ちょっと頑張って、もう一回分、更新します。
☆2016年(平成28年)5月13日の読書メモ☆
p141の下段~p161の中段まで。幸田さんとモモさんが襲撃された最中。
北でも南でも大差はなかった。末永の部分に立ち入るまいと、最初から決めていた。こいつらの駆け引きには、立ち入るまい。北も南も、右も左も関係ない。こいつらは、自分らにとってはただの《誘拐犯》なのだ。 (p142)
北だろうが南だろうが、国家はみんな嘘つきだ。 (p142)
土佐堀沿いを、ゆっくりと移動するジイちゃんの姿があった。夏の終わりに初めて見たのと同じ背、同じ柔らかな腕の動きだった。だが、以前、そこから発してくるように思えた秘密めいた力や、無言の語りかけはもはやなかった。幸田の目には、今、グロテスクな骨組の一つ一つが見えるだけだった。謎が解け、夢が消えると、何もかも、ただの下衆どうしの思い入れにすぎなかったかのようだった。 (p147)
幸田は護岸壁から身を離した。目を上げて空を仰いだ。そうしなければ、目の端から溢れそうになる洪水があった。二十九年間の憎悪は、今は何ほどのこともなかった。神父など、初めからどうでもよかったのだ。今はそれより、もっと別の感情が芽をふき、育ちつつあった。この老人には分かるまい。もはや人を愛することのない男には、分かるまい。 (p148)
前の再読日記では、モモさんだけへの愛かと思っていたようですが、今回初めて、モモさん、春樹、そして北川兄や野田さん、自殺したミエちゃんへの想いもふくまれているのかなあ・・・と感じました。
特にモモさんと春樹に対しては、今までの読書メモでも言及してますが、幸田さんの感情の変化が激しい。
「幸田さん、あそこへ行ってみようか……。」
モモは、フェンスの向こうの尖塔を指した。幸田は首を横に振った。あそこは遠い。絶対的に遠い。過去でも現在でもない、彼岸のように遠い、という気がした。
「……いつか、行こう。」
モモは静かに、だが、しっかりとささやいた。「いつか、行こう……」 (p150)
何度再読しても、ここははずせない。
思えば、三日間に二度も死体を見たが、どちらも自分は当事者ではなかった。悲しいという感情はなかった。ただ、空白が開き、心臓が深くうねっていた。二度と見ることのない北川の奥さんの笑みと、二度と触れることもないだろう春樹の手。どらちも、夢だったような気がした。夢が覚め、希望が一つ消えただけだった。目覚めると、世界は黙々として暗く、終わりの時に向かって進んでいる足音が聞こえるだけだった。 (p152)
入力してて、ふと、『リヴィエラを撃て』のサラの事故現場を見たリーアンの感慨が浮かんできました。根底にある何ものかが、似ているのかな、と。
モモは最近、すっかり《モモ子》が板についてきた。ちょっとした京美人だ。以前のようによく笑い、笑うと一層きれいに見える。 (p155)
ついにモモさんに対する幸田さんの視線が「京美人」まできましたよ。しかし「京美人」って曖昧な雰囲気の単語ですね。「こうだ!」という定義がない。(ダシャレじゃないですよ)
まだ夜明けは遠かったが、闇は夏の頃よりずっと透明に澄んでいるような気がした。眠気も疲れもなく、筋肉も神経も異様に冴えていた。かつて経験した、どの大仕事の時の感じとも違っていた。八月の終わりに、あのビジネスホテルで話が始まった頃、パチンコ屋から消えたモモを捜し歩いていた頃、自分の足にへばりついていた魚の目は、どこへ消えたのか。あの、闇を穿つモモの目は、何の夢だったのか。路地や神父の姿はどこへ行ったのか……。 (p159)
そういえば当初、モモさんのことを「魚の目」と称してましたね。
「十六日まで、あと四日。もう何もすることがない」とモモは笑った。
