これまでと同じく、最後の最後までむかつくほどの嫌悪が燃えたぎっているだけだった。 (中略)
「その階段を上り続けていくと君はやがてどこかで両親や祖父母に会って、デ・ヴァレラや、ダニエル・オコンネルに会って……」
「きっとそうだ。飢饉で死んだ先祖や、戦争で死んだ先祖に会って、オーエン・ロウ・オニールに会って、ノルマンやローマの侵略者に会って、聖パトリックに会って、クーフリンに会って……」
「最後に会うのは、フェニキア人かな」
「いや。階段の最後はきっと、まだ神も人間も住んでいなかったころのアイルランドの大地だ。草と風と空だけがある……」
なんという諦観だろうと《伝書鳩》は思った。何百年も自分の土地で血を流し続けてきたジャックらと違い、他人の土地で、他人の歴史に介入してきた自分たちに、ジャックのような諦観や懺悔が生まれるのは三百年、いや千年早いに違いなかった。
 (文庫下巻p139~140)

ところどころ端折りつつも、とてつもなく長い引用になりました。ここはすっごく大好きな場面、大好きな会話なんです~。出来るならカットしたくないくらいに。
最後のジャックの台詞の、個人的なイメージ写真は、これ↓。



いかがでしょう? だけどアイルランドの風景ではないはず・・・あくまで私個人のイメージですので、ご了承を。

★俺は憤怒の塊だと思いながら、《伝書鳩》はその実、そのときは穏やかに目を糸のように細くしてジャックを見つめていた。世界の片隅で出会った一人の若いテロリストの顔は、血を流すことの愚かさを、無意識であれ知っている顔だった。血にまみれた後に、それを知った顔だった。そう思うと、未だその愚かさを思い知るに至らない自分自身もまた、少し慰められたような気がした。
この若者は、現世であれ彼岸であれ、やがて階段のどこかで《リヴィエラ》に会ったとき、万感の思いをこめてその顔を眺めるだけのことだろう。もはや、この若者自身の手で流される血はない。《伝書鳩》はそう予感した。それが、この若者が自ら歩くことを選んだ階段の未来だ、と。ただし《リヴィエラ》に、このジャックの達した諦観の意味が理解できるかどうかは、分からない。
 (下巻p141)

ケリーのジャック評、並びに予言(苦笑) 当たったか否かは、読了された方はご存知でしょう。

★このリーアンも、サラ・ウォーカーも、自分の愛した男の罪と罰を、自らともに背負うことで、男と何か分かち合うほかなかったというのは、一面の真実に違いなかった。しかし、人生はそんなものではない。
「それは、断じて違う。ジャックがここまで来れたのは、君がいたからだ。彼が気付いていないのなら、それを彼に分からせるのは君の人生の仕事だよ」
 (下巻p149)

伊達に歳をとってはいないM・G。ともに良く似た男を愛した女の性を、見抜いている。リーアンに、サラの二の舞になってほしくはないという想いが、隠されているのはいうまでもない。

★潰れたカボチャの横顔は微笑んでいたが、それはジャックの目に、きっと百年後もこのままだろうと映った永遠の静けさと空虚に満ちていた。数十年分の人生が集約し、なおも空っぽで何もない。もう足すものも引くものもなく、そうしてフィルムは止まり、《伝書鳩》はジャックの目の中で、この風の中で、すでに彼岸にいるかのようだった。 (下巻p153~154)

★ジャックの目は虚空へ流れた。疑心暗鬼や逡巡の悲嘆が、今の今、その胸のうちで激しく入れ替わっているに違いなかった。そこにいない何者かに向かって、わずかに開きかけた唇が、小刻みに震えていた。 (下巻p160)

上記2つの引用。ジャックが最後に見たケリーの姿と、M・Gからの衝撃の告白を耳にしたジャックの反応。これがジャックの中に残った、ケリー・マッカンという男の永遠のイメージなんだろうな・・・。ジャックはケリーによって、リーアンと生きることを選択したわけです。

★《伝書鳩》は海に向かって目を細めた。とっさに誰と特定出来なかった何者かに、故郷の母か、妹か、サラか、ジャックか、それらの誰かに、《伝書鳩》はそのとき、突然伝えたいと思った。この列車の地響きが、今は自分をどこかへ運んでいく風の音のようだということ。たった今、晴れがましい光の降る階段が一つ、見えたこと。 (下巻p162)

ノーコメント・・・。あえて言うなら、こんな物悲しい、いやでも感傷的にならざるを得ない「自殺」を選ばねばならなかった男を描いた場面を、私は知らない。

★時代が変わっても、人間の悲劇の質は何千年来、大して変わっていない。不正は不正、死は死なのだ。個々の悲劇を知る者の魂の構造には、若輩と老兵の差はない。もし何がしかの差があるとしたら、おそらくその者が神に出会うか出会わないかだろう。だが不幸にして、自分は神の欠伸すら聞いたこともない。 (下巻p166~167)

MI5を引退したM・Gの感慨。不変のものがあるにしても、M・Gには変化や転機がが訪れた。「神」ではなく、「人間」によってだけれど・・・。


***

本日が当ブログ開設2周年の日です。おめでとう、私(←おいおい)
ご訪問者の皆様、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

2周年を記念してのプレゼント・クイズは、明日か明後日に行いますね。

『新リア王』も、ちゃんと再読してますよん♪ 第一章の榮パパの語りが一段落ついて、今は彰之が永平寺で過ごした日々を語っています。


ならば、これをくわえなさい。今、ここで! あなた自身が興奮するまで! (下巻p24)

2006-08-24 23:57:57 | リヴィエラを撃て 再読日記
まるでSM小説か映画に出てきそうな台詞・・・。こんなのレディ・アンにしかふさわしくない台詞だなあ・・・と思っていたら、日本男性にも、もっとストレートに口にしたお方がおりましたね・・・。もしも対決「レディ・アンvs秦野組長」を想像して・・・相譲らずの対決になるかも?(笑)

2006年4月6日(木)の『リヴィエラを撃て』 は、下巻の1989年2月――《スリントン・ハウス》p18~p90まで。

久しぶりの『リヴィエラを撃て』再読日記。間が空いた理由は、まあ、言わずもがなですが(笑) それを抜きにしても、特に《スリントン・ハウス》は、次から次へと犠牲者・被害者が出るので、やりづらいことも理由の一つ。
ネタバレ。  『リヴィエラを撃て』全編を通して、「この人、死なんでもええやないの」の筆頭は、私の場合はサラです。キムは、まあ・・・仕方ないかなとも思いますが(そりゃ生きてて欲しかったですよ)、サラについては、どうもやりきれない。巻き添えくらった哀しい死に方で、もうホントに何とも言えないのですが。 

【今回の主な登場人物】

レディ・アン・・・今回の「影」の主役。
サー・ノーマン・シンクレア・・・貧乏くじを引いたとは、今回のこの人のことをさすのかもしれません。
ダーラム侯エードリアン・ヘアフィールド・・・ホンマにあんたのせいで・・・。
ケリー・マッカン・・・潰れたカボチャが、だんだん二枚目に見えてくるから不思議。
ジャック・モーガン・・・久しぶりの「テロリスト・ジャック」。
M・G・・・「株屋のジョニー」。「株屋の加納さん」を思い出す。
ウー・リーアン・・・ジャックは短所の方が多いの?
ジョージ・F・モナガン・・・警察のふがいなさに、頭が痛いでしょう。
シドニー・ジェンキンズ・・・なかなか洒落た物言いだ。
キム・バーキン・・・豹変の兆し?
サラ・ウォーカー・・・あうう・・・。


【今回のツボ】

・レディ・アン。 あとで徹底的に取り上げます。
・サラ・ウォーカー。 と、言葉を濁しておく。


【今回の音楽】

 シューマンの有名な歌曲の一つ・・・しょっちゅう出てきてるので、割愛。


【今回の書籍】

『アイルランド農村における家父長制度の発達史』・・・キムの奥さん・メアリーの本棚から、キムが失敬した本。もしも日本語に翻訳されていたら、読むんだろうか、私は? 


【今回の飲食物】

・マフィン・・・マクドナルドでケリーが買ったもの。
・オレンジ・ジュース・・・同じくM・Gが買ったもの。
・スコッチ・・・サラのヤケ酒。
・お茶とビスケット・・・サラが女友達の経営しているフレンチ・レストランで飲食したもの。ビスケットは、後日ジャックも食べてました。
・キャベツとジャガイモとレンズ豆と、豚の肩ロースの塊を煮込んだ簡素なシチュー・・・リーアンが作って、ケリー、ジャック、リーアンで食べたもの。
・ウォッカ・・・同じくケリーとジャックが飲んだもの。
・アルマニャック・・・M・Gの飲んだもの。
・サンドイッチ・・・M・Gがリーアンのために用意したもの。


***

【登場人物の描写】

レディ・アン・ヘアフィールドの全て(前半) 私にとっては高村作品女性キャラクターのうち、『晴子情歌』 (新潮社) で福澤晴子さんが登場するまでは、この方が最強の女性キャラクターでした。

★「お好きなようになさいませ」と言った。語学練習用のテープから出てくるような、正確無比のくっきりしたシラブルを持つ発声だった。声は低く、どこまでも透っていく冬の冷気のように冴えざえとしていた。 (下巻p19)

★「中国を百年かけて阿片漬けにしたのはイギリスでしょう」と、女は笑った。笑うと声が少し高くなり、さらに透明になった。 (下巻p19)

★「ここへひざまずきなさい」
「御免こうむる」
「何をいまさら。侯爵は、とうの昔に人間としての尊厳をお捨てになって、そのことをご自分で承知しておられます。一方、それを認めないあなたは、私の目には滑稽を通り越しています。さあ、ひざまずきなさい」
 (下巻p20)

レディ・アンの女王様体質、炸裂!

★シンクレアは床の上で両膝を折った。それを待って、レディ・アンは自分の肩からロシアン・セーヴルの毛皮を滑り落とした。右手のチェスカはそのままだった。暖炉の前に立った女のドレスの、大きく抉れた背は、マネキン人形のように完璧だった。歳を取らない陶磁器のような東洋人の肌が火を映して輝き、目の眩むような妖気を発していた。レディ・アンは、自らの前にひざまずかせた男に自分の片手を突き出し、シンクレアは頭を垂れ、それに接吻をした。 (下巻p22)

こういう動作が、どちらも似合うよねえ・・・(ため息)

★「そういう頭しかない人には、所詮裏切りの真似事すら似合わないのは、お分かりかしら? こんなに震えて……。怖いのですか……?」そう尋ねながら、そのときもやはりレディ・アンは笑みを浮かべたに違いなかった。「怖いのね……? なんと素敵なこと。私、一度あなたに、心の底から何かを懇願されてみたいものだと願って来ましたの」 (下巻p24)

「私」とありますが、レディ・アンの場合は「わたくし」と読んだ方がふさわしいですよね! (レディ・アンが実際話している英語は「I・my・me」だから、つまらないですね)

★レディ・アンは、足元からセーヴルのコートを拾い上げた。
「分かりました。そういうことであるならば、裏切りの代償は、お二人で払いなさい。初めに、お二人が組んで私をひっかけたように、最後までお二人で私を恨みながら、一生を終えるがいいでしょう」
 (下巻p25~26)

レディ・アンの最後通牒。ダーラム侯とシンクレアさん、完敗。


【今回の名文・名台詞・名場面】

★「さあ、昔の恥知らずな勇気はどうなさったの。あなたは情報部の命令一つで、私をひっかけるために自分の身体を売ることが出来た人でしょう。侯爵は心までお賭けになったけれども、あなたが賭けたのは身体だけでしょう。その意味ではあなたは冷徹なスパイでしたわ。ただしあなたはその一方で、危険の意味をはき違えたか、分かっていなかったか、どちらかですわね。それともただ、ほんとうのおバカさんなのかしら」
「どちらでもない」
 (下巻p21)

ここでこの三人の複雑な関係が見えてきますね。単行本版では、シンクレアさんの返答は違っておりました。

★「僕は君を愛した。それが分からなかったのは君だ」
「あなたがおバカさんだと言ったのは、そういう意味ですよ」
 (下巻p21)

酔っ払っている上に薬打たれてヘロヘロ状態のダーラム侯の前で、こんな会話している二人は、「大人の関係」と呼んでもいいのかしらん?

★ほかの雑多な思い出と比べて、この名前だけがはるかに突出しているとは思えなかった。 (中略) 自分にはただ、父の顔を含めて、ぼんやりとした空洞のような階段が、どこまでも続いているだけだった。その中ほどに辿り着いて、名前を一つ拾っただけだとジャックは思った。この階段が、どこへ続いていくのか知らないが、明日もあさっても登っていくだけだ。どこかでタナカという男に出会い、イアン・パトリック・モーガンの息子だと告げて、射殺するまでは。 (下巻p28)

ジャックの「階段の発想」とでも言いましょうか、これが好きなんです、私は。、

★「君の《ノーマン》を撃つことにもなる」
「分かってる。もういいんだ」
ジャックは心底そう思った。こうして今、失うものは失い、残るべきものは残っていた。リーアンも、シンクレアも、美しいシューマンも、ブラームスも、永遠に消えることはなかった。
 (下巻p29)

ある状態を抜け出て、ある境地に達したジャック。

★リーアンは急いでいる。自分も急いでいる、と思った。重なりあった二つの心臓の鼓動を聞きながら、脳裏のどこかで、その鼓動が絶えたときのことをぼんやり想像した。死は、ただこの心臓が止まるだけのことで、その後は永遠の静けさに落ちていくのだろう。生きて残された者の悲嘆の声さえ、もう聞こえないのだ。だとしたら、自分はリーアンを連れていきたい、一人残してはおけないと、ジャックは心から願った。 (下巻p39)

再会し、身体を求め合うジャックとリーアン。ジャックが「連れていきたい」と願ったのは、共に行動するという意味なのか。それとも死の世界のことなのか。ここは複数の読み方が出来るんじゃないかな、と思います。

★人間である限りどのような状況下でも、自分の意思はある。忠実に公務員の規律に従い、命令で凶悪なテロリストを射殺した男にも、自分の意思はあった。自分の意思で守ったものが規律や社会秩序であって、人間ではなかっただけだ。
確かに、自分にも守るべき人間はいた。守るべき女と家庭があった。それをないがしろにしてまで、公務を貫いた意思は意思だ。そうは思ったが、ケリー・マッカンとは、機会があるならもう一度話をしてもいいという気持ちだった。彼には彼の世界観がある。電話をかけてくるなら、聞くぐらい聞いてやってもいい。
 (下巻p49~50)

「抑圧され、限られた中での状況で、もがきつつも必死で生きていく男」という高村作品の男性キャラクターの典型が、キムにも当てはまりますね。同じ匂いを嗅ぎ取るのか、そういう良く似た境遇の男に対しても、眼差しは優しい。

★死はいつも身近だったし、それが突然訪れることも、どんなにあっさり訪れるかということも知っていたが、死に慣れたことは一度もなかった。死はいつでも悲しく、無力感に満ち、言葉もわいてこないものであることに、変わりはなかった。呆然自失したケリーの傍らで、機械のように正確に敵の車を射撃したジャックの、初めて見たテロリストの姿にも、言葉はなかった。男には、肉体とは別のところに彼らを呼ぶ声があるとでも言うのだろうか。もしそうなら、私はどうやってジャックを呼べばいいのだろう。 (下巻p67~68)

サラの××を見た直後の、リーアンの独白。私もリーアンに、かけるべき言葉が見つかりません。

★愛する人を失った失意や残った空洞は、折々に必ず何かで埋め合わされなければならない。父を失ったジャック自身、テロリストになることで空洞を埋めてきたが、《伝書鳩》にも何かが必要なことは、ジャックなりに理解できた。 (下巻p74)

「空洞」という語句も、高村作品に頻繁に出てくる重要なキーワードですね。

★昔から、自分は一発やられたとたんに、やり返すためのエネルギーが噴き出してくる性向だったと、キムは考えた。五年前にパレスチナのテロリストを蜂の巣にしたときも、半分はそうした獣的な衝動があったのだと、今は認めることが出来た。 (中略) 具体的な問題はなかったにもかかわらず、メアリーが無言で去っていった理由の核心が、今やっと少し分かったような気もした。 (下巻p88~89)

