朝がまた来る

旧ブログ名「母のようになりたくないのに」です。
毒親、ママ友、育児、病気のこと…40代パート主婦が呟いています。

鳴り止まない電話。

2021-05-26 22:26:01 | 病気のこと

今日は「糖尿病内科」の受診日でした。

私がお世話になっているクリニックは受付の方も看護師さんも、そして先生も…皆さんいつも優しく、穏やかな雰囲気がすてきなクリニックです

下の子の幼稚園生活で目まぐるしい日々を送ってたとは言え、何の連絡も入れず自分勝手に治療を断ってしまった私の治療再開を受け入れてくださいました。

先生は私が「心療内科」に通院していることも知っています。

治療を再開し始めた時“もしかしたら怒られるかも…”とビクビクしていた私に「焦らず、じっくり病気と向き合っていきましょう。」と仰ってくださいました

今日の診察でも「HbA1cの数値が〇〇を切りましたよ!この調子です!(拍手付き)」と褒めてくださいました。「三歩進んで二歩下がる」ゆっくりゆっくりとしか努力できない私をいつも励ましてくださいます。

 

しかし、今日のクリニックの様子はとても慌ただしい感じがしました。

基本的に「予約制」のクリニックなので、待合室は混んでいても4,5人程しかいません。

しかし、今日の待合室はいつもより倍近くの患者さんが診察を待っていました。待合室の椅子もこのご時世なので間隔を空けて座ります。今日は間隔を空けて座ることが出来ないほど混んでいました。

そしていつもと一番違う所は鳴り止まない電話です。

2回線あるクリニックの電話は1つ対応したらまた鳴りはじめ、1つ対応したらまた鳴りはじめ…

“コールセンターなの!?”と思うほど次から次へと電話がかかってきます。

街のお知らせを読んで知っていましたが、ここのクリニックは新型コロナワクチンの個別接種を受け入れてくれる医療機関でした。

現在ワクチンは高齢者を優先的に接種しています。

マスクをかけて高齢者の方と電話…

聞く力が衰えている相手との会話…

私も接客を伴う仕事をしているのでわかります…

電話対応をしているスタッフさんの声は自然と大きくなります(それでもキンキン声で張り上げないのがすごい

同じ相手に同じ内容を何度も何度も繰り返して説明をしている様子…

クリニック側は何も悪くないのに「申し訳ございません、申し訳ございません。」と電話の相手に向かって謝っている様子…(「何度も電話しているのに何で繋がらないんだ!」みたいなことを言われているようでした。)

診察前の採血に呼ばれた私は、思わず看護師さんに「電話…大変ですね。」と。

看護師さんは「〇日からずーーーっとこの調子なんですバタバタしてごめんなさいね」と。

「全然気にしないで下さい街のお知らせを読んで知っていましたから。でもこんなに電話が鳴りやまないなんて…スタッフさんの喉が枯れないか心配です

「ホントよね~正直…もう少し円滑な方法がなかったのかなー?って思っちゃう

子どもが赤ちゃんの時の集団予防接種の方法とか、選挙の投票をする時のシステムを利用してみるとか…

(コロナワクチンの接種方法は)まぁ…頭のいいお役人さんが考えた方法なんでしょうねぇ(ちょっぴり嫌味

採血をしながらそんな会話をしました。

採血後の診察中も電話は鳴り止みません。

先生にも「電話対応大変ですね」と話しかけてしまいました。

先生は「高齢者の接種がある程度終わったら、(持病持ち&一般接種のために)日曜日もクリニックを開けようかな」と仰いました。

えええええーーーー!!先生とスタッフさんの体が心配ですーーーーー

昨日の夜、夫に「明日の診察ついでにママちゃんがいつ頃ワクチン打てるか聞いてみたら?」と言われましたが…とてもとてもそんなことを聞けませんでした

受付で会計と次回の予約を取ってもらった時も「電話(対応)…がんばってください。」とスタッフさんに声をかけてクリニックを後にしました。

次の診察の時に“のど飴”の差し入れをしようかな。袋(個包装)に入っている飴だから差し入れしても大丈夫…だよね。

 

いつもブログをご覧いただきありがとうございます!

