何か月ぶり~? の『リヴィエラを撃て』再読日記。今月中は無理だけど、今年中には完成させよう!(苦笑)
2006年4月7日(金)の『リヴィエラを撃て』 は、下巻の1989年2月――《スリントン・ハウス》p90~p168まで。・・・長いな。
【今回の主な登場人物】
M・G・・・上司はつらいよ・・・その1。
ジョージ・F・モナガン・・・上司はつらいよ・・・その2。
ロナルド・ハンフリー・・・上司はつらいよ・・・その3。
キム・バーキン・・・満身創痍。
シドニー・ジェンキンズ・・・どう表現すればいいのやら・・・その1。
ジャック・モーガン・・・失ったものは大きいぞ。
ケリー・マッカン・・・どう表現すればいいのやら・・・その2。
ウー・リーアン・・・得たものは大きいぞ。
【今回のツボ】
M・Gの苦悩と選択。 立場からすると、辛いとこだなあ。
ジャックとケリーの語らいと絆。 わずか2か月とはいえ、絆の強さと深さは確かに残ったもの。
【今回の飲食物】
・サンドイッチ、ウィスキー・・・サンドイッチはシドの奥さんが作ったもの。
・ポプコーンとミートパイ・・・食料品店でケリーが買ったもの。
・ミルクティー・・・ドーバーのホテルで朝食をとったリーアンが、最後に飲んだもの。朝食の内容は不明。
・ウォッカ・・・ケリーがベラスケスのアパートから持ち出してきたもの。
***
【登場人物の描写】
キム・バーキン 結局、私はキムが好きなのかな。(←『マークスの山』の合田雄一郎さん風に読んでね) でも好きになるには、百年はかからんと思うぞ(笑)
★「こんなものを被って、君の尻にくっついていくのか、この俺が」
「こんなものを被って、コクランどもを逃がしたドジの尻拭いをするのか、この俺が」 (下巻p98)
シドとキムのこの会話、むっちゃ好きや~! ちょっぴり毒を含んだ軽口の応酬が、いいのよね♪ (手島さんと過ごしているキムとは、えらい違いだけど)
★キムと言えば、かつて警察にいたころの、とりすましたケンブリッジ出の面影はみじんもなかった。容疑者の頬をひっぱたくことすらしようとしなかった男が今、ジェンキンズの方が唖然とするほど残酷なやり方で敵を締め上げているのは、異様な光景だった。いったい何がキムをそうさせているのか知らないが、ジェンキンズは、かつての同僚ともども、何度も、自分が危うい禁断の橋を渡っているような気分になりかけていた。 (下巻p124)
シドも真っ青&仰天、作品中で最も怖いキムの場面。こんな拷問は受けたくない・・・。
★両足複雑骨折、腰椎骨折、銃創二ヵ所の重傷を負った男が、輸血の針を腕に刺し込まれ、酸素マスクを被せられながら、突然自分の手でマスクを外すやいなや「麻酔は待ってくれ!」と叫んだ例など、おそらくないだろう。 (下巻p130)
私もこんな男は、キムしか知りませんよ・・・。
★自分に《伝書鳩》との接触を禁じたM・Gが、その直後に自ら《伝書鳩》と交わした会話を耳にするのは、キムには深い苦痛だった。なぜなのか何度も自問したが、思い浮かぶのは、最後に病室で見た、あの飄々として穏やかな顔しかなかった。 (下巻p163)
★その上で、M・Gが接触してはならない相手と接触し、言ってはならないことを言ったことについて、少なくとも背信、反逆、などという言葉を、キムは充てたくはなかった。 (下巻p163~164)
★さまざまな理由により、M・Gは自らの個人的な決断を優先した。部下を巻き込まないために、病院では自分に異なったことも伝えた。だが、そうしてM・Gが守ろうとしたのは結局、ふたりの人間の命と《ギリアム》を眠らせまいとする断固とした意思だったのだ。キムはそう信じた。 (下巻p164)
