偶然、、TVをつけたら、、、慎太郎と裕次郎の物語風な番組をやっていました。
慎太郎さんのお子さんの、、、気象予報士の免許を持っている「よしずみーさん」も
番組の終わりの方で「親父(慎太郎さん)と裕次郎さんの事を語っておられました。」
映画俳優と映画の製作者となった裕次郎さん
知名度の高い人気俳優の裕次郎さんの兄でもある作家の慎太郎さん
小説という観念の世界から、政治という、、清濁併せのみながらも
権力を持たねば始まらないという現実世界に突入した慎太郎さん。
弟の裕次郎さんの知名度と、「作家、慎太郎」
時代を変えた、、俺が主役!!の太陽族
裕次郎さんの俳優からの脱出の髙い塀「5社協定」
映画という「利益があってこそ」の世界から
「黒部の太陽」という、、劇映画でありながら
日本のダム建設の現実の記録を通して
映画は手段であって、「日本の黒部ダムの完成までの記録」
社会性の強い、
利害を度外視した、
黒部峡谷への日本の挑戦という心意気
この工事で殉職した
尊い生き様を
映像で世に問う
社会性の強い作品だった。
5社協定という、、何とも日本らしい文化の中で
裕次郎は国境を超えて評価される作品に挑んだと思った。
俳優から,、、製作者への転身、
ミフネプロが、、、この話に乗ってくれてというのは
さすがに、、、世界の三船さんですね!
今日のTVは敗戦の後、、、劣等感の様な、、、いじけた時代が
太陽族で、、吹っ飛ばされて、、、
自分が主役❕!!という、、、戦後の日本の復活の兆しの中で
芸能界は、、、儲かる作品に走るのはもっともだと思いながらも
裕ちゃんは 「慶応ボーイ」 ですからね、、、
どんなに人気が出ても、、、
裕ちゃんは駒に徹して、、
ハイハイ、、と言える人ではないですよね!
「裕次郎の中の、太陽の季節が始まったようだった。」
三船敏郎さんという、、世界的に名前の知られた俳優さんと
慶応ボーイだった裕次郎さん。
このお二人が出逢うまでの、、、エネルギーのバランスは
一人対「石原兄弟」、、「石原軍団」の総エネルギーの様な
未来点を見越しての
映画の分岐点のような時代だったことを、
思い出しましたね、、、
息子達は
「ドリフターズ」
「太陽にほえろ」
「ウルトラマン」
「ライディ-ン「の時代の子供ですからネ!
三船敏郎も大好きな俳優さんだっただけに
ミフネ作品は良く観ましたね、、、
7人の侍、、、英語版の「荒野の7人」も
海を越えた、、、三船敏郎の、、、外国版!「7人の侍」
マクベスの日本版の「蜘蛛の巣城」の、
山田五十鈴との共演
「黒部の太陽」は、、、もちろん「映画館」で観ました。
あの映画は、、巨大スクリーンで観ましたね。
男の世界の感動なのに、、、
感動で、、、涙が出ましたね。
菊池寛の小説に「恩讐の彼方に」というのがありますが
裕ちゃんの5社協定突破も、、あらゆる不協和音が
あの作品を、裕ちゃんのプロダクションとミフネプロが
世に出したという事は、、、当時としては、、、明治維新だったでしょうね。
歌だって、、、童謡、、から始まって、、学校の唱歌
Nipponの旧き良き時代の
小唄もあれば、、長唄もあり、、、浪曲もあれば演歌もあるし
Nipponだって、、オペラに命をかけた人だっている。
多くのジャンルの芸人さんや、、、
芸術家に属するクラシック歌手。
千の光になって,、、
別れのブルース、、、
美味さや味や人情が地域性と奏効して大ヒットした、、、
あんこ椿は恋の花、、、
都春美さんの唸り声は、、
音楽というより、、、
感情の伝達の仕方の手段?
ともかく、、何がヒットするかワカラナイ、、、戦後の混沌の日本事情の中で
石原裕次郎、慎太郎兄弟は、、慶応大学と、一橋大学という
経済界の大學と、「国立」「界隈の雄の
「国立大学出身」の有名人だったから
裕ちゃんのような、、、直接多くのフアンの心をつかむ人と
芸術家には成れなくても、美術館長や博物館長にはなれるだろうという
組織を束ねる素養の国立大の、、、兄!!慎太郎さんは芥川作家!!
