朝がまた来る

旧ブログ名「母のようになりたくないのに」です。
毒親、ママ友、育児、病気のこと…40代パート主婦が呟いています。

有意義な1日

2022-05-08 22:33:25 | 日記

今朝は娘の朝練のため6時に起床。

バタバタっと朝ご飯を用意して車で送っていきました。

1回目の洗濯を干して、夫と一緒に朝ご飯

ご飯を食べながら扶養から抜けて働く件について話しました。ありがたいことに無料の税理士相談を見つけたので近々ご相談する予定です。“聞きたいことや必要書類を揃えておかなきゃね”と夫と話しました。

いつもよりちょっぴり遅めに息子が起床。今日は午後から外遊びに出かける!と言うので“宿題と明日の準備を済ませてから行くんだよ”と約束をしました。

2回目の洗濯が干し終わった頃、娘が帰宅。

“靴が小さくなった~”と娘が言うので、これは!!と思い、夫に「娘と2人で出かけるチャンスですよ!」娘には「パパが靴買ってくれるって!」

お昼まであと少し…というタイミングだったので「娘と2人でご飯を食べてきちゃいなyo⭐」とグイグイ押しました(笑)

夫と娘が一緒に出かけたので、私と息子はテイクアウトでお弁当を買って食べました。息子の宿題チェックをして、一緒に明日の準備を済ませて…息子は外遊びに。

お一人様タイムの始まりですヒャッホゥ♪

Spotifyで90年代のアニメソングを聴きながらリビングにある漫画棚の入れ替えをしました。

入れ替えた漫画を読み返したり、娘が購読してる「ちゃお」を読んだり、昼寝をしたり…

ちびまる子ちゃんみたいな時間を過ごしました(笑)

昼寝をしていたら夫と娘が帰宅。

寝ぼけている私に娘が色々話しかけてくれますが…ごめん…よく覚えてない「温かいコーヒーにアイスをいれて食べた!」しか覚えてない

5時になり息子も帰宅。

玄関で靴を脱ぐ前から「あのねー!公園でねー!」と喋り始める息子

うんうん話はちゃんと聞くから!頼むからお風呂場に直行しておくれ

賑やかな声を聞き付けた夫が仕事部屋から出てきて「焼き肉食べ放題に行ってきたから夕食はいらないよママちゃんも夜ごはんの支度しなくていいよ。冷蔵庫見て~」

冷蔵庫を開けるとケーキの箱が入っていました

夫「夜ごはんの代わりにケーキ食べようよ。ママちゃんは2つね」

まぁ…なんということでしょう

今日は夜ごはんの支度をしなくていいの?

お茶碗洗わなくていいの?

お昼も作らなかったし、ラクチ~~~ン

そんなこんなで

録画した「SPY✕FAMILY」を見ながら、家族みんなでケーキを食べました。


夜ごはんの代わりとはいえ…ケーキを2個も食べちゃった

明日からまた食事管理頑張らなくちゃ!!

 

ブログをご覧いただきありがとうございます。

アニメ“SPY✕FAMILY”第5話神回でした

ロイドさんがカッコ良すぎて…娘とキャッキャウフフしながら見ました

我が家のリビングには「漫画棚」があります。

私が買った漫画本を置いているのですが、子どもたちにも“お好きにどうぞ”と読ませています。

私は自分が子供の頃、漫画やアニメを親の前で見ることができませんでした。母が毛嫌いしていたからです。お小遣いで買ってきた「なかよし」を“くだらないものを買ってくるな!本屋に返してこい!”と言われる程でした。

今日は「母の日」です。

息子と一緒にお昼を買いに行ったとき、お花屋の前を通りました。カーネーションを見た息子が「(母の日)何をしたらいい?」と聞いてきたので「あなたが宿題をしたり、上履きを洗ったり…やるべきことをやって、元気に外遊びに行ってくれるのがママは一番嬉しいんだよ。」と話しました。

娘も連休中にあった習い事の大会で悔いのない結果と新たな目標が出来たようです。直向きなその姿が一番の母の日のプレゼントです


藤子・F・不二雄ミュージアム

2022-05-06 12:16:54 | 日記

川崎市にある「藤子・F・不二雄ミュージアム」に行ってきました

“どうして川崎?”と思ったら、藤本先生は川崎市多摩区に長年住んでいたそうです。(“藤子不二雄=トキワ荘”のイメージが強かったので、トキワ荘の後も都内にお住まいだったのかな~と、勝手にイメージをしていました)

