あるタカムラーの墓碑銘

高村薫さんの作品とキャラクターたちをとことん愛し、こよなく愛してくっちゃべります
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神の国の話、心の話

2005-05-05 17:44:20 | 黄金を抱いて翔べ 再読日記
5/4(祝)の 『黄金を抱いて翔べ』(新潮文庫) は、p301からp351まで、つまり最後まで読了。

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★☆★本日の名文・名台詞  からなのセレクト★☆★
これがラスト、張り切って参りましょう~♪

★それにしてもまさか、幸田があんなに盲目になるとは思わなかった。こいつは全くの誤算だ。モモに惚れたというのも意外だったが、一緒に撃たれることはねえだろう? 十年付き合っても、最後の最後で分からなくなってしまうのが幸田だ。 (p303)
「幸田ウォッチャー」北川兄の幸田さん評・その3。・・・どうコメントしていいものやら・・・(逃)

★いつもそうだった。 (中略) 人一倍神経質なのは、自分でよく分かっている。だがその神経も、大半は過去の遺物だ。何もかも一番で、完璧でないと気がすまなかったのは昔の話だ。
今は違う。考え方を根本的に変えたのだ。二番の方が、世の中よう見える。アホの方が、何にも縛られない。お偉がたを横目で見てやる方が、絶対に自分の性に合っている。二十九にもなって、自分の本性も見えんほど、俺は情けない男やない。
親父には、一生分からんやろう。優等生の人生しか知らんで、ノイローゼを《弱腰の逃避や》と言うような偉い人間には、分からんやろう。そやけど、一人の男としては、俺の方が上やで。もし子供でも作ったら、父親としても、きっと俺の方が上や。今、俺ははっきり、そう思うよ。
 (p309~p310)
かなり長い引用ですが、ここは野田さんの一世一代の名台詞と見せ場(?)なので。ここに「男の在り方」の一つがありますね・・・。○リエ○ンの意見を訊いてみたいところですが、どうせ一笑に付すんだろうなあ。そもそも「こういうタイプの男もいる」ってことが、野田さんの父親と同じく「分からんやろう」なあ・・・。

★「インポの北川浩二なんか、この世の終わりだな」
「お前なんか、お多福、百ぺんぐらいやったんだろうな」
「ああ。そうかも知れない」
「なあ、幸田。お前、いつからモモと出来てたんだ」
「最近」
「俺はなあ、人間嫌いのお前は一生、人とどうこうすることなんかないんだろうと思ってた。人間って変わっていくんだな……」
 (p336)
和やかに見える会話ですが、金地金を盗んでいる時の会話。何気なく、北川兄が幸田さんにあることを尋ねていて、幸田さんのその返答に狂喜乱舞した読者は、大多数。最後に「幸田ウォッチャー」北川兄の幸田さん評・その4も添えられて。この会話が好きだという人も、大多数。もちろん、私も好きだ♪

★北川は幸田のことを何度も思い出し、その度に、幸田はなぜ盗むのだろうかと考えたりした。犯罪の向こう側に、《人間のいない土地》があるとでもいうのか。犯罪を重ねることによって、自分の皮を一枚一枚剥ぎながら、これでもか、これでもかと自分を探しているようにも見えた。誰にも優しくなかったが、自分自身に対して、最も優しくなかった男だった。そういう幸田から、北川は一つの人間の在り方を学んだが、同時に、もっと別の道があるはずだとも思った。 (p339)
「幸田ウォッチャー」北川兄の幸田さん評・その5。「自分自身に対して、最も優しくなかった男」幸田さんの変わり様を、北川兄がどのような思いで感じ取っていたのでしょうか・・・。

★おじけづく段階はとうの昔に過ぎていた。ここまできたら、後は突っ走るだけだった。「最後の最後まで細心の注意を」というのが嘘っぱちだということは、経験で分かっていた。ロボットならいざ知らず、人間のやることは、勢いがついて初めて成功する。もはや細心の注意より、最大限の勇気と決断が必要な段階だった。 (p340)
そう、最後は逃げることに全力を傾けるだけ!

