連休3日目
せっかくの休みなのに家にずっと居るのも勿体無い気が。。。
むやみに車弄りしててもね~
そうだ震災から一年半経った今、東北の被災地に行ってみてはどうだろう。
色々調べましたが、さすがに直前過ぎて飛び込みでボランティアは難しい模様。。。
未だに苦しい状況で生活している方々が沢山いる中で、
ただ見に行くだけの名目で訪れることに抵抗はありますが、
自分の体で現状を感じ、ささやかでも観光をすることで微力ながら復興支援になるのではと考えました。
っと言うことで、東北の三陸海岸を中心に旅行に向かいます。
宿は14日に松島、15日に平泉を無事予約できました!
この時期1名で受けてくれる所が有ってよかった!
夕方18時に出発!
ナビは467km 5時間44分と表示
遠いんですね。
東北道をひた走ること2時間半。。
那須高原SAに到着

綺麗に改装されてて良い感じ。
お盆なので沢山の人で賑わってます
そこからまた東北道を2時間北上、福島を抜けついに宮城県へ、
22時半に菅生PAに到着!

ここも7/24にリニューアルしたばかりでとっても綺麗!
フードコートも充実
魚介つけ麺を頂く!

魚介ベースの濃厚なスープと太麺の組み合わせが絶妙で美味しい!
ご当地名物笹かまを夜食に購入

当然三陸産です。
外は雷+豪雨。。
距離も稼いだので、PAの隅で仮眠します。

寝袋持って来たので快適!
4時間程寝て、3時半に起床。
そろそろ今日のルートを決めないと。。
今日の宿は松島ですが、実はここから一時間程で着いてしまう。
せっかく早く起きたので、このまま北上してまず陸前高田へ入り、海岸線を南下して松島へ戻ることにしました。

164km 2時間16分と出てます。
さっそく出発。

夜が明けてきました
一関ICに5時前に到着、下道に降りて19号線を陸前高田へ向かいます
途中で陸前高田へ向かう343号線と合流、結構広い道路です
ループ橋もあります
一時間ほど走ると、ようやく近づいて来ました
そして6時過ぎに340号線に合流して陸前高田市の竹駒駅近くに到着。
この辺りはプレハブの仮設店舗が沢山並んでいます。
ローソンでマスカットサイダーを購入。

陸前高田産です。
帰宅してから飲みましたが、マスカットの風味がさわやかで美味しい!
そこから高田バイパスを海岸に向けて進んでいくと。。。
そこには。。。
何も無かった。。
本来なら市役所を中心に市街地が広がっていたであろうその場所は、
草が生い茂り、不自然に道路だけが交差する異様な光景。。
点々と残る破壊された建物が被害の悲惨さを伝えています。
スーパーマイヤ

屋上以外は全て浸かったそうです。
定住促進住宅

4階までは中が完全に貫通してしまっています。
海と貝のミュージアム
本当に何もかも流されてしまったんですね。。
言葉になりません。
瓦礫の山
何も無いと書きましたが、
それは大量の瓦礫をこの一年半で懸命に処理してきた結果に他なりません。
皆さんの努力にただただ頭が下がります。
そして奇跡の一本松

高田松原の数万本の松の中、奇跡的に1本だけ生き残りました。

見学ルートが整理されています

奥は陸前高田ユースホステルです
復興のシンボルとして何とか残って欲しかったですが、
残念ながら海水で根が腐ってしまい保護は断念されたようです。
次は45号線を南下して気仙沼へ向かいます。
海岸線を進むと、集落の大小に関わらず低地は全て何もかも流れて、ただ草むらになってしまっています。

その現状に言葉を失います。
一時間弱走って、8時半に気仙沼市に到着
3/10にオープンした復幸マルシェへ向かいます

飲食、鮮魚他様々なお店があります(19店舗)復興へ向けて一歩を踏み出しています。
残念ながら時間が早いため、いずれも準備中。。
市内を少し走ります。
ここも周辺は無残にも全て流されてしまっています。

無数に残る家の基礎とカーナビ画面で市街地だったことが伺えます。

津波で流された漁船「第18共徳丸」
港からは数百メートル以上流されました。想像を遥かに超えた大きさの船です。。。
沢山のお花が供えられています。
気仙沼港は運営再開しており、フェリーも発着しています。

陸前高田と比べると少しは活気が戻っている雰囲気があります。
気仙沼港の近くに「復興屋台村 気仙沼横丁」がオープンしています。
朝食に何か頂きたかったのですが、時間早すぎでした。
ホヤをイメージしたホヤボーヤです!

買っとけば良かった。。
ここでは名物ふかひれラーメンを購入!
そのすぐ近くにお魚いちばがあるのでそちらにも立ち寄る
朝なのに結構沢山の人で賑わっています
名産ふかひれスープを頂く

美味しい!!しかも安い。
当然購入!
市場の活況とは裏腹に震災の傷跡は沢山残っています。。

魚市場や海産物の加工工場が沢山並んでいたはずですが、
綺麗に瓦礫も撤去されて、何も無くなってしまっています。
加工業者によっては操業再開しているところも沢山あります。
復興の為には地場産業の復帰が最優先かと思いますので、頑張って頂きたいと思います。
気仙沼を後にして、南三陸町へ向かいます。
道の駅大谷海岸
こちらも被害は甚大ですが、仮店舗で元気に営業中です

何も無くなってしまった場所に陸橋だけ残されています。

気仙沼線 陸前小泉駅の跡です。
主要道路となる45号線はほぼ復旧していますが、
同じく海岸線を走る気仙沼線については壊滅的という表現がふさわしく、
上記だけでなく9つの駅が流失、各所で路盤・築堤が流失落橋してしまっています。

所々トンネルの口だけが山の中腹に開いていて、その先は何も無いといった風景が続きます。
復旧までどれだけ時間が掛かるか見当もつきません。
次は南三陸町へ向かいます。