医療従事者の皆様には本当に・感謝・感謝・感謝しかありません。

どうかお体を大切に…そして、少しでも医療従事者の皆さんの負担にならないよう、私たちも感染対策の徹底に努めましょう。


糖尿病の話⑥(最終話)

2021-04-12 17:39:38 | 病気のこと

地獄の「下の子年長さん時代」が終わり

引っ切り無しにやってくる幼稚園ママたちからのLINEも静かになり

Qちゃんとの「ママ友付き合い」にも終止符を打ちました

下の子も落ち着いてきて

上の子の頑張りたいことに付き合うことができて

あぁ…ようやく「糖尿病」と向き合える、今度こそ…ちゃんと…

 

“自分の体を大事にできるのは自分しかない”

そう思っていた矢先「新型コロナウイルス」がじわりじわりと猛威を振るってきました。

休校、在宅ワーク、ステイホーム、自粛、マスク不足、買い占め…そして芸能人が自ら命を絶ってしまうニュース

心の余裕がどんどんなくなっていきました。

答えの見えない焦りや不安がどんどん募りました。

心療内科に通うきっかけ① - 母のようになりたくないのに

 

心療内科に通うきっかけ② - 母のようになりたくないのに

詳しくはこちらをご覧ください。

 

クリニックに行かなくなっても頭の片隅に「糖尿病」のことはありました。

子どもたちの為にも1日でも早く糖尿病の治療を始めなくちゃ。

でも、こんな精神状態で「糖尿病」の治療と向き合えるかな。

食事管理、糖質制限、運動…バランスよくやっていけるかな。

もし何かのきっかけで心が爆発したら…

 

そんな時、LINEの「LINEヘルスケア」が3回まで相談無料というのを見つけました。

様々な年代のお医者さんがいて、診察内容も幅広く相談できます。

私は糖尿病内科について相談ができる女性医師にLINEで相談してみました。

「糖尿病の治療を途中で辞めてしまったが再開したい、だけど今は心が疲れて前向きになれない。心療内科と糖尿病内科どちらを先に受診したらいいですか?糖尿病内科のクリニックの先生がとても自分に合っていた先生なので、できれば同じクリニックでお世話になりたい。でも先生に治療を途中で投げ出した事を怒られたら…ますます落ち込んでしまいます。いい年して情けないのですが、どうしたらいいでしょうか?」

はぁ…今読み返しても情けないことを聞いています

先生はとても優しく丁寧に答えてくださいました。その中で「通院再開でクリニックの先生も好意的にみてくださるかと思います」という一言が私の背中を押してくれました。

そして「このような(コロナ渦)状況下だからこそ、受診をおすすめします。」と…

 

このような状況下だから、休校明けの子どもたちは暑い中マスクをつけて登校しています。

このような状況下だから、友だちとの外遊びも我慢しています。

このような状況下だから、習い事の練習時間が時短になっているので毎日家で自主トレをしています。

 

子どもたちはずっとコロナと向き合い我慢していたんだ

なのに私は弱音ばかり吐いて。答えの出ない事でいつまでも不安になって、焦って。

私はこのような状況下だからこそ、自分を変えなければ!

まずは心のバランスを整えよう。

そして心療内科に通院し始まました。心療内科の先生にも「心が安定したら糖尿病の治療とも向き合いたい」とお話ししました。

心療内科に通院して数か月後

いよいよ「糖尿病内科」の通院を再開しようと決意しました。

久々にクリニックに電話を入れ、診察の予約を取りました。

診察当日。まずは血液検査から始まりました。その後10分ほど待合室で名前が呼ばれるのを待ちます。

「おまたせしました~。けめこさーん。」(私が通っているクリニックは看護師さんではなく、先生自ら呼んでくれます。)

