真実
「私たちは見知らぬ他人なのよ。警察が来ても自然に振舞って。大丈夫よ」
雪子と雄太が関わっている事を物語るその台詞に藤木は愕然とした。
あの二人が知り合いだとしたら接点はどこにあるのか。
上司に報告すべきなのはわかっていた。しかし、それは出来ない。
すでにこの事件は自殺の方向で捜査を終えようとしている
上司に報告したら、再捜査の可能性もある。雪子を傷つけたくない。
翌日の午後、藤木はアパート「太陽荘」へ向かった。
入口近くの管理人室と表札の出ているドアのチャイムを鳴らした。
「は~い」という声と同時にドアが開く50代後半の中年女性が顔を出した。
藤木は警察手帳を見せる。中年の女性の顔つきが変わった。
「2階の奥の田代雄太さんの件でお尋ねしたいのですが」
既に半分好奇の表情になっている。
「どのようなことでしょうか?」
「彼はいつこちらに引越して来ましたか?」
「田代雄太・・・ちょっと待っていてくださいね」
管理人は分厚いファイルを持ってきた。玄関先で広げページをめくる。
「ここのオーナーは、不動産業者に委託するとお金かかるからと、
私にできる仕事どんどん持ってくるから嫌になるわ。
ここのアパート住人の情報も私が保管してるのよ」
愚痴が日々のストレスのはけ口のように止まることがなくしゃべり続ける。
管理人の手が止まった。
「あっ、これだわ。田代雄太さんは、1年程前に入居していますね」
「保証人の連絡先はわかりますか?または本籍地は?」
「保証人も本籍地も同じ名前で、田代秀夫と書いてあります。父親です」
「住所を控えさせてください」管理人はファイル帳を差し出しながら、
尚も聞きたいそぶりだ。好奇心の表情を無視してメモ用紙に住所を書く。
「ご協力ありがとうございました」
上司に知れたら首だなと思う。しかし、それでも足が動いてしまう。
自分でもどうすることができない何かが体の中を突き動かしていた。
藤木は休日、田代雄太の故郷である大分県へと向かった。
新幹線に乗って5時間、田代雄太の実家に到着した時は夕闇が迫っていた。
藤木は住所を頼りに迷いながらようやく田代秀夫の家を見つけた。
古い建物だが、整然としている。門のチャイムを鳴らす。
「どちらさまでしょうか?」「突然すみません。東京の大田警察署の藤木と申します。
田代雄太さんの件でお聞きしたことがありまして」
「雄太のことですか?ちょっとお待ちください」玄関から40代くらいの女性が出てきた。
「雄太の母ですが、何かあったのですか?雄太は今どこにいるのですか?」
「雄太君は東京にいます。知らないのですか?」
「雄太が何かしたのですか?東京の警察の方が、
ここまで調べに来るなんて雄太が事件でも起こしたのですか?」
「いえ、ある事件のことで調べていまして」
藤木は大分までくるからにはそれなりの訳があるだろうと詰め寄られことを覚悟していた。
が予想に反した反応が返ってきた。
「私がいけないのです。雄太が家を出て行ったのは私のせいなんです。」と涙ぐんだ。
「ここでは話せないことなので、駅前の喫茶店「バード」で待っていてくれませんか。
1時間後に行きます。そこでお話しします」
藤木は承諾して、先に駅前の喫茶店で待った。コーヒーを注文する。
しばらくして、店のドアから、雄太の母親が入ってきた。
強張った表情で藤木の前に座る。ウエイトレスにアイスコーヒーを注文する。
二人の間に沈黙が続く。
母親は運ばれてきたアイスコーヒーをストローを使わず喉に流し込んだ。
そして、藤木の顔を正視して語り始めた。
「私達夫婦には10年間子供が出来ませんでした。
子供が欲しくて、養子をとろうかと真剣に考えていました。
そんな時知人から、生まれたばかりの赤ん坊を実の子供として
育ててくれる人を探していることを知りました。私たちは迷うことなく承諾したのです。
