NYひとり旅、2日目の夕方。
〝The Villege Voice〟を購入し、NY滞在中の主要クラブのライブを確認。Fat Tuesdayでの直近のライブはDave Valentineが出演の予定だった。名前を聞いたことがある程度で、演奏は聴いたことの無いアーティストだった。だけど、とにかくFat Tuesdayに行くことだけを考え、時差ぼけなんて関係なしというわけで、とにかくさっさと行くことにした。
夕方になり、滞在中のマリリン祖母さん宅を出た。そして、NYで初めてタクシーを捕まえた。僕は慣れない旅行者ときずかれないよう、なんとなく急いでる風を装いながらイエローキャブに乗り込んだ。う~ん、西アジア系だろうか?車中はお世辞にもきれいとはいえない感じだったし、運転手と後部座席の間には透明なアクリル板のようなもので大部分仕切られていた。防犯用かなと思いながら、運転手にFat Tuesdayの住所を伝えた。運転手は相槌も無く、そそくさと車を発進させた。愛想が無いのもNY流かなぁなどとおもいながら、一息ついた。
お店のあるあたりでタクシーを降りた。お店発見。店の前で、うろちょろ。この店だと確信して中に入った。がちがちに緊張しながらメニューを見た。当然表記はすべて英語。
「ホニャララペンネ、ンッ、ペンネアラビアータ、これ聞いたことあるぞ。」
などと思いながら...そのほかにサラダを頼んだ気がする
「こんなところでライブするのかな?楽器もステージもないのに?客もまばらだな。」
と少し不安になって、しょっちゅうグラスに手を伸ばしてた間に料理が来た。
「なんか普通のスパゲッティーじゃない、そうだ、これがペンネだよな。少し辛い、あんまり美味しくないぞ、これ。」
と思いつつ、ライブをどこでやるのかが、本気で心配になってきた。
一抹の不安がよぎる。「お店、間違えたかな?」
料理も8分目ぐらい食べたころに、店員さんに英語も適当に聞いてみた。
「Where does today's live play ?」
スパッとは通じなかったけれど、ここではないことが判明。地下でやるらしい。
お金を払い、地下へ移動。ライブはそんなに興味深いものでもなく、時差ボケで途中、コクリ、コクリやってた気がする。お店の人からすると、「若い東洋人、お前、場違いだよっ」って思われていたに違いない。
帰りもタクシーでアパートまで直行した。
さて、話は変わって、ビル・エバンスのライブ アルバムの話。
1961年6月NYのビレッジバンガードでのライブを録音した〝ワルツ フォー デビー〟。
エバンス、ラファロ、モチアンの演奏だけでなく、演奏中に聞こえる観客の笑い声、拍手やグラスのぶつかる音が混じる。ライブ録音だから、よくある話ではあるけれど、このアルバムには、音楽とはあまり関係のない、雑音が結構多い。一般の音楽ファンにとってみれば、そんな雑音はないほうがいいと思うのが大半かなぁとも思う。
だけど、その雑音もまた、このライブを録音した時のビレッジバンガードの空気感、臨場感を表現している。
CDプレイヤーとアンプに電源が入り、CDの書込まれたデジタル信号をピックアップが認識する。デジタル信号が電気信号に変換され、その電流の強弱をスピーカーがを空気の振動に変える。そして、それが音として放たれ耳元に届く。鼓膜が空気の振動をとらえ、耳小骨で振動を3倍に増幅、蝸牛内のリンパ液を介し、有毛細胞が振動を電気信号に変換し神経を通り、大脳皮質の聴覚をつかさどる部分で音として認識される。
その瞬間に、僕の耳元から、あの細長い狭い階段を降りたところにあるビレッジバンガードの空間が広がり始める。そんな風に感じられるのにかかる時間は、ほんの0.1秒があるかないかだ。聴いてもらえればわかるけれども、音が出た瞬間、いや、音が出る瞬間のほんの少し前、〝ザワッ~〟というか〝ボワァ~〟というか、先駆的に何かが感じられそうな気がする。
そして、1曲目のバラード〝マイ ロマンス〟の最初の1音、ハンマーがピアノの弦をたたいた、その瞬間、この仮想の空間に、ビル・エバンスが現れる。スコット・ラファロもポール・モチアンも現れる。もう、僕は1961年6月のビレッジバンガードの中にいる。
本当にそう思える。