51.東條の個人反証(続き4)
51.4.満州、支那事変
昭和21年12月31日(水)に休廷となった審理は、昭和22年の審理は1月2日(金)から再開された。
キーナンの尋問は満州・支那事変に向かう。
キーナンは満州・支那における被害・損害の数字を東條に問いただした。
東條は正確な数字を言えるだけの記憶がないと答えた。
キーナンは其の数値を東條に伝え、このような被害を出したことは、もはや紛争(事変)ではなく闘争(戦争)ではないか、と詰め寄った。
そして、戦争は犯罪であることを認めさせようとした。
だが、弁護人は「この問題は、裁判所において決定すべきである」と反論し、裁判長もこの異議を認めた。
51.4.1.「日本の満州における行動」
キーナン検察官は、「日本の満州における行動と中国の反日感情」についての尋問に移り、「日本の軍隊が支那の各地において数年間にわたり、一九四一年に至るまでの数年間にわたり、色々行動しておったということは、支那民衆の間に反日感情を強く植えつけ、そうして発生さしたというのは事実ではありませんか」と尋問した。
東條は「日本の大軍が支那の大陸に侵入をしたという原因並びにその過程、理由を除きまして、それだけの 今お尋ねのことならば、支那の一部において、そういう感情があつたということは、言い得ると思います」と答えた。
続いてキーナンは、「中国における死者の数」「日本兵の損害」などを尋問するが、東條は、はっきり記憶していない、と答える。
キーナンは、大本営陸軍部の統計で日本の年鑑からの抜粋した数値であるとして、次のような数値及び情報を東條に知らしめた。
日本軍の支那作戦の総成果
自1937年(昭和12年)7月、至1941年(昭和16年)6月(大本営陸軍報導部の報告)
1、支那人死者推定
2,015,000人
支那軍の損害、死者捕虜等を含む
3,800,000人
・・・(略)・・・
3、皇軍の損害(ノモハン事件を含む)
戦死 109,250人
飛行機ノ損害 203機
1940年(昭和15年)3月4日 山東省海州は日本軍の為に占領せらる
1940年(昭和15年)3月30日 中華民国中央政府は南京に於て汪精衛により樹立せら
1940年(昭和15年)4月4日 雲南鉄道は日本軍により攻撃せらる
<満州事変>
51.4.2.事変か戦争か
キーナンは、これ等が日本において一般に事変と呼ばれていたのは事実か、と尋問する。
東條は「その通り」と答えた。
<昭和22年12月31日 極東裁判速記録より>
キーナン検察官 そしてそれが日本において一般に事変と呼ばれておったものであったというのが事実ですか。
東條証人 それはその通り。但し・・・・・
キーナン検察官 しかし証人は、結局はあなたの宣誓口供書においては、これを戦争と読んだのではありませんか。ちょっと今・・・。
証人がもしもさらにさつきの証言を続けたいならば、続けてください。
私は彼を中断しようと思っておりません。
彼を見守っておりました。
東條証人 仰せの通り、事変と日本では呼称しておりました。事実的には戦争でありました。
面して一九四一年の十二月の八日以後と思いますが、重慶政府は日本に対して宣戦をしております。
キーナン検察官 この問題についてはあまり時間を用いたくないのですけれども、なぜこれが最初から日本において常に戦争というふうに呼ばれなかったか、その理由を述べてくれませんか。
東條証人 事変という名称をとっておった時代においては、私の責任時代ではありません。
従ってこの法廷において私が責任をもってお答えはできません。
キーナン検察官 証人、あなたは自国の国民二百万近くも殺された一国は、それを殺した相手に対して反感を抱くというのが当然とお考えになりませんか。
東條証人 何ですって…
キーナン検察官 私が聴いておるのは、ほぼ四箇年の間に二百万の自国民を殺された支那国民が、日本人に対して反日感情というものをかもし出すというととを、あなたは理解できないかと聴いておるのであります。
東條証人 それは、もちろん理解できます。
それはそういう事態も想像されますが、他面におきましては、一国を主宰するところの政治家としては、また別の観点を私はもつべきだと思います。
それは支那ばかりではなく、まことに私は内心からお気の毒に思います。
また日本としても不幸だと思います。
日支両国のために、この戦争というものは不幸であったということは十分承知しております。
しこうして、かるがゆえに、支那事変というものを一刻も早く、これを終結していきたい。
こういうことは、日本の支那事変発生以来の各内閣の一貫した方針であります。
キーナン検察官 では、この問題を今触れている間に、真髄をついてみましよう。
支那の民衆は、この戦争を始めるのに何も関係なかったのではありませんか。
私が「中国民衆」という場合には、ここにあるような死傷者の統計二百一万五千というような数字をもって現わされている人たち、すなわちごく一般的なこういった殺された人たち。
こうした人たちはこの戦争を始めるのに、何ら関係なかったのではありませんか。
東條証人 それはちょっと、なかなかむずかしい御質問ですが、しかしお答えしましょう。
まず今お尋ねの民衆は関係なかったか。
こういうことは、彼我ともに民衆そのものとして、いわゆる無辜の民であります。
それは直接どうこういうことはないと思います。