この兄妹って、、、テーブルの、、、足はどちらか?と、、
バカな質問は考えない方が良いですよね、、、(^^
慶応ボーイはそのままでスターだった時代だったから
俳優さんとしては素人の域から始められたと思うのですが
その素人っぽい、、、フレッシュなありのままの裕ちゃんが
身近な兄のように思えて、、、日活時代の映画はずいぶん観ましたね。
ちなみに、、本当の兄は居るのですが、、、
私は裕ちゃんの方を兄だと思いたかった。
本当の兄は、、、がり勉で面白くなかったのです。
父母を背負って、、
一家族の柱に生れた「囚われの兄」は
時代がつくったお荷物を背負う役だったから、、、
戦争時代に生れて、上下の認識が強くて
兄に逢わない様に生活していたのを思い出す。
慎太郎さんが都庁に入られた時は、、、
さすがに、、一橋大学の出身の手腕は、、すごい!!
とにかく、、
「慎太郎さん、裕次郎さんの兄弟は、、「一人だった」のではないか?」
よしずみさんの観察は、、、
猫の目のように客観性が有って
、、、面白いとおもった
.
この言葉のニュアンスが、、、
どちらが花でどちらが葉っぱなのか?
野暮な観察はやめて
君子欄の花も華!、、、葉っぱも主役!
ぴったりだと思いましたね
でもね、、、
日本の国というのは、、、
見えない統率のカースト制度のように、、、支配が何十も重なって
思うようには、、、スカートした良い気持ちになるという
恵まれて人はいないでしょうね、、、
裕次郎さんはセイイパイ生きて
本人も、、、成し遂げた感は有ったと思うのですよね、、、
でもね、、、
日本の「現場の人間」は政治に喰われてしまう傾向があると思うのですよね。
お兄さんの慎太郎さんは、、、
弟をセイイパイ愛し、尊敬し、、、
眩しくさえ思いながらも
太陽の季節で芥川賞を受賞し
長門兄弟や、南田洋子、、、太陽族の映画として
湘南族を、、、戦後の復活の日本に産み落としたのは、、、
慎太郎さんだったし
作家と俳優という、、、
人気があっても
頭が良くても、、、
教えられた芸ではない
天性の魅力が
裕ちゃんを世に出してしまった。
現場で、、時間と体と、、、
生活の総てを、、、スタッフや監督に合わせるという
stressの中で生きた裕ちゃんは、、、やっぱり、、、
長生きはしてくれなかった。
燃え尽きた人生でしたね。
慎太郎さんの政治家という立場は、、、
やっぱり
知らないうちに,、裕ちゃんを
激務に追いやっていたのではなかろうか?
戦後という、、、日本復活の時期に生れた太陽族は
やっぱり、、
湘南の海の新人類の親は
慎太郎さんだったかもしれない、、、
弟でもあり、、、
「 慎太郎さんの産んだ太陽族:の裕ちゃん
慎太郎さんノ分身だったかもしれない。
元来、、、国立系の人は、、国の機関の役人になるために
国も学問も、世界も、理解して
国の税金の援軍を得て、大学を卒業するので
現場の徒弟制度で学ぶ技術も、下隅の苦労も、、受験位でしょうね。
傀儡の様な、、、泥にまみれた経験をしたのは
裕ちゃんだったような気がしますね。
小樽の裕次郎記念館がある時に、見に行きましたね
大きな意味で「羊飼い」養成所のスタッフでしょう?
その点、、どんなに知名度が高く、、人気者だったりしても
俳優さんという、役者は、、、羊さんだと思うのですよね。
裕次郎さんが、独立して、、
黒部の太陽で、世界のミフネと組んで
日本の大工事の一つを記録映画にのこすという
羊さんからの脱出を、、、ファンなら、、、皆知っている。
日本の組織は、、がんじガラメで、
、
裕次郎さんのストレスは、
大変なものだったに違いありません
5社協定という、、、現場の映画界の約束を
人間。。。裕次郎が、、
自己実現の独立と「黒部の太陽」で
三船敏郎さんとの共演をやってのけたのですから、、、
社会に問い掛けた貴重な映画が、、
黒部の太陽だったのかもしれません。
ともかく、、子供達は「西部警察」や、
ドリフターズの「8時だよ!全員集合」というTV番組で育たので、、、
太陽の季節、裕ちゃん、、
裕次郎さん、、、石原裕次郎は
石原慎太郎とともに、、一人が二人だったことは、、、確かですね
日記帳なので、心に思うつもりをそのままかきました
79才目の前の,、婆ちゃんは、、、裕次郎さんの
自然な、、優しい歌声が好きでしたね、、、
くつろぐというか、、、優しい人だったのではないですかね~~~~?