うん、やっぱりキムに対しては、遠くから眺めているだけにしよう・・・(苦笑)


不愉快きわまりないね (上巻p485)

2006-07-11 00:07:20 | リヴィエラを撃て 再読日記
2006年4月5日(水)の『リヴィエラを撃て』 は、上巻の1989年2月――《サラ・ウォーカー》のp450~下巻の1989年2月――《スリントン・ハウス》p18まで。

ついに下巻に突入。


【今回の主な登場人物】

サラ・ウォーカー・・・ケリーの眼差しに戸惑い。
ケリー・マッカン・・・サラを独占したい。
ジャック・モーガン・・・「リーアン行方不明」の知らせにKO。
M・G・・・サラへの思いは、友愛か恋か。
キム・バーキン・・・「俺が何でこんなこと・・・」とぼやきたいと思う(笑)
ダーラム侯エードリアン・ヘアフィールド・・・ジャック相手に愚痴るわ、口説くわ・・・。
ウー・リーアン・・・行動力に、さすがのサラも感服。
《リヴィエラ》・・・ついに初登場&台詞付き!
《ギリアム》・・・相変わらず美味しい登場だ。
ジョージ・F・モナガン・・・初めてこの作品を読んだ人は、ここで手紙の受取人が手島さんだと分かったのではないでしょうか。
サー・ノーマン・シンクレア・・・ダーラム侯とレディ・アンを相手にするのは疲労困憊。
レディ・アン・・・二百枚の写真の中に満ちていた女の妖気(下巻p18) って、凄い表現だ。


【今回のツボ】

・ケリーとサラの「恋愛」。 やっぱり何度か読み返さないと、この二人の関係は「ああ、何となく、分かる、こんな感じ」というのが、つかめない気がします。
・バージェス・マクリーン・フィルビーのスパイネットワーク 英国の冒険・スパイ小説を愛読されている方なら、ニヤリとしたのでは?(私は「フィルビー」でのけぞった) 下記でちょっとした特集します。
・ダーラム侯の戯れの言動。 ジャックに聴かせるシンクレアさんへの愚痴が傑作(苦笑)
・初登場、《リヴィエラ》。 ・・・ただそれだけ(笑) 今回のタイトルが、その台詞の一つです。
・レディ・アンの存在感。 今回は序の口。次回が凄いんで覚悟召されい(←時代劇かい・笑)
・伯父のハリファックス卿。 これも英国の冒険・スパイ小説や戦争物を読み慣れている方は、動揺したんではなかろうか? これもついでに下記の特集に組み込みます。
 

【今回の音楽】

 憂鬱なドビュッシー・・・レディ・アンの誕生パーティーで、シンクレアさんが弾いていた。ジャックは、アルコール入りのシンクレアさんのピアノだとすぐに見抜いた。ドビュッシーのピアノ曲はたくさんあるので、何の曲かは特定できず。子供たちがいるから「子供の領分」では、安直かなという気もする。シンクレアさん、子供に媚(?)は売らないでしょう・・・(少年ジャックにですら、子供向けの曲は披露してないし) 個人的には「前奏曲集」ではないかと推測している。聴いた限りでは憂鬱というより、退屈だった(苦笑) また再挑戦しますけどね。


【今回の書籍】

「ジャン・ジュネの小説に出てくる水兵か、泥棒に与えればいい名前だな」・・・このダーラム侯の台詞から推測されるのが、「水兵」からは『ブレストの乱暴者』、「泥棒」からは『泥棒日記』 ではないでしょうか。私は未読。
ジャックは、スタインベックが好みだそう。これも未読。


【今回の飲食物】

・バーボン・・・前回差し入れられた、ワイルド・ターキーのこと。ケリーが飲んでいた。
・ウイスキー・・・サラが行った後、ケリーが飲んでいた。
・スコッチ・・・キムがケリーと邂逅した時、ケリーが飲んでいたもの。キムも一口貰う。
・ジャガイモの上に、ベーコンが三段重ね・・・ダーラム侯の昼食、と本人は言ってますが、ホントかな?
・取って置きのアルマニャック・・・サラのために、M・Gがあけたもの。
・「熱いお茶を一杯いれてちょうだい。ミルクもね」・・・とサラに言われて、リーアンが作ったもの。
・ムーラン・ナヴァン一本と、缶入りのフレッシュ・キャビア・・・ジャックとケリーに、シンクレアさんが持ってきたもの。「ムーラン・ナヴァン」はフランスのワインで、むっちゃ美味いらしいです。・・・下戸なのが恨めしい。


【英国の冒険・スパイ小説の豆知識】
・・・と偉そうなタイトルですが、ホントに初歩の初歩の知識です。

イギリスの代表的な情報機関は、MI5とMI6(またはSIS)。それについてはもっと詳しいサイトさんへ検索かけていただくとして、そのような「組織」を動しているのは人間、つまりスパイ。
イギリスには名の知れたスパイたちがおりますが、そういうのに限って、「祖国を裏切った」という定冠詞がつくスパイがほとんどです。誰もが<007>こと、ジェームズ・ボンドではありません。
『リヴィエラを撃て』 上巻p465に出てきたスパイたちの名前は、その「祖国を裏切ったスパイ」です。

ちょっと検索かけてみたら、イギリスではこの三人+αのスパイたちをモデルにしたドラマ、「ケンブリッジ・スパイ」が放映されたとか。見てみたいなあ~。だけど、日本では放映されないだろうなあ。
参考HP  こちら と こちら

今気づいた・・・。ケンブリッジということは、彼らスパイはキム&テッシーの先輩なのね・・・(驚愕)

ガイ・バージェス・・・最初は戯曲で、後に映画にもなった「アナザー・カントリー」のモデルにもなったスパイ・・・という情報しか、私にはない(苦笑)

ドナルド・マクリーン・・・この人についても、ほとんど情報がない。ごめん(苦笑)

キム・フィルビー・・・上の二人に比べたらヘンに情報があるよ、このスパイに関しては!(笑)
イギリス史上、最も有名なスパイ。英国の冒険・スパイ小説で「この人をモデルにしたな」と推測される作品は、枚挙にいとまがないくらいで、英国の文学史にも影響を与えたスパイと言ってもいい。

高村さんも影響を受けた作家、『寒い国からやってきたスパイ』(ハヤカワ文庫NV)で有名なジョン・ル・カレの《スマイリー三部作》と呼ばれる、『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』『スクールボーイ閣下』『スマイリーと仲間たち』(いずれもハヤカワ文庫NV。ハヤカワ名作セレクションで、新装丁の文庫が発売中。実は私は未読だ(苦笑) この機会に、読もうかしらん?)

あるいは、『第三の男』(ハヤカワ文庫epi)で有名なグレアム・グリーンの『ヒューマン・ファクター』(ハヤカワ文庫NV。これは既読。まるで薄氷がいつ割れるか、張り詰めた糸がいつ切れるか、という息苦しい雰囲気の漂う緊張感が凄まじかった!)が、双璧として挙げられる。
(ル・カレもグリーンも、ついでにフレミングも英国情報部に所属した経験あり。元「スパイ」の確率高いぞ、英国の冒険・スパイ小説作家!・笑)

ル・カレとグリーンの「キム・フィルビー観」は対極にあったことも有名。
ル・カレはどちらかというと、『リヴィエラを撃て』 上巻p313で、いみじくもケリー・マッカンが吐いた言葉、「スパイは、どっちに転んでもスパイだ」 という考えの持ち主だったようです(後に、多少は変化したらしい)

一方のグリーンは、フィルビーと浅からぬ縁がありました。グレアム・グリーンはキム・フィルビーの部下で友人でもあったこと! (これは、『グレアム・グリーン自伝』(早川書房)に書かれてあるし、フィルビーの写真も載っている) だから『ヒューマン・ファクター』は、裏切ったフィルビーに対する「なぜだ」という問いかけや、裏切られた者の心情を、グリーンなりの解釈で問い質し、突き詰め、答えを出したもの(しかし「答え」をどう解釈するかは、読み手次第)と読んでいいかもしれない・・・とも思うのです。
(『グレアム・グリーン自伝』には、亡命したフィルビーに、『ヒューマン・ファクター』の原稿を送って見てもらったという、端から見れば理解不能のとんでもないことが綴られていた・・・)
グリーンにとってのフィルビーは、「どっちに転んでも友人」・・・だったのでしょう。
(ちなみにグリーン家も、代々スパイの家系だったらしい・・・)

フィルビーを語る時にはずせないエピソードとしては、「キム・フィルビー」は正式名称ではありません。「キム」はラドヤード・キプリングのインドを舞台にした小説『(少年)キム』から取られた愛称。(フィルビーはインド生まれなので)
本名は「ハロルド・エイドリアン・ラッセル・フィルビー」。通称名の「キム・フィルビー」も付け加えると、高村作品に登場する「スパイたち」の三人のキャラクターに、使用されているんですね・・・。

ハリファックス卿・・・歴史上有名なのは、第二次世界大戦前後にイギリス外相や在米イギリス大使として活躍した「ハリファックス卿」でしょう。
『リヴィエラを撃て』 に登場した「ハリファックス卿」は、この人より1~2代は後の「ハリファックス卿」だと思われます。ダーラム侯の数々のスキャンダルを揉み消した人たちの一人かも?

***

【登場人物の描写】

サラとケリーの「関係」 「女性が物語る」とでも言いましょうか、女性の視点から物語が展開するのが、意外と高村作品には多くないんですよね。そういう点でも、珍しい。『リヴィエラを撃て』 では、リーアンとサラですね。(レディ・アンや時子さんは語ってはいるけれど、主観がない)

★ケリーはいつもこうなのだ。不安なときに微笑む。人に心配をさせないために、自分の不安を自分で慰めるために、この人は笑う。おかげで、自分も相手の笑みに応えて淡々とやり過ごす術を身につけたが、こういう当たり障りのない関係も時と場合による、とサラは思った。危機は危機、不安は不安なのだ。そのときのための連れ合いであるはずだが、まだそれほどの危機でないのか、あるいは互いの気持ちがそれほど深くないのか、あるいは互いに自分は自分と思うしかないほど歳を取り過ぎたのか、ケリーはいつもこんなふうで、自分もこんなふうなのだった。 (上巻p450)

サラ→ケリー。端から見て、こういう関係を「カッコいいなあ、大人だなあ」と思うか、「不器用だな」と思うかは、評価が分かれるところでしょうが・・・やっぱり「不器用」でしょうね。身体で愛は確かめあっても、言葉で語ることをしていないから。

★いつものことだが、実にてきぱきとして有能で、細かい神経が働き、《伝書鳩》にはまねの出来ない勤勉さだった。《伝書鳩》は、その勤勉さに嫉妬を覚えながら、所在なさに陥った。情報部の顔のないエージェントたちから、ロンドンステーションの直通電話から、サラを取り戻したい気分だった。夜ぐらい女を独占出来る人生でサラに会いたかった、と思った。《伝書鳩》はサラの背筋を指でなぞり、爪を立てた。 (上巻p454)

ケリー→サラ。「出来る女と出来ない男」の図?(苦笑) 「夜ぐらい~会いたかった」の文章、むっちゃ好き! ケリーがカッコよく見えてしまう(笑)
ネタバレ。 ひょっとすると、この二人が生前に会った最後の場面かもしれません・・・。

★この住まいも、そこの主も、遠からず去っていくものだということは、初めから分かっていた。サラだけではない。あの女。この女。この世に執着するものを持たないつもりで、すべてをやり過ごしてきたのだ。故郷。母。妹。その他もろもろ。
だが、何も残っていないはずのこの図体が、やけに重いのはどうしたことだ……。思いがけない踏ん切りの悪さに気が滅入りながら、《伝書鳩》は一瞬、自分の胸を探ろうと悪あがきを試みた。サラ。少し長く付き合い過ぎたのだろう……。
 (上巻p456)

★そうだ。俺もサラにいろいろなものを貰った。慰め。楽しみ。悦び。そうだ、少し長く付き合い過ぎたのだ……。 (上巻p458)

ケリー→サラ。「サラ。少し長く付き合い過ぎた……」2連発。ケリーの独白の文章も好き。この辺りのケリーは、今までと雰囲気やイメージが別人のよう。

★そういえば、ケリーは紅茶の味には頓着しなかった、自分も頓着しなかった、と思い出しながら、サラは気がつくとリーアンの横顔に見入っていた。 (中略) リーアンは強い娘だ。自分よりはるかに強い、とサラは思った。
サラは二十年分くらいの嫉妬と後悔と絶望を味わいながら、それでも最後は、潔くリーアンとジャックの二人を祝福することに決めた。そうしなければ、自分が救われなかった。歳を取りすぎたと逃げ、この娘のようにどこまでも恋人を追わなかった自分が救われなかった。でも、ケリーも悪いのだ。ケリーも私を追わなかった。追ったかもしれないが、私には分からなかった。
 (上巻p483)

★ケリーを愛していた。あの目も声も、あのどでかい図体のすべてが愛しかった。考えてみれば互いに、「愛してる」と囁きあったこともなかった……。 (上巻p484)

サラ→ケリー。ホンマにこの二人は~! と歯噛みしたくなるじれったさ。どちらもあと一歩の歩み寄りと、あと一言の言葉があれば、ねえ・・・。


ダーラム侯の言動。 翻弄されるジャックの平静ぶりも、たいしたもんですが(苦笑) 二人の会話(あるいは漫才)をお楽しみ下さい。

★「ロートレックもジャン・ジュネも、僕には分からない」
「頽廃は嫌いかね? 君はさしずめどんな小説がお好みなのかな?」
「スタインベック」
「リアリズムと感傷のサンドイッチか。そういえば、君の専門の地質学はどうなのかな? 土や石を顕微鏡で覗きながら、感じることは?」
「感じる? 結晶の立体幾何学は、頭がくらくらするくらい感じるよ。正二十面体とか、菱形三十面体とか」
「うらやましいな。僕はせいぜい、ロートレックの描く三段腹に惹かれるくらいだ。芸術的に卑猥な脂肪が、僕を燃やす。太った女の腹の下で灰になるというのが、僕の叶わぬ夢想だ。生まれてくる時代を間違えた。なに、昼食のジャガイモの上に、ベーコンが三段重ねになっているのを見て、考えたことだがね」
 (上巻p471)

★ダーラム侯はひとしきり笑っていたかと思うと、今度は、手を伸ばして傍らのジャックの髪を撫で始めた。
「君、元の髪の色は」
「ブッシュミルズの色」
「ブロンドでなくてよかった。僕はもう何十年も、ブロンドを見たら苛々する生活をしてきた。そのブロンドの男が、先日、国家の秘密より君の方が大事だとのたもうた。君は昔、彼にそれほどの恩を売ったのか」
「想像に任せる」
「シンクレアはつい先日まで、君の話は一度もしたことがなかった。そうして突然、掌を返したように不実を打ち明けるんだ。手品のたねあかしをするように、だ。これが彼のやり方だ。人の心臓を引き裂いておいて、うちひしがれる相手を眺めながら、己の卑劣さに酔うんだ。僕がどんなに苛々しているか、君には分からないだろう……」
「そうして眺められるのも酔いそうだ」
「君にそういう趣味があるのなら、シンクレアの代わりに可愛がってやろう。人ひとりぐらい、引きちぎりたいほど、僕は怒り狂っているところだからな」
 (上巻p471~472)

★「ふむ。人の目をそんなふうに窺うのは君の癖かい? それとも、シンクレアに仕込まれたのか」
「僕はアルスターのごろつきだからな。何でも許されるさ」
「それを言うなら、この酔っぱらいこそ何でも許される」
 (上巻p472~473)

★「上等のチャイナ・ホワイトもご馳走しよう」
「クスリは苦手だ」
「猫は?」
「怖い」
「では、君には猫を抱かせてやることにしよう。そして君は怯え、僕が長年味わってきた思いを少しでも想像してくれたまえ。あとでシンクレアに話してやるのが楽しみだ。彼がどんな顔をするか、考えただけでもぞくぞくするよ」
 (上巻p473)