俺もだ、と幸田は適当に答えたが、ふいに、やりたいことは一杯あったような気もした。大学に入って荻窪の家を出てから十年、見事に働きづめだった。学生の頃は学資を稼ぐのに精一杯で、卒業してからは休みなく働くことで、やっと自分の爆発を抑えてきた。特別に何かやりたいことがあったわけではないが、それにしても、人に自慢出来るような話の一つもない。
「俺のマンションに来いよ」と幸田は言った。モモは、軽くうなずいた。 (p159)
「雑誌版」は「俺のマンションに来いよ」、単行本・文庫は「俺のアパートに来いよ」でした。
「十億の金塊か、モモか。どっちを取る? もう、モモにしてもらうことは全部してもらった……。もう、モモがいなくても決行はできるが、ジイちゃんがいなければ、エレベーターの細工は不可能だ。ジイちゃんを切ることは出来ない。」
「本心か? それでいいんだな……?」
「ああ。……モモに何かあったら、事が済んだ後で、ジイちゃんには首を括ってもらう。モモに何かあったら、絶対に許さない。俺も生きていけない……。」
「じゃあ、このままいくぞ……。」
そうつぶやきながら、北川は数秒、幸田の目を覗いていた。幸田は目を逸らせた。 (p160)
幸田さんの「本心」が、最後の目を逸らせたところに凝縮されているようですね。
「幸田さん、許してくれ。出ていくひまがなかった。ちょっと押し入れに入っててくれ。頼む……。」
髪の長い色白の女が、ピストルを握り締めて立っていた。だが、その目はもう、朝まで見ていたモモの目ではなかった。どこか遠い国の、プロの殺し屋の目だった。 (p160)
モモは首を横に振った。唇が少し柔らかくなり、悲しげな微笑が浮かんで、消えた。 (p160~161)
モモさんが最も綺麗なところ、美しい表情をしていたところ、もう何ものにも抗えないという諦観が生じ、せめて幸田さんだけは守ろうと決意した瞬間、でしょう。
こんなモモさんを見ては、幸田さんも冷静ではいられなくなるわなあ・・・。
明日で読了です。
☆2016年(平成28年)5月13日の読書メモ☆
p141の下段~p161の中段まで。幸田さんとモモさんが襲撃された最中。
北でも南でも大差はなかった。末永の部分に立ち入るまいと、最初から決めていた。こいつらの駆け引きには、立ち入るまい。北も南も、右も左も関係ない。こいつらは、自分らにとってはただの《誘拐犯》なのだ。 (p142)
北だろうが南だろうが、国家はみんな嘘つきだ。 (p142)
土佐堀沿いを、ゆっくりと移動するジイちゃんの姿があった。夏の終わりに初めて見たのと同じ背、同じ柔らかな腕の動きだった。だが、以前、そこから発してくるように思えた秘密めいた力や、無言の語りかけはもはやなかった。幸田の目には、今、グロテスクな骨組の一つ一つが見えるだけだった。謎が解け、夢が消えると、何もかも、ただの下衆どうしの思い入れにすぎなかったかのようだった。 (p147)
幸田は護岸壁から身を離した。目を上げて空を仰いだ。そうしなければ、目の端から溢れそうになる洪水があった。二十九年間の憎悪は、今は何ほどのこともなかった。神父など、初めからどうでもよかったのだ。今はそれより、もっと別の感情が芽をふき、育ちつつあった。この老人には分かるまい。もはや人を愛することのない男には、分かるまい。 (p148)
前の再読日記では、モモさんだけへの愛かと思っていたようですが、今回初めて、モモさん、春樹、そして北川兄や野田さん、自殺したミエちゃんへの想いもふくまれているのかなあ・・・と感じました。
特にモモさんと春樹に対しては、今までの読書メモでも言及してますが、幸田さんの感情の変化が激しい。
「幸田さん、あそこへ行ってみようか……。」
モモは、フェンスの向こうの尖塔を指した。幸田は首を横に振った。あそこは遠い。絶対的に遠い。過去でも現在でもない、彼岸のように遠い、という気がした。