実子として戸籍に載せるのは、闇のルートを使いました。
そして私達夫婦は生まれてまだ1ヶ月の雄太を引き取ったのです。
でも皮肉なものですね。雄太が7歳の時私は妊娠しました。
生まれてみれば、やはり我が子は可愛い。
私も夫もいつしか血のつながりのある我が子だけに愛情を注ぎました。
雄太は敏感に家庭状況を悟っていったようです。
日々変わっていく私や夫の雄太へのぎこちない態度に耐えられず
中学卒業後すぐに家出をしてしまったのです。そして今も尚音信不通なのです」
「そうですか・・事情はわかりました。
踏み込んだ質問をしますが、その古いお知り合いの方はどのようにして
雄太君の存在を知ったのでしょうか?」
一瞬躊躇した表情を見せた。
「いえ、プライバシーのことですので、お話したくなのでしたら無理にとは言いません」
「いえ、ここまで話したら全てお話したことも同然ですからお話しします。
確か海野さんという方だったと思います」
「海野?今海野と言いましたか?」
「ええ、海野さんの親族の方が私の知人に相談して私達夫婦の元へお話があったのです」
高校生で出産して育てられる環境ではなく、可愛がってくれる夫婦の元で
育って欲しいと知人に相談されたと聞いています」
口の中が乾いて息が苦しい。
しかし、確かめなければならない。
「その海野さんという方はどこにお住まいですか?」
「ええっとW市です」
「W市!」
「孫が不憫だと泣いていたそうです」
「孫といいますと?」
「その方のお孫さんが出産したと聞きました。海野さんを知っているのですか?
その方の孫が生んだ子供を私達夫婦が引き取ったのです」
何か話そうとしても言葉が出てこない。
海野は雪子の母方の姓だ。
そして大分県W市に祖母がいることも雪子から聞いていた。
女子高校生の出産、その繋がりがどこへいこうとしていたのか?
思考はある考えで止まった。足元が震えた。
田代雄太は自分と雪子の子供なのか?
続く・・・
「私たちは見知らぬ他人なのよ。警察が来ても自然に振舞って。大丈夫よ」
雪子と雄太が関わっている事を物語るその台詞に藤木は愕然とした。
あの二人が知り合いだとしたら接点はどこにあるのか。
上司に報告すべきなのはわかっていた。しかし、それは出来ない。
すでにこの事件は自殺の方向で捜査を終えようとしている
上司に報告したら、再捜査の可能性もある。雪子を傷つけたくない。
翌日の午後、藤木はアパート「太陽荘」へ向かった。
入口近くの管理人室と表札の出ているドアのチャイムを鳴らした。
「は~い」という声と同時にドアが開く50代後半の中年女性が顔を出した。
藤木は警察手帳を見せる。中年の女性の顔つきが変わった。
「2階の奥の田代雄太さんの件でお尋ねしたいのですが」
既に半分好奇の表情になっている。
「どのようなことでしょうか?」
「彼はいつこちらに引越して来ましたか?」
「田代雄太・・・ちょっと待っていてくださいね」
管理人は分厚いファイルを持ってきた。玄関先で広げページをめくる。
「ここのオーナーは、不動産業者に委託するとお金かかるからと、
私にできる仕事どんどん持ってくるから嫌になるわ。
ここのアパート住人の情報も私が保管してるのよ」
愚痴が日々のストレスのはけ口のように止まることがなくしゃべり続ける。
管理人の手が止まった。
「あっ、これだわ。田代雄太さんは、1年程前に入居していますね」
「保証人の連絡先はわかりますか?または本籍地は?」
「保証人も本籍地も同じ名前で、田代秀夫と書いてあります。父親です」
「住所を控えさせてください」管理人はファイル帳を差し出しながら、
尚も聞きたいそぶりだ。好奇心の表情を無視してメモ用紙に住所を書く。
「ご協力ありがとうございました」
上司に知れたら首だなと思う。しかし、それでも足が動いてしまう。
自分でもどうすることができない何かが体の中を突き動かしていた。