***

【今回の名文・名台詞・名場面】

★『……希望は、消えたかと思うとまた現れ、現れるとまた消えてしまいます。しかし、希望があろうがなかろうが僕が生きていけるのは、君もどこかで生きていると思うからです。かつて君にしてあげられなかったことを、一つでもしたいと思うからです。僕は大きな罪を犯した人間ですが、君を愛することは誰にも咎められません。世界のどこかで、僕は現れては消える希望を諦めず、君と再び会える日を待っています。その日には終わりはありません……』 (上巻p463)

ジャックがリーアンに宛てた遺書の一部分。

★「あんたには自分の意思があり、自分の意思でモナガンに会う勇気もある。今俺が話をしたいのは、自分の意思で動く人間だ」 (上巻p468)

ケリーがキムに向かって吐いた言葉。しかしどちらも情報部員、「自分の意思」を出すことは、情報部員としては失格。あえて口にしたケリーも、それを耳にしてしまったキムも、どちらにも苦いものが湧き出ているはず。

★「彼は長い間、中国については厳しいレポートを書いてきたけれど、本当は中国が大好きで、そして大嫌いなの。《リヴィエラ》の工作を政府の命令で助けた人物って、彼のお父さんよ。こう言ってしまったら、名前分かるでしょう?」
「驚いたな……」
「多分、ケリーは真実を知ってしまったときに若過ぎたんでしょう。父親を尊敬してきた息子ほど、父親の真実を知ったときには悩むものよ。あのジャック・モーガンも似てるわ。ケリーがジャックを相棒に選んだ理由は、似た者同士の何かね……」
 (上巻p480)

サラとM・Gの会話。ここでケリーが《リヴィエラ》にこだわった理由が解ります。

★「酔ってるのか、あんた……」
「いや」と首を横に振って、シンクレアは蒼白な顔に硬い笑みを見せた。「酔うというのは、こういうものじゃない。私はもう何年もほんとうに酔ったことはない」
 (下巻p15)

何度も書くけど、ここのシンクレアさん、むっちゃ好きや~

牛とサラブレッドの組み合わせ (上巻p424)

2006-06-11 16:58:46 | リヴィエラを撃て 再読日記
2006年4月4日(火)の『リヴィエラを撃て』 は、上巻の1989年2月――《ノーマン》のp384~1989年2月――《サラ・ウォーカー》のp449まで。

ここにきて初めてシンクレアさん視点で物語が進行する場面が出てきます。下巻にもそういう部分がありますが、どちらもダーラム侯とレディ・アンに関わっているのが、この三人の複雑な関係を端的に示していますね。というより、この三人の関係は当事者の一人による視点で語られないと、外野には解らないのが本当のところ。

今回のタイトルは、ケリーとサラについてジャックが評したもの。ついでに前回の「ウサギ」は、M・Gのことです。

【今回の主な登場人物】

ケリー・マッカン・・・ジャックに対する心境の変化が、ここから始まったみたい。
ジャック・モーガン・・・素性と面が割れてしまった・・・。
サー・ノーマン・シンクレア・・・前回の人物紹介で「サー」をつけるの忘れたわ・・・。彼の母の名はレディ・モーヴ。父はオーストリアのアイルランド大使を務めていた。
ダーラム侯エードリアン・ヘアフィールド・・・彼の母の名は第六代ダーラム侯夫人レデイ・メアリー・アデレーデ。レディ・モーヴの姉。
レディ・アン・・・上記二人の会話と、写真の中でのご登場。
M・G・・・ピアニストになるのは大変よ~?
ジョージ・F・モナガン・・・かつての部下の行動に、元上司は今でも複雑。
キム・バーキン・・・ダーラム侯をぶん殴ったら良かったのに!(←こらこら)
手島修三・・・《ギリアム》の密やかな眼差しと囁きに当惑。
《ギリアム》・・・テッシーへ、真夜中のラヴコール?
サラ・ウォーカー・・・やっと本名を記せます。ケリーの恋人でCIA職員。表向きは建築設計士。
アーヴィ・・・キムが隠れ蓑として利用した女装した男娼。キムの身体をまさぐっていたのは「うわ~ん」ってもんでしたが、キムにかました気風の良さは好感持てる(笑)
シドニー・ジェンキンズ・・・キムを相手におせっかい焼くのも大変ねえ。


【今回のツボ】

・ダーラム侯とシンクレアさんの愛憎と確執。 後ほど徹底的にピックアップ!

・レディ・アンの誕生日。 上巻p415のダーラム侯とシンクレアさんの会話から、1989年2月17日で40歳を迎えると判ります。つまり1949年2月17日が誕生日。もしも2006年現在に健在でしたら、57歳ですか・・・(呆然)


【今回の音楽】

 バッハの平均律・・・以前に取り上げたので省略。四歳でこれを弾き始めたシンクレアさんは、すごいとしか言いようがない。

 スクリャービンのソナタ・・・シンクレアさんが教授をしている王立音楽院で、生徒が弾いていた曲。ソナタはもちろん何曲かあるので、特定できず。スクリャービンのソナタ集は持ってないなあ。


【今回の飲食物】

・スコッチ・・・ダーラム侯が呷っていた。
・「濃いアールグレイに、熱いミルクを半分」・・・ダーラム侯がシンクレアさんにリクエストした飲み物。アールグレイにミルクを入れるのはイギリスではポピュラーな飲み方。試してみましたが、私には口に合いませんでした(苦笑)
・ローストビーフ・・・サラが買った上等の肉を利用してケリーが作った。
・グレーヴィ・ソース・・・ローストビーフにかけるソース(らしい) 
・シャトー・マルゴー・・・サラが地下室から持ってきた。
・フレッシュ・キャビア・・・ガラードの純銀のスプーンで食べたそうで・・・。ちなみにガラードは、『レディ・ジョーカー』 (毎日新聞社) の下巻にも登場。別れた妻・貴代子さんがお嫁入り道具の一つとして持ってきたものなので、加納さんに返そうと思う、身辺整理していた合田さんの場面。
・リーアンが作るキャベツと豚肉の中華料理・・・テトリスのゲームしながら思い出すジャック。
・「ラガー? スコッチ? それとも……ジンがいいかな?」 「スタウト」・・・M・Gとモナガンさんの会話に登場。後ほど登場したキムはウィスキーを呷り、ジェンキンズはラガーを注文。
・十二年もののワイルド・ターキー・・・サラ曰く、「バーボンがないと機嫌悪いのよ、あのヤンキー」(上巻p442) 「ヤンキー=ケリー」は言わずもがな。

【今回の(しょうもない)疑問】
新たなコーナーを設けてみました。どなたか真相を教えて下さいませ。

・ダンスターブルの絵・・・ダーラム侯が宿泊しているドーチェスターホテルのスイートルームの居間にかかってある、との描写があります(上巻p390)。4月に行った スコットランド国立美術館展 に、この人の絵があるかな~? と密かに期待してたのですが、ありませんでした。
そもそも、私はこの画家の名を見たことも聞いたこともない。画家ではなく、音楽家ならば見聞している。15世紀に「ジョン・ダンスターブル(あるいはダンスタブル)」という音楽家がいた。
紛らわしいが、19世紀のイギリスの画家に「ジョン・カンスタブル(あるいはコンスタブル)」がいる。
ひょっとして、こちらが正しいのか・・・? それとも日本には知られていないが、「ダンスターブル」という画家がいたのか・・・? 高村さんが間違えることはないとも思うんですが・・・(だとしたら、恥をさらしているのは私)

・テトリスの人形・・・かつて我が家には、「スーパーファミコン」も「スーパーファミコン」も存在しませんでした。これからもこの手のものは存在しないでしょう。ですから、情報としては同級生が喋る話題で、「テトリスが流行っている」とか、「ソ連かロシアの科学者か学者が作ったゲーム」だと耳にし、後年、電車内やバス車内で、ミニテト(ミニ・テトリス)で遊んでいる人を目にしたくらいです。
それがPC購入後、ふとしたことで「テトリス」を検索してみたら・・・ゲームを作成している方がたくさんいらっしゃるんですねえ。しかも無料というのが多くて。凄い。
そこで、ジャックが時間潰し、暇つぶしにやってましたからね、どんなものかと無料のものをダウンロードして、遊んでみたのですよ。
・・・結構頭使うけど、なかなか面白いやん。実は今も、時たま遊んでいます(笑)
さて、ここで問題となるのが「人形」です。海外で流行って日本にも入ったゲームだと思いますが、日本版のテトリスには「人形」というのは存在していないんですって? 正真正銘のオリジナル版には「人形」が踊っていたのでしょうか?(例えばオープニング場面で) ジャックがやっているゲームでは、ぴょこぴょこ踊る人形(p427) と書かれています。

***

【登場人物の描写】

ダーラム侯とシンクレアさんの愛憎と確執。 物語ではここで初めてこの二人が従兄弟だと判明。レディ・アンを間に挟んでの複雑な事情も判明。以前に「ダーラム侯は子供、シンクレアさんは大人」と評した私ですが、それが良く分かるのではないか、と思います。

★だが、これを《生きている》というなら、自分たちがともに若かった時代のあの輝きは何と言えばいいのだろう。 (中略) 今も昔も変わらず、この男が自分の人生の一部であったことを思うと、当惑や嫌悪や愛情のすべてに苦痛が伴った。 (p391)

★エードリアン・ヘアフィールドとの四十年は、ネクタイに似ていると思うことがある。片方は結ばれているが、片方はばらばらで、解くと一本につながっているのだ。 (p391)

高村作品に欠かせないキーワードの一つ、「ネクタイ」。いずれ「高村薫作品を読み解くためのキーワード」でも取り上げますが、ある程度親密な男性二人の関係を表現するために、「ネクタイ」は避けては通れないようですね♪

★大使公邸のゆりかごには一歳のノーマンが入っていた。その隣へエードリアンが転がりこんでくることになった、詳しい事情は知らない。だがともかく、そうして男ふたりの歴史は始まったのだった。騒々しく陽気な夏と暗澹とした冬が、一日毎に入れ替わるような、起伏と緊張の歴史が。 (p391)

★後に七代ダーラム侯をついで青年実業家となった男と、ピアニストになった男が、その後の人生において歩んだ道は、思えばすべてウィーンの家に帰る。互いの埋めがたい距離を埋めようとした理由。そのために選んだ道。払った犠牲。残ったもの。 (p392)

★「じゃあ、飲めよ。最初にフイアン(恵安)を連れてきたのは君だ。責任を取って飲め! 最初に彼女を抱いたのは君だ! 僕のベッドで……!」 (p396)

ダーラム侯、大失言! しかしこのおかげで、この従兄弟同士の確執が判ったんですから、ありがたや~(←こらこら)
これもいずれは「高村薫作品を読み解くためのキーワード」でも取り上げますが、ある程度親密な男性二人の関係が壊れるきっかけは、「親友のベットで、親友にとって非常に特別で大事な女性と肉体関係を持つ」ことに、あるみたいですね♪

★何か怒鳴り返したい衝動はあった。喉まででかけた声を、シンクレアは抑えた。そうした男女の愛憎の只中にいた時代からはるかに月日が経った今、甦るものは決して昔と同じ姿にはならない。激情はあるが、昔のように自分の手足から天へ駆け抜けるような衝動にはならず、指の下で悶える音のように身体の中へ、中へとくぐもってくるのだった。冷えたままの脳は無言で拒絶し、行き場のない情念は胃の底で固まって重い石になっていた。 (p396~397)

ダーラム侯の失言後のシンクレアさんの心情。この静かな怒りはとても怖いよ、恐ろしいよ・・・。これは怒鳴り返してもいいと思う、シンクレアさん支持派の私(笑) ドーンと重くて大きな怒りをグッと堪えて引き下がるのが、「大人」のシンクレアさん。反対に、何でもかんでも心情を爆発させてしまうのが、「子供」のダーラム侯。

★雨の芝生を進みながら、一足ごとに不快な怒りと悲哀が入れ替わった。
エードリアンの身を案じて、夜遅く十年ぶりに足を運んできた自分自身の気持ちも、この四十年の自分とエードリアンの確執も、歴史も、一口では言い表せなかった。
だが、少なくとも、確かなことはある。自分とエードリアンはかつて、ともに一人の中国女の美貌に狂ったが、狂い方は同じではなかった。
 (p397)

だから下巻の最初で、レディ・アンにあんなことを言われてしまうんだなあ、シンクレアさん・・・。

★二人の目が出会った。そのとき、エードリアンは一瞬、数十年分の酔いが一気に醒めたような表情でシンクレアの目に見入り、目尻をわずかに痙攣させた。エードリアンが見たのは、ウィーン時代から今日までの四十年間、おそらく一度も気づかなかっただろう別人の友の顔だったに違いない。四十年間、赤い色だと信じてきたバラが、実は白だったことに気づいたに違いない。目の前の友が、我が身から半ば背を向けて離れていこうとしていることに、驚いたに違いない。エードリアンの繊細な神経と心優しさに対して、こうして残酷な形で対峙していることを、シンクレアは百も承知していた。 (p400~401)

★「エードリィ。僕は死ぬまで君の友だ。だが一方で、人にはそれぞれの心の領域がある。ほかの誰も立ち入ることの出来ない、自分だけの心のページがある。君にもきっとそういうページがあるはずだ。お互いに、そこには立ち入らないでおこう……」
「今さら何を言うか。すべてを分け合った後で、何を言うか……」
ウィーンのあの家で、片方はピアノを弾きながら、片方はボールを蹴りながら、互いの心を窺いあった一刻一刻が、こうして自分たちの人生を刻んだのは事実だ。だが、すべてを分け合ったというのは、事実ではない。
 (p401)

「すべてを分け合ったというのは、事実ではない」というシンクレアさんの隠れた独白の真相が判るのは、数年後のことです。

★「エードリィ。秘密の壁は崩れかけている。僕たちが沈黙を守って命が尽きるより早く、最後のときは来る。僕たちは、そのときを無為に息を殺して待つことは出来ないのだ。なぜなら、人間にはそれぞれ守るべきものが多くあるからだ。その中には、僕たちの名誉も尊厳も含まれる。僕にとっては、さっき言った心の領域もその一つだ。エードリィ。沈黙よりは戦いを選ぼう。君と僕には、それがふさわしい」 (p401~402)

こんなことを提案するから、下巻でダーラム侯にタダをこねられた上に八つ当たりされ、レディ・アンにあんな目に遭わされて・・・。そんなシンクレアさんを見るのが忍びないんです! でも好き 

***

【今回の名文・名台詞・名場面】

★芝生に落ちた雨の粒が一面に銀色に輝いていた。空は暗く、広がる樹影はさらに深い漆黒だが、そうして歩いていく地面はいっせいに発光しているのだった。闇は光るものだと初めて知ったウィーンの幼年時代の記憶が、一足ごとに輝く芝生の上で翻るように感じられた。 (p390)

ここの描写、好きなんです。

★エードリアンの嘲笑をよそに、シンクレアは、頭上を覆う漆黒の木々の枝を仰いだ。植え込みの上にあるのは、巨大なケヤキだった。葉を落とした無数の枝を揺るがして、一陣の雨が通り抜けていく。雨粒が枝を打つ音は次々にピッチを変え、それが重なり広がって、木々を揺るがすシンフォニーのように響いていた。音程も、リズムも、ハーモニーもある音楽だった。昔、こうして木々がなるのを聞きながら、若いジャック・モーガンが『音楽だ』とひとこと呟いたのは、あれはいつのことだったか。 (p401)

ここの描写、好きなんです、その2。しかしシンクレアさんにとっては、ジャックは最大最高の聞き手で理解者なんでしょうねえ。(一応、ダーラム侯は除くと付け加えておく・苦笑)

★四十を越えた今、シンクレアは自分の心身にしみついたすべての愛憎の歴史を、それなりに受け止めることが出来た。浄化への強い希求はたえず巡ってくるが、自分の欲望で汚れたそれらのページはみな、一面では愛しかった。唯一自分を許せないのは、かつて、無垢な少年の名前を一つ、それらの汚れた一ページに記したことだったが、その罪は、今日ペチコート・レーンでジャックと再会した苦しみによって、いくらかは罰せられたことだろう。 (p403)

★それにしても、今日は何と不思議な気持ちだったことかと、シンクレアは思った。見事に端正な青年に成長したジャックを前にして、火の池に投込まれたような苦痛が押し寄せてくるかと思えば、柔らかい光を思い出すような心地好さがあったり、急に、まだもう少し生きて未来を見たいという思いで胸がときめいたり、また苦痛に押し戻されたりだった。あと数分長くあの場にいたら、この苦痛はもう少し違った何かに変わっていただろうか。ジャックはあと一言かふた言、何か言葉を残していただろうか。 (p403)

そうなんですよ、シンクレアさん! ジャックは言いたかったんですよ! でもそれを耳にしたら、あなたはその場でダーラム侯を見捨てたかもしれませんよ・・・?