「お、おひさしぶりです…。よろしくおねがいます…」

カルテに目をやった先生が「あら!おひしぶりですねー!」と言ってくれました。

診察室に“会話はなるべく控えめに”と貼ってあったので、きちんと一言ことわってから今までの経緯を伝えました。心療内科にかかっていることも。

先生は「大変でしたね。でも、また一から頑張りましょう。」笑顔で話してくれましたが「まぁ~、数値も見事に逆戻りしちゃってますしね」とチクリ。

今はとにかく平常心で、心をあまり乱さないよう「糖尿病」と向き合っています。

年齢を重ねるごとに血糖値のコントロールも難しくなっていくかもしれません。

合併症にも気を付けなくてはいけません。眼科と歯科にも定期的に行かなくてはいけません。(現在虫歯の治療中)

我が家の子ども達は「おばあちゃん」を知りません。子ども達が将来家庭を築くのか、子どもを授かるのかわかりません。

だけどもし、私が「孫」と出会えたら…いっぱい!いーーーーーっぱい!可愛がって、「親」になった我が子たちのサポートをしてあげたいな。

そのためにも元気でいなくちゃ。

 

ブログをご覧いただきありがとうございます!

「LINEヘルスケア」に相談していなかったら、私は今でも一人で悩みを抱えていたかもしれません。

お医者さんと“文章”でやりとりするので、自分が伝えたいことを慌てず焦らず伝えることができました。

落ち着いてお医者さんとやりとりをすることが出来たから、「心療内科」にも「糖尿病内科」にも実際に通院することができたんだと思います。


糖尿病の話⑤

2021-04-08 19:51:03 | 病気のこと

「妊娠糖尿病」になると、産後血糖値が通常の数値に戻っても「糖尿病」になるリスクがぐんと高くなります。

2回の「妊娠糖尿病」を経験した私は下の子を出産後、定期的に血液検査をすることになり、近所の総合病院にお世話になっていました。「いました」…過去形です

乳児と幼児を連れての病院通い。

総合病院って診察を予約してきているのに待ち時間が長いですよね

乳児と幼児…退屈しますよね

2人同時にぐずった時にゃ…心折れますよね

「事前に一時保育の予約を…」と思っても日頃の2人育児に追われ忘れてしまいます

この頃上の子は絶賛赤ちゃん返り中で、順調にいってたトイレトレーニングが逆戻り

下の子はよく飲み、よく眠り、そしてよく動くのですが、何故か乳母車に乗車拒否する子でした

 

それでも頑張って何度か病院に通いました。

「問題ないですね。」

「正常値ですね。」

「大丈夫ですね。」

検査の結果にホッとして、ホッとし過ぎて…病院から足が遠のいてしまいました

本当にこれは私がいけません。子育てが忙しいとか、検査結果に問題がなかったとか、ただの言い訳です。

病院に行かなくなってから月日は流れ、

糖尿病の話①(妊娠糖尿病編) - 母のようになりたくないのに

ここに話は戻ります。

奇しくも胃腸風邪で救急外来のお世話になった病院と、産後定期的に血液検査をしてもらったは同じ病院でした。

あの頃乳児と幼児だった子ども達も成長し、小学生と幼稚園児になりました。

私は仕事をしていましたが日中の仕事ではなく、週3回夜9時から数時間だけバイトをしていました。(何かと親の出番が多い幼稚園に通っていたため日中働くのが難しかったのです。)

日中一人で行動できる時間もできたし、乳児と幼児を連れて通院していた頃より負担はなくなったよな…

だけど総合病院の待ち時間の長さは嫌だなぁ…

私はネットで「糖尿病内科」を検索し、家の近所のクリニックに診察の予約を取りました。

「妊娠糖尿病」を2回経験していること、産後何度か総合病院で検査をしていたが、忙しさにかまけて疎かにしてしまったこと。

クリニックの先生に正直に話しました。

「そんなの言い訳でしょ!」と怒られるかな…と内心ドキドキしましたが

「食事管理とお薬で診ていきましょう。お薬で落ち着いてきたら、通院も1か月に1度でいいですよ。」

ε-(´∀`*)ホッ

それから暫くの間、定期的にクリニックに通いました。

食事管理も「妊娠糖尿病」の時ほどギチギチに厳しくしませんでしたが、食べ方や糖質の取り過ぎに気を付けました。

この頃私は「かかりつけ医」がなかったのでここのクリニックを「かかりつけ医」にしよう。風邪をひいたときも、花粉症の症状が酷い時もここにお世話になろう。と考えていました。