昭和が産んだ、、、時代の寵児、、、と、、言っても、、、、いいのではないでしょうかね。
戦後の暗い時代を、、、太陽族は、、、吹っ飛ばしてくれましたね。
慎太郎さんのお子さんの、、、気象予報士の免許を持っている「よしずみーさん」も
番組の終わりの方で「親父(慎太郎さん)と裕次郎さんの事を語っておられました。」
映画俳優と映画の製作者となった裕次郎さん
知名度の高い人気俳優の裕次郎さんの兄でもある作家の慎太郎さん
小説という観念の世界から、政治という、、清濁併せのみながらも
権力を持たねば始まらないという現実世界に突入した慎太郎さん。
弟の裕次郎さんの知名度と、「作家、慎太郎」
時代を変えた、、俺が主役!!の太陽族
裕次郎さんの俳優からの脱出の髙い塀「5社協定」
映画という「利益があってこそ」の世界から
「黒部の太陽」という、、劇映画でありながら
日本のダム建設の現実の記録を通して
映画は手段であって、「日本の黒部ダムの完成までの記録」
社会性の強い、
利害を度外視した、
黒部峡谷への日本の挑戦という心意気
この工事で殉職した
尊い生き様を
映像で世に問う
社会性の強い作品だった。
5社協定という、、何とも日本らしい文化の中で
裕次郎は国境を超えて評価される作品に挑んだと思った。
俳優から,、、製作者への転身、
ミフネプロが、、、この話に乗ってくれてというのは
さすがに、、、世界の三船さんですね!
今日のTVは敗戦の後、、、劣等感の様な、、、いじけた時代が
太陽族で、、吹っ飛ばされて、、、
自分が主役❕!!という、、、戦後の日本の復活の兆しの中で
芸能界は、、、儲かる作品に走るのはもっともだと思いながらも
裕ちゃんは 「慶応ボーイ」 ですからね、、、
どんなに人気が出ても、、、
裕ちゃんは駒に徹して、、
ハイハイ、、と言える人ではないですよね!
「裕次郎の中の、太陽の季節が始まったようだった。」
三船敏郎さんという、、世界的に名前の知られた俳優さんと
慶応ボーイだった裕次郎さん。
このお二人が出逢うまでの、、、エネルギーのバランスは
一人対「石原兄弟」、、「石原軍団」の総エネルギーの様な
未来点を見越しての
映画の分岐点のような時代だったことを、
思い出しましたね、、、
息子達は
「ドリフターズ」
「太陽にほえろ」
「ウルトラマン」
「ライディ-ン「の時代の子供ですからネ!
三船敏郎も大好きな俳優さんだっただけに
ミフネ作品は良く観ましたね、、、
7人の侍、、、英語版の「荒野の7人」も
海を越えた、、、三船敏郎の、、、外国版!「7人の侍」
マクベスの日本版の「蜘蛛の巣城」の、
山田五十鈴との共演
「黒部の太陽」は、、、もちろん「映画館」で観ました。
あの映画は、、巨大スクリーンで観ましたね。
男の世界の感動なのに、、、
感動で、、、涙が出ましたね。
菊池寛の小説に「恩讐の彼方に」というのがありますが
裕ちゃんの5社協定突破も、、あらゆる不協和音が
あの作品を、裕ちゃんのプロダクションとミフネプロが
世に出したという事は、、、当時としては、、、明治維新だったでしょうね。
歌だって、、、童謡、、から始まって、、学校の唱歌
Nipponの旧き良き時代の
小唄もあれば、、長唄もあり、、、浪曲もあれば演歌もあるし
Nipponだって、、オペラに命をかけた人だっている。
多くのジャンルの芸人さんや、、、
芸術家に属するクラシック歌手。
千の光になって,、、
別れのブルース、、、
美味さや味や人情が地域性と奏効して大ヒットした、、、
あんこ椿は恋の花、、、
都春美さんの唸り声は、、
音楽というより、、、
感情の伝達の仕方の手段?
ともかく、、何がヒットするかワカラナイ、、、戦後の混沌の日本事情の中で
石原裕次郎、慎太郎兄弟は、、慶応大学と、一橋大学という
経済界の大學と、「国立」「界隈の雄の
「国立大学出身」の有名人だったから
裕ちゃんのような、、、直接多くのフアンの心をつかむ人と
芸術家には成れなくても、美術館長や博物館長にはなれるだろうという
組織を束ねる素養の国立大の、、、兄!!慎太郎さんは芥川作家!!
