すぎな之助の工作室

すぎな之助(旧:歌帖楓月)が作品の更新お知らせやその他もろもろを書きます。

時に浮かぶ、月の残影56

2005-07-28 00:41:34 | 即興小説
「菊、」
祈職の長は、体ごと振り返った。
菊が、こちらに、出入り口に向かって歩いてくるところだった。

私が立っていたところは、入り口から進んでわずかのところだった。
目の前に広がる部屋は、「月の昇る地平」に面した大きな窓にそって、つまり塔の外壁にそって作られていた。塔の内側部分は全て壁で仕切られていて、塔の広さから考えるに、この一面の壁の向こうにはまだ部屋がある。
その「壁の向こうにあるはずの部屋」から、出てきたのだ、菊は。
だって、今まで彼女の姿はなかったのだから。

私は最初、「あら、私を出迎えに来たのかしら?」と思っていた。
幹部の娘が「きしょく」に加わるというのだから、当然の行動だと思った。
向こうから挨拶するというなら、私も応じようではないか、と、……横柄な気持ちで、いた。
でも、

「戻りなさい、菊。まだ休んでおけ」
「長。翔伯に、話したいことが、あるの。……降ります。少しの間」
長と菊との会話。抑えた調子の。当時の私はわからなかったが、深刻な様子の。
私は、それを聞いて、菊が私に挨拶するつもりがないことがわかると同時に、……翔伯の名前が耳に入って、私は、

「ちょっと! あなた翔伯と一体どういう関係なの!?」

思わず、声を荒げていた。

「あなたには関係ない」
すぐに返された答え。
私は、誰が言った言葉なのか、一瞬理解できなかった。
長の身体の向こうにいる、隠れて見えない菊本人からだった。私が期待していた、恋のさやあてのどろどろした感情は、彼女にはなく。ただ、石が石であり、木が木であると言いたいかのような、……当たり前を言う口調だった。私は、すぐに返答があったことと、そんな答え方に、虚をつかれて、くってかかることもできなかった。
「あなたには関係ない。長、私、行きます」
祈職の長は、無言で菊の進む道を開けた。
彼女が、長の右側から、姿をあらわした。
銀無垢の長衣をまとった、菊。
白い長髪。青白い肌。金色の瞳。
すげなく通り過ぎる。
……くやしいが、また、みとれてしまった。
そうだ彼女がその衣装をきているから、私は美しいと思ったのだ、と、今更気付いた。



最新の画像もっと見る