駅に到着すると早速ドラえもんがお出迎えです。

駅から15分ほど歩いてちょっぴりのどかな風景が広がる場所にミュージアムがありました。

ミュージアムに入場する際は予め日チケット(日時指定)の購入が必要です。

感染症対策のイラストもドラちゃん仕様で可愛い

館内には藤本先生の生原稿がたくさん展示されています。

線の一本一本に暖かみを感じて、“わぁ~こうして漫画に命が吹き込まれるんだぁ”と感動しました

藤本先生の仕事机(再現)も展示されてて、机の回りには昆虫図鑑、電車の模型など…少年がそのまま大人になったのね。だからあんなに沢山の作品が生まれたのね。と思いました。

子煩悩だった藤本先生がお子さんの為に作ってあげた人形劇(レプリカ)もありました。“お父さんがドラえもんを描いてる人”って…すごい!!

ミュージアムの1階は“展示室”といった感じ。

2階、3階は遊び心溢れる仕掛けがたくさんありました

みんな大好き(!?)正直な泉に沈み行く“きれいなジャイアン”

これをミュージアムに作ろう!と言い出しっぺの方…センスが素晴らしいですw

お手洗いのマークにもクスッと笑ってしまいます

パーマンが昼寝をしてたり、のび太が通う学校の裏山みたいなところにはピースケがいたり(林の中も要チェックです!)

遊び心満載の仕掛けがたくさんありました。

個人的に一番感動したのがFシアターです。もう本当に素晴らしかった

大人も童心に返ることができます!!

最後はカフェで「夢のようなどら焼き」と「先生が好きだったミルクセーキ」を頂きました。

ひんやり冷たくて、生地がモッチモチのどら焼き

ラテアートはカフェラテと抹茶ラテです。

全部美味しかった~

メニューには暗記パンもありました!

何かを覚えるために暗記パンを食べるなら…1斤じゃ足りないだろうなぁ

 

ブログをご覧いただきありがとうございます。

お天気に恵まれた連休でした。

娘が連休中に習い事の大会があったため、家族みんなでお出かけできる日が1日しかありませんでした。でもとても楽しい1日でした。

「のび太は立派な子(良い子だったかな?)なんです。彼はきちんと反省が出きる子なんです。大人は反省するけどすぐ忘れる。でも彼は年に2.3回きちんと反省するんです。」

藤本先生がのび太に対して語る場面があって“そっか…だからのび太ってなんだかほっとけない子なんだよな~”と思いました。

射的が得意なのび太。

“これ、まんまのび太じゃん!のび太って藤本先生本人じゃん!”と思える写真があひましたw


母が入院した時の話

2022-05-02 19:27:26 | 毒親のこと

母が腕を骨折し、入院・手術をしたことがあります。

詳しい経緯はこちらをご覧ください

紅葉を見ると思い出す母との出来事。 - 母のようになりたくないのに

母が入院した翌日、私は仕事帰りに病院に寄りました。(雑誌や飲み物、ゼリーなどを持って行きました。)

6人部屋の窓側のベットにいた母は背中を丸めてベットに腰かけていました。母の近くで看護師さんが何やらカチャカチャと作業をされていたので「○○です。母がお世話になります。」とご挨拶をしました。

私の声に気づいた母が一言。

「お母さん、血糖値が○○を越えてるんだって」

母が糖尿病であることを知っていました。

私が小学生のころ、トイレに尿検査の試験紙があったし、母が薬を服用していたのも見ていました。

しかし見ていたのはその時だけ。

私が中高生のころ、母が薬を服用している姿を見たことがありません。母は糖尿病の治療を怠っていました。

「血糖値が安定するまで手術できないんだって」

すると看護師さんが「今晩から食事も“糖尿食”になります」と言いました。

私は母に持ってきた差し入れの中から砂糖入りの飲み物やゼリーを抜き取って母に渡しました。

血糖値を安定させるため食事管理と薬の服用が始まりました。

私は毎日仕事帰りに病院に立ち寄りました。

時間的にちょうど夕食の時間だったので、母が食べている糖尿食を見て“糖尿食って味気なさそうだなぁ~”と思いました。まさかその数年後には私自身が“妊娠糖尿病”になり“糖尿食”を食べる日が来るとは…