ただしかしながら、一国を指導するとろの政治家として排日、侮日、排貨、または居留民の虐殺というようなことの、政治指導の誤っておったということが、戦争の大きな原因である。
51.5.戦争は犯罪か
キーナン首席検察官は、東條被告に「戦争は犯罪である」ことに同意させようとする。
東條は「戦争は勝者であろうと敗者であろうと不幸な結果をもたらす」と答えた。
これ等に対して、ブルーエット弁護人は「この問題は、裁判所において決定すべきである」と反論し、裁判長もこの異議を認めた。
<昭和22年12月31日 極東裁判速記録より>
キーナン検察官 東條さん、あなたは戦争というものは最も悪い犯罪の一つであるという点に、私と同意いたしませんか。
では、質問をもう少し簡単にいたします。戦争は民衆に対して一つの罪悪であるということに対して、あなたは私と同意いたしませんか。
(注)キーナン検察官は東條被告のことを、最初は「東條被告」とよんでいたが、この頃から「東條さん」或いは「東條氏」と呼ぶようになっていた。
東條証人 今の犯罪ということを私は肯定はしません。
しかしながら民に対しては、戦争は不幸なる結果をもち来すという点については同意いたします。
但しそれは、勝者であろうと敗者であろうと同様であります。
キーナン検察官 では、東條氏、侵略戦争は犯罪であるという点には私と同意いたしませんか。
ブルーエット弁護人 この裁判に関する限り、今の問題は、裁判所において決定すべき問題であります。
裁判長 確かにこの問題は、本裁判所で決定すべきものであります。
そして反対尋問の際にこういう質問を許すかどうかということも、非常に問題でありますが、少なくともかかる質問が反対尋問中、どの程度なさるべきものであるかということは、まだ議論すべき余地があります。
キーナン検察官 裁判所に申し上げますが、私、この証人である被告は、生死かという裁きを受けておるのでありまして、裁判所において、この犯罪を犯したといつて裁かれておる、こういう被告の心境というものを見究わめることは、必要と思います。
裁判長 その点で、私は指摘したいことがあります。
キーナン検察官 私のなしている説明を最後までお許し願いたい。
裁判長 それでは、最後までやりなさい。
キーナン検祭官 ここにおる証人は、被告でありまして、しかも重要性のない被告ではないのであります。
かつ彼は、犯罪を犯したということで裁判にかけられておるのでありまして、この本人の心境というものは、相当重要なものと思います。
私がこの質問をしているのは、この証人がこれらの犯罪を犯したときにあって、本証人が自分自身で、自分が罪を犯していたというととを認識していたことを認めるか否かということを、直接との証人に対して質問をしております。
もちろんいかなる者も、この証人に終局的な判決を下すと考えるような、ばかげた人はおりませんが、この証人は、この証人台において、これを自分自身で認めるかもしれないのでありまして、私がこの証人に対してこれを認めさせる機会があるとすれば、私はこの証人にそれを自認せしめることを裁判所は妨げられるとおっしやるのですか。
裁判長 証人は有罪を自認するように勧告をされたわけではありません。
ある現実に存在した状態に関する証人の、正直にして合理的な考えというものこそ、一つの弁護になるわけです。
たとえ間違っているにしても・・・・。
そして法に関する彼の意見ないし彼の信念は、まったく何ら弁護になるものではなく、何ら関連性もありません。
但しあるいは刑の軽減ということについては、あることはありましょう。
もし有罪と決定した場合に、ニュールンベルグにおいて、侵略戦争の点で有罪と決定したただ一人の被告が、死刑に処せられなかったのです。
これをもってすれば、法律に関して誤った見解をもったということは、刑の軽減に役立つものと思われます。
ニュールンベルグにおいてはそう考えておったかもしれません。
但しニュールンベルグにおいてはそうは申しておりません。
罪の軽減に役立つかもわかりませんが、但しニュールンベルグではそれを口にしておりません。
しかし私はただその事実を述べておるのであります。
ブルーエツト弁護人 私はこういうことを指摘するのは必要でないと思いますけれども、本被告はすでに一度起訴状の朗読を聴いておるのでありまして、その際には無罪ということを主張しておるのであります。
ですから、今さら被告に対して、一度無罪と言ったことを、また変えるかというような質問を発することは、反対尋問の範囲を超えるものであると思います。
裁判長 証人は有罪か無罪かということに関して、何ら質問を受けておりません。
証人は単に法律の解釈に対して質問を受けたにすぎません。
もし私が、侵略戦争は犯罪であるか否かという問題について聴かれた場合に、侵略戦争は犯罪でないと私は答えたとすれば、私は罪を犯したということになりますか。
ブルーエツト弁護人 検察官は私の異議に対するところの反駁議論において、質問をかえた理由はそこにあるということを指摘したように思われます。
でありますから、適当な反対尋問でないという理由をもって、異議を申し立てます。
裁判長 異議を容認し、その質問を却下します。
キーナン検察官 先ほど裁判長が言われた、私に対してなされたところの質問は、ただ修辞上の質問でありましたから、これに返事する必要はないということを申し上げます。
ちょうど今が主題をかえる最も適当な時期だと思います。
<続く>