上記3つの引用。元「上司」M・Gに対する、元「部下」キムの想いがひしひしと伝わってくる場面ですね・・・。
★頭の引出しを開けると、さまざまな葛藤を自分の腹に収める知恵の袋が入っていた。一ヵ月前には、多分そういうものは入っていなかったのだ。知恵の袋の隣には、より明快になった憤激の袋も入っていたが、それはとりあえず大事にしまっておくべきものだった。そして、引出しの奥には、やはり一ヵ月前には入っていなかった、もう一つの袋があった。M・Gに対する何かの思いの袋だった。そこには、国益というより、正義に対する情熱と精力について、師と仰ぐべきM・Gへの思いが詰まっていた。
辞去する前に上司が言い残した言葉を、キムはそれらの三つの袋を抱いて、腹に収めた。
『M・Gの意思を継ぎ、且つ、M・Gのテツを踏まないことだ』 (下巻p165~166)
こうして《リヴィエラ》を追いかけるバトンは、キムにも受け継がれることになったのです。これが彼の新たな苦難の始まりでもあるわけで・・・。
【今回の名文・名台詞・名場面】
★絡み合っている二本の腕が橋になって、笑いの波が行ったり来たりする間、ジャックは今ここにいないリーアンとは別の、一人の人間の存在感に満たされていた。《伝書鳩》の巨体一つは、たしかに今、自分に残された最後の現実かも知れないという気がした。 (下巻p102)
ジャックとケリー。極限状態が続き、大切な者を喪失した二人の絆が、こんな形でより強固なものになるとは・・・。
★M・Gはひま潰しのために、自分の頭にある二層のファイル棚を探っていた。上層には、この四十年間自分が信奉してきた理想と義務のファイル棚があった。下層には、人間に対する感情的なイエスとノーのファイル棚があった。以前はそんなファイル棚はなかったが、そろそろこの世界の中に自分自身の場所を作っても許される歳だった。上層にある現実と義務を果たすのも、その下にある自分自身なのだから。 (下巻p106)
今回読了分の主役の一人は、M・Gだろう。サラが死んでからのM・Gの変化が、ここでも読み取れる。
★《伝書鳩》はやっと足を止めて振り向き、明るいブルーの目をしばしジャックの上に据えてきた。そのとき一瞬、カリフォルニアの青い空、という余計な想念がジャックの脳裏をよぎり、次いで、この目はこれまでに自分が見た中で一番生々しい感情と理性のごった煮だと思った。
「ジャック。君が今一番望んでいるのはリーアンか、《リヴィエラ》か、この俺か」
「全部だ」
「それは、神に誓って不可能だ。どれか一つを選べ。リーアンと暮らす生活か。リーアンを捨てて《リヴィエラ》を追うか。あるいは、この国のどこかで俺と一緒に死ぬか」
「全部だ……。僕は三つ全部を手に入れる」
ジャックは極限と困惑の中で、そう応えた。いや、確信も見通しもなかったが、疑念はなかった。リーアンと《リヴィエラ》と《伝書鳩》のどれ一つとして、捨てられるものはなかった。《伝書鳩》が諸般の事情で死を覚悟せざるを得ない状況にいるのなら、なおさらだった。奇跡が起こると言う妄信や、何がどうなろうと、もはや自分にとっては大差はないという諦観や、そろそろ永遠の静けさを味わいたいといった唐突な気分が、渾然と絡み合った困惑の中で、「全部だ」というのは、ジャックの真意だった。 (下巻p112~113)
長い引用なりましたが、ジャックとケリーの「絆」を表す部分を、どうしても記しておきたかったんです。これははずせませんよ!