★ふと、《自由だ》と思った。 (中略) 自由の気分を味わったのは初めてだった。自由であり、少し孤独だった。《人間のいない土地》はもう、どうでもよかった。人間のいる土地で、自由だと感じるのなら。 (p347)
ついにこのような境地にまでたどり着いた幸田さん・・・。「自由」であり、「孤独」であるということ。この悲しさと淋しさを味わうことになるとは・・・。ああもう、こういう幸田さんが大好きや~ 

★「……いや。これは俺の想像だが、お前はもう、人間のいる土地でも何でもいいのだろう。きっとそうだと思う。こんなことを言うのは気恥ずかしいが、お前は確かに変わったぜ」 (p350~p351)

★「うまく言えないが……俺はお前がやっと訪ねてきてくれた、って気がするんだ。やっと、互いの顔が見えるところまで近付いた、って気がする。よく来てくれた。ほんとうに、よく来てくれた。俺は嬉しいぞ……!
なあ、幸田よ」
 (p351)
「幸田ウォッチャー」北川兄の幸田さん評・その6と7。北川兄の視点から眺めてみても、幸田さんの変化が確実にわかりますね・・・。

★そうだ、モモさん。俺はあんたと、神の国の話がしたいと思う。あんたとは、心の話がしたいと思う……。 (p351)
ラストの一文。いつも思うのは、高村さんは締めくくりの文章が秀逸だということ。これ以上、何を足せというのか・・・。何もない。

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以上で、『黄金を抱いて翔べ』 の再読日記は終わります。お疲れ様でした。

幸田さん、七変化

2005-05-05 17:41:56 | 黄金を抱いて翔べ 再読日記
5/3(祝)の 『黄金を抱いて翔べ』(新潮文庫) は、p263からp300まで読了。

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★☆★本日の名文・名台詞  からなのセレクト★☆★
見どころいっぱい♪ 辛さもいっぱい・・・。

★二十九年間の憎悪は、今は何ほどのこともなかった。神父など、初めからどうでもよかったのだ。今はそれより、もっと別の感情が芽をふき、育ちつつあった。この老人には分かるまい。もはや人を愛することのない男には、分かるまい。 (p269)
幸田さん、大変節! この人からよもや  なんて言葉が自然と出てくるとは・・・。

★「幸田さん、あそこへ行ってみようか……」
モモは、フェンスの向こうの尖塔を指した。幸田は首を横に振った。あそこは遠い。絶対的に遠い。過去でも現在でもない、彼岸のように遠い、という気がした。
「……いつか、行こう」
モモは静かに、だが、しっかりとささやいた。「いつか、行こう……」
 (p271)
このモモさんの静かなささやきが好き  ムチャムチャ好きや~!

★ふいに、やりたいことは一杯あったような気もした。 (中略) 見事に働きづめだった。 (中略) 休みなく働くことで、やっと自分の爆発を抑えてきた。特別に何かやりたいことがあったわけではないが、それにしても、人に自慢出来るような話の一つもない。 (p291)
こういう幸田さんが好きなのさ  それよりもニ○トと呼ばれている人たちに、この文章を読ませてやりたい気がする・・・。「働く」とはどういうことなのか、分かるだろうか? その一面が、垣間見えるかもしれないとは思うのだが、そもそも「働く」ことも放棄している人たちには、馬の耳に念仏かも・・・?

★「ああ。……モモに何かあったら、事が済んだ後で、ジイちゃんには首を括ってもらう。モモに何かあったら、絶対に許さない。俺も生きていけない」
モモとはもう特別の仲だ。それは北川も分かっている。
 (p292)
「特別な仲」ってどういうこと~!? ・・・と叫んだ読者さん、挙手!(苦笑) それよりもこんな台詞まで吐いてしまう幸田さんの変わりようには、感嘆するのみ・・・。

★すぐに立ち去らなければならなかった。ここは、自分のいるべき場所ではなかった。尊い死者が神の国に迎えられる場所に、なぜ自分のような者がいるのか、という気がした。 (p299~p300)
「ここ」とは、教会のこと。ちょっとネタバレするには、はばかられる部分なのでやりませんが・・・。

★天気は快晴。師走の大阪を、世紀の大泥棒が駆ける日だった。 (p300)
この文章が好きなので、取り上げました!

