とある会合で京都に行くことになりました。
その前後に、かねてから気になっていた伏見稲荷と、あだし野念仏寺に行きました。
JR奈良線の稲荷駅を下車すると、もう伏見稲荷の鳥居が目の前に。
眷属のおきつねさんは、豊川稲荷と変わりがなさそうですが、
建物の雰囲気や、出仕している神職の姿は、寺院のそれとは異なります。
稲荷社だからいなり寿司。
起源は諸説ありますが、豊川稲荷だそう。
日が暮れて気付きました。
明るいところと、暗いところのメリハリが効いています。
街灯がなく足元が暗いけれど、歩いているうちに目は慣れてきます。
翌朝、嵐電とバスを乗り継いで、嵐山の更に奥あだしのへ。
あだしの念仏寺。境内に入ると苔むす庭園。
庭園の先の大きな仏塔は、永代供養の集合墓。
こういう時は右回りでおまいりです…
案内板を読むと、仏舎利をお迎えしているそう。
もとはこの一体が風葬の地であったそう。
明治時代に、ところどころにあった石仏・石塔集めてこのように供養を始めた
との案内がありました。およそ8,000基…数えきれません。
伏見稲荷にあった、おもかる石。
石を持ち上げて、思っていたよりも重ければ、夢かなわず。
逆に、思っていたよりも軽ければ、夢かなう。
そんな感じの案内がありました。
あらかじめ重いと思って持ち上げれば、夢叶う!?
という必殺技を思いついて石を持ち上げた瞬間…
「お、おもっっっ!」と声が漏れてしまいました。
浅はかな裏技はまったく刃が立ちませんでした。
「思い」よりも「体験」の方がよっぽど重いのでした。
その前後に、かねてから気になっていた伏見稲荷と、あだし野念仏寺に行きました。
JR奈良線の稲荷駅を下車すると、もう伏見稲荷の鳥居が目の前に。
眷属のおきつねさんは、豊川稲荷と変わりがなさそうですが、
建物の雰囲気や、出仕している神職の姿は、寺院のそれとは異なります。
稲荷社だからいなり寿司。
起源は諸説ありますが、豊川稲荷だそう。
日が暮れて気付きました。
明るいところと、暗いところのメリハリが効いています。
街灯がなく足元が暗いけれど、歩いているうちに目は慣れてきます。
翌朝、嵐電とバスを乗り継いで、嵐山の更に奥あだしのへ。
あだしの念仏寺。境内に入ると苔むす庭園。
庭園の先の大きな仏塔は、永代供養の集合墓。
こういう時は右回りでおまいりです…
案内板を読むと、仏舎利をお迎えしているそう。
もとはこの一体が風葬の地であったそう。
明治時代に、ところどころにあった石仏・石塔集めてこのように供養を始めた
との案内がありました。およそ8,000基…数えきれません。
伏見稲荷にあった、おもかる石。
石を持ち上げて、思っていたよりも重ければ、夢かなわず。
逆に、思っていたよりも軽ければ、夢かなう。
そんな感じの案内がありました。
あらかじめ重いと思って持ち上げれば、夢叶う!?
という必殺技を思いついて石を持ち上げた瞬間…
「お、おもっっっ!」と声が漏れてしまいました。
浅はかな裏技はまったく刃が立ちませんでした。
「思い」よりも「体験」の方がよっぽど重いのでした。