★なぜ警察を辞めたのか。なぜメアリーと別居しているのか。俺はメアリーを必要としているのか、いないのか。この仕事が、いったい俺は好きなのか、嫌いなのか。そうした迷いは多くは一過性のものであり、結論を出さずに通り過ぎるのが賢明な道だと、人生は教えていた。だが、あれかこれかの結論を迫られない賢明な人生の、この虚脱感はどうしたことだ。 (p409)

「哀愁のキム・バーキン」とでも名付けたいところ。この悩める男、迷える男の抱いている感慨や感傷が、高村さんの描く男性キャラクターの最大の魅力の一つですね・・・と、何度主張しても飽きません(笑)

★《伝書鳩》もジャックも、男は折れたら最後だという見本のような連中だったが、折れた棒を支えることの出来る者がいるなら、それは女だというのが私の結論なのだ。君はどう思う?
そうそう、もちろん男を潰すのも女だ。あのレディ・アンのように……。
 (p412)

モナガンさんの手紙から引用。この手紙の受取人も、きっとモナガンさんの結論に同意したことでしょう・・・。ちなみに受取人の奥さんはどっちのタイプ? ・・・と訊くだけ野暮というものですね(苦笑)

★「こういう女と道で出会ったら、一歩下がってよけるな、俺は」 (p426)

ケリーのレディ・アン評に、ジャックも同意。私だったら、逃げてます(笑)

★自分が気づかなかったことに、ジャックが気づいた。どこまでも濁ることのないテロリストの神経が察知した危険は、遅かれ早かれ、ほぼ間違いなく現実の危険になる。だが、当惑したのは、何者かが手を伸ばしてくるかもしれないという事実より、起こりうる事態を予想しながら、ひたすらここまでつき進んできた自分の無謀さだった。人を巻き込み、危険にさらしたあげくに、今のところ何一つ得ていないのは、まさに自分の敗北だった。 (p449)

「テロリスト」ジャック・モーガンを追い詰めようとする複数の組織や人物たちがいる中で、孤立しているかもしれないと悟ったケリー。じわじわと追い込まれていく二人からも、目がはなせません。


不思議の国のウサギ (上巻p340)

2006-05-07 21:51:18 | リヴィエラを撃て 再読日記
2006年4月3日(月)の『リヴィエラを撃て』 は、上巻の1989年2月――《ノーマン》のp313~p384まで。

『リヴィエラを撃て』 上巻の中で、一番のハイライトになりますね。


【今回の主な登場人物】

キム・バーキン・・・かつてのモナガンさんの部下として、ちょっと複雑な心境。
ジョージ・F・モナガン・・・かつてのキムの上司として、ちょっと複雑な心境。
M・G・・・現在のキムの上司だが、どこ吹く風?(笑)
手島修三・・・この時点では、ただ一人蚊帳の外。
ジャック・モーガン・・・シンクレアさんと、運命の再会。
ケリー・マッカン・・・ワシントン・ポストの記者のお仕事拝見。
ノーマン・シンクレア・・・今回の表の主役。
レディ・アン・・・今回の影の主役(?)
《サラ》・・・今回ちょっとだけ登場。フルネームは次回に。ケリー曰く「俺の女だ」(p384)
シドニー・ジェンキンズ・・・やっとキムの存在に気付く。
大使館参事官・・・CIAのロンドン・ステーションのボス。名前は下巻に出てきます。ケリーの台詞からすると、《サラ》を取り合った様子。


【今回のツボ】

・手島さんを巡っての、M・Gと伝書鳩の会話。 以前に こちら でやっていますので、ご覧下さい。

・パイプオルガンを演奏するシンクレアさん。 ピアノとパイプオルガンでは、鍵盤の重さが違うでしょうし、パイプオルガンは、足元も鍵盤になっています。それを無視して、両手だけで弾いたのかしら? つまり、オルガン曲をピアノ曲に編曲した楽譜で、ピアノを弾くように。あるいは、「天才ピアニスト」には、ピアノもパイプオルガンも同じなんでしょうか。
ちなみに、シンクレアさんが弾いた「コラール前奏曲」(・・・20曲以上あります)と、「パッサカリア」には、後世の作曲家がピアノ用に編曲しています。これならパイプオルガンでも、ピアノを弾くのと同じように弾けないことはない・・・?
参考ホームページ  バッハの音楽の曲目データベース

・レディ・アンの香水。 ケリーは「ゲランの香水」と見抜きましたが、(その前に、「ゲランの香水」だと、どうしてケリーは判ったのか。身内の女性や、過去に付き合った女性が付けていたのか?) その香水の名前は何なのでしょう?
「ゲランの香水」の中でも、有名どころの香水を思い浮かべてみますと・・・。「ミツコ」じゃおばさんぽいから(大笑)、違うと思う。・・・いや、だって日本では年配の女性が好んでつける香水は、「ミツコ」が多いと言いますからね。「夜間飛行」は、オー・ド・トワレならまだしも、朝からつけるには濃厚でキツイ。うーん、全ての香水の匂いを嗅いだわけではないからなあ~。
参考までに、ゲランのホームページ と ゲランの香水のページ


【今回の音楽】

 バッハのコラール前奏曲・・・聖ボトルフス教会のパイプオルガンで、シンクレアさんが弾いた1曲目。前述の通り、20曲以上あるので、どの曲なのか不明ですが、前述のデータベースを拝見すると、コラール前奏曲 ト長調「甘き喜びのうちに」 BWV751が有力か。これなら、パイプオルガンの演奏で持っています。

 「メシアンが聴きたいな」・・・オリヴィエ・メシアン。M・Gが密かに演奏を希望した、20世紀のフランスの作曲家、オルガン奏者。結局はシンクレアさんは弾きませんでした。・・・彼のレパートリーに入っていない可能性もある。 

 バッハのパッサカリア・・・聖ボトルフス教会のパイプオルガンで、シンクレアさんが弾いたアンコール曲。前述のデータベースを拝見すると、「パッサカリア」ハ短調 BWV582でしょう。

 シューマンの幻想曲ハ長調や、交響的練習曲や、ブラームスのインテルメッツォや、ベートーベンの後期のソナタ・・・シンクレアさんとの再会に際して、ジャックが思い出そうとして、結局思い返さなかった曲の数々。

 シューマンの歌曲・・・ジャックが口ずさんだ、「リーダークライス」の中の1曲。曲名、私は分かりません(苦笑)


【今回の飲食物】

・キドニー・パイ・・・モナガンさんのブランチ。「ステーキ・アンド・キドニー・パイ」の略。調べてみたら、シャーロック・ホームズやハリー・ポッターにも登場する、典型的なイギリス料理のようだ。(ホームズ物は短編数作と、長編1作しか読んでない。ハリー・ポッターも未読)
参考ホームページ  社団法人 日本畜産副産物協会 と、その中の キドニー・パイのレシピ
・クラレット・・・モナガンさんのブランチ。お酒が不得手な私が調べた限りでは、モルトウィスキーの一種か。詳しい方、情報よろしくお願いします。
・ロリポップ・・・ジャックが蹴飛ばしたバケツに入っていた。


***

【登場人物の描写】

キム・バーキンの描写。 ・・・つくづく好きなんだよなあ、私・・・。キム本人は、好きでも嫌いでもないんですが(←爆弾発言?)、キムの描き方が、私のツボにスポッと入るんですよね。

★「冷えるな」と声をかけると、キムは無愛想に微かに首を動かしただけだった。無神経やぞんざいとは違う敵意と節度を中和した微妙な表情だった。 (p313~314)

★キムについては、もとから敵は少なくなかった。複雑にねじれたこの男の心のうちを覗き見ることの出来る者など、皆無に近かったし、それは妥協と融和を退けてきたキム自身の責任でもあった。 (p314)

★キム・バーキンに事務机で電卓を叩かせたり、サンプル商品の詰まったカバンをぶら下げて、民家の玄関ベルを押して回るようなまねをさせるのは、時間と資源の浪費だった。 (p315)

そんなキムはイヤあああっ!! (号泣)

★修士の学位と、思想的な中庸と、寡黙な性格と、警視庁一の射撃の腕と、長年積み上げてきたテロリズムの専門知識。それらが全部役に立つところは、《5》しかなかった。 (p315)

そうそう、キムにはそういう仕事の方が良く似合います!

★あれから三年、鋭い刃にサビがついているような、この独特の白けた表情は相変わらずだった。アルコールは切れたが、湿った花火はいつまた火がつくか分からない。 (p316)

★この男が膨張の仕事に就いて三年。水が漏れそうで漏れない隠微な器が、そろそろ出来上がりかけていた。若さと老練。女好きのする端正な外貌と剛直な筋金。繊細と無機質。両極端が接点を見つけようとしている。 (p319)

★キム・バーキンはチョークの丸印の中に立っていた。警察が来るよりずっと早く現場に到着したときから何度もそこに立ち直し、現場の構図を眺め続けているのは、たんに警察時代に身についた習慣だった。 (p356)

★こうした想像は警察時代にはあえて退けたが、今は自由だった。キムは自由に、素直に、自分の見た浮浪者が発していたオーラを感じ取ることが出来た。 (p372)

★諜報の世界も三年になるが、自分がその一員であることに、キムはまだ実感を持てないでいた。そのうち持てるようになるという自信もなかった。各国大使館やホワイトホールがひそひそ話を繰り広げるような事件であっても、そこに死体が転がれば、殺人は殺人、という気持ちになるのを止められない。頭の中身がそう簡単に切り替わるはずもないが、警官の頭を何とかして抹殺することに成功しなければ、いずれこの職も失うほかないと思ってはいた。しかし、いったんこの世界に籍を置いた者は、どこへ出ていっても死ぬまで監視つきだと思うと、失業するのも面倒なことだった。 (p372~373)

だけど、「刑事」キム・バーキンの方が、適職だったのかもしれませんね・・・。あんなことがなければね・・・。

サー・ノーマン・シンクレアの描写。

★シンクレアは、その昔、十五の子供には決して見せることのなかった十全な姿を現していた。なおも稀有なピアニストであり、四十を少し越えてさらに美しい相貌に磨きのかかった一人の男であり、子供には読み取ることの出来なかった青い瞳の奥には、スパイがいた。 (p345)


***

【今回の名文・名台詞・名場面】
シンクレアさんと再会する前後の、揺れ動くジャックの描写には、できるだけコメントは控えます。そのまま原文を吟味して下さい。

★先ほど聖ボトルフス教会に向かって走っていくのを眺めた、それと同じ姿が、今ははるかに近い距離にある。まるで誘われているようだと感じながら、ジャックはなおもためらい、自分の腹をむなしく探った。憎悪は? ある。怒りは? ある。殺したいか? 分からない。 (p343)

★この期に及んで、ジャックは突然、自分はシンクレアの口から聞きたいことなど一つもなかったのだと思い至った。この世の雑事についてその口が語るのを、この耳で聞きたいとは思わなかった。そう思うと、これ以上の対面が胸苦しく、ジャックは自分の足元に目を落とした。 (p345)

★「顔を上げて、私の顔を見てほしい」と、シンクレアは言った。子供のころも同じことを言われたと思い出しながら、ジャックは顔を上げた。シンクレアは、かつてそうしたように、ただじっとジャックの顔を見つめてきた。昔、その目からはやがて溜め息のように笑みが漏れ、自分の胸はときめき、それは自分にとってほとんど幸せと一つだった。あの時代を、自分もシンクレアも永久に失ったのだ。これは、互いにそのことを自分に確認するための、最初で最後の時間だった。 (p345~346)

★「私は、君の許しは乞わない。君をずっと愛している」
「僕も今は殺人犯です。サー・ノーマン、あなたのことは生涯忘れません……」
「サーは要らない……。私も君を忘れない」
 (p346)

緊迫した場面の連続で申し訳ないんですが、ここでちょっと一息いれますね。シンクレアさんの「サーは要らない」は、これで4回目、そして最後です。

★シンクレアは片手を差し出し、ジャックは握手に応じた。二度と触れることはないその手を握りながら、ジャックは唐突に生まれ変わりたいという思いに揺さぶられ、悲痛を感じ、動揺した。しかし、何もかももう遅かった。シンクレアの目は名残を惜しむように一瞬の微笑みが浮かび、消えていった。
今度こそ最後だ、とジャックは自分に呟いた。こうしてシンクレアには痛恨が残り、自分にはもっと深い悲痛が残り、死ぬまで出口のない未来が残り、あとはどちらも生まれ変わるしかなかった。
 (p346)

★生理が教える恐怖の中で、何千回も聴いたピアノの音がきらめき、最後に言えなかった山ほどの言葉が額を駆けめぐった。サー・ノーマン、僕は生まれ変わりたい。いつの日か、どこかであなたと出会いたい。そのときは、ピアノとウィスキーとバラの日々だ。そのときは、僕はテロリストではなく、あなたはスパイではない。 (p347~348)

「生まれ変わりたい」・・・と誰しもが一再ならず思ったことはあるでしょうが、ここまで悲痛な響きを持った想いを、私は知りません。そのジャックの爆発した想いが、次に凝縮されていますね。

★その瞬間、ジャックの喉から叫び声が一つ、噴き出した。
「ノーマン!」
 (p348)

★「それ、どんな声だった? 怒った声? 嬉しそうな声?」
「……悲しそうな声だった」
「悲しそうな……?」
「よく分からない。でも、そいつ、ノーマンって叫んだんだ。一回だけ、そう叫んだんだ。僕、誓うよ。一回だけ、ノーマンって叫んだんだ」
 (p362~363)

・・・これがジャックの命とりになってしまうのが、皮肉だ・・・。

***

アイルランドとイギリスへ行かれたtocoさんが、無事に帰国なさいました。tocoさんのブログに写真がアップされております。今回登場している「聖ボトルフス教会」もありますよ。ぜひご覧下さいませ。
tocoさんのブログ 『ク・セ・ジュ』


ざまあみやがれ (上巻p305)

2006-05-04 16:51:11 | リヴィエラを撃て 再読日記
2006年4月1日(土)の『リヴィエラを撃て』 は、上巻の1989年1月――《伝書鳩》のp247から、1989年2月――《ノーマン》のp313まで。

舞台はアルスターからロンドンへ。ここでも主要人物がわんさか登場します。
『リヴィエラを撃て』 には、明確に「主人公」というものはいないんですよね。「主人公たち」ならば、何人かおりますが。

今回のタイトルは、ダーラム侯の決め台詞(・・・と言っていいのか・・・) 上品なクィーンズ・イングリッシュだと、どんなふうに言うんでしょうね?