この兄妹って、、、テーブルの、、、足はどちらか?と、、
バカな質問は考えない方が良いですよね、、、(^^
慶応ボーイはそのままでスターだった時代だったから
俳優さんとしては素人の域から始められたと思うのですが
その素人っぽい、、、フレッシュなありのままの裕ちゃんが
身近な兄のように思えて、、、日活時代の映画はずいぶん観ましたね。
ちなみに、、本当の兄は居るのですが、、、
私は裕ちゃんの方を兄だと思いたかった。
本当の兄は、、、がり勉で面白くなかったのです。
父母を背負って、、
一家族の柱に生れた「囚われの兄」は
時代がつくったお荷物を背負う役だったから、、、
戦争時代に生れて、上下の認識が強くて
兄に逢わない様に生活していたのを思い出す。
慎太郎さんが都庁に入られた時は、、、
さすがに、、一橋大学の出身の手腕は、、すごい!!
とにかく、、
「慎太郎さん、裕次郎さんの兄弟は、、「一人だった」のではないか?」
よしずみさんの観察は、、、
猫の目のように客観性が有って
、、、面白いとおもった
.
この言葉のニュアンスが、、、
どちらが花でどちらが葉っぱなのか?
野暮な観察はやめて
君子欄の花も華!、、、葉っぱも主役!
ぴったりだと思いましたね
でもね、、、
日本の国というのは、、、
見えない統率のカースト制度のように、、、支配が何十も重なって
思うようには、、、スカートした良い気持ちになるという
恵まれて人はいないでしょうね、、、
裕次郎さんはセイイパイ生きて
本人も、、、成し遂げた感は有ったと思うのですよね、、、
でもね、、、
日本の「現場の人間」は政治に喰われてしまう傾向があると思うのですよね。
お兄さんの慎太郎さんは、、、
弟をセイイパイ愛し、尊敬し、、、
眩しくさえ思いながらも
太陽の季節で芥川賞を受賞し
長門兄弟や、南田洋子、、、太陽族の映画として
湘南族を、、、戦後の復活の日本に産み落としたのは、、、
慎太郎さんだったし
作家と俳優という、、、
人気があっても
頭が良くても、、、
教えられた芸ではない
天性の魅力が
裕ちゃんを世に出してしまった。
現場で、、時間と体と、、、
生活の総てを、、、スタッフや監督に合わせるという
stressの中で生きた裕ちゃんは、、、やっぱり、、、
長生きはしてくれなかった。
燃え尽きた人生でしたね。
慎太郎さんの政治家という立場は、、、
やっぱり
知らないうちに,、裕ちゃんを
激務に追いやっていたのではなかろうか?
戦後という、、、日本復活の時期に生れた太陽族は
やっぱり、、
湘南の海の新人類の親は
慎太郎さんだったかもしれない、、、
弟でもあり、、、
「 慎太郎さんの産んだ太陽族:の裕ちゃん
慎太郎さんノ分身だったかもしれない。
元来、、、国立系の人は、、国の機関の役人になるために
国も学問も、世界も、理解して
国の税金の援軍を得て、大学を卒業するので
現場の徒弟制度で学ぶ技術も、下隅の苦労も、、受験位でしょうね。
傀儡の様な、、、泥にまみれた経験をしたのは
裕ちゃんだったような気がしますね。
小樽の裕次郎記念館がある時に、見に行きましたね
大きな意味で「羊飼い」養成所のスタッフでしょう?
その点、、どんなに知名度が高く、、人気者だったりしても
俳優さんという、役者は、、、羊さんだと思うのですよね。
裕次郎さんが、独立して、、
黒部の太陽で、世界のミフネと組んで
日本の大工事の一つを記録映画にのこすという
羊さんからの脱出を、、、ファンなら、、、皆知っている。
日本の組織は、、がんじガラメで、
、
裕次郎さんのストレスは、
大変なものだったに違いありません
5社協定という、、、現場の映画界の約束を
人間。。。裕次郎が、、
自己実現の独立と「黒部の太陽」で
三船敏郎さんとの共演をやってのけたのですから、、、
社会に問い掛けた貴重な映画が、、
黒部の太陽だったのかもしれません。
ともかく、、子供達は「西部警察」や、
ドリフターズの「8時だよ!全員集合」というTV番組で育たので、、、
太陽の季節、裕ちゃん、、
裕次郎さん、、、石原裕次郎は
石原慎太郎とともに、、一人が二人だったことは、、、確かですね
日記帳なので、心に思うつもりをそのままかきました
79才目の前の,、婆ちゃんは、、、裕次郎さんの
自然な、、優しい歌声が好きでしたね、、、
くつろぐというか、、、優しい人だったのではないですかね~~~~?
昭和が産んだ、、、時代の寵児、、、と、、言っても、、、、いいのではないでしょうかね。
戦後の暗い時代を、、、太陽族は、、、吹っ飛ばしてくれましたね。
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