★長年の習性になってきた無表情な喋り方は、他人にそれと分かるほどの変化は受けていなかった。だが、その無表情こそ、部下を教え、鍛え、守ってきたもの、そのものだった。そういうことを、キムが分かる日もそう遠くはないだろう。 (下巻p133)
★「キム。私たちはそれぞれ、人生のそれぞれの時点で、最終的に何を優先するかを決めていかなければならない。だが仮に今、君がどういう形であれ職場を去るようなことがあったら、《リヴィエラ》の追及は誰がやる? 僕はもう歳だが、君にはまだ山ほどやることが残ってる」 (下巻p133)
★「僕は、これから真実を追究していく種を残すことしか出来ない。僕のあとを継ぐのはキムだ」 (下巻p136)
★「……モナガン。こういうことだ。たとえばジェンキンズは、警官としての立派な名誉とともに葬られる。だがキムには、この職業に就いている限りは、公には何も残らない。僕らにあるのは、国のためにわずに役に立ったという自己満足だけだ。だから彼には、《リヴィエラ》を追及し、《ギリアム》の不実を暴いたという個人的な名誉を残させてやりたい。これって、多分、身びいきになるんだろうけどね」 (下巻p136~137)
上記4つの引用。こういうのを、「ダンディズム」と言うんだろうか。あえて言うならば、「去り際のダンディズム」か。M・Gの感慨と言葉は、重いです。
★「僕は小さいころから、ときどき階段の夢を見る……。人はみな生まれたときに、自分の階段を上り始めるんだ。 (中略) 僕の階段には《リヴィエラ》がいた。アルスターにたまたまブリットがいたように、《リヴィエラ》がいた。それだけだ。いずれにしろ長い階段のどこかで、僕は必ず《リヴィエラ》に会うよ」 (中略)
「その階段て、どこまで続くんだ」
知るか、というふうにジャックは首をすくめた。
「多分、あの世のまだずっと先まで。僕は死んでも階段を上り続けるし、《リヴィエラ》もそうだ。 (中略) 父もそうだろう。最近、僕の階段というのはそういうものだという気がしている。僕の父も父自身の階段のどこかで、ウー・リャンに会ってるよ」 (中略)
懺悔の階段。《伝書鳩》は個人的にそんなことを思ったが、自分にはそんなものはなかった。これまでと同じく、最後の最後までむかつくほどの嫌悪が燃えたぎっているだけだった。 (中略)
「その階段を上り続けていくと君はやがてどこかで両親や祖父母に会って、デ・ヴァレラや、ダニエル・オコンネルに会って……」
「きっとそうだ。飢饉で死んだ先祖や、戦争で死んだ先祖に会って、オーエン・ロウ・オニールに会って、ノルマンやローマの侵略者に会って、聖パトリックに会って、クーフリンに会って……」
「最後に会うのは、フェニキア人かな」
「いや。階段の最後はきっと、まだ神も人間も住んでいなかったころのアイルランドの大地だ。草と風と空だけがある……」
なんという諦観だろうと《伝書鳩》は思った。何百年も自分の土地で血を流し続けてきたジャックらと違い、他人の土地で、他人の歴史に介入してきた自分たちに、ジャックのような諦観や懺悔が生まれるのは三百年、いや千年早いに違いなかった。 (文庫下巻p139~140)
ところどころ端折りつつも、とてつもなく長い引用になりました。ここはすっごく大好きな場面、大好きな会話なんです~。出来るならカットしたくないくらいに。
最後のジャックの台詞の、個人的なイメージ写真は、これ↓。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/54/76/06efabc13d0cd738846d361fbf61651f.jpg)
いかがでしょう? だけどアイルランドの風景ではないはず・・・あくまで私個人のイメージですので、ご了承を。
★俺は憤怒の塊だと思いながら、《伝書鳩》はその実、そのときは穏やかに目を糸のように細くしてジャックを見つめていた。世界の片隅で出会った一人の若いテロリストの顔は、血を流すことの愚かさを、無意識であれ知っている顔だった。血にまみれた後に、それを知った顔だった。そう思うと、未だその愚かさを思い知るに至らない自分自身もまた、少し慰められたような気がした。
この若者は、現世であれ彼岸であれ、やがて階段のどこかで《リヴィエラ》に会ったとき、万感の思いをこめてその顔を眺めるだけのことだろう。もはや、この若者自身の手で流される血はない。《伝書鳩》はそう予感した。それが、この若者が自ら歩くことを選んだ階段の未来だ、と。ただし《リヴィエラ》に、このジャックの達した諦観の意味が理解できるかどうかは、分からない。 (下巻p141)
ケリーのジャック評、並びに予言(苦笑) 当たったか否かは、読了された方はご存知でしょう。
★このリーアンも、サラ・ウォーカーも、自分の愛した男の罪と罰を、自らともに背負うことで、男と何か分かち合うほかなかったというのは、一面の真実に違いなかった。しかし、人生はそんなものではない。