【今回の主な登場人物】

ジャック・モーガン・・・IRAを除名されても、「殺し屋」としての評価がまとわりつく矛盾。
ケリー・マッカン・・・CIA職員《伝書鳩》の本名。《伝書鳩》ってのがめんどくさいので、今回より「ケリー」とします。「Mc」がつくので、この人もアイルランド系。今回読み返してみるまでほとんど忘れていたましたが、えげつないこと考え付いたなあ、あんた・・・。ある意味で、あんたも「策士」だ。
ウー・リーアン・・・電話でしか登場しませんが・・・。
手島修三・・・きゃーん、お久しぶり~♪(←落ち着きなさい) たった2ページでも嬉しいわ♪ この当時はイギリスの日本大使館の一等書記官。
ボブ・ヘガティ、トミー・ファロン・・・ジャックの父・イアンと共に、かつてウー・リャンを暗殺したメンバー。「ファロン」にニヤリとしたあなたは、ジャック・ヒギンズの 『死にゆく者への祈り』(ハヤカワ文庫NV) を読みましたね? (←決めつけてるな~)
《エルキン》・・・《ギリアム》の腹心の部下なので、MI6職員。しかし今回はジャックが化けた《エルキン》。声がジャックと似ているそうだ。本物の《エルキン》がはっきりと登場するのは、まだまだ先。そういう意味では不幸なキャラだな、《エルキン》・・・(苦笑)
ジョージ・F・モナガン・・・ここでやっと本人がご登場。この当時はスコットランド・ヤードの警視監。
シドニー・ジェンキンズ・・・スコットランド・ヤードの警部で、モナガンさんの部下。対テロ班のCI3所属。
M・G・・・本名不明。MI5職員。俳優のピーター・セラーズにそっくりらしい。画像を探してみたら、これが一番近いんじゃないかな。
キム・バーキン・・・キムも久しぶり~♪ この当時はM・Gの部下、つまりMI5職員。しかし数年前までは、スコットランド・ヤードにおりました。
《サラ》・・・今回はジャックの読んだ書類と、ケリーとの会話でしか登場しませんが。
ダーラム侯、レディ・アン、サー・ノーマン・シンクレア・・・ この人たちもジャックとケリーの会話での登場。

【今回のツボ】

・キム・バーキンの描写。 そう、ツボにハマるくらい好きなんです。今回の再読日記の1回目でも、手島さんを差し置いて取り上げたくらいだから(笑) 魅力的な表現がいっぱい。これはまったくの個人的私見ですが、高村さんはこの作品では、キム・バーキンの描写に最も愛情を注いでいると思うの。

・モナガンさん、M・Gの描写。 何でしょう、一種の職業人というか、プロに徹して仕事を続け、こなしてきた男性に共通の匂い・雰囲気というものが、感じられますね。典型的な高村作品男性キャラクターの特徴を、どちらも備えています。


【今回の音楽】

 ブラームスの変ロ長調のピアノ協奏曲・・・ つまり、第二番。ジャックが持っているのは、第一番&第二番のピアノ協奏曲と、ピアノ五重奏曲が収録されたレコード。私は第二番のピアノ協奏曲しか持っていません。実はブラームスは、あんまり好きじゃないのです・・・ごめん(←何で謝ってんの?)


【今回の飲食物】

・茹で卵は半熟、ベーコンはいらない。フレンチトーストは蜂蜜抜き・・・ジャックがケリーに希望した朝食。
・ロマネコンティ1936・・・ケリーが隠れ家の台所で見つけてきたもの。これを飲んで、シンクレアさんと飲んだアルマニャックの味を思い出したジャック・・・切ないですねえ。
・ウィスキーをグラスに指二本分ずつ三杯・・・キム・バーキンの一日の飲酒量。・・・まるで合田さんだな・・・。


***

【登場人物の描写】

モナガンさんとM・Gの描写 典型的な高村作品キャラクターの「プロ、職業人」の姿を堪能せよ! ついでにキム・バーキンを巡っての、新旧の上司の視点の違い・愛情の違い(笑)も、併せてどうぞ。

★モナガンは、時間のある限りは、現場に足を運ぶ主義だった。CIDの頂点に立ったこの三年間、そうした時間は少なく、実際に現場に出向く機会もほとんどなかったが、三十七年間の警察官勤めの大半を現場で過ごした神経には、会議と書類の山より、現場で動く捜査班の喧騒の方が間違いなく性に合っていた。もっとも、そうした現場主義の警官根性を出して、警察官僚の顔を汚すようなタイプではなく、むしろ地位に合わせた顔と物言いをそつなく身につけてきた出世頭の食えない強面が、人に与えるモナガンの第一印象ではあった。 (p285)

★未だ若々しさの残っている口許を固く引き締めたまま、男は早口にそれだけ言った。情報提供はモナガンが依頼したものだったが、理由の如何にかかわらずその要請に応じた男の心境が、ひどく複雑なものだというのは、モナガンには痛いほど分かっていた。男は生来の生真面目さでそれを無器用にあらわにし、自分自身に腹を立てているような顔で目を逸らせ、背を向けた。 (p289)

以上がモナガンさん。続いて、M・G。

★《5》の中の《5》、国家保安部員の鑑である白髪の伊達男には、名前がなかった。巷では《M・G》と呼ばれていて、それが名前の代わりになっている。
通称M・Gは、早々とモナガンが現場に現れたことで、びくりと神経を尖らせた顔になったが、それも半分はおどけているように見せるのが、この男の奇妙な特技だった。ピーター・セラーズのそっくりショーに出たという冗談も、ほんとうに冗談なのかどうか。
 (p286~287)

★M・Gは、部下に対する感情的な評価は避けるのが常だった。あるべき方向へ導ける確立で言えば、キム・バーキンは確率は低くはない。頭の中身は多少混乱しているが、最低限、危険なものは入っていない。かつて九年間モナガンの下で鍛えられた警察官根性は、正しい意味で生きている。いろいろな意味で、まだ若過ぎるというだけのことだ。M・Gはそう思った。そうした見方は、M・G自身にとってはほかの誰にも与えたことのない好意的なものだったが、そんなことは本人には言うつもりもなかった。 (p295)

★そうして、地下鉄の階段を降りていく部下の背を見送る間に、M・Gの顔からは、自動点灯装置のついた笑みがかき消えていた。人がいるときだけつき、いなくなると消える仕組みだった。 (p295)

最後に、キムの視点による新旧上司の違い。

★M・Gは、その優雅で隙のない平均的な着こなしを含めて、メイフェア辺りの不動産屋の社長になれば似合う、とキムは思った。そろそろ髪も白くなりかけている六十前後の、きわめて上品で食えない顔貌は、その生業の臭気を感じさせず、諜報活動のための特殊な神経や辣腕は決して覗かせない。モナガンもなかなか本性は見せない男だが、モナガンの方は、本質的に愛想の良さや上品さとは無縁の男だった。 (p293~294)

モナガンさんとM・G。職種や立場が違えども、同じような雰囲気・匂いが漂っていますね。共通点は、「食えない」ってところ? いや、それはほとんどの高村作品キャラクターに当てはまりますなあ・・・(苦笑)


***

【今回の名文・名台詞・名場面】

★シンクレア。その名前は、ジャックの胸の奥の、決して汚れることのないページにあった。そのページを開くたびに、静かな幸福感を味わう。自分にとって、このピアノとピアニストがそういうものだということを、誰も知らないのが心地好かった。 (p252~253)

シンクレアさんと、その奏でるピアノの音色が、ジャックにとっては最も幸福を感じるひとときだったこと。不幸な日々が多かったから、逆に幸せな時間が甘く切なくよみがえってくるんだろうなあ。
しかしジャック・・・リーアンと過ごしたひとときは、どうなの? 幸せじゃなかったの? それともまた別の次元のもの? あるいは「おやつやデザートは別腹」ってこと? (シンクレアさんとリーアンのどちらが「主食」でどちらが「おやつ」なのか・・・)

★テロリストを廃業して、今度は殺し屋になるだけだ。殺し屋には、大義も嘘もない。 (p254)

テロリスト・・・「○○のために」という大義または嘘が必要。
殺し屋・・・上記のことはお構いなしに、「殺す」こと、ただ一点のみに絞られる。
・・・と、個人的に解釈してみましたが・・・「人を殺すこと」にどちらも変わりはない。そのジレンマにジャックが気付くのは、後のことです。

★あらためて言うまでもなく、この男はアメリカ人だ、アメリカ式民主主義の申し子なのだと、ジャックは冷めた思いで《伝書鳩》の顔を眺めた。北アイルランドで、イギリスの民主主義の下で虐げられてきた自分たちの感じ方とは合わなくて当然だった。
だが、過去の話を掘り返すアメリカの真意は、民主主義の大義ですらないといのが真相だろう。
 (p264)

ジャックとケリーの思考や育ちの違い。しかしケリーには「国益」というものもちらちらと見え隠れしていますね。

★思うに、テロリズムの《嘘》とは、自己矛盾の嘘ではない。個人の罪を歴史の運命で置き換える《嘘》であり、歴史を私物化する《嘘》だ。 (p269~270)

モナガンさんの手紙の一文。ゲイル・シーモアが背負っている「テロリズムの《嘘》」を喝破。

★事件現場の緊張は、被害者の種類によって微妙に違い、捜査に出てくる顔ぶれの種類によって、さらに隠微な雰囲気になってくるのが常だ。 (p283~284)

この一文、『マークスの山』 に出てきてもおかしくないですね。

★現場に出ているC13の中には、その男のかつての同僚が何人か含まれているが、一番のライバルだったジェンキンズも気づかないほど、男はかつての面影を完全に消し去り、保護色のように目立たない外貌を作っていた。髪を染め、サングラスをかけ、昔は見たことのなかったスーツ姿になっているせいもあるだろう。その屈めた背はひっそりした感じだが、それでもかつての剛直な神経はどこかに残っている。 (p288)

モナガンさんの視点から見た、《MI5》のキム・バーキン。かつて部下だった頃のキムとは違うのだけれども、自分が鍛え上げた男の本質は、きちんと見抜いているんですね。

★キムは三十六になる。地元のパブではサングラスを外しているために、かろうじて身をもち崩すまでには至っていない、整った清潔な顔貌を人目にさらしていた。見る者によっては、若さの名残を留めた危うさが優しい印象になり、実にチャーミングな男盛りではあった。 (p298)

チャーミング!! チャーミングな男盛り!! ああん、この表現でトロトロにやられますわ~。この年代の男性を描く時の高村さんの表現方法や言い回しは、実に素晴らしい。「キムの表現に最も愛情を注いでいる」と私が思うのも、無理からぬことでしょう、ねえ?
こういう表現は、日本人男性にはあまり・・・いや、ほとんど・・・いや、まったく似合いませんね。但し、「キム」を「合田(雄一郎)」に置き換えてみたら、充分通用するはず!(笑)
しかしこの当時のキムは、暗い という単語しか思い浮かばないほど、暗い暗い暗い・・・(苦笑)

★シンクレアの名も、ピアノの音も、今日の死者の姿も、リーアンのおぼろな顔も、今はどれも、叩いても響かない闇に漂っているように感じられるだけだった。一方では、そうした虚脱感ほど危険なものはないと、殺人者の本能が教えていた。闇の底で魂が怒鳴っていた。殺せ。殺せ。殺し続けろと。 (p301)

悲しいことに、未だにジャックは「テロリスト」なんですねえ・・・。

★「シンクレアは、要は《ギリアム》を裏切ってきた人なのだな……?」
「ジャック。これだけは忘れるな。スパイは、どっちに転んでもスパイだ」
 (p313)

「裏切り者」とシンクレアを見ているにも関わらず、心のどこかではそうでないことを信じたいジャックと、それに釘をさすケリー。このケリーの台詞が、後々の展開であまりにも的をついて、ああも響いてくるとはねえ・・・(感嘆の吐息)


この男は恋狂いだ。目を見れば分かる (上巻p244)

2006-04-19 00:05:31 | リヴィエラを撃て 再読日記
2006年3月31日(金)の『リヴィエラを撃て』 は、上巻の1989年1月――《伝書鳩》のp190~p247まで。

今回のタイトルは、ゲイル・シーモアがジャックを評した台詞なんですが、「恋狂い」って、誰に対する恋狂いなのでしょう? 何回か読んでやっと判明。
かつてシーモアはロンドンのシンクレアさんを訪ねた際に、シンクレアさんを変態(!)と断定し、15歳のジャックをその囲い者(!)と思い込み、今もずっと思い続けている。つまり「シンクレアさんへの恋狂い」・・・だと、シーモアは思ったのですね。合ってます?(←イマイチ確信がないので、皆さんの同意を求めます・苦笑)
リーアンに対してだったら、わざわざ言わなくても分かってるはずですしね。


【今回の主な登場人物】

ジャック・モーガン・・・テロリストの矛盾に気付き、葛藤。
ウー・リーアン・・・そんなジャックを見守るだけ・・・。
《伝書鳩》・・・CIA職員。本名はまだ出てきません。
ゲイル・シーモア・・・今回が、一番カッコいい気がするぞ(笑)
《アーロン》、《ゴドー》、《フィネガン》・・・IRAの幹部たち。ジャックを尋問する。【今回の書籍】 で《ゴドー》は前回で述べてますので省略。《フィネガン》は後で述べてます。だけど《アーロン》の由来が分からない! 「アイルランド」に関わりがあるだろうことは、推測出来ますが・・・。


【今回のツボ】

・ジャックの誕生日。 リーアンの台詞から判明。1989年1月20日で24歳になったのですから、1965年1月20日に誕生。高村作品の中では、生年月日がはっきり解っている数少ないキャラクターです。

・ジャックと《伝書鳩》の邂逅。 《リヴィエラ》に運命を狂わされた男二人、出会うべくして出会ったのか・・・。 

・IRAメンバーの符牒その2・「ジョイス」 → 「ダブリナー」。 これについても、【今回の書籍】 でちょっと述べます。

・ジャックの《アルテミス》、《エレノア》への愛着。 《アルテミス》はジャックが見つけ、惚れ込んだ船。《エレノア》はジャックが改造を言い出した船。愛着も思い出もあるそれらを爆破せねばならないのは、辛いよねえ・・・。
言うまでもなく、《アルテミス》はギリシア神話の月や狩りの女神の名前から。《エレノア》はちょっと分かりませんねえ。「アーサー王」の登場人物から?(・・・多分、違う) 《いりーな》号だったら分かりますけどね?(←作品が違います)


【今回の書籍】

『ダブリンの市民』、『ダブリン市民』 (ジェイムズ・ジョイス)・・・出版社によって表示が違う。原題はもちろん「Dubliners」。「ジョイス」 → 「ダブリナー」の符牒に使用されています。
高村作品では、『神の火』(新版)『晴子情歌』 に登場し、皆さんお馴染みの作品。私は一昨年に読みました。

『フィネガンズ・ウェイク』 (ジェイムズ・ジョイス)・・・ジョイスの最大で難解な作品(らしい)。私は未読。


【今回の飲食物】

・ラガー・・・ジャックと初対面の時、《伝書鳩》が飲んでいた。
・熱くて触れない器に入ったポリッジと、スコーンと、卵と、冷たいリンゴ・・・指名手配されたジャックが隠れている家で出された朝食。調べてみたら「ポリッジ」は、オートミールのお粥みたいなものらしい。
・ウーロン茶・・・ジャックにかけられた軍法会議の場で、シーモアが飲んでいた。

***

【登場人物の描写】

《伝書鳩》の描写 前回読了分も含んでいます。

★「カボチャを潰したような顔で、目鼻が揃ってるだけましってな男だ」
カボチャを潰したような面構えの伝書鳩、と言われても、思い浮かべるのは難しかった。
 (p188)

★六フィート五、六インチの身の丈はともかく、二百五十ポンドは越えるだろう肉の塊が、、古ぼけた椅子を押しつぶすような格好で腰をひっかけていた。長い足を投げ出し、開いたペーパーバックを目の前にかざして、片手で1パイントのラガーのグラスを揺すっている。 (p199)

《伝書鳩》の身長は198センチ~201センチくらい、体重は113キロくらい。高村作品キャラクターの中で、最も大きい人かな?

★そのとき、本の背表紙の向こうから、その男がちらりとこちらを見たかと思うと、男は目を細くし、唇が横に開いた。
一瞬、目を疑ったが、男は間違いなくにっこりし、その顔はまたすぐ本の向こうに隠れた。なぜか、突然《潰れたカボチャ》だとジャックは思った。潰れたカボチャの中で、上下の肉に押しつぶされた目が、見えないほど細くなる笑い方は、一度見たら忘れられない笑い方だった。
 (p199)

★「おい、あんた。名前は?」
男はペーパーバックから顔を上げなかった。本の陰から「伝書鳩」と応え、続けて「先にそっちの用事をすませろ。俺の耳は遠いから、電話なら気にするな」と言った。腹のどこから出てくるのか分からない、軟らかいバターのような声だった。
 (p200)

声の質は違うと思いますが、感覚的に言えば、中○彬さんの出される声の響きに近いんではないでしょうか?