私だけじゃないはずだ

2005-05-03 17:28:57 | 黄金を抱いて翔べ 再読日記
5/2(月)の 『黄金を抱いて翔べ』(新潮文庫) は、p203からp263まで読了。

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★☆★本日の名文・名台詞  からなのセレクト★☆★
今回、幸田さんにみるべき部分があまりないんですが・・・。

★「あまりいい感じではないが、とにかくやってみることだ。ぶつかってみなければ先に進まないときには、ぶつかってみるしかない。一歩進んで、何もなければもう一歩進む。何かあるようなら退く。そのうち、裏切り者が尻尾を出すさ」 (p219)
モモさんのこの台詞。「幸田さんに対していろいろ含むところがあるなー」と思ったのは、私だけじゃないはずだ。

★北だろうが南だろうが、国家はみんな嘘つきだ。 (p255)
その通り! と思わず「アタ×ク25」の児○清さん風に思ったのは、私だけじゃないはずだ。

そんなとこで、何やってんねん!

2005-05-02 22:07:12 | 黄金を抱いて翔べ 再読日記
4/30(土)と5/1(日)の 『黄金を抱いて翔べ』(新潮文庫) は、p177からp202まで読了。

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★☆★本日の名文・名台詞  からなのセレクト★☆★
ここまでで物語の約半分♪ だけど今回のセレクト部分は少ないよ。 

★昨日も四年前も十年前も、等しい無関心と喪失と憎悪の中だった。 (中略) 泥棒稼業のカムフラージュでも食うためでもなく、唯一、労働によって救われていたのだ。盆暮れの起伏も、季節も、希望も何もない泥の川を、それでもやっと流れてきたのは、自分の手足を黙々と動かし続けてきたからだった。 (p193)
今読むと、この辺りは 『晴子情歌』(新潮社) に語られているテーマの1つに繋がっているような気もしますね。

★「なあ、春樹。ワルの中のワルになれよな。仲間なんか持たねえやつ。浮世のしがらみなんて関係ねえやつ。砂漠みたいなやつ……」 (p197)
これを言っている幸田さんに対して、春樹はちょっとイケナイことをしています。  幸田さんを押し倒して、腹に手を入れ、乳首をいじって・・・(赤面)  ・・・苦笑いするしかない・・・。

人間のいない土地

2005-05-01 20:42:20 | 黄金を抱いて翔べ 再読日記
4/28(木)の 『黄金を抱いて翔べ』(新潮文庫) は、p122からp177まで読了。

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★☆★本日の名文・名台詞  からなのセレクト★☆★
入力が大変だけど、セレクトするのは楽しいな~♪

★幸田は改めてモモの顔を見たが、そこにはやはり、何の表情もなかった。あの独特の親しい感じは、夜明けの薄闇の中で街を嗅ぎ回っている間にだけ生まれ、日の出とともに消えるのか。モモはいつも、明るくなっていく日差しの中で、再び何者か分からなくなってしまう。 (p131)
こんなに優しく、柔らかな視点でモモさんを感じ取る幸田さんは、ここが初めてではなかろうか。今までは、「何が悲しくてこんなに冴えねえのか」 (p50)だの、「青臭い」 (p50)だの、「自分の足の裏に貼りついた魚の目」 (p54)だの、「それにしても最悪だな、その髭」 (p79)だの、さんざんボロクソなこと思ったり言ったりしていたのに・・・。この幸田さんの変化は見逃せません!