食事管理と薬の服用のおかげて手術を受けられるようになり、無事に手術が終わりました。

担当の先生から術後の説明を聞き、母がいる病室に戻りました。

全身麻酔ではなかったので意識がある母。

苦しい、しんどい、腕が痛い、腕をさすってくれ…と訴えます。

私は母の腕をさすりました。

看護師さんが母のベットに何度か来て点滴を変えたりと処置をして下さります。看護師さんが来るたび不満を訴える母。

そうこうしているうちに面会の終了時刻が近づいてきました。

帰ろうとする私に母が言います。

「ねぇ、お母さん腕が疼くから、あんた一晩ここに居てよ。」

疼く(らしい)腕を一晩中さすれ、と言うのです。

個室に入院しているわけではありません。市民病院の6人部屋です。面会人は普通の折りたたみ椅子に座ります。

正直困惑しました。そこまで重症なら看護師さんやお医者さんが何とかしてくれるんじゃないか…

幼子なら親が付きっ切りで看病するけど…

ここでもし私が断ったらどうなるか…

いえ…私に“断る”なんて選択権はありません。いつだって、何だって母に従うしかありませんでした。

私はナースステーションに向かい、看護師さんに“今日一晩母の看病をさせて欲しい”とお願いに行きました。

「付添人の方の寝具はありませんよ?」

「大丈夫です。急なお願いをしてすみません。」

病室に戻った私は母の腕をさすりました。部屋の電気がついている時間は腕をさすりながらテレビを見ることができたからまだよかったです。辛かったのは消灯時間後…消灯時間になり6人部屋の明かりも消えました。カーテンで仕切られているとはいえ、さすがにテレビは付けられません。真っ暗闇のなか母の腕をさすりました。

スマホがある今ならYouTubeなど見て気を紛らせることも出来たでしょう。でも当時はまだガラケー全盛期…

時々やってくる見回りの看護師さんがカーテンを開けた瞬間“ビクッ!”と驚いていました

母が寝息をたてて暫くしてから私もベットに突っ伏して休みました。

翌日。朝の検温の時間になり看護師さんが母の様子を伺いに来てくれました。

看護師さんに「体調はどうですか?」と聞かれた母は「腕が疼いて眠れなかった。」と言いました。

すると看護師さんが「見回りに来たときはぐっすり眠っていらっしゃいましたよ?」と母の不満をバッサリ。

私が洗面所に向かおうとした時、同じ病室に入院されている方が私に声をかけてくれました。

「もうあなたお家に帰っても大丈夫よ。」

「えっ…でも…」と私が言うと

「大丈夫だから。お腹空いたでしょう。」とバナナとお菓子をいただきました。

その会話を聞いていたのか母は何も言わず…。私は家に帰ることが出来ました。

数日後。母は別の部屋に移動になりました。母が入院してから毎日面会に行っていましたが、仕事で残業が続き数日間面会に行けない時がありました。

数日ぶりに母の面会に行くと、同じ部屋の方が(バナナをくれた人じゃない、別の人)私に向かって

「お母さんのこともう少し気にかけてあげてね」と一言。

私は思わず「え?どういうことですか?」と聞き返してしまいました。

病室の人たちとお喋りをしている時に母が「娘が1人いるんだけど、迷惑をかけられないから自分からは連絡をしていない」と話したそうです。

それを聞き、私は愕然としました。

「迷惑をかけられない」何言ってんの!?

いままでどれだけの事があったのよ!?

借金だって、今回の怪我だって、精一杯寄り添っているじゃない。

どこの誰と比べているか知らないけど、何を求めているか知らないけど、あなたの娘はこれが精一杯だよ。

でも母にそんなことは言えません。

私が「お母さんの為に一生懸命やってる、精一杯やってる」と訴えれば「親に向かって“一生懸命やってる”なんて生意気なことをいうな!」「“一生懸命やってる”という感情を持つお前が間違っている!」と否定されてきたからです。

私が面会に行けなかった数日の間に母が何を喋って、相手がどう受け止めたのか…

「お母さんのことをもう少し気にかけてあげてね」という言葉にとても傷つきました。

ブログをご覧いただきありがとうございます。

自分の都合よく話をする母。

私たち親子の事を知らない人が話を聞いたら…私は相当“情のない娘”と思われるんだろうな。

当時20代だった私は「その話違います。本当はこうです!」と話せたらいいのに…と思っていました。

でも今は「どうでもいいや」と諦められるようになりました。本当にもうどうでもいい…。ここで吐き出せたらそれでいい。