太陽を曳く馬 (「新潮」に連載中)
連載第1回、合田さんの述懐から。
空がある。
西新宿の地上五十階の高層ビルの下に立って、合田雄一郎がいま、痛いほど首を後ろに反らせて仰いだそれは、すでに築二十三年も経って白亜とは言い難くなったコンクリート塊の稜線と滲みあい、ほとんど薄汚れたシーツのような灰色をして、高さも分からなかった。しかし、ともかく空はあると、雄一郎は呟く。
この二カ月、雄一郎は何度そうして空を仰ぎ、同じことを呟いたか。自分では覚えていなかったが、呟いた直後にはいつもその自分の声を聞き、身震いをする。いまも背筋を突き抜けるような振動が一つ神経をふるわせ、それが一瞬のうちに脳のどこかを駆けめぐった末に、雄一郎は憂鬱な感じを覚えてため息を一つ吐いた。そうしてまた、空が―――と自分に繰り返し、今日は雨だからだとあまり意味のない理由をつけて、自分の眼に映る空の、高さも奥行きもない灰色一枚の広がりをとりあえず受け入れることにしたのだ。空はある、と。 (「新潮」2006年10月号)
***
現在連載中の作品から選ぶというのは反則だと思うのですが、どうしてもこれの印象が強くて・・・。
私たちと同じ、21世紀に生きている合田さん。
ああ、良かった、『LJ』で死ななくて!
***
イメージが結ぶ100の言葉と100の本 からお借りした質問に回答しています。
連載第1回、合田さんの述懐から。
空がある。
西新宿の地上五十階の高層ビルの下に立って、合田雄一郎がいま、痛いほど首を後ろに反らせて仰いだそれは、すでに築二十三年も経って白亜とは言い難くなったコンクリート塊の稜線と滲みあい、ほとんど薄汚れたシーツのような灰色をして、高さも分からなかった。しかし、ともかく空はあると、雄一郎は呟く。
この二カ月、雄一郎は何度そうして空を仰ぎ、同じことを呟いたか。自分では覚えていなかったが、呟いた直後にはいつもその自分の声を聞き、身震いをする。いまも背筋を突き抜けるような振動が一つ神経をふるわせ、それが一瞬のうちに脳のどこかを駆けめぐった末に、雄一郎は憂鬱な感じを覚えてため息を一つ吐いた。そうしてまた、空が―――と自分に繰り返し、今日は雨だからだとあまり意味のない理由をつけて、自分の眼に映る空の、高さも奥行きもない灰色一枚の広がりをとりあえず受け入れることにしたのだ。空はある、と。 (「新潮」2006年10月号)
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現在連載中の作品から選ぶというのは反則だと思うのですが、どうしてもこれの印象が強くて・・・。
私たちと同じ、21世紀に生きている合田さん。
ああ、良かった、『LJ』で死ななくて!
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