★もはや、暴力を受けるのも加えるのも、どちらも大差はなかった。どちらも容赦なく興奮していた。獣があえぎ、勃起し、血が飛び散った。耐え難い肉体の臭気が立ち上った。この土地の人間という人間が、この六畳間にひしめいているような臭いだった。
人間のいない土地!
 (p139~p140)
北川兄がモモさんにヤキを入れているところを、幸田さんが見ている場面(←誤解を招きそうな表現やなあ・・・) ま、表現がこれも「いかにも高村さん!」ですので取り上げました。「人間のいない土地」 は、幸田さんの口癖と思考。幸田さんを語る上で、これも欠かせない単語です。

★だが、それ以上は茫々としていて、ただ胸が詰まる息苦しさと、不快な感じだけが残った。この二十数年の人生が不快であったのだから、昔にあったものどもが不快でないはずでなかった。 (p143)

★何もなく、何も変わらず、怖れも感動もなく、ただひたすら不快だった。 (p153)

「不快」という単語は、幸田さんのみならず、高村作品主要キャラクターを語る時には、ほぼ例外なく出てきますね。しかし幸田さんの場合は、「二十数年」と断言しているから、特にすごいわ・・・。

★……幸田さん。北川さんから聞いた。あんたが聖書を持っているって。
あんたのことは、ほとんど何も知らない。でも、いつか、あんたとは神の話をしたいと思う。あんたとは、心の話をしたいと思う……。
 (p166)
「心の話」・・・。モモさんの、心からの真情。もはや何を言うことがありましょう・・・。

★そうだ。ああいう手も、言葉も、自分には馴染まない。優しげに打ちひしがれた眼差しには、自分は応えるものがない。そうだ、モモさん。神の話がしたいんなら、他の奴にするがいい。俺の持っている聖書は、子供の頃、おふくろの引き出しから盗んだやつなのさ。《すべて、悪を行なう者は悟りはない》という言葉が、詩篇の中にあったろう? その通りだ。俺は自分の魂を救うために生きているんじゃない。息をしているのが、精一杯だ。俺も、春樹もだ。貴様だってそうじゃないのか……? (p169)
モモさんの想いを踏みにじるかのような、幸田さんの心情。「変わった」と思ったのは、気のせい? それとも、ちょっと突っ張っているようにも感じるのは、私の贔屓目のせい?

★「俺は違う……。以前は断ち切ることばかり考えてたが、今は違う。いろんなものを引きずったまま、どうやって生きていくか考えてるんだ。どうやって、自分を引きずっていくか……」
「俺はいらねえよ、こんな人生」
「だからって、捨てるところもないのが人生だ。どこかへ、自分を引きずっていかなきゃならないんだ」
「あんたは、それが出来る人だ。俺はだめだよ、きっと……」
 (p171)
幸田さんと春樹の会話。上記の2ページ後にでてくるのですが、幸田さん、やっぱりちょっとは「変化」してるのかな? それとも「自分も引きずったまま」で、「人間のいない土地」へ行くおつもりで?

計画は、あせらず緻密に慎重に

2005-05-01 18:18:58 | 黄金を抱いて翔べ 再読日記
4/27(水)の 『黄金を抱いて翔べ』(新潮文庫) は、p78からp121まで読了。
あらすじは書きません。『レディ・ジョーカー』(毎日新聞社) の再読日記で、あまりのしんどさに懲りた(苦笑)
それにあらすじって、書き手によって十人十色・千差万別ですからね~。「主観」や「私情」を交えず、ネタもバラさずに書くのって、ホントに難しい。

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★☆★本日の名文・名台詞  からなのセレクト★☆★
今回も目白押しですわ♪

★幸田は掴まれた手を振りほどこうとしたが、北川が力をこめてきたその手は、ビクともしなかった。こうしてこれまで、北川という男はいつも、幸田の壁を踏み越えてきたのだった。人の領域を犯し、侵入してくる北川の威圧感は、暴力と君臨の同義語だった。しかしそれはいつも、緩急自在の呼吸と、熱砂のような吐息を伴っている。幸田は反射的にそれを怖れた。普段は忘れているが、思い出すと憎悪が噴き出した。 (p87~p88)
長い引用ですが、幸田さんと北川兄との関係を知るには、最適な部分だと思うので。しかし何でこんな二人が手を組んで、上手いこと「仕事」をやり遂げてきたんでしょうか・・・(素朴な疑問)

