けんけん@ナムチェバザールです。
AGエベレスト&ローツェ登山隊2015は、
エベレストの代表的拠点、産業的拠点、観光的拠点である
ナムチェバザールに昨日移動していきました。
最後に訪れたBCにて村口さんと。
例の映画の撮影で来てました。
電波の状態、電気の状態、環境や状況などなどで、
なかなかブログアップができなくて申し訳ありません。
街道は、想定内の道の崩壊や家屋の倒壊はありましたが、
僕らの士気を奪うほどのものではありません。
しっかりと受け止めて、目に焼きつけています。
地元のエベレスト街道の住人たちは、
「地震」という出来事にはとても恐怖を感じていて、
家の壁が内側の家屋内に落ちて、大石が天井を突き抜けて落ちてくる恐怖などを感じて
テントなどを庭や畑に設置して数日暮らしたりしていましたが、
その庭だって、石垣や外壁が充分倒れてくる場所!
僕たちAG隊が、笑顔でその家屋に滞在することにより、
だんだんと家屋内に移住空間を移動してきているところもありました。
しかし、壊れた石垣や崩壊した道などは、
モンスーンなどで見慣れているのかもしれないとも感じました。
カトマンズなど町中の人は、
モンスーンなどの被害や自然災害などには不慣れですが、
山の民は、逞しく、しかも家族や親族、隣近所が協力して
自然災害に立ち向かっている感がありましたね。
人づてに情報を得たり、無事を確認したり、
山の人たち、頑張れ、頑張れ!
一昨日には、パンボチェで野口健くんとミート!
健、頑張りすぎて空回りしてんのかと思いきや
一人でしっかりと被災地をまわり、
被災状況を記録してまわってました。
いまや政府もやってない山間部の被害状況をまとめてんのは、
健だけかもしれない!
彼の持つ支援力は大したものだと思っていたけど、
それでは不十分であることを彼は感じていて、
登山界でパワーを持っている有名登山家たち(あの人やその人など)にも協力を仰いで、
一般登山家たちにも協力してもらわないと…と力説。
こんな俺からも協力を頼むように言われた。
そうだね、集まる口は別々でも
どこかで一緒になってるといいでしょう?
カトマンズへの援助は、
世界レベル、政府レベルでの対応があるかもしれないけど、
なかなか山までは達しないかもしれないので、
僕ら山に、山の民にお世話になった人たちは、
直接的に山の人たちに義援活動の結果が届くと幸いと思っています。
さんざんお世話になってきたヒマラヤだからね。
ヒマラヤで暮らしてきた人たちだからね。
あたりまえだけど、
このトップシーズンにエベレスト街道を歩いている外国人はすげー少ない。
1日に2~3人すれ違うかどうかだよ。
他の外国隊の中には、
翌日には、いち早くヘリコプターに乗ってカトマンズに下山し、
とっとと自国に戻ったチームもあります。
カトマンズに滞在できるような状況ではなかったから、
もちろん滞在することが迷惑にもなるかもしれないし、
帰国することは仕方ないのかもしれないし、
自国に帰ってからファンドなどを立ち上げれば、
かなり支援できるお金持ちもいるでしょうし…
でも僕たちはすぐに帰ったりはしない!
皆で相談して、その道を選びました!
ゴラクシェプの日本製気象観測装置をチェックするブッダロッジのご主人
とりあえずは、いつもの身近な山の人たちの笑顔を見て、
笑顔が無ければ、笑顔を作ってあげて、
僕らが傍にいてあげて、
日本の地震の話をしてあげたり、
ベースキャンプでの雪崩の話をしてあげたり、
ひとつ上の集落の、隣の村の話をしてあげることで
安心感や現状を伝えてあげて、
日常を少しでも戻してあげて、
誰も訪れない孤独感を無くして、
普通にいろんなものを注文してあげて、
お金だけじゃなくて、
笑顔をたくさん作る!
バカみたいに笑う!
そしてそれを伝染させる!
なんとか直接的に支援をする!
(そんなに大金持ちではないからね)
2011年3月11日
僕らにとっての大震災の年に、
この街道の人たちは、大きな支援活動をしてくれたんです。
メッセージをくれたり、笑顔をくれたり、
日本人に優しくしてくれたり、
日本を理解してくれたり、
地震というものや、津波というものを理解してくれたり、
子供たちは、その聞いたことも無い「earthquake/地震」「tsunami/津波」という
単語を始めて覚えたくれたり、
中には義援金を募金箱に入れてくれて、
その額は、彼らの月収にしてみれば3分の1くらいの高額だったり!
笑顔でね、
「日本人は地震に慣れてるからこれくらいじゃ驚かないの?」
なんて聞かれたりした。
なんて答えてよいかわからなくて…、
ただただ、
ハグしてごまかしました。
さて、BCから今までのAG隊の数日間の軌跡(奇跡)です。
(全部は一度に紹介できませんが…)
ゴラクシェプのブッダロッジに滞在してましたが、
ここで登山中止を決定して、ロブチェ集落の懐かしのロッジへ。
ゴラクシェプのブッダロッジのご主人ペンバさんと奥さんのプラ・ソナさん。
3.11の時にはお世話になりました。
こんな写真も見てくださいね。
僕らの栄光の登山の日々です!
ちなみにメインフォトは、ロブチェBCでの全員集合でした!