★ジャックが一瞬動きかねていると、男は再びペーパーバックから顔を出し、電話の方を顎でしゃくった。ウィンクをすると、その目がまた潰れ、唇が横に開いて粒の揃った白い歯がこぼれた。
精神安定のためには、これ以上見ない方がいい顔だった。
 (p200)

切羽詰った状況とはいえ、容赦ないな、ジャック・・・(苦笑)

★「よう……」と《伝書鳩》のバターのような声がした。潰れたカボチャの中で、あの目が線のように細くなって消えた。 (p247)


***

【今回の名文・名台詞・名場面】

★慎重と優柔不断の間には明らかに境目がある。ぐずぐず考えるより、短い時間で正確に考えるのが実戦の基本だった。 (p206)

「実戦」ではなくても、これは覚えておいていい言葉かもしれませんね~。

★テロリズムの嘘。テロリストであることそのものの嘘。その嘘をつき通すことが、テロリズムの大原則だった。それを破ることことがすなわち、テロリストの廃業になる。それがジャックの結論だった。 (p243)

「嘘」をつくことを拒否したジャック。その代償は・・・。

★この憐れみの選択は、もっともシーモアらしい結論だった。憐れみが最大の屈辱になり、最大の処罰になることを知っている男の、ジャックに対する復讐だった。長年不実と嘘を共有してきたジャックが、自分ひとり、嘘をつき通すことを拒否したその裏切りを、最も痛烈に浴びせられたシーモアの、これが返答だった。 (p245~246)

シーモアの銃で両膝を撃ち抜かれたジャック。シーモアの恐ろしさを思い知らされた部分でもあります。

★「テロリズムの矛盾は、テロリストの命だ。それがいらないって言う奴は、黙って頭をぶち抜いてやってもよかったんだがな。ちょいと気づかせてやりたかったのさ。俺たちには、外の世界に居場所はないんだということを。そして、外の世界はもっと嘘と裏切りに満ちているということをだ」 (p246)

シーモアの痛烈な台詞。一見「正論」ではありますが、シーモアも矛盾と嘘に生きている男です。

★元来た道を引き返していくシーモアの背は、虚勢もない、アルスター一の豪傑のあるがままの姿だった。テロリズムの矛盾と嘘を引き受けて、アルスターに立ち続けていく背だった。ジャックはシーモアの勝利をあらためて認め、アルスターを捨てていく屈辱に全身を絞り上げられた。 (p247)

そしてジャックはアルスターを去ることに。周知のように、二度と戻ることはありませんでした。


三段腹のヨークシャー豚 (上巻p187)

2006-04-16 23:13:42 | リヴィエラを撃て 再読日記
2006年3月30日(木)の『リヴィエラを撃て』 は、上巻の1981年1月――《シンクレア》のp143から、1989年1月――《伝書鳩》のp190まで。

前回読んだところで「ある一線」・・・つまりテロリストへの一歩を踏み出したジャック。成長してIRAに所属してからの今回と次回分の内容は、読んでいてちょっと辛いところでもあります。

【今回の主な登場人物】

ジャック・モーガン・・・少年から青年へ、これまた心揺れる微妙なお年頃。今回、本名が出てきます。
ジェームズ・オファーリー・・・この人にも隠された過去が・・・。
《ギリアム》・・・名前だけでも存在感は大きい。今回のタイトルは、この人を評したゲイル・シーモアの発言。
サー・ノーマン・シンクレア・・・ほんのちょっとしか出ていませんが。
ゲイル・シーモア・・・IRAのベルファスト司令部参謀本部長から顧問へ。
《伝書鳩》・・・直接は出てきてませんけど、重要人物の一人。

【今回のツボ】

・ジャックの変化。 前回である一線を越えたジャックの生き方と思考。

・ジャックの本名、リチャード・パトリック・アンブロシウス・モーガン。 どうしてここから「ジャック」という愛称で呼ばれるようになったのか、未だに物議を醸しているらしい(苦笑)
推測1・高村さんのお知り合いの方に、「リチャード」だけど「ジャック」の愛称で呼ばれている方がいて、そこから拝借。
推測2・何かの小説で、「リチャード」だけど「ジャック」の愛称で呼ばれている登場人物がいて、そこから拝借。
推測3・上記以外の理由。

・IRAメンバーの符牒その1・「ゴドー」 → 「ベケット」。 これについては、【今回の書籍】 でちょっと述べます。


【今回の音楽】

 ある晴れた日に・・・プッチーニのオペラ「蝶々夫人」で最も有名なアリア。オリンピックのシンクロナイズド・スイミングやフィギュアスケートでも、良く使用されていますね。

 ベートーベンのソナタ・・・前回述べたので、省略。

 シューマンの交響的練習曲・・・持っているCDにあったかなあ? 記憶にないなあ。

 ブラームスのインテルメッツォ・・・これは持ってません。「インテルメッツォ」は「間奏曲」の意味。


【今回の書籍】

『ゴドーを待ちながら』 (サミュエル・ベケット)・・・直接タイトルと作者名は出ていませんが、【今回のツボ】で取り上げた「ゴドー」 → 「ベケット」の符牒なので。サミュエル・ベケットはアイルランドの劇作家・作家で、1969年にノーベル文学賞を受賞しています。『ゴドーを待ちながら』の戯曲が最も有名。だから符牒に使ったんですね。平成に入った頃に亡くなりましたねえ・・・。亡くなった当時、大学の図書館で『ゴドーを待ちながら』を探しました。しかし実際買ったのは、昨年の冬。これも読まなくては。それよりも芝居を見た方がいいのか?

ポール・ヴァレリー・・・シーモアが読んで大笑いしていた本のタイトルは不明。分かる人には分かるでしょうが、私には分かりません。

『聖書』・・・今回はシーモアのラテン語の聖書。ジャックの胸ポケットに突っ込んだ。

【今回の飲食物】

・チキン・・・ウーさんが揚げたもの。ジャックがゲイル・シーモアに持っていった。
・中国酒・・・ウーさんからシーモアへの奢り。これもジャックが持っていった。ジャックは黙っているが、干したヘビが漬け込んであるもの。シーモアは朝鮮人参だと思っている。
・ウィスキー・・・今回も登場。

***

【登場人物の描写】

「IRAのテロリスト、ジャック・モーガン」を取り上げようかと思ったんですが、どうしても下記の引用と重なるところが出てきますので、今回はパス。


【今回の名文・名台詞・名場面】

★こちらに歩み出してくるシンクレアに向かって、ジャックは血だらけの拳を振りかざして「裏切り者に死を!」と叫んだ。次いでその拳をシンクレアに押さえられ、抱きしめられたが、ジャックはなおも叫び続けた。「裏切り者に死を! 《リヴィエラ》に死を!」
足元が崩れ落ちていくような虚脱感や、十五年分の憎悪が燃えているような興奮や、今初めてシンクレアの両腕の中にいるときめきなどが全部一緒になって、ジャックは未だ見えない自分の未来に恐れおののき、泣いた。
 (p150~151)

ここがジャックの分岐点だと言っても過言ではないでしょう。そんなジャックを、シンクレアさんはただ抱きしめるだけ・・・。

★バリーの独断は私たちの独断でもあったのではないかと思うからだ。私は残忍非道でないテロリストなどというものは信じないが、それは結果論であって、彼らをそうさせた根を絶たなければ何も解決しないし、彼らが救われる道もない。そういうふうに考えられなかった現役時代を、今は少し悔やんでいる。 (p152)

モナガンさんの手紙から引用。なぜかモナガンさんの手紙には、ページ数が打ってません。構成の都合でしょう。

★ジャックらが考えなければならないのは、計画成功の確率だけだ。一度でも失敗したら、テロリストにはあとがない。 (p157)

★リチャード・パトリック・アンブロシウス・モーガン。二十三歳。アルスターに残っている四十人足らずのIRA活動家のうち、最も優秀な狙撃手。よく使い込まれた銃のように、無数のキズがあり、艶やかに輝き、滑らかに動き、研ぎ澄まされていた。 (p166)

★信用は実績でしか得られない。実績とはつまるところ、誰よりも勇敢で、誰よりも戦果を挙げ、誰よりも献身的であることだった。すなわち、最初に飛び出し、最初に撃ち、最後に撤退すること。よく耐え、よく守り、よく働くこと。 (p175)

★しかも、射撃や破壊工作には、そもそも生理に近い本能的な衝動が伴っていた。学んだのではなく、呼び覚まされたように、初めからすべての神経が順応したところを見ると、あるいは、生来の資質に近いことをしているのかも知れなかった。 (p176)

★そして、そういう自分を憎悪するのはたやすく、憐れむのもたやすかったが、ジャックはどちらもしなかった。ジャックはきわめて冷静だった。 (中略) そして、そういう自分がでは何者でなのかと言えば、端的に、殺し屋だとジャックは自覚していた。ロンドン時代の無為に比べて、自分がどこかへ前進したとは、思っていなかった。 (p176)

「IRAのテロリスト、ジャック・モーガン」の描写を集めてみました。テロリストであることの矛盾や苛立ちや葛藤は、ジャック自身、イヤというほど感じていることも分かります。

★シーモアは、テロリズムの矛盾を生きてきた男だ。死を再生と言い、不可能を可能と言い、後退を前進と言い続けてきた男が、最近はちらりと、その自分の語法を裏切るようなことを言う。作戦のまずさを指摘するという偽善を、平気でジャックに施す。二律背反をアルコールで溶かし、皮肉で攪拌して、分離しないうちに飲めという。欺瞞と毒気と、少し情も入っているシーモア・カクテルだ。 (p184~185)

ジャックから見たゲイル・シーモア。この表現、秀逸ですね。すごく好きな表現です。しかしこんなカクテルは飲みたくない・・・(苦笑)
だけど、ジャックの抱えている矛盾にも、そのまま当てはまるんですよね。それを「悲劇」といってしまうのも、あまりに悲しい・・・。


サーは要らない (上巻p110・p116・p140)

2006-04-11 00:46:32 | リヴィエラを撃て 再読日記
2006年3月29日(水)の『リヴィエラを撃て』 は、上巻の1981年1月――《シンクレア》のp98~p143まで読了。

今回の記事タイトルは、これしかないでしょう。今回読んだところだけで、3回も登場したサー・ノーマン・シンクレアの決め台詞です(但し、ジャックに対してのみ)。
ジャックはこれを聞きたくて、毎回「サー・ノーマン」と言い続けたのか?
一方のシンクレアさんは、内心ではうんざりしながらも、「サーは要らない」と答えたのか。それとも律儀な子だなあと思いつつ、「サーは要らない」と応じたのか。あるいはいつの間にか習慣と化し、諦めの境地で、「サーは要らない」と言ったのか。
ジャック少年が、ロンドンに住んでいた約3年間のほぼ毎日会っていたとしたら・・・? 私だったらうんざりして怒って、そして諦めてるかな(苦笑)


【今回の主な登場人物】

サー・ノーマン・シンクレア・・・やっぱり「サー」はつけておきましょうね(笑) ついてないと、何だかしっくりこないんです。
ジャック・モーガン・・・サー・ノーマンとの微妙で隠微な関係に、心揺れるお年頃(笑)
ダーラム侯爵エードリアン・ヘアフィールド・・・ハノーヴァー家の血筋を引き、ロイヤルファミリーとも姻戚関係がある大貴族の七代目。高村作品の中で、最もダメダメ度の高いキャラクター。不思議なことに「このダメダメ度がいい」という女性が意外に多いようですが、私はこういう男はアカン。身近にこういうタイプの男がいるから、アカンのかもなあ・・・。
ジェームズ・オファーリー・・・この人も、悲しきアイリッシュ。
ゲイル・シーモア・・・IRAのベルファスト司令部参謀本部長。

【今回のツボ】

・サー・ノーマン・シンクレアの描かれ方。 後で重点的に取り上げます。

・ピアノを弾くシンクレアさんと、それを聴きながら爆弾を作っているジャックの描写。 優雅さと隠微さの対比。

・「ある一線」を越えてしまったジャック。 ・・・という表現でごまかしますが、読まれた方ならお分かりでしょう。


【今回の音楽】

 平均律・・・J・S・バッハの平均律クラヴィーア。「ピアノ曲の旧約聖書」と称されるほど、世界中の名だたるピアニストたちは、この作品の洗礼を受ける、いわば通過儀礼のようなもの。シンクレアさんが聴いていたのは、グレン・グールド(カナダのピアニスト)の演奏。
グールドのものではありませんが、この曲のCDは持ってます。個人的に思うのは、演奏者を選ばないと、聴き続けるのは退屈かもしれません(苦笑)

 二十九番から三十二番までの後期のソナタ・・・この4曲をぶっ続けで弾いたら、1時間半は費やします。ベートーヴェン(←小説ではベートーベンの表記ですが、私はこちらの方がしっくりくるので)のピアノ・ソナタは全32曲で、「ピアノ曲の新約聖書」とも呼ばれている。ピアノ・ソナタ第29番は「ハンマークラヴィーア」という通称で呼ばれていますが、何のことはない、「(楽器の)ピアノ」という意味と同じ。そう名付けたのはベートーヴェンではなく、後世の人。
ベートーヴェンのピアノ・ソナタは、初期の3曲を除いて全部持っています。演奏者はウィルヘルム・バックハウス。三大ソナタ(「悲愴」「月光」「熱情」)では、ウィルヘルム・ケンプやアルテュール・ルービンシュタインのものも。
個人的には第29番よりは、第30番・第31番・第32番の方が断然好き。パソコンに取り込んでいるくらいですから。今はこの3曲を聴きながら、これを入力しています。

 レクイエム・・・モーツァルトの曲。映画「アマデウス」でも使用されていたので、ご存知の方も多いのでは?
今年はモーツァルト生誕250年で、いろいろ企画があるみたいですから、思い切って買ってみましょうか? (平成が始まった頃、没後200年でいろんな企画があったので、「またかいな、ええ加減にせい」という気が、しないでもない)


【今回の飲食物】

・アルマニャック・・・シンクレアさんへの、ダーラム侯の置き土産。
・パン、卵・・・ジャックが買ったもの。ジャックは茹で卵にして、3つも食べた。・・・喉、詰まるぞ。
・ウォッカ、ウィスキー・・・名前だけでも、毎回出てきますね(笑)
・ブッシュミルズ・・・シンクレアさん曰く、「植民地のウィスキー」。そして「ジャックの髪の色」としょっちゅう例えられているくらい、それと同じ色のお酒らしい。(らしい、というのは、私はお酒全般に明るくないからです。すみません)

***

【登場人物の描写】

サー・ノーマン・シンクレア 七変化+α

★シンクレアは全く若く、健康で美しかった。 (p98)

まさに直球ど真ん中! の表現。ここまでストレートな描写をされたメインキャラクターって、他にいないんじゃなかろうか。「どういう人物か」の描写で、初っ端にこう切り出されたら、「はい、そうですか」と読み手は頷くしかありません。ところがどっこい、次に続く。

★まだ三十そこそこだが、年齢と実像は全く関係なかった。六十に見えることもあり、二十に見えることもあり、笑みをたたえた顔ではさらに年齢が分からなくなるのだった。 (p98~99)

・・・妖怪・・・?(←こらこら) ホント、現実世界でも、その人の見た目の年齢と実際の年齢って、分からないものですよね。ジャックの目で、六十にも二十にも見えるシンクレアさん。若々しさと、老成された何かを兼ね備えているのは、隠された深い理由と秘密があるから。しかしジャック少年には分かりません。

★いつも古いツイードのズボンにセーターかウールのジャケットで、身なりはむしろ貧しい方だが、若者のように精悍にすらりとしているし、上品に整えられたブロンドの髪が美しい艶を放っている。 (p99)

きちんとした服装を着ても充分美しいシンクレアさん。身なりがあまりパッとしないと、その美貌が損なわれるのではないかと思うかもしれませんが、逆にシンクレアさんくらいの美しさを持っていると、逆に美貌が際立つと思う。

★「神経を病んでハクがつくのは、芸術家の特権だということにしておこう」 (p100)

神経症の治療を受けるために療養生活に入った、という新聞の記事を読んでのシンクレアさんのひと言。うん、この方も食えない方だ(笑)