★「俺には分かってるよ。軽い、軽いと言いながら、何一つ軽くないのがお前なのさ。そういうのが好きだがな、俺は」 (p88)
「幸田ウォッチャー」北川兄の幸田さん評・その2。・・・幸田さんって、「軽い」のか・・・?(混乱&困惑中) でも北川兄が言い切ってるしな・・・うーん・・・。

★そうして、二つのレンズを覗きながら、無意識に、闇を穿つ二つの醜悪な穴を探していた。いつの間にかその穴を共有し、一緒に逃げ、走り、呪っていた。人殺しの興奮と欲情に巻き込まれていた。
幸田は、吸いかけのタバコを素早く手の中で握り潰し、下半身に溜まった血を冷ました。寝ている春樹に気付かれずに、自分を処理するにはそれしかなかった。
 (p90~p91)
前半部分は「いかにも高村さん!」という表現ですね。問題部分は後半。ここを初めて読んだ時の衝撃は、筆舌に尽くしがたい・・・。「男の生理って、一体・・・」と思ったもん。(今も思ってる)

★それにしても、以前なら許せなかったようなミスも、今はそれほど自分を責めないで済ませている。ふと、そんなことを思った。俺は変わったんだろうか……。 (p106)
何気ない文章なんですが、今回幸田さんに注目して再読している私には、見逃せない部分。幸田さんが「変わった」という自覚をし始めた時にあたるのですから。

★計画とは、取りかかる前はいつも長い道のりに見えるが、やり出したら時を忘れるものだということを、幸田は知っていた。そのために、みんなやるのだ。 (中略) 無理がなく自然で、誰もがまだ、自分の勝手な夢を見、勝手な思惑にふける余裕がある。そんな一時期だった。 (p121)
そう、計画を立てている時が最も楽しかったりするんよね~。しかしこの人たちの「計画」は、 銀行襲撃して、金塊を奪うこと  ですから(苦笑)

黄金を抱いて翔べるものなら、翔んでみたいわ

2005-04-26 23:46:59 | 黄金を抱いて翔べ 再読日記
本日から、『黄金を抱いて翔べ』(新潮文庫) を再読しています。文庫版では、3~4回目になりますか。

周知の通り、『黄金を抱いて翔べ』 は、3パターンあります。第三回日本推理サスペンス大賞を受賞後の雑誌掲載版と、単行本版と、文庫版。
私個人の意見としては、どの高村薫作品にもいえることですが、文庫版が高村さんにとっては、「より高い完成品」 なのだと思われます。(好き嫌いの問題は抜きにして)
単行本版、文庫版、どちらも独特の雰囲気や味わいがあって、タカムラーには楽しめるのが嬉しい。


このカテゴリーでは、多少は ネタバレあり とさせていただきます。「ネタバレにするには、これはマズイかも?」と思うところは、 で警告出しますし、よっぽどの場合は白い字で、隠し字にします。

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さて、本題。レディ・ジョーカー再読日記 の最初にも綴りましたが、もう一度コピペ。
私の読書時間は、通勤電車内並びに電車の待ち時間に限られています。ですから1日約1時間あるかないかの読書時間です。当然、読み進むページ数もちょっと。しかしその分、濃密な文章を程よく消化できるのでは、と思っています。

今回の再読は、主人公・幸田弘之さんの人間性や思考と、物語に出てくる地名や場所の2つに、特に焦点をあてて読んでいます。
その理由は、前者は、この物語での私のご贔屓が幸田さんだから  後者は地どり目的です。

本日は、冒頭からp78まで読了。帰りの電車1本ずらして読みました。

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★☆★本日の名文・名台詞  からなのセレクト★☆★
私は気に入った文章や心を打った文章、名台詞だと思われる部分には付箋紙を貼り付けています。このコーナーでは、本日の読了部分に貼ったところから、いくつかピックアップしていきます。
上記にも書きましたが、特に今回の再読は幸田さんに焦点を絞っているので、かなり偏りがあるかもしれません。ご了承を。