「それは、断じて違う。ジャックがここまで来れたのは、君がいたからだ。彼が気付いていないのなら、それを彼に分からせるのは君の人生の仕事だよ」 (下巻p149)
伊達に歳をとってはいないM・G。ともに良く似た男を愛した女の性を、見抜いている。リーアンに、サラの二の舞になってほしくはないという想いが、隠されているのはいうまでもない。
★潰れたカボチャの横顔は微笑んでいたが、それはジャックの目に、きっと百年後もこのままだろうと映った永遠の静けさと空虚に満ちていた。数十年分の人生が集約し、なおも空っぽで何もない。もう足すものも引くものもなく、そうしてフィルムは止まり、《伝書鳩》はジャックの目の中で、この風の中で、すでに彼岸にいるかのようだった。 (下巻p153~154)
★ジャックの目は虚空へ流れた。疑心暗鬼や逡巡の悲嘆が、今の今、その胸のうちで激しく入れ替わっているに違いなかった。そこにいない何者かに向かって、わずかに開きかけた唇が、小刻みに震えていた。 (下巻p160)
上記2つの引用。ジャックが最後に見たケリーの姿と、M・Gからの衝撃の告白を耳にしたジャックの反応。これがジャックの中に残った、ケリー・マッカンという男の永遠のイメージなんだろうな・・・。ジャックはケリーによって、リーアンと生きることを選択したわけです。
★《伝書鳩》は海に向かって目を細めた。とっさに誰と特定出来なかった何者かに、故郷の母か、妹か、サラか、ジャックか、それらの誰かに、《伝書鳩》はそのとき、突然伝えたいと思った。この列車の地響きが、今は自分をどこかへ運んでいく風の音のようだということ。たった今、晴れがましい光の降る階段が一つ、見えたこと。 (下巻p162)
ノーコメント・・・。あえて言うなら、こんな物悲しい、いやでも感傷的にならざるを得ない「自殺」を選ばねばならなかった男を描いた場面を、私は知らない。
★時代が変わっても、人間の悲劇の質は何千年来、大して変わっていない。不正は不正、死は死なのだ。個々の悲劇を知る者の魂の構造には、若輩と老兵の差はない。もし何がしかの差があるとしたら、おそらくその者が神に出会うか出会わないかだろう。だが不幸にして、自分は神の欠伸すら聞いたこともない。 (下巻p166~167)
MI5を引退したM・Gの感慨。不変のものがあるにしても、M・Gには変化や転機がが訪れた。「神」ではなく、「人間」によってだけれど・・・。
***
本日が当ブログ開設2周年の日です。おめでとう、私(←おいおい)
ご訪問者の皆様、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
2周年を記念してのプレゼント・クイズは、明日か明後日に行いますね。
『新リア王』も、ちゃんと再読してますよん♪ 第一章の榮パパの語りが一段落ついて、今は彰之が永平寺で過ごした日々を語っています。
2006年4月7日(金)の『リヴィエラを撃て』 は、下巻の1989年2月――《スリントン・ハウス》p90~p168まで。・・・長いな。
【今回の主な登場人物】
M・G・・・上司はつらいよ・・・その1。
ジョージ・F・モナガン・・・上司はつらいよ・・・その2。
ロナルド・ハンフリー・・・上司はつらいよ・・・その3。
キム・バーキン・・・満身創痍。
シドニー・ジェンキンズ・・・どう表現すればいいのやら・・・その1。
ジャック・モーガン・・・失ったものは大きいぞ。
ケリー・マッカン・・・どう表現すればいいのやら・・・その2。
ウー・リーアン・・・得たものは大きいぞ。
【今回のツボ】
M・Gの苦悩と選択。 立場からすると、辛いとこだなあ。
ジャックとケリーの語らいと絆。 わずか2か月とはいえ、絆の強さと深さは確かに残ったもの。
【今回の飲食物】
・サンドイッチ、ウィスキー・・・サンドイッチはシドの奥さんが作ったもの。
・ポプコーンとミートパイ・・・食料品店でケリーが買ったもの。
・ミルクティー・・・ドーバーのホテルで朝食をとったリーアンが、最後に飲んだもの。朝食の内容は不明。
・ウォッカ・・・ケリーがベラスケスのアパートから持ち出してきたもの。
***
【登場人物の描写】
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/hikari_blue.gif)
★「こんなものを被って、君の尻にくっついていくのか、この俺が」
「こんなものを被って、コクランどもを逃がしたドジの尻拭いをするのか、この俺が」 (下巻p98)
シドとキムのこの会話、むっちゃ好きや~! ちょっぴり毒を含んだ軽口の応酬が、いいのよね♪ (手島さんと過ごしているキムとは、えらい違いだけど)