クリニックの先生も「心電図やレントゲンも撮れますよ。健康診断も診ますよ。」と仰ってくれました。

 

なーーーーのーーーーにーーーー

 

あの地獄の「下の子年長組時代」が始まります

詳しくは

 

幼稚園ママの話① - 母のようになりたくないのに

ここから

幼稚園ママの話⑩(最終話) - 母のようになりたくないのに

ここまでをご覧ください。

(もしよろしかったらこの間にある「うちの子の問題行動」もぜひ

ママ友トラブル、卒対写真紛失事件、我が子の問題行動、夜遅くまでひっきりなしにやってくるLINE…、

自分の体のことを考える時間すらありませんでした。

予約していたクリニックの日にPTAや、卒対や、下の子の事などで呼び止められなかなか家に帰れません。

最初の頃は予約の変更や、お薬だけでも…とクリニックに連絡をしていました。

しかし、卒園間近。

もう何をやってもうまく回らない毎日でしたが、なんとか!なんとか!卒園式は笑顔で迎えたい。泣くなら「悔し涙」じゃなく「感動の涙」を流したい。下の子の晴れ姿を見たい!

そのことに全てを捧げていました。

 

しかし、これも言い訳です。

わたしはまた通院が遠のいてしまいました。

 

いつもブログをご覧いただきありがとうございます!

言い訳三昧ですよね

こうして何かにつけて言い訳するところも母に似ていて嫌になります。

「私は悪くない!!パチンコで勝った時のお金は家のために使った!!」と言い訳していた母に…


糖尿病の話④(妊娠糖尿病編)

2021-04-05 22:38:07 | 病気のこと

私は一人っ子で、両親は不仲で、母親は毒親で…家にいて安らぎを感じたことがありませんでした。

習い事、部活、進学、就職

友だち付き合い、好きなこと、興味があること

何から何まで反対され、否定され、貶されて育ちました。

だけど唯一自分で決めたこと、それは「結婚」です。家庭を持つことだけは自分の意志で決めました。

あったかい家庭を築こう。太陽のようなお母さんになって我が子を育てたい。

「妊娠糖尿病」のリスクも分かっているし、我が子にも「糖尿病」の血統を継がせるリスクもわかっています。

だけど私は我が子に「きょうだい」がいる家庭を作りたい、築きたいと結婚前から望んでいました。

そして2人目を授かりました。

 

2人目の出産も家から数駅離れた「総合病院」でお世話になりました。

「経産婦さんだし、前回のこと(妊娠糖尿病)も分かっているから大丈夫だよね。また頑張ろうね。」と助産師さんが仰ってくれました。

私はまた「食事管理」と「運動」で血糖値のコントロールに努めましたが、その時上の子が2歳くらい。なかなか自分の時間が取れません。

少し離れた公園までバギーを押して歩いたり、子どものお昼寝の時間に合わせてウォーキングに出たり、バギーの車輪が取れるんじゃないか!?と思うほどバギーを押して歩きました。

が、やはり一人目の時のようにうまくはいきません。前回は妊娠後期で使い始めた「インスリン注射」を今回は妊娠中期で使い始めました。

「妊娠糖尿病」の患者なので、通院も普通の妊婦さんより多く通います。

産科、内科、眼科、歯科

特に内科は診察までの待ち時間が長かったです。2歳の上の子は「一時保育」に預けて通院していました。

「経産婦さんだし、血糖値のコントロールもできているから“管理入院”はなしでいいですよ。」

“管理入院なし”は本当にありがたかったです。「計画分娩」ギリギリまで上の子と一緒に過ごすことができました。

上の子の時よりもあっという間に過ぎていった下の子の妊婦生活。

澄んだ青空に暖かい日差しが降り注いで「いい天気だなー。こんな日に生まれてくる子は幸せだなー」と病室で手術の順番を待っていたら、主治医の先生が来て「けめこさん、手術の順番早くなってもいい?」と突然の連絡が慌てて夫に連絡し、夫も慌てて上の子を保育園に預け、タクシーに乗り…まぁまぁギリギリなところで間に合いました

