私ももれなくそうだと思いますが、
病気ブログって往々にして、病気自慢、不幸自慢なところがある。
『自分はこれだけ大変な状況だったんだよー』とか。
『現状はこんなに辛いんだよー』とか。
それは、他者に理解して欲しい。
共感して欲しい。
乗り切った、闘っている自分を知って欲しい。
無意識ながらもかまって欲しいと、思っていたり。
批判したり、共有したりと、
様々な感情が入り交じっているんだなぁと思います。
自分の考えを理解してもらえたり、
共感してもらえたり、
可哀想と思ってもらうと、
疎外感や憤り、辛さをほんのひととき忘れたり、
認めて貰えた気持ちがする。
ストレスが緩和したり、
自己肯定感が芽生えたりと、
不幸のドン底から浮上する上で大切なプロセスかもしれません。
でも、哀しみの真っ只中にいて、
心に深い傷を抱えてる時は、
寄り添ってもらえたり、慰めてもらったり、強く共感してもらうのは、
その辛い所から浮上するのには実は効果がなかったりします。
そもそも、負の感情を吐き出している時って、
右脳だけが活性化されているそうです。
そんな時に、察する能力が長けた人は
いち早く慰めてくれたり、
共感してくれる。
一しか話さなくとも、十、理解してくれる。
そんな人は素敵ですし、その人事態、最高です。
でも悲観的な状態から本当に脱け出すには、
それらの優しさはかえって逆効果だそうです。
煮えたぎる鍋に蓋をしているだけに過ぎないそうです。
一瞬、救われた気持ちになるだけで、悲観的に尚、進むそうです。
そうなると、右脳が活性化しすぎて、いつまでも客観的になれない。
自分以外をバカ呼ばわりして、
自分だけが不幸のヒロインになってしまいがちです。
本当に浮上したいのなら、
本当は察する能力が乏しい人や、
自身とは相反する考えの人や、
逆意見を云っちゃうような人を選ぶと良いのだそうです。
そして不特定の誰か、
例えばブログなんかで吐露するのは、
自分を立て直すのには絶好の場所だったりする。
現実でも、
『もうっ、なんで解ってくれないの!』
『こんな辛い思い、あんたはしてないくせに!』
と、思い腹をたてるかもしれない。
とか、思いながらも、
理解が乏しいその相手が解ってくれるように一から十まで話す。
ブログとかだと
先ずは過去や現状の説明を多かれ少なかれ、しなくてはならない。
そうすることによって、
悲観的になっている脳は次第に客観的な方向に傾き、
やがて、自分では気付かないうちに左脳が活性化され、
浮上するきっかけが生まれる。
だから、悔しい。哀しい。辛い等の負の感情を出すことは、
とても大切な作業だと思います。
それよりも、誰にも何にも吐き出すことなく、
独りで抱えている人こそ心配です。
けれど、いつまでも、
自分がとても大変で、不幸で、
それ以外の人がマシでバカだと思ってしまうのは、
とても哀れだと思います。
不幸自慢は私もします。
むしろ、しまくったかも( ̄∇ ̄*)ゞ
だけれど、
その負の感情をどうか相手をバカにすることに重点を置くのではなく、
自分がここより先に浮上する為のプロセスに使って欲しいです。
先日から、ある女性のブログ記事を読んで、思った感情でした。
戯れ言ですが、その女性が、いつか本気で笑えるように
心から願います。
かしこ。
病気ブログって往々にして、病気自慢、不幸自慢なところがある。
『自分はこれだけ大変な状況だったんだよー』とか。
『現状はこんなに辛いんだよー』とか。
それは、他者に理解して欲しい。
共感して欲しい。
乗り切った、闘っている自分を知って欲しい。
無意識ながらもかまって欲しいと、思っていたり。
批判したり、共有したりと、
様々な感情が入り交じっているんだなぁと思います。
自分の考えを理解してもらえたり、
共感してもらえたり、
可哀想と思ってもらうと、
疎外感や憤り、辛さをほんのひととき忘れたり、
認めて貰えた気持ちがする。
ストレスが緩和したり、
自己肯定感が芽生えたりと、
不幸のドン底から浮上する上で大切なプロセスかもしれません。
でも、哀しみの真っ只中にいて、
心に深い傷を抱えてる時は、
寄り添ってもらえたり、慰めてもらったり、強く共感してもらうのは、
その辛い所から浮上するのには実は効果がなかったりします。
そもそも、負の感情を吐き出している時って、
右脳だけが活性化されているそうです。
そんな時に、察する能力が長けた人は
いち早く慰めてくれたり、
共感してくれる。
一しか話さなくとも、十、理解してくれる。
そんな人は素敵ですし、その人事態、最高です。
でも悲観的な状態から本当に脱け出すには、
それらの優しさはかえって逆効果だそうです。
煮えたぎる鍋に蓋をしているだけに過ぎないそうです。
一瞬、救われた気持ちになるだけで、悲観的に尚、進むそうです。
そうなると、右脳が活性化しすぎて、いつまでも客観的になれない。
自分以外をバカ呼ばわりして、
自分だけが不幸のヒロインになってしまいがちです。
本当に浮上したいのなら、
本当は察する能力が乏しい人や、
自身とは相反する考えの人や、
逆意見を云っちゃうような人を選ぶと良いのだそうです。
そして不特定の誰か、
例えばブログなんかで吐露するのは、
自分を立て直すのには絶好の場所だったりする。
現実でも、
『もうっ、なんで解ってくれないの!』
『こんな辛い思い、あんたはしてないくせに!』
と、思い腹をたてるかもしれない。
とか、思いながらも、
理解が乏しいその相手が解ってくれるように一から十まで話す。
ブログとかだと
先ずは過去や現状の説明を多かれ少なかれ、しなくてはならない。
そうすることによって、
悲観的になっている脳は次第に客観的な方向に傾き、
やがて、自分では気付かないうちに左脳が活性化され、
浮上するきっかけが生まれる。
だから、悔しい。哀しい。辛い等の負の感情を出すことは、
とても大切な作業だと思います。
それよりも、誰にも何にも吐き出すことなく、
独りで抱えている人こそ心配です。
けれど、いつまでも、
自分がとても大変で、不幸で、
それ以外の人がマシでバカだと思ってしまうのは、
とても哀れだと思います。
不幸自慢は私もします。
むしろ、しまくったかも( ̄∇ ̄*)ゞ
だけれど、
その負の感情をどうか相手をバカにすることに重点を置くのではなく、
自分がここより先に浮上する為のプロセスに使って欲しいです。
先日から、ある女性のブログ記事を読んで、思った感情でした。
戯れ言ですが、その女性が、いつか本気で笑えるように
心から願います。
かしこ。