★キムと言えば、かつて警察にいたころの、とりすましたケンブリッジ出の面影はみじんもなかった。容疑者の頬をひっぱたくことすらしようとしなかった男が今、ジェンキンズの方が唖然とするほど残酷なやり方で敵を締め上げているのは、異様な光景だった。いったい何がキムをそうさせているのか知らないが、ジェンキンズは、かつての同僚ともども、何度も、自分が危うい禁断の橋を渡っているような気分になりかけていた。 (下巻p124)
シドも真っ青&仰天、作品中で最も怖いキムの場面。こんな拷問は受けたくない・・・。
★両足複雑骨折、腰椎骨折、銃創二ヵ所の重傷を負った男が、輸血の針を腕に刺し込まれ、酸素マスクを被せられながら、突然自分の手でマスクを外すやいなや「麻酔は待ってくれ!」と叫んだ例など、おそらくないだろう。 (下巻p130)
私もこんな男は、キムしか知りませんよ・・・。
★自分に《伝書鳩》との接触を禁じたM・Gが、その直後に自ら《伝書鳩》と交わした会話を耳にするのは、キムには深い苦痛だった。なぜなのか何度も自問したが、思い浮かぶのは、最後に病室で見た、あの飄々として穏やかな顔しかなかった。 (下巻p163)
★その上で、M・Gが接触してはならない相手と接触し、言ってはならないことを言ったことについて、少なくとも背信、反逆、などという言葉を、キムは充てたくはなかった。 (下巻p163~164)
★さまざまな理由により、M・Gは自らの個人的な決断を優先した。部下を巻き込まないために、病院では自分に異なったことも伝えた。だが、そうしてM・Gが守ろうとしたのは結局、ふたりの人間の命と《ギリアム》を眠らせまいとする断固とした意思だったのだ。キムはそう信じた。 (下巻p164)
上記3つの引用。元「上司」M・Gに対する、元「部下」キムの想いがひしひしと伝わってくる場面ですね・・・。
★頭の引出しを開けると、さまざまな葛藤を自分の腹に収める知恵の袋が入っていた。一ヵ月前には、多分そういうものは入っていなかったのだ。知恵の袋の隣には、より明快になった憤激の袋も入っていたが、それはとりあえず大事にしまっておくべきものだった。そして、引出しの奥には、やはり一ヵ月前には入っていなかった、もう一つの袋があった。M・Gに対する何かの思いの袋だった。そこには、国益というより、正義に対する情熱と精力について、師と仰ぐべきM・Gへの思いが詰まっていた。
辞去する前に上司が言い残した言葉を、キムはそれらの三つの袋を抱いて、腹に収めた。
『M・Gの意思を継ぎ、且つ、M・Gのテツを踏まないことだ』 (下巻p165~166)
こうして《リヴィエラ》を追いかけるバトンは、キムにも受け継がれることになったのです。これが彼の新たな苦難の始まりでもあるわけで・・・。
【今回の名文・名台詞・名場面】
★絡み合っている二本の腕が橋になって、笑いの波が行ったり来たりする間、ジャックは今ここにいないリーアンとは別の、一人の人間の存在感に満たされていた。《伝書鳩》の巨体一つは、たしかに今、自分に残された最後の現実かも知れないという気がした。 (下巻p102)
ジャックとケリー。極限状態が続き、大切な者を喪失した二人の絆が、こんな形でより強固なものになるとは・・・。
★M・Gはひま潰しのために、自分の頭にある二層のファイル棚を探っていた。上層には、この四十年間自分が信奉してきた理想と義務のファイル棚があった。下層には、人間に対する感情的なイエスとノーのファイル棚があった。以前はそんなファイル棚はなかったが、そろそろこの世界の中に自分自身の場所を作っても許される歳だった。上層にある現実と義務を果たすのも、その下にある自分自身なのだから。 (下巻p106)
今回読了分の主役の一人は、M・Gだろう。サラが死んでからのM・Gの変化が、ここでも読み取れる。
★《伝書鳩》はやっと足を止めて振り向き、明るいブルーの目をしばしジャックの上に据えてきた。そのとき一瞬、カリフォルニアの青い空、という余計な想念がジャックの脳裏をよぎり、次いで、この目はこれまでに自分が見た中で一番生々しい感情と理性のごった煮だと思った。
「ジャック。君が今一番望んでいるのはリーアンか、《リヴィエラ》か、この俺か」
「全部だ」
「それは、神に誓って不可能だ。どれか一つを選べ。リーアンと暮らす生活か。リーアンを捨てて《リヴィエラ》を追うか。あるいは、この国のどこかで俺と一緒に死ぬか」
「全部だ……。僕は三つ全部を手に入れる」
ジャックは極限と困惑の中で、そう応えた。いや、確信も見通しもなかったが、疑念はなかった。リーアンと《リヴィエラ》と《伝書鳩》のどれ一つとして、捨てられるものはなかった。《伝書鳩》が諸般の事情で死を覚悟せざるを得ない状況にいるのなら、なおさらだった。奇跡が起こると言う妄信や、何がどうなろうと、もはや自分にとっては大差はないという諦観や、そろそろ永遠の静けさを味わいたいといった唐突な気分が、渾然と絡み合った困惑の中で、「全部だ」というのは、ジャックの真意だった。 (下巻p112~113)
長い引用なりましたが、ジャックとケリーの「絆」を表す部分を、どうしても記しておきたかったんです。これははずせませんよ!