★双眼鏡の二つのレンズの中に、自分の目を感じた。自分の眼球と、そこから額の奥へ広がる神経の動きが分かった。こめかみがチリチリし、耳の付け根が微かに引きつっている。《世界を見てる》と幸田は思った。 (p7)
《世界を見てる》幸田さんの初登場場面にヤラレた人は、数知れない(と思う) 双眼鏡やオペラグラスを使う度に、幸田さんを思い出してしまうほど、私は重症です。幸田さんの「見る」という行為や「観察眼」は、物語の後々まで重要な要素の一つになるので、ここから始まる一連の幸田さんの目線の展開は、思わず唸ってしまうほど詳細で精密な文章が続きます。

★そもそも、幸田には、年寄りはみんな非凡に見えたが、とりわけ、何十年分もの下らない雑多な生活がそれなりの完成に至り、それなりの落ち着いた相貌になるというのが、理由もなく非凡なことのように思えた。そして、自分も年を食ったらあんなふうに《出来上がる》のだろうかと、時々考える。 (p8)
《出来上がる》幸田さん? そんなの見たくないよ~    幸田さんには儚い命が似合うのよ・・・と書くと、幸田さん生存説支持派の皆さんの反感、買っちゃいますかね?  (ネタバレになるので隠し字。未読の方要注意)

★「福澤諭吉だったら、やる気はない。金塊だから、やるのさ」 (p16)
北川兄こと、北川浩二の名台詞。これが物語の内容を示していると言っても、過言ではない。

「何で銀行襲撃をしようと決めたのか、その動機が弱い」というような批判があったが、この言葉自体が「動機」だと私は思っている。
大層な理由も、大げさな理屈も要らないの。北川兄は「金塊を奪う」と決心したのだから、それで十分なの!(力説) 
大きな物事を起こす時の理由なんて、他人から見たら、大抵は小さくつまらないものですよ。某首相の某組織の民営化にかける意気込みをごらんなさい。「逆恨み」でここまで騒動を引き起こしているんだから、大したもんです。(言うまでもなく皮肉)

★生きるための仕事には、憎悪がなければならない。 (p21)
・・・そうなの・・・? だけど意味深で、考えさせられる一文。幸田さんの人生観を知るには、外せない一文だと思います。そして、この方の生い立ちが偲ばれるところでもあります。
幸田さんの抱いている憎悪。深淵の闇。それが幸田さんのやってきた《仕事》に繋がるのか。今回の一件も・・・?

★「こいつは嫌いなものはいっぱいあるくせに、好きなものが一つもねえんだ。可哀相なペシミストでさ」  (p28)
「幸田ウォッチャー」の異名をとる、北川兄の幸田さん評。この時点では「その通り」なので、反論の余地なし。

★事の正確さと可能性しか判断の基準にならない自分には、答えはいつもイエスかノーしかなかった。人を信用したこともない代わりに、本質的に疑ったこともなかったのではないか。 (p34)

★生温い肌の触れ合いより、血を見る方がいい。 (p40)

★そうして何かに占領された肉体は、しばらくは力に満ち、ある一つのリズムさえ持つからだった。神経はよく働き、目も耳も冴え、普段は見えないものが見え、聞こえない音が聞こえる。まるで、世界が一瞬鮮明な姿を現したかのようになるのだ。 (p42)

以上の例で、幸田さんの持っている特色や、その一面が垣間見えるのでは。

★「中途半端は命取りになる」 (p66)

★「失敗したら、筋もへったくれもない」 (p67)
どちらも単純な台詞かもしれませんが、幸田さんの「仕事にかけるモットー」と言ってもいい発言だと思う。

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昨年末に再読した 『レディ・ジョーカー』 の文体と比べてみたら、デビュー作でもあるせいか、短文で畳み掛けるスタイルですね。これはこれで私は好きなのですが。

うわ~、むっちゃ長くなってしまった。初回だからって、張り切りすぎたかな。