手術室に向かう私も心の準備がまだ整い切れていません

でも、その時お世話になった看護師さんがあの「Aちゃん」にそっくりで!!

 

私の両親③ - 母のようになりたくないのに

(詳しくはこちら)

だんだん下半身麻酔が効いてきてるのに何だか急に不安になった私はAちゃんにそっくりな看護師さんに「すみません…急に怖くなってきちゃって。手をつないでもらえませんか?」とお願いしました完全に麻酔が効くまで手を握ってもらいました。

そして生まれてきた2人目の我が子は…やっぱり「隔世遺伝」で義父にそっくりでした

下の子は「低血糖」や「黄疸」の症状がなく、手術の2日後には母子同室で過ごすことができました。

上の子よりも約1000グラム大きく生まれてきた下の子。体が大きい分、母乳を飲む力も強いです。

私も2人目ということで心に余裕があったのか、1人目の時のような「石橋をたたいて渡る」子育てはしませんでした。

(ところがこの下の子…数年後に「問題行動」を起こして私を悩ませます

 

うちの子の問題行動(前編) - 母のようになりたくないのに

 

うちの子の問題行動(後編) - 母のようになりたくないのに

(詳しくはこちら)

 

下の子の1か月検診と、私の産後1か月検診、そして私の経口ブドウ糖負荷テスト」。

全て「問題なし」という結果をいただきました。

しかし、内科の先生が「2回“妊娠糖尿病”で出産しているから、今後“糖尿病”になるリスクがぐんと高くなります。定期的に内科を受診してくださいね。」と仰いました。

家の近くの「総合病院(産科がない病院)」に紹介状を書いてもらい、定期的に健康診断を受けるはず…はず…は…ず…でした

 

いつもブログをご覧いただきありがとうございます!

「一時保育」は本当にお世話になりました。利用日(利用月)の1か月前に電話予約をするんですけど、まるでチケットぴあに電話をかけるくらい争奪戦でした

「一時保育」で給食を食べてくる日もあり、また先生との「連絡帳」のやりとりもありました。

ちょうど「トイレトレーニング」を始めていたので連絡帳に「今日は自分で“トイレに行くー”と言っていました。」とか、「公園遊びの時間に“ママは赤ちゃんがいるから病院なの”と教えてくれました。」など…上の子の様子を読むのが楽しみでした。保育時間に作った折り紙のプレゼントや、外遊びで拾ってきた小石のプレゼントも嬉しかったです。小石…めっちゃたまりました(笑)

親が長期入院したり、私のように出産で日中育児ができない場合の保育サポートの制度もあります。自治体で様々だと思いますが2~3週間くらい保育園に通うことができる制度です。

下の子を出産して間もなく、初めて上の子がお見舞いに来てくれた日。

エレベーターの前で私が待っていて、扉が開いた瞬間。

上の子は振り絞るような声で「…っ!ママ…」と私を呼び抱き着いてきてくれました。

私はあの時の光景を一生忘れません。


糖尿病の話③(妊娠糖尿病編)