★長年の習性になってきた無表情な喋り方は、他人にそれと分かるほどの変化は受けていなかった。だが、その無表情こそ、部下を教え、鍛え、守ってきたもの、そのものだった。そういうことを、キムが分かる日もそう遠くはないだろう。 (下巻p133)
★「キム。私たちはそれぞれ、人生のそれぞれの時点で、最終的に何を優先するかを決めていかなければならない。だが仮に今、君がどういう形であれ職場を去るようなことがあったら、《リヴィエラ》の追及は誰がやる? 僕はもう歳だが、君にはまだ山ほどやることが残ってる」 (下巻p133)
★「僕は、これから真実を追究していく種を残すことしか出来ない。僕のあとを継ぐのはキムだ」 (下巻p136)
★「……モナガン。こういうことだ。たとえばジェンキンズは、警官としての立派な名誉とともに葬られる。だがキムには、この職業に就いている限りは、公には何も残らない。僕らにあるのは、国のためにわずに役に立ったという自己満足だけだ。だから彼には、《リヴィエラ》を追及し、《ギリアム》の不実を暴いたという個人的な名誉を残させてやりたい。これって、多分、身びいきになるんだろうけどね」 (下巻p136~137)
上記4つの引用。こういうのを、「ダンディズム」と言うんだろうか。あえて言うならば、「去り際のダンディズム」か。M・Gの感慨と言葉は、重いです。
★「僕は小さいころから、ときどき階段の夢を見る……。人はみな生まれたときに、自分の階段を上り始めるんだ。 (中略) 僕の階段には《リヴィエラ》がいた。アルスターにたまたまブリットがいたように、《リヴィエラ》がいた。それだけだ。いずれにしろ長い階段のどこかで、僕は必ず《リヴィエラ》に会うよ」 (中略)
「その階段て、どこまで続くんだ」
知るか、というふうにジャックは首をすくめた。
「多分、あの世のまだずっと先まで。僕は死んでも階段を上り続けるし、《リヴィエラ》もそうだ。 (中略) 父もそうだろう。最近、僕の階段というのはそういうものだという気がしている。僕の父も父自身の階段のどこかで、ウー・リャンに会ってるよ」 (中略)
懺悔の階段。《伝書鳩》は個人的にそんなことを思ったが、自分にはそんなものはなかった。これまでと同じく、最後の最後までむかつくほどの嫌悪が燃えたぎっているだけだった。 (中略)
「その階段を上り続けていくと君はやがてどこかで両親や祖父母に会って、デ・ヴァレラや、ダニエル・オコンネルに会って……」
「きっとそうだ。飢饉で死んだ先祖や、戦争で死んだ先祖に会って、オーエン・ロウ・オニールに会って、ノルマンやローマの侵略者に会って、聖パトリックに会って、クーフリンに会って……」
「最後に会うのは、フェニキア人かな」
「いや。階段の最後はきっと、まだ神も人間も住んでいなかったころのアイルランドの大地だ。草と風と空だけがある……」
なんという諦観だろうと《伝書鳩》は思った。何百年も自分の土地で血を流し続けてきたジャックらと違い、他人の土地で、他人の歴史に介入してきた自分たちに、ジャックのような諦観や懺悔が生まれるのは三百年、いや千年早いに違いなかった。 (文庫下巻p139~140)
ところどころ端折りつつも、とてつもなく長い引用になりました。ここはすっごく大好きな場面、大好きな会話なんです~。出来るならカットしたくないくらいに。
最後のジャックの台詞の、個人的なイメージ写真は、これ↓。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/54/76/06efabc13d0cd738846d361fbf61651f.jpg)
いかがでしょう? だけどアイルランドの風景ではないはず・・・あくまで私個人のイメージですので、ご了承を。
★俺は憤怒の塊だと思いながら、《伝書鳩》はその実、そのときは穏やかに目を糸のように細くしてジャックを見つめていた。世界の片隅で出会った一人の若いテロリストの顔は、血を流すことの愚かさを、無意識であれ知っている顔だった。血にまみれた後に、それを知った顔だった。そう思うと、未だその愚かさを思い知るに至らない自分自身もまた、少し慰められたような気がした。