★それでも、シンクレアのピアノが聞こえない日はないし、夕方ふらりと散歩に出るシンクレアの身なりも以前と同じく質素で、表情も変わらなかった。これほどの状況の変化があって、男ひとりの精神が何の影響も被らなかったはずはないが、シンクレアはいかなる憶測も受けつけない姿で、毅然として美しいままだった。 (p100~101)

妖怪というより、妖精でしょうか・・・?(笑) 一見無神経かと思いきや、実はしっかりと強い精神の持ち主だからこそ、状況の変化にも淡々と適応し、周りからは何ともないように見えている・・・凄いことですよ、これ。

★侯爵に対するシンクレアの物言いも、初めから《閣下》に対するそれではなかったが、ジャックが窺ったシンクレアの目には、独り、物思いに沈んでいるような、遠い表情が浮かんでいた。一瞬、激昂らしい表情もよぎったように見えたが、それは密かに凍りついて、形にはならなかった。 (p105)

こういう静かな怒りを発しているシンクレアさんが、私は怖い。シンクレアさんは好きなキャラクターではありますが、「怖い」と感じるキャラクターの筆頭でもあります。もっと極端に言えば、敵に回したくないお方。

★この人には女の匂いがないと勝手に思ってきただけだが、シンクレアにも女がいるんだと思うと、ジャックはひどく不思議な感じがした。 (p107)

ジャック少年、それは君がほぼ毎晩シンクレアさんの元に来ているからでしょう? だから女性を招くことがないんですよ・・・と諭すよりも、なぜ「女の匂いがない」と鋭く感じたのか、教えて欲しいものだ(笑) だけどねジャック少年、その「女」っていうのが、これまた高村作品の中でも最も手強く恐ろしい女性でね・・・(ごにょごにょ)

★シンクレアは身体つきまで上流階級らしい痩身を保っているが、いくらかは、発達した筋肉や厚い胸板に対する無謀な願望があるようで、(以下略) (p108)

「私、脱いでも凄いんです」・・・という某懐かしいCMのキャッチコピーを思い出してしまいました(苦笑) ピアニストですから、握力と腕力は群を抜いて高いし、それに伴う筋肉もそれなりについていると思うんですけどねえ。それで充分じゃありませんか、シンクレアさん? ムキムキ、マッチョなシンクレアさんは、個人的にはお断り。

★そういう時間がシンクレアにとってどういうものなのかは知らないが、シンクレアはときどき、近くも遠くもない、不思議な距離を置いてジャックを眺め、ぼんやりしていることがある。そうしてやがて、溜め息のような微笑みが漏れるのだが、それはどこか別の世界へ投げかけられた悲嘆のようにも見えるのだった。ジャックに投げかけられた笑みだが、決してジャックの手の届かない彼方へ落ちていく。そうしたシンクレアの眼差しを不思議に感じながら、ジャックの方は、謎がもたらす好奇心のように、毎晩のようにこの部屋に通ってきたのだ。 (p108)

妖精というより、魔法使い? それとも「微笑みの貴公子」サー・ノーマン・シンクレア?(笑) いずれにしろジャックは魅せられていますからね。 真相は、下巻でレデイ・アンが言っていた「陰画」何でしょうけどね・・・

★高価なアルマニャックを水のように二口、三口と呷るうちに、その顔からはこれといった感情は消えていった。以前、日々多くの来客に囲まれていたころにはあまり分からなかったが、こうして虚空を見つめているときの無名の顔が、ほんとうは一番、シンクレアの素顔に近かった。その素顔に控えめな笑みを浮かべて、「甘いな、これは」とシンクレアは呟いた。
「ああ、そうか。これは誘惑の話をするときに飲むものなんだな、きっと」
 (p108~109)

ダーラム侯はシンクレアさんに、ピアニストとして演奏活動を再開しようと持ちかけてきたわけですが、シンクレアさんを「誘惑」するには、詰めが甘い。ちっとも誘惑されてないもん。

★シンクレアは淡々と植民地のウィスキーを呷っていた。普段と変わらぬそのさりげなさの周りに、今は氷の壁があった。これまでジャックと二人だけの夜には決して見せなかった、外の世界に対する顔だった。だがいつものように、怒りや憎悪はシーモアらに向けられているというより、どこか彼岸へ、あるいは自分自身へ投げかけられているようにも見えた。とはいえ、物腰はどこまでも静かだったし、さらりと先に口を開いたのもシンクレアだった。 (p125)

まとめ。どんな喜怒哀楽を表しても、微笑みを絶やしても絶やさなくても、無表情であっても、この方の美貌が損なわれることは、全くない。


【今回の名文・名台詞・名場面】

★そういう事情であったからこそ、シンクレアの存在は今なお、ジャックにとって誰にも侵されない特別の世界だった。誰にも争えない魅力と、誰にも覗けない深淵のようなものがあった。そばにいるだけで、恍惚の身震いを覚えるような力に満ちていた。
シンクレアとともにいるとき感じる、この悦びを何と言えばいいか。シンクレアの引き出す音が、この世界を突き抜けて広がっていくとき、自分の全身に満ちわたる衝撃を何と言えばいいか。一言では言い表せないさまざまの思いが、渾然として深い霧になり、夢想の沼に垂れてくる。この気分を何と言おう。
リーアンならおそらく分かるだろう。二人で見ていたあの湖の霧だ。
この夢想の霧こそは、自由の徴であり、力だった。夢想の中で自分が解き放たれ、新しく生まれ出ていくのは、シンクレアのピアノの中では幻ではなかった。
 (p101~102)

長い引用になりましたが、ここはちょっと欠かせないな、と。ジャックとシンクレアさんの交友が、後々の展開でも重要になってきますから。
それを抜きにしても、ジャックの想いがひしひしと伝わってくる文章だと思います。

★「侯爵は信頼出来る人?」
「難しい質問だ」
「侯爵はあなたを信頼しているよ。あとは、あなたが応えるかどうかだ」
「君に一本取られた。たしかにその通りだが、ほんとうを言うと、私は彼を信頼しているが、憎んでいるのだ。彼を憎んでいるが、同時に愛している。愛しているが、信頼はいつも揺らいでいる。会うたびに気持ちが変わる。そして、そんな関係を続けながら、対外的に抜き差しならない仕事をしてきて、その結果、どちらも身動きが取れなくなっているのだ」
 (p109)

ジャックとシンクレアさんによる、ダーラム侯をめぐっての会話。シンクレアさんの言葉の奥深くに潜んでいる感情の揺れ動きが、何だか痛々しい。
シンクレアさんが「大人」として成熟した精神を持っている分、ダーラム侯はいつまでたっても「子供」なんですよね。

★中でも陰影の深い『ハンマークラヴィーア』は、シンクレアの指の下で鬱々と燃える暖炉の燠火のようだった。暖かかったり、焼けるようだったり、ちりちり燻るようだったりするそれらの音に浸され、撫でられ、煽られながら、ジャックは時限装置の接続を後日に延期して、作りかけの爆弾を脇に押しやった。 (p115)

きたきたきた、この表現! 私の好きな、高村さんの官能的な文章ですわ♪
それにしても、そんな演奏をするシンクレアさんのピアノを、聴けるものなら聴きたいものです。

★シンクレアは自室にこもって聴衆もなく演奏を披露し、自分は使うあてのない爆弾を作る。どちらも、捕らわれの身のように身動きならず、何の希望もないまま、ひたすら自分たちが腐っていくための時間を過ごしているのだった。自分はなぜこんなところにいるのか、シンクレアがなぜ向かいの部屋にいるのか、明日も明後日もこんなふうなのか、最期はいつ来るのか。それこそ何の意味もない自問を繰り返しているうちに、いつの間にかピアノの音が止んでいた。 (p115)

ジャックとシンクレアさんの深いところでの繋がりや、相通ずる部分が垣間見えるところではないでしょうか。

★「サー・ノーマン。あなたは勇気のある人だ」とシーモアは言ったが、侮蔑以上に当惑のこもった口調だった。それに対して、シンクレアは「勇気はないが、忍耐はある」と応えた。 (p119)

その通り!(←児○清さん風に) シンクレアさんの「忍耐の正体」ってのは、物語の最後の最後で明らかになるわけですから・・・。

★「あいにく、ダーラム侯は頭は確かだ。無粋な人間には合わないだけで」 (p128)

シンクレアさんの台詞。この方の発言は、ついつい裏を読んでしまいたくなって、素直に読み切れないのが辛い(笑) これは素直に読んでみますと、ダーラム侯を庇っているのと、シーモアたちに対する皮肉の両方なんだろうなあ。
余談ながら、これは今回の記事タイトルの候補の一つでした(苦笑)

★シンクレアは、普段の微笑みはもうない真顔を真っ直ぐジャックに向け、とりあえず今は世界にジャックだけがいるかのように、ジャックという穴を覗き込むように、目を見開いていた。ジャックの方は、そういうふうに自分を見つめている男を前にして、この人は大事なものを見ているのだ、これが人間が人間を見つめる目、人間が人間を迎え入れる目、 愛する目なのだと思った。自分はこの人に愛されていると思ったが、胸がときめくような感じの後ろに、暗い池が同時に横たわっていて、結局は胸苦しさしか分からなかった。 (p141)

少年時代のジャックはさまざまな「別れ」を体験しますが、この時のシンクレアさんとの「別れの時」・・・というより「終わりの時」は、ジャック少年にとっては、辛いという感情を超越したものだったと思う。
シンクレアさんにこんな目で見つめられたら、私だったら逃げ出してます(笑) あまりに辛くて悲しくて、見つめてなんていられません!


アダムとイブには、きっと罪の意識はなかったのだろう (上巻p75)

2006-04-03 00:38:33 | リヴィエラを撃て 再読日記
2006年3月28日(火)の『リヴィエラを撃て』 は、上巻の1992年1月――東京のp47から1978年3月――アルスターを経て、1981年1月――《シンクレア》のp98まで読了。

1978年3月――アルスターに入ったところで挫折したという方も多いようですが、ここが事件の発端でもありますので、我慢して読みましょう。「IRAって何?」と疑問に思っても、心に留める程度にして、読み進めましょう。


【今回の主な登場人物】

手島修三・・・華麗なる(?)学歴と職歴の数々が判明。この後、しばらく登場しません。
手島時子・・・翻訳の仕事をしている。・・・どんな内容の書籍なんでしょうね? 
《ギリアム》・・・MI6職員。ちなみにこの物語で、2、3番目に好きな人物だったりします。・・・石は投げないで・・・(苦笑)
イアン・パトリック・モーガン・・・ジャック・モーガンの父。IRAのテロリスト。
イアンの母、ジャックの祖母・・・名前が出てきません。薬局《モーガンズ・ケミスト》を経営。
ジャック・モーガン・・・1978年当時は12歳。1981年当時は15歳。
ウー・リーアン・・・ジャックと同い年。《モーガンズ・ケミスト》の隣に住み、《ウーズ・バー》を経営している両親と暮らしている。学校での名前はジャクリーン・ウー。
ウー・リャン・・・リーアンたちの遠縁にあたる男性。中国からの亡命者。
バリー・ホクストン・・・ロンドンの不良グループのリーダー格。
ジェームズ・オファーリー・・・ロンドンに住んでいるジャックの伯父。イアンの姉・イヴリンの夫。
ノーマン・シンクレア・・・ピアニスト。とりあえず「サー」は外しておきましょう(笑) この方もこの物語では、2、3番目に好きな人物です。


【今回のツボ】

・北アイルランドやロンドンの描写。 高村さんがすべてその目で確かめ、その足を運んだところですから。その表現力に感服せよ!

・《ギリアム》による手島さんのスカウトのやり方。 イギリス紳士らしい(?)、手順を踏んだ礼儀正しさ。そして気長に待つ根性。ある意味、凄いぞ《ギリアム》。その際に《ギリアム》が名付けた手島さんのコードネームは、えらく意味深なものだということが、2回目に読んだ時に解った私。

・ジャックの食べた物。 むっちゃおいしそうやねんもん!

・セムテックス。 ・・・この作品にも出てくるか・・・。

・ジャックを襲うバリー。 ・・・バリーの心境が、どうにも私には不可解だ・・・。


【今回の音楽】

 LIEDERKREIS・・・リーダークライス。シューマンの歌曲集。ずばりそのものの意味を持つドイツ語。これは持ってないなあ。
 グレン・フライ・・・バリーが好きらしい。ところで、何者?(要調査。というより、どなたか教えて下さい) 


【今回の書籍】

『聖書』・・・高村作品では毎度お馴染みの一冊。但し今回のものは、《ギリアム》が手島さんにプレゼントした暗号満載の革表紙の聖書。


【今回の飲食物】
だって美味しそうなんだもん! 下戸の私には、酒の味はちっとも分からないのが辛いところですが。

・ビスケット・・・手島さんが帰宅しなければ、時子さんの夕食になったもの。私には信じられないが、「お菓子だけで一食分OKよ」という女性も、世の中にはいるからなあ・・・。

・お寿司、二合の酒・・・結局は、これが手島夫妻の夕食になりました。

・ファウル(三角形のパン)・・・イアンの帰宅時、投げ出した紙袋からこぼれたもの。食いかけだったらしい。アイルランド名物のパン?(要調査)

・ラガー、ビール、ウイスキー・・・これらは高村作品ではお馴染みですね。

・ローストビーフと茹でたシュリンプと、クリーム煮のキャベツと甘いデーニッシュを三つか四つ・・・入力しているだけで、よだれが出そう(笑) シーリンクのカフェテリアで、ジャックが食べた物。昼前に社用で行った銀行のソファで読んだので、お腹がクークー鳴りそうでした(笑)

・日曜日のアップルタルト。火曜日のフィッシュパイ。木曜日のマフィン。・・・ジャックの伯母・イヴリンが作ってくれたもの。彼女は既に亡くなったので、ジャックは味を覚えていない。

・ウォッカ・・・これも高村作品ではお馴染み。「ウォッカのグラスを片手に」したシンクレアさんという描写でしたが、ナイトキャップをするというジャックの証言もありますし、当然の如くウォッカが注がれていたんでしょう(笑)

***

【登場人物の描写】

手島修三をスカウトしようとする《ギリアム》のあの手・この手・魔の手
前後しますが、時間軸にあわせて紹介。

★その年の早春、トリニティ・カレッジで修士論文を書いていた手島は、専門である十八世紀アイルランド議会の《イェルバートン法》の資料収集のためにアイルランドへ小旅行をした。そして、たまたま通過点であったアルスターのエニスキレンでバスを待っていたとき、その男が手島の隣に座ったのだ。 (p49~50)

手段その1、偶然を装いさりげなく近づく。

★そのとき男は、初対面の青年に向かって、ロンドン大学で教鞭をとっている手島の父の知人だと名乗り (p50)

手段その2、身内の知り合いだと相手を安心させる。

★一九七八年秋、意図示威ギリかに戻った手島は一週間のアイルランド旅行をした。その手島を、旅先のアーマーの大聖堂で待ち構えていた男がいた。 (p49)

手段その3、待ち伏せ。

★アーマーの大聖堂で二度目に会ったその男は、そのとき革表紙の聖書を一冊、手島の膝に置いた。 (p50)

手段その4、プレゼント攻撃・1。

★パリのICPO本部に警部として一年勤務していたとき、偶然道ですれ違った男がいた。《ギリアム》だった。言葉は交わさなかったが、男は目で手島に呼びかけた。 (p51)

手段その5、忘れた頃に現れる。

★ロンドンの日本大使館に一等書記官に赴任した。そのとき手島は初めて、男がイギリス外務省の高官であることを知った。大使館時代の接触は数回あった。いずれも手島は無視したが、クリスマス・カードや花束や観劇のチケットを送ってきたりした。そう、たしか真夜中に電話をかけてきたこともあった。 (p51)

手段その6、プレゼント攻撃・2と電話攻撃。

★散漫な話ではあるが、そのようにして数回の接触を重ねてきた男の狙いは一つ。かつて明確な意思表示を避けた手島に、《君が欲しい》と無言のエールを送り続けていたのだ。 (p51)

まとめ。スパイのスカウトのマニュアルというよりも、悪徳業者か結婚詐欺師のマニュアルみたいだ・・・(笑)
しかし《ギリアム》の粘り強さもたいしたものだが、耐えに耐えて退けてきた手島さんは偉い!