「……いつか、行こう。」
モモは静かに、だが、しっかりとささやいた。「いつか、行こう……」 (p150)
何度再読しても、ここははずせない。
思えば、三日間に二度も死体を見たが、どちらも自分は当事者ではなかった。悲しいという感情はなかった。ただ、空白が開き、心臓が深くうねっていた。二度と見ることのない北川の奥さんの笑みと、二度と触れることもないだろう春樹の手。どらちも、夢だったような気がした。夢が覚め、希望が一つ消えただけだった。目覚めると、世界は黙々として暗く、終わりの時に向かって進んでいる足音が聞こえるだけだった。 (p152)
入力してて、ふと、『リヴィエラを撃て』のサラの事故現場を見たリーアンの感慨が浮かんできました。根底にある何ものかが、似ているのかな、と。
モモは最近、すっかり《モモ子》が板についてきた。ちょっとした京美人だ。以前のようによく笑い、笑うと一層きれいに見える。 (p155)
ついにモモさんに対する幸田さんの視線が「京美人」まできましたよ。しかし「京美人」って曖昧な雰囲気の単語ですね。「こうだ!」という定義がない。(ダシャレじゃないですよ)
まだ夜明けは遠かったが、闇は夏の頃よりずっと透明に澄んでいるような気がした。眠気も疲れもなく、筋肉も神経も異様に冴えていた。かつて経験した、どの大仕事の時の感じとも違っていた。八月の終わりに、あのビジネスホテルで話が始まった頃、パチンコ屋から消えたモモを捜し歩いていた頃、自分の足にへばりついていた魚の目は、どこへ消えたのか。あの、闇を穿つモモの目は、何の夢だったのか。路地や神父の姿はどこへ行ったのか……。 (p159)
そういえば当初、モモさんのことを「魚の目」と称してましたね。
「十六日まで、あと四日。もう何もすることがない」とモモは笑った。
俺もだ、と幸田は適当に答えたが、ふいに、やりたいことは一杯あったような気もした。大学に入って荻窪の家を出てから十年、見事に働きづめだった。学生の頃は学資を稼ぐのに精一杯で、卒業してからは休みなく働くことで、やっと自分の爆発を抑えてきた。特別に何かやりたいことがあったわけではないが、それにしても、人に自慢出来るような話の一つもない。
「俺のマンションに来いよ」と幸田は言った。モモは、軽くうなずいた。 (p159)
「雑誌版」は「俺のマンションに来いよ」、単行本・文庫は「俺のアパートに来いよ」でした。
「十億の金塊か、モモか。どっちを取る? もう、モモにしてもらうことは全部してもらった……。もう、モモがいなくても決行はできるが、ジイちゃんがいなければ、エレベーターの細工は不可能だ。ジイちゃんを切ることは出来ない。」
「本心か? それでいいんだな……?」
「ああ。……モモに何かあったら、事が済んだ後で、ジイちゃんには首を括ってもらう。モモに何かあったら、絶対に許さない。俺も生きていけない……。」
「じゃあ、このままいくぞ……。」
そうつぶやきながら、北川は数秒、幸田の目を覗いていた。幸田は目を逸らせた。 (p160)
幸田さんの「本心」が、最後の目を逸らせたところに凝縮されているようですね。
「幸田さん、許してくれ。出ていくひまがなかった。ちょっと押し入れに入っててくれ。頼む……。」
髪の長い色白の女が、ピストルを握り締めて立っていた。だが、その目はもう、朝まで見ていたモモの目ではなかった。どこか遠い国の、プロの殺し屋の目だった。 (p160)
モモは首を横に振った。唇が少し柔らかくなり、悲しげな微笑が浮かんで、消えた。 (p160~161)
モモさんが最も綺麗なところ、美しい表情をしていたところ、もう何ものにも抗えないという諦観が生じ、せめて幸田さんだけは守ろうと決意した瞬間、でしょう。
こんなモモさんを見ては、幸田さんも冷静ではいられなくなるわなあ・・・。
明日で読了です。