この若者は、現世であれ彼岸であれ、やがて階段のどこかで《リヴィエラ》に会ったとき、万感の思いをこめてその顔を眺めるだけのことだろう。もはや、この若者自身の手で流される血はない。《伝書鳩》はそう予感した。それが、この若者が自ら歩くことを選んだ階段の未来だ、と。ただし《リヴィエラ》に、このジャックの達した諦観の意味が理解できるかどうかは、分からない。 (下巻p141)
ケリーのジャック評、並びに予言(苦笑) 当たったか否かは、読了された方はご存知でしょう。
★このリーアンも、サラ・ウォーカーも、自分の愛した男の罪と罰を、自らともに背負うことで、男と何か分かち合うほかなかったというのは、一面の真実に違いなかった。しかし、人生はそんなものではない。
「それは、断じて違う。ジャックがここまで来れたのは、君がいたからだ。彼が気付いていないのなら、それを彼に分からせるのは君の人生の仕事だよ」 (下巻p149)
伊達に歳をとってはいないM・G。ともに良く似た男を愛した女の性を、見抜いている。リーアンに、サラの二の舞になってほしくはないという想いが、隠されているのはいうまでもない。
★潰れたカボチャの横顔は微笑んでいたが、それはジャックの目に、きっと百年後もこのままだろうと映った永遠の静けさと空虚に満ちていた。数十年分の人生が集約し、なおも空っぽで何もない。もう足すものも引くものもなく、そうしてフィルムは止まり、《伝書鳩》はジャックの目の中で、この風の中で、すでに彼岸にいるかのようだった。 (下巻p153~154)
★ジャックの目は虚空へ流れた。疑心暗鬼や逡巡の悲嘆が、今の今、その胸のうちで激しく入れ替わっているに違いなかった。そこにいない何者かに向かって、わずかに開きかけた唇が、小刻みに震えていた。 (下巻p160)
上記2つの引用。ジャックが最後に見たケリーの姿と、M・Gからの衝撃の告白を耳にしたジャックの反応。これがジャックの中に残った、ケリー・マッカンという男の永遠のイメージなんだろうな・・・。ジャックはケリーによって、リーアンと生きることを選択したわけです。
★《伝書鳩》は海に向かって目を細めた。とっさに誰と特定出来なかった何者かに、故郷の母か、妹か、サラか、ジャックか、それらの誰かに、《伝書鳩》はそのとき、突然伝えたいと思った。この列車の地響きが、今は自分をどこかへ運んでいく風の音のようだということ。たった今、晴れがましい光の降る階段が一つ、見えたこと。 (下巻p162)
ノーコメント・・・。あえて言うなら、こんな物悲しい、いやでも感傷的にならざるを得ない「自殺」を選ばねばならなかった男を描いた場面を、私は知らない。
★時代が変わっても、人間の悲劇の質は何千年来、大して変わっていない。不正は不正、死は死なのだ。個々の悲劇を知る者の魂の構造には、若輩と老兵の差はない。もし何がしかの差があるとしたら、おそらくその者が神に出会うか出会わないかだろう。だが不幸にして、自分は神の欠伸すら聞いたこともない。 (下巻p166~167)
MI5を引退したM・Gの感慨。不変のものがあるにしても、M・Gには変化や転機がが訪れた。「神」ではなく、「人間」によってだけれど・・・。
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本日が当ブログ開設2周年の日です。おめでとう、私(←おいおい)
ご訪問者の皆様、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
2周年を記念してのプレゼント・クイズは、明日か明後日に行いますね。
『新リア王』も、ちゃんと再読してますよん♪ 第一章の榮パパの語りが一段落ついて、今は彰之が永平寺で過ごした日々を語っています。