2021-04-02 21:52:43 | 病気のこと

「管理入院」から約1か月後、予定通り「計画分娩(帝王切開)」で上の子を出産しました。

「妊娠糖尿病」のお母さんから生まれてくる赤ちゃんへの影響は

・流産
・形態異常
・巨大児
・心臓の肥大
・低血糖
・多血症
・電解質異常
・黄疸
・胎児死亡

などがあります。うちの子は低出生体重児(2500グラム以下で生まれてくる赤ちゃん)ギリギリセーフで生まれ、低血糖と黄疸の症状がありました。

帝王切開手術の翌日、カラカラと点滴台を手押し車のように引きながら「新生児室」へ向かいました。

「隔世遺伝ってすごいなー」と感心するほど義父そっくりに似て生まれてきた我が子は、細い腕に包帯でテーピングされ点滴を受けていました。

「さっきまで元気な声で泣いていましたよ。」と看護師さん。

主治医の先生も「低血糖で生まれてきたけど、赤ちゃんは自分で正常な血糖値に修正するから安心してください。」と仰いました。

赤ちゃんの「生きる力」ってすごいな…生まれてから早々に苦労をかけてごめんね。保育器の中で眠る我が子をずっと見ていたのを覚えています。

黄疸の治療もありました。目に光が入らないよう当て布をして赤ちゃんの体に光線を当てる「光線療法」をしました。

私自身の糖尿病の方はというと…産後、病院の食事がそれまで出されていた糖質制限の「糖尿病食」ではなく、「通常食」になったことに驚きました。食前の「インスリン注射」もありません。普通にドーンと盛られたご飯をみて「えっ!?食べていいの!?」と躊躇したくらいです退院前夜の「お祝い膳」も他のお母さんたちと同じメニューを頂くことができました。

「普通の食事に戻して構わないですよ。産後1か月検診でもう一度経口ブドウ糖負荷テスト」をしましょう。」と先生が仰いました。

その後、母子共に1週間ほど病院で過ごし退院しました。

サポートなしの「初めての育児」が始まりました。

「けめこさんのベビーちゃんは“眠り姫”だから、起こしてでもおっぱいを飲ませてあげてね。」と指導があったため、私は「ひよこくらぶ」とネットの情報を頼りに育児に励みました。

「ちゃんと3時間おきに飲ませなきゃ…また低血糖にならないように飲ませなきゃ…」赤ちゃんの体重がちゃんと増えているのか心配で「赤ちゃん用の体重計」をレンタルしました。

「ちゃんと飲めているのか…うんちは?おしっこは?」紙おむつだとどのくらいおしっこをしたか分からないので「布おむつ」を使っていました。

まさに「石橋をたたいて渡る」ような育児をしていました。

幸いにも夫が「やってほしいことを言えばやってくれる」タイプの人なので、赤ちゃんをお風呂に入れてくれたり、次々にやってくる予防接種のスケジュールを一緒に考えてくれたり、ご飯も「白飯と肉」さえあれば満足する人なので助かりました(笑)

産後間もないお母さんの所へ助産師さんが訪問してくれるサービス?があるのですが、それが待ち遠しくて待ち遠しくて…。助産師さんに聞きたいことを紙に書いてまとめていたくらいです

「これで大丈夫かな…問題ないかな…」と、ほぼ不安しかない、自信がない育児に明け暮れる毎日。

なので産後1か月検診で母子共に「問題なし」という結果に心の底からホッとしました。

 

ブログをご覧いただきありがとうございます!

少しだけ小さく、低血糖、黄疸ありで生まれてきた上の子ですが…

現在では「習い事」と「鬼滅の刃」と「手芸」が大好きな子に成長しました。身長も背の順に並ぶと後ろから3番目だそうです。

頭の回転の速さ、物覚えのスピードもとっくに抜かれましたいまは私のよき「ブレーン」として大活躍です。

しかし、我が子にも「糖尿病」の血統を継がせてしまいました…。親として精一杯向き合い、「健康であることの大切さ」を子どもに伝えていきたいと思います。

上の写真は退院間もないころの育児日記です。

自分で言うのもアレですが…必死さが伝わってきます

もし、いまの私がタイムワープしてこの頃の私に何か伝えるなら…

「もうちょっと肩の力を抜いても大丈夫だよ!」って言ってあげたいな。あとは…「服はちゃんと着た方がいいよ。丸出しにしてたら風邪ひくよ。」です(笑)