藤木は休日、田代雄太の故郷である大分県へと向かった。
新幹線に乗って5時間、田代雄太の実家に到着した時は夕闇が迫っていた。
藤木は住所を頼りに迷いながらようやく田代秀夫の家を見つけた。
古い建物だが、整然としている。門のチャイムを鳴らす。
「どちらさまでしょうか?」「突然すみません。東京の大田警察署の藤木と申します。
田代雄太さんの件でお聞きしたことがありまして」
「雄太のことですか?ちょっとお待ちください」玄関から40代くらいの女性が出てきた。
「雄太の母ですが、何かあったのですか?雄太は今どこにいるのですか?」
「雄太君は東京にいます。知らないのですか?」
「雄太が何かしたのですか?東京の警察の方が、
ここまで調べに来るなんて雄太が事件でも起こしたのですか?」
「いえ、ある事件のことで調べていまして」
藤木は大分までくるからにはそれなりの訳があるだろうと詰め寄られことを覚悟していた。
が予想に反した反応が返ってきた。
「私がいけないのです。雄太が家を出て行ったのは私のせいなんです。」と涙ぐんだ。
「ここでは話せないことなので、駅前の喫茶店「バード」で待っていてくれませんか。
1時間後に行きます。そこでお話しします」
藤木は承諾して、先に駅前の喫茶店で待った。コーヒーを注文する。
しばらくして、店のドアから、雄太の母親が入ってきた。
強張った表情で藤木の前に座る。ウエイトレスにアイスコーヒーを注文する。
二人の間に沈黙が続く。
母親は運ばれてきたアイスコーヒーをストローを使わず喉に流し込んだ。
そして、藤木の顔を正視して語り始めた。
「私達夫婦には10年間子供が出来ませんでした。
子供が欲しくて、養子をとろうかと真剣に考えていました。
そんな時知人から、生まれたばかりの赤ん坊を実の子供として
育ててくれる人を探していることを知りました。私たちは迷うことなく承諾したのです。
実子として戸籍に載せるのは、闇のルートを使いました。
そして私達夫婦は生まれてまだ1ヶ月の雄太を引き取ったのです。
でも皮肉なものですね。雄太が7歳の時私は妊娠しました。
生まれてみれば、やはり我が子は可愛い。
私も夫もいつしか血のつながりのある我が子だけに愛情を注ぎました。
雄太は敏感に家庭状況を悟っていったようです。
日々変わっていく私や夫の雄太へのぎこちない態度に耐えられず
中学卒業後すぐに家出をしてしまったのです。そして今も尚音信不通なのです」
「そうですか・・事情はわかりました。
踏み込んだ質問をしますが、その古いお知り合いの方はどのようにして
雄太君の存在を知ったのでしょうか?」
一瞬躊躇した表情を見せた。
「いえ、プライバシーのことですので、お話したくなのでしたら無理にとは言いません」
「いえ、ここまで話したら全てお話したことも同然ですからお話しします。
確か海野さんという方だったと思います」
「海野?今海野と言いましたか?」
「ええ、海野さんの親族の方が私の知人に相談して私達夫婦の元へお話があったのです」
高校生で出産して育てられる環境ではなく、可愛がってくれる夫婦の元で
育って欲しいと知人に相談されたと聞いています」
口の中が乾いて息が苦しい。
しかし、確かめなければならない。
「その海野さんという方はどこにお住まいですか?」
「ええっとW市です」
「W市!」
「孫が不憫だと泣いていたそうです」
「孫といいますと?」
「その方のお孫さんが出産したと聞きました。海野さんを知っているのですか?
その方の孫が生んだ子供を私達夫婦が引き取ったのです」
何か話そうとしても言葉が出てこない。
海野は雪子の母方の姓だ。
そして大分県W市に祖母がいることも雪子から聞いていた。
女子高校生の出産、その繋がりがどこへいこうとしていたのか?
思考はある考えで止まった。足元が震えた。
田代雄太は自分と雪子の子供なのか?
続く・・・