【今回の名文・名台詞・名場面】

★手島は七八年春のアルスターの景色を瞼に浮かべた。爆弾や投石やデモで騒然としていたベルファストを出てしばらく車で走ると、もうどちらを向いても無人の大地ととてつもない緑と驟雨だった。春の色には未だ遠かったが、なだらかな丘陵を覆う雨と霧の下に、滲み出すような緑が浮かんでいた。その色が、永遠の緑に思われた。
荒廃とは違う、歴史も人も死に絶えたような、ある種の絶対的な静寂というものを、そのとき初めて感じたのを覚えている。
 (p53)

この手島さんの回想は、高村さんの回想でもあるのでしょう。描写や表現は違えどもこれとよく似た感慨は、登場人物を代えて何度も出てきます。

★現代史を動かすのは宗教でも民族の血でもない、経済原理だという通説は、少なくともアイルランドには通用しない。なぜなら、彼らのカルヴィニズムが否定するすべてのものが、アイリッシュ・カソリックの持っているものだからだ。「生活さえよくなれば」という、その価値観の根底が違うのだ。 (p57)

★西ベルファストの人間は、間違いなく《生活さえ良くなれば》と考えている。金さえあれば、デモも暴動も起こらなかった。週百ポンドくれるプロテスタントの雇い主と、週八十ポンドのカソリックの雇い主がいたら、間違いなくみんなプロテスタントの職場を選ぶ。問題は、どっちの職場もなかったことなのだ。 (p59)

★家では拳骨を振り回しても、外で何かあると急に身内意識を思い出すのがアイリッシュの男だ。 (p84)

★アイリッシュは全部カソリックで、全部貧しくて、全部飲んだくれで、全部IRAだというのは、ブリットが全部不信心で、全部金持ちで、全部変態で、全部紳士だと言うのと同じだ。 (p86~87)

★アイルランド全三十二州では、カソリックは四分の三で、プロテスタントのアングリカン(聖公会)とブレズビテリアン(長老派)が、四分の一はいる。そして、そのプロテスタントのほとんどが北の六州に集中しているから、共和国の独立から外れて連合王国に残ったのだが、そのとき字自治政府が、少数派カソリックの基本的人権を認めていたら、今日の紛争は起こらなかった。IRAも動かなかった。 (p87) 

★そして、生活らしい生活であろうがなかろうが、戦争しようが仲良くしようが、アルスターに生まれた者は、とにかくアルスターで生きるしかないのだ。カソリックもプロテスタントも。神に唾を吐くために生まれてきた者も。テロリストも。
それは単純な結論だったが、ジャックはそれ以上考えないようにしていた。ロンドンに住んでいると、宗教の違いで血を流そうなどという発想が、彼岸の妄想だったような気もするが、それでは父が戦ってきた戦争は、あれは何だったのか。いくつもの死を見たのは、あれは何だったのか。考え出すと、もはや収拾がつかなかった。
 (p87)

理解を助けるために、あちこちに散らばっている「アイルランド問題」や「アイルランド(人)の特色」について、いくつかピックアップしてみました。
時代や場所が違っても、民族や宗教の問題って、根深く長く複雑な歴史があるものです。

外相のサイン入り紹介状を携えてきたジェームズ・ボンド (上巻p38)

2006-03-29 23:53:20 | リヴィエラを撃て 再読日記
3月27日(月)から、『リヴィエラを撃て』 (新潮文庫) の再読を始めました。
今回は約3年前に新しく買った文庫版で再読しています。最初に買った文庫は、読みすぎてボロボロになったので・・・。

読み出してみると、細かい部分を忘れてる・・・というより、ある事柄や人物の感情の「表現」の鋭さや上手さに、唸ることしきり。
読むのはホントに久しぶりなので、初めて読む感覚も同時に味わっている気分です。


それでは、『リヴィエラを撃て』 という作品について簡単に記しておきましょう。

高村薫さんの実質的な処女作で、第2回日本推理サスペンス大賞の最終候補作に残った 『リヴィエラ』 を、大幅に改稿して生まれ変わった作品が、『リヴィエラを撃て』 です。
1993年の第46回日本推理作家協会賞(長編部門)受賞1992年度の第11回日本冒険小説協会大賞受賞 に輝く名作・傑作。
それに更に手を加えて、より完璧になったものが文庫版になります。


個人的意見ですが、この作品が最も完成度が高いと思います。
何と言っても物語のスケールの大きさと、数多のように現れては消えていく、登場人物たちの魅力。それに尽きます。

追うのはただ、《リヴィエラ》という謎のみ。それを巡っての人々の思惑・復讐・利益・秘密などが、複雑に絡み合っているのです。

それ故に当然、物語は大団円とはいきません。いくつかの謎を残したまま、全ては時の彼方へ飲み込まれ、消えていく。
読み手はただ、物語や登場人物たちの在り方と、筆者の語りに身を委ねるだけでいい。最後は、読み手一人一人が想像し、「何か」を「祈る」だけ。
・・・これ以上、書くのは野暮というもの。私は「興味のある方は、ぜひ読んで下さい」としか言えません。
(海外の冒険・スパイ小説を詠み慣れている方ならば、すんなりと読めるはず。慣れていない方は、苦戦しやすいようです)


今回の再読は、全体的な流れと登場人物の描写に重点をおいて、ピックアップしていくつもり。

それではいつものように、注意事項。
最低限のネタバレありとしますので、未読の方はご注意下さい。よっぽどの場合、 の印のある部分で隠し字にします。

***

2006年3月27日(月)の『リヴィエラを撃て』 は、上巻の1992年1月――東京のp47まで読了。ゆっくり読んでいきたいので、まずまずの進み具合かな。


【今回の主な登場人物】
読んだ範囲で、出来るだけ登場順に。詳しい説明はあまりしないようにします。名前だけの登場人物はカット。
外国人はアルファベットの綴りも添えようかと思ったんですが、ウー・リーアンで早々と挫折(笑) 中国語でどう表記するのか、まったく分からないんだもん。

ジョージ・F・モナガン・・・最初の手紙の差出人。直接の登場はまだ。
ジャック・モーガン・・・あの長ったらしい本名はまだ出てきていないので、とりあえずこれで・・・(笑)
手島修三・・・警視庁公安部外事一課の警視。ほとんどのタカムラーさんが、彼を「テッシー(又はテッスィ)」という愛称で呼ぶ。余談ながら、言わずと知れた私の一番のご贔屓の人物 
坂上達彦・・・警視庁公安部外事一課の警部。手島さんの部下。
手島時子・・・手島さんの妻。現時点では名前は出てません。
ウー・リーアン・・・現時点では、本当の名前は出てません。偽名の《安田礼子》だの、クラブで働いている時の《香港から来たリリーちゃん》だので通っている。
ダーラム侯爵夫人レディ・アン・ヘアフィールド・・・イギリスの大貴族・ダーラム侯の妻。中国名は《恵安》(フイアン)。
キム・バーキン・・・MI5所属。日本に来た時の偽名は《サイモン・ピークス》。本名はカール・パトリック・バーキン。「カール」は、ゲール語源で「CAHILL」と綴る。
倉田・・・警視庁公安部外事一課長の警視正。手島さんの上司。


【今回のツボ】
読んだ範囲で、私が「ツボ」だと感じた部分を箇条書きでピックアップ。

・手島さんとキムの息詰まる丁々発止のやり取り。 この緊迫感が好き。しかし負けたのはキムでしょう(笑)

・「手島修三」という人物の描かれ方。 内外面ともに。これは私が手島さんを贔屓にしているからというわけでは決してなくて、複雑かつ秀逸な描写が多いと思うので。

・「ジャック・モーガン」という名前。 実は「モスコミュール」というカクテルの考案者は、「ジャック・モーガン」という人。(このことについては誰も指摘していないように思いますが・・・) これはたまたま、偶然か? それともお酒好きな高村さんのことだから、ひょっとして・・・?

・レディ・アンの本名《恵安(フイアン)》という名前。 実は、『わが手に拳銃を』 (講談社) にも、この名のついた脇役が出ています・・・男性なんですが。中国では、男女どちらでもOKな名前なの?


【今回の音楽】
この作品に「音楽」は欠かせません。教養部門として「書籍」と2本立てでやっていく予定。但し今回は「書籍」はありません。

 シューマンの幻想曲ハ長調・・・シューマンのピアノ曲のCDは2、3枚持っていますが、これが収められているのかどうかは不明。段ボール箱ひっくり返して捜すのもねえ・・・(←未だに引越しした際の荷解きをやってない)

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【登場人物の描写】
とはいっても、私のツボにハマった人物のみの描写だけ取り上げます。・・・また自分で自分の首を絞めるような項目を設けて・・・

手島修三から見た、キム・バーキン

★そのとき、日本の公務員住宅では標準的な、狭く薄暗い廊下にぽつんと立っていた男の第一印象を、どう言えばいいか。肉親の死に目に間に合わず、慌てて駆けつけた火葬場で、間違えて他人の骨を拾っている粗忽者の素朴な当惑。一方で、それに気づいた後も、悠然と演技を続けることの出来る冷徹な素質を、隠そうともしない、あるいは隠せないことによる当惑。二つの当惑が、完璧無比に訓練された情報部員の石の表情と、不安げな、未だ若さの名残りのある端正な顔にそれぞれ同居していた。とはいえ、男は実際、手島と同年代だったろう。 (p36)

よもやキムも、手島さんにこんなふうに思われていたとは思うまい。まあね、遠いイギリスからやってきて、時差ボケもあったでしょうし、寝不足に加えて疲労も蓄積されてたでしょうし・・・。

★こういう笑みが現すのは、そのときの状況判断でも感情でもない。男の生まれ育った池から湧き出す水泡のように、自動的に現れるものだった。男の国にはいろいろな池があり、それぞれ発する水泡の形が違い、臭いが違う。男は、堅実な資産と教養と、中庸な社会感覚を身につけた保守的な中産富裕階級の出身と思われた。ただし、本人はそういうことには無頓着な方かも知れない。もちろん情報部ならば、左でもアナーキーでもあるはずはないが、育ちの良い木もさまざまな風雪でかなり傷ついているように見えた。 (p37)

上記に比べたら、ちょっと柔らかく同情的になった見方かな。特に最後の一文が。


【今回の名文・名台詞・名場面】
付箋紙を貼った部分から、ピックアップ。今回に限っては、手島さん関連が多いですね。・・・やっぱりご贔屓キャラだから?(笑)
余談ですが、先ほどボロボロの文庫を引っ張り出して見てみたら、今回貼った部分とほとんど同じ部分に付箋紙が貼ってあったので、ちょっとビックリ・・・。

★親愛なる友人へ (p5)

モナガンさんの手紙から、物語は始まります。この「友人」が誰なのか、この時点では不明。
モナガンさんの手紙は、物語の狂言回しとして非常に重要な要素ですが、間接的でもあり、時として物語全体を俯瞰して見ています。
モナガンさんの「親愛なる友人」。これはいつの日かその人物へとたどり着く、モナガンさんの旅の始まりでもあるのでした。

★私の四十年間の警察勤めの経験では、事件の大小は必ずしも犯意の大小には比例しない。厳粛に比例するのは、犠牲者の数だ。 (p6~7)

モナガンさんの手紙から。重い言葉ですが、これが事実であり、現実なんですよね・・・。

★「いや、私は葬儀社の者です」 (p14)

手島さんの初台詞が、これ。ジャック・モーガンの遺体を確認すべく監察医務院へ車で到着した手島さんを関係者と踏んで、にじり寄ろうとする記者たちに対して先手を打って発したのが、この言葉。

・・・何だ、これは。後日のモナガンさんの手紙で判明しますが、キム・バーキンによる手島さんの第一印象も、《食えなかった》 (下巻p174) とありました。確かに食えないわ、この方・・・(笑) こんなこと言われたら、ぐうの音も出ません。
でもこんな葬儀社の方がいらしたら、私は喜んで葬式に行くぞ!  ハッ、自分の葬式ということもありえるのか・・・? あれ、何書いてんだ、私(←錯乱中)

もしや手島さん、とっつきにくくひねくれた印象や言動を匂わせる雰囲気でも醸し出していたのでしょうか・・・。ところがどっこい、次に続く。

★手島の顔は本庁でも最も知られていない地味な顔の一つだった。 (p14)

嘘つけっ!
どこが地味なのよ? と首を傾げた方も多いでしょうが、実はこの時点では手島さんは日英ハーフだとは書かれておりません。

ところで手島さんとよく似た評価を下された刑事さんが、いましたね? そう、『レディ・ジョーカー』 の合田雄一郎さんです。日之出ビールの城山恭介社長の警護とスパイを兼ねた役目を、神崎秀嗣捜査一課長から課された時に、「私が壇上から見ている限り、目鼻だち、体格、雰囲気ともに貴方が一番目立たない」 (『LJ』上巻P416) と言われ、
どこが目立ってへんねん! ・・・とツッコミ入れた方も多いはず。

ともあれ手島さんも合田さんも、刑事の絶対条件の一つ、「地味」で「目立たない」雰囲気を持っているんだそうですよ。・・・ホンマかいな。
あ、そうか! ここで大抵の読み手は「手島さんは地味」だと刷り込まれてしまったのか・・・?

★手島は最後にもう一度遺体の顔を目に刻んだ。生前この緑色の眼球の見ていた世界がどんなものであったのかは知るすべもないが、すべての死はそれぞれの苦しみを表し、生きているものにその苦しみを移してくる。手島はいつもそう感じた。こうして自分の目で見つめた死者の顔はもはや、数日たてば忘れてしまう顔の一つには、なりそうになかった。死者の苦しみのために自分に何か出来ることはあるのか、ないのか。最低限、それを確かめるまでは忘れるわけにはいかない。 (p22~23)

ジャックの遺体と対峙した手島さん。これだけでも手島さんの「優しさ」が分かりますね。この直後、手島さんはジャックのために十字を切りました。

★「ダーラム侯エードリアン・ヘアフィールドといえば、週一回の契約でスキャンダルをバラまくのが商売かと思ってた」  (p29~30)

手島さんのダーラム侯の講評。実はこれが世間一般による、ごく当たり前のダーラム侯の評判でもあるのですよね。手島さんはイギリスで生まれ育ったし、ロンドンで日本大使館の一等書記官の務めも果たしていたし、この台詞の信憑性は高いでしょう。
しかし部下の坂上さんは、それは昔の話で、最近はまともになっていると発言。

★こうした生活に不満はなくても、それは個人の魂のレベルでは、充足とは別語だった。あえて言えば、自分の心身すべてにわたって、この二十年何か欠けていると思い続けてきた。大したものではない。単に靴下の片方のようなもの。二つ揃わなければ用はなさないが、別に片方でも死にはしない。そして、仮に二つ揃っても、色違いの、決して一緒に履けない靴下。二つの土地、二つの言葉、二つの文化は手島の中では、大人になってからの二十年、そういうものだった。
いや。そういうことを言い始めると、今履いている片方の靴下も、履いているという実感はなかった。それでもこの十三年、一応は国家公務員を務めてきたのだが。
 (p34)

大人になるまではイギリス人で、国家公務員としては日本人で生きてきた手島さん。
「今履いている片方の靴下」・・・つまり「日本人の手島修三」には、どうやら違和感をがつきまとっている様子。

★東京は、皇居の森と堀が象徴する不可視の都だ。一千万の民の知らないエイリアンが潜み、それを知っている一部のものどもの密かな目配せが霞ヶ関に飛び交っている。その目配せの一つを、計らずも課長の顔に見たように思った。
手島はそのとき、自分の受けた侮辱について考えた時間はほんとうに少なかった。負け惜しみではない。個人の領域に土足で踏み込まれるのに慣れなければ、この国では男は生きていけない。
 (p46~47)

手島さんの「靴下が違う、どこにあるのか」という感覚は今も続いて、それを強く感じることの一つが、上司からのイヤミ。
しかし手島さんは大人の男なのか、我慢強いのか、きちんと腹に収めて受け流しています。(まるで某義兄やん)