AGエベレスト&ローツェ登山隊2015は、
エベレストの代表的拠点、産業的拠点、観光的拠点である
ナムチェバザールに昨日移動していきました。
最後に訪れたBCにて村口さんと。
例の映画の撮影で来てました。
電波の状態、電気の状態、環境や状況などなどで、
なかなかブログアップができなくて申し訳ありません。
街道は、想定内の道の崩壊や家屋の倒壊はありましたが、
僕らの士気を奪うほどのものではありません。
しっかりと受け止めて、目に焼きつけています。
地元のエベレスト街道の住人たちは、
「地震」という出来事にはとても恐怖を感じていて、
家の壁が内側の家屋内に落ちて、大石が天井を突き抜けて落ちてくる恐怖などを感じて
テントなどを庭や畑に設置して数日暮らしたりしていましたが、
その庭だって、石垣や外壁が充分倒れてくる場所!
僕たちAG隊が、笑顔でその家屋に滞在することにより、
だんだんと家屋内に移住空間を移動してきているところもありました。
しかし、壊れた石垣や崩壊した道などは、
モンスーンなどで見慣れているのかもしれないとも感じました。
カトマンズなど町中の人は、
モンスーンなどの被害や自然災害などには不慣れですが、
山の民は、逞しく、しかも家族や親族、隣近所が協力して
自然災害に立ち向かっている感がありましたね。
人づてに情報を得たり、無事を確認したり、
山の人たち、頑張れ、頑張れ!
一昨日には、パンボチェで野口健くんとミート!
健、頑張りすぎて空回りしてんのかと思いきや
一人でしっかりと被災地をまわり、
被災状況を記録してまわってました。
いまや政府もやってない山間部の被害状況をまとめてんのは、
健だけかもしれない!
彼の持つ支援力は大したものだと思っていたけど、
それでは不十分であることを彼は感じていて、
登山界でパワーを持っている有名登山家たち(あの人やその人など)にも協力を仰いで、
一般登山家たちにも協力してもらわないと…と力説。
こんな俺からも協力を頼むように言われた。
そうだね、集まる口は別々でも
どこかで一緒になってるといいでしょう?
カトマンズへの援助は、
世界レベル、政府レベルでの対応があるかもしれないけど、
なかなか山までは達しないかもしれないので、
僕ら山に、山の民にお世話になった人たちは、
直接的に山の人たちに義援活動の結果が届くと幸いと思っています。
さんざんお世話になってきたヒマラヤだからね。
ヒマラヤで暮らしてきた人たちだからね。
あたりまえだけど、
このトップシーズンにエベレスト街道を歩いている外国人はすげー少ない。
1日に2~3人すれ違うかどうかだよ。
他の外国隊の中には、
翌日には、いち早くヘリコプターに乗ってカトマンズに下山し、
とっとと自国に戻ったチームもあります。
カトマンズに滞在できるような状況ではなかったから、
もちろん滞在することが迷惑にもなるかもしれないし、
帰国することは仕方ないのかもしれないし、
自国に帰ってからファンドなどを立ち上げれば、
かなり支援できるお金持ちもいるでしょうし…
でも僕たちはすぐに帰ったりはしない!
皆で相談して、その道を選びました!
ゴラクシェプの日本製気象観測装置をチェックするブッダロッジのご主人
とりあえずは、いつもの身近な山の人たちの笑顔を見て、
笑顔が無ければ、笑顔を作ってあげて、
僕らが傍にいてあげて、
日本の地震の話をしてあげたり、
ベースキャンプでの雪崩の話をしてあげたり、
ひとつ上の集落の、隣の村の話をしてあげることで
安心感や現状を伝えてあげて、
日常を少しでも戻してあげて、
誰も訪れない孤独感を無くして、
普通にいろんなものを注文してあげて、
お金だけじゃなくて、
笑顔をたくさん作る!
バカみたいに笑う!
そしてそれを伝染させる!
なんとか直接的に支援をする!
(そんなに大金持ちではないからね)
2011年3月11日
僕らにとっての大震災の年に、
この街道の人たちは、大きな支援活動をしてくれたんです。
メッセージをくれたり、笑顔をくれたり、
日本人に優しくしてくれたり、
日本を理解してくれたり、
地震というものや、津波というものを理解してくれたり、
子供たちは、その聞いたことも無い「earthquake/地震」「tsunami/津波」という
単語を始めて覚えたくれたり、
中には義援金を募金箱に入れてくれて、
その額は、彼らの月収にしてみれば3分の1くらいの高額だったり!
笑顔でね、
「日本人は地震に慣れてるからこれくらいじゃ驚かないの?」
なんて聞かれたりした。
なんて答えてよいかわからなくて…、
ただただ、
ハグしてごまかしました。
さて、BCから今までのAG隊の数日間の軌跡(奇跡)です。
(全部は一度に紹介できませんが…)
ゴラクシェプのブッダロッジに滞在してましたが、
ここで登山中止を決定して、ロブチェ集落の懐かしのロッジへ。
ゴラクシェプのブッダロッジのご主人ペンバさんと奥さんのプラ・ソナさん。
3.11の時にはお世話になりました。
こんな写真も見てくださいね。
僕らの栄光の登山の日々です!
ちなみにメインフォトは、ロブチェBCでの全員集合でした!