お題に乗っかってみました。
水木作品のファーストインパクトは、子供のころに読んだ妖怪図鑑でしょうか。
あれで日本の妖怪の基礎知識を刷り込まれた気がします。
水木先生がいなければ、ぬらりひょんや小豆洗い、塗り壁などが
「誰でも知っている」妖怪名にはならなかったのではないでしょうか。
水木先生がいたからこそ、妖怪を扱う漫画や小説の後続があれほど現れたのでしょう。
昔、友人と三重の赤目四十八滝に行った帰り、山中の舗装道路を歩いていました。
晴れた昼間で、バスが来るまでに時間があるので次のバス停までいくことにしたのです。
二人並んで歩いていたら、耳のそばで、濡れた枯葉を踏むような音がする。
乾いたアスファルトをスニーカーで歩いているし、夏ではないので地面の熱でゴムが溶けているわけでもない。
しばらく歩いていてもその音が続くので、ふっと思い出して、
振り向いて
「べとべとさん、先へお越し」
と言ってみました。
すると、濡れた足音はしなくなりました。
気のせいと言わればそれまでですし、怪異だと言い張れば怪異になるかもしれない。
気のせいで済まされて消えてしまう不思議なことも少なくない。
気のせいなのに「怪異だ」と声高に叫ばれることも少なくない。
だからこそ、手探りであっても、真偽は不明であっても、
もしかしたらこういうこともあるかもしれない、と思える伝承を残すことは
大事なのかもしれません。
濡れた足音が消えたときに思ったのは、
「呪文でもなんでも憶えておくと役に立つこともあるんだなあ」ということでした。
たとえ害は無いにせよ、どうしても気になることは早く消えてほしいのが人情なので・・