翔伯は、掛ける言葉を失った。
……どこから来たのだろうか。撫子は。
隣でうずくまってしまった金の容姿の少女。
今、翔伯が見下ろすのは、彼女の、銀の飾りの付いた黒い円筒形の帽子。小刻みにふるえている。
「おぼえて、いないのか?」
気遣う口調に、少女はかすかにうなずいた。
「おぼえていません。なにも……」
「そうか」
「気が付いたら、……森を、歩いて、いたのです」
「……そうか」
翔伯は思った。おそらく、森で何か恐ろしい目に遭ったのだと。
あの森に果ては無い。出発地点が森のはずがないのだ。だから、どこからかあの森に入って、何か思い出したくない恐ろしい目に遭って、このように震えるほど恐ろしい目に遭って。
懐郷の塔に、来たのだ。
二人、途方にくれた。月へ至る道の始めで。
「あら、……そちらの娘さんは、」
その時、声が掛けられた。
中年の女の声だった。
二人の立つ位置、井戸を挟んだ向こうから。森のある、方角から。
翔伯は声のする方向、つまり前方を見た。
そして、声を失った。
「……萩?」
……どこから来たのだろうか。撫子は。
隣でうずくまってしまった金の容姿の少女。
今、翔伯が見下ろすのは、彼女の、銀の飾りの付いた黒い円筒形の帽子。小刻みにふるえている。
「おぼえて、いないのか?」
気遣う口調に、少女はかすかにうなずいた。
「おぼえていません。なにも……」
「そうか」
「気が付いたら、……森を、歩いて、いたのです」
「……そうか」
翔伯は思った。おそらく、森で何か恐ろしい目に遭ったのだと。
あの森に果ては無い。出発地点が森のはずがないのだ。だから、どこからかあの森に入って、何か思い出したくない恐ろしい目に遭って、このように震えるほど恐ろしい目に遭って。
懐郷の塔に、来たのだ。
二人、途方にくれた。月へ至る道の始めで。
「あら、……そちらの娘さんは、」
その時、声が掛けられた。
中年の女の声だった。
二人の立つ位置、井戸を挟んだ向こうから。森のある、方角から。
翔伯は声のする方向、つまり前方を見た。
そして、声を失った。
「……萩?」