The Notebook Of Things I Don’t Know About

日々遭遇した出来事について、あれこれ考え、想像してみる。
ユーモアを添えて...。

『足なみの合わぬ人を咎めてはいけない... 』

2011年01月18日 12時24分30秒 | 人々

表題の言葉は、先日、発売された筑紫哲也の『国家を考える』という書籍のあとがきに記されていた言葉。全文は、

『足なみの合わぬ人を咎めてはいけない。彼はあなたが聞いているより、もっと見事なリズムの太鼓に足なみを合わせているのかもしれない。(ヘンリー・デイヴィット・ソロー)』。

佐高信は、あとがきの中で、「私は筑紫哲也ほど、その言葉が似合う人を知らない。むしろ、〝足なみの合わぬ人〟をこそ面白がったのではないか。」と記した。

菅直人首相も、この前の1月10日、この本を購入したらしい。

マスコミなどのニュースでは、相変わらず定型的表現で〝今さら?国家を考える?〟なんてヘッドラインが踊っていた。当の本人はそんな風に書かれてることなんて(おそらく)気にしないと思う。しかし、毎度毎度、同じようにあまりにも単純というか...。意識的なのか、無意識になのかわからないけれど、マスコミが安易に、つまらない足の引っ張り合いを助長してしまうのだけは、止めてもらいたいと思う。

別に僕は民主党を応援しているわけではない。管首相を応援しているわけでもない。

ただ、〝足の引っ張り合い〟がネタになってしまう風潮が、現状をますます悪い方向に進めている、ということを、それなりの人数の人がわかっていながら、なのに、そのような風潮が、悔しいかな、蔓延していることを、つまらないと思っているだけだ。

 正しいことを言うときは
 少しひかえめにするほうがいい
 正しいことを言うときは
 相手を傷つけやすいものだと
 気付いているほうがいい    吉野 弘 『祝婚歌』より 

まだまだ大きな声をあげたもん勝ちの今の社会や各種業界。
圧倒的に部分最適でしかものをみない現在の社会や各種業界。

この前読んだ池上彰さんの本でダライ・ラマ14世があげていた〝ホリスティック〟というキーワードがあった。現在までの科学の進歩の進み方は大まかに言うと〝還元主義〟。それを基調として経済的にも還元的なものの考え方が支配している(ように思える)。〝ホリスティック〟は、それとは反対の意味で使われる哲学的用語。〝グローバル〟〝グローバリズム〟という言葉が2000年前後から使われ始めてきたけれど、〝ホリスティック〟と〝グローバリズム〟という言葉は、本来、同じような意味を含有していたんじゃないだろうか。でも、現状は...う~ん?難しい...問題だ。

本当に正しいことは、大きな声をあげなくても、多くの人に共感される、そんな世の中にいつなるのだろう?22